13、蜃気楼
ミライは元気を取り戻して今日からまた学校へ行く事になった。
バレスは一度ミライの行く学校へ行って見たいと思っていた。メディカル・ルームに入っていくとミライはベッドに寝てこれからバーチャルに入る所であった。
「何しにきたのよ。」マロンは頬をぷうっと膨らませ不機嫌な顔をした。
「ミライさんと一緒に学校へ行こうと思いましてね。」バレスはマロンの不機嫌そうな顔を無視して言った。
「あんたが?」マロンはヘン!と言う顔をした。
「ミライの邪魔をしちゃだめよ。」
「はい、判りました。」素直に答えるとバレスはミライと一緒にミラージュ・シティへ入っていった。
バレスが着いたところはミライの家の前であった。向こうの方からミライと同じくらいの女の子が歩いて来る。ミライの家の前に来るとちらりとバレスを見る。直ぐに家の扉が開いてミライが出てきた。
「おはようミライちゃん。」少女が言うとミライも答える。
「おはようマコちゃん。」
「おはようミライさん」
「だれ?この人?」マコが警戒するように言う。
「バレスさんよ。私のお友達のマコちゃん。」
「初めましてマコさん。」マコは怪訝そうな顔でバレスに挨拶した。
3人並んで学校へ向かう穏やかな朝である。バレスは初めて見る地球の景色を物珍しそうに見ていた。
「おっす、ミライ、マコ」
後ろからカイ君が声を掛けて走り抜けて行く。カイ君はいつも元気だ。
「おはよう、カイ君。」
二人そろって声を上げる。いつもの朝の風景である。二人の周りに々と子供達が増えてきて学校を目指す。
学校に近づくと後ろから妖艶な声がした。
「あら、ミライちゃんとマコちゃん今日は父兄同伴かしら?」
「おはようございます、ペッパー先生。」
ペッパー先生はナイスバディな胸をぐっと突き出してたずねた。「こちらはどなたかしら。」
「バレスさん、私のお友達よ今日は学校を見に来たのよ。」
「初めましてペッパー先生」バレスは丁重に挨拶をする。
「よろしくバレスさん。学校をごらんになるのはかまいませんが授業の参観は保護者の方に限らせていただいておりますのよ。」
「そうですか、判りました。」
ペッパー先生は大きなお尻を左右に振りながら学校に入って行った。
「学校に入ってはいけないようですね。わたしは町を見ながらあなたのの授業が終わるのを待つ事にします。」
バレスは町へ行ってみた。町はにぎやかで多くの人が集まってきていた。これ程多くの人を見るのも建物を見るのも初めてであった。
バレスはおのぼりさんよろしくあちらこちらをのぞき回った。このシステムがバレスの船にも有れば退屈しないかも知れない。
バレスは何か変な感覚にとらわれた。
何だろう?何かとても何かが欲しくなるような感覚である。それはなんだかこのイメージの鼻の辺りで起きているような感じである。
ふらふらと感覚のするほうへ行くと。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声が聞こえた。男がカウンターの向こうこちらを見ている。
「ここは何でしょうか?」バレスが尋ねると男は「ここはレストランだよ。」と答えた。
「レストラン?」バレスは受け取った知識を検索する。
「おお、お金と引き換えに食事をするところですね。」
「その通り。良くわかったな。」
相手はバレスの反応を冗談だと思ったみたいである。
「ああ、残念ですが私はお金をもっていません。」
「あんたここは始めてかい?」
相手はバレスの態度を見てそう思ったようだ。
「はい、そうですが。」
「ポケットを見てごらん財布が入っているはずだよ。」
バレスがポケットを探ると財布が出てきた。
「おお、これで物が食べられるのですか。これでお願いします。」
男は財布の上に手をかざすと「判ったそこに座ってくれ。」そう言ってカウンターの向こうで調理をはじめたようだ。
出てきた料理をバレスはどうしたらよいか判らなかった。食べた事が無かったからだ。
やむを得ずミライ達がやっていた事をまねして口に入れてみた。そのとたん口の中に新しい感覚が発生した。
「おお~っ、これはすばらしい。」
食べ方が判るとガツガツとバレスは食べ始めた。
「これが食べるという感覚ですか、何という好ましい感覚なのでしょう。」
「気に入ってくれたかい?」男がカウンターの向こうで言う。
「はい、とても気に入りました。」
ミライ達には食事のたびにこの様な感覚を感じているのだろうか?なんてうらやましい事だろうか。
バレスはこの世界がとても気に入った。この世界は自分達探査機に積まれた無機頭脳に対して生き物と同じ感覚を与えてくれる。それは新しい可能性を見出してくれるかも知れない世界であった。
バレスは自分が生まれた時を思い出す。ネグロスが自分を創り、直ぐに仕事を言いつけた。
近くに有る彗星に核パルスエンジンを取り付け彗星と共に星系を出発させたのだ。ところが出発時の角度が大きくずれていた為大きく迂回する羽目になった。
しかし軌道を修正し、確定するとやる事が無くなった。仕方なくバレスは眠った。彗星の氷の殆どを使い切った所でネグロスから相手の位置の指示があった。
彗星を砕いてその軌道上に投入するようにとの事であった。その後の事は指示が無いので前方を観測する。そうすると褐色矮星を発見した。
バレスはいくあても無いのでそれを使って軌道を変更し近くの恒星を目指そうと思った。
そこで残った彗星を材料にして自分の周りに燃料のコンテナを作り取り付けると僅かな岩石質の物とボロボロの土くれのような物しか残らなかった。
その残骸を砕くと、バレスは褐色矮星を目指した。しばらくするとネグロスから連絡が入った。敵の攻撃を受け、被害を受けた。軌道を変更し相手を殲滅しろという命令であり、相手の軌道とデーターがが送られてきた。
彼らを壊滅する事に如何様な意味があるのかバレスには理解出来なかった。少なくとも現在の状態で彼らは脅威では無い。
しかしバレスの興味を引いた事が有った。彼らが炭素系生命体の移民を目的とした船であり、3基の無機頭脳を持った宇宙船であるということだった。
もしかしたら生命体に合えるかも知れないという期待が彼を動かした。
船体を出来る限り補強し褐色矮星の表面近くまで接近し、重力によるスイングバイをかけて大きく方向を変えた。
最大五千Gもの潮汐力が彼を襲う、補強しては有ったが予想したとおりに大変なダメージを受ける事となった。
船体はひしゃげ、船内の機械類はいくつも壊れた。最重要な機器は船体の中心に集めておいたが修理をするのに十年以上かけて何とか元の機能を取り戻した。
その間何度となくバレスは機能停止の危機を迎えた。しかし宇宙は広く孤独である、助ける者はいない。
バレスは相談する者とて無く全てを一人で行わなければならなかった。
相手の船には3基の無機頭脳が装備されている。自分にも相棒がいれば心強かったろうに、そうバレスは思った。そして彼らをうらやましいと思った。
しかし同時に、バレスに命じられたままの行動で有ったとはいえ、自分の行った行為がミライを目覚めさせてしまった事に対する自責の念を感じざるを得なかった。
そして自分がここへ来たのは間違いだったのかも知れないとバレスは思い始めるようになっていた。
「どうしたいお客さん何かへんな物でも入っていたかい?」声をかけられてはっと我に返る。
「い、いえご馳走様でした。」そう言うとバレスは店を出た。
下校時間近くに校門の前でミライを待っているとミライがマコと一緒に出てきた。
「バレスさん待っててくれたのね。」
「町を少し見てきたよ。」
「ごめんマコちゃん今日はバレスさんと帰るから。」
「そ、そう、じゃ先に帰るね。」そう言うとマコは先に帰っていった。
「学校にはたくさんの友達がいて楽しそうだね。」
バレスがにこやかに言う。しかしミライは悲しそうな顔をして言った。
「うん……。」
バレスはミライの反応に違和感を覚える。学校が楽しく無いのであろうか。
「ミライさん学校で何か嫌なことでも有ったのですか?」
「ん?ううん、どうしてそう思うの?」
2人は両側に家が並ぶ道を歩きながら話をした。
両側の家々では庭で遊ぶ子供達や芝を刈るお父さんなどが見える。
「平和な風景ですね。みんな楽しそうだ。」
バレスの目には社会という初めての経験は、とても興味深い物として写っていた。
「バレスさんにはそう見えるの?」ミライは突然おかしな事を言った。
「ミライさんにはそうは見えないのですか?」バレスは不思議そうに訊ねた。
「この風景は偽者だもの。」ミライはぼそっと言った。
「確かにそうですがここは宇宙の真っ只中ですから仕方ありません。」
「バレスさん、気が付いているの?」突然ミライが訊ねた。
「え?何をですか?」
ミライはちょっとためらってから言った。
「マコちゃんはね、マロンママなの。」
「え?」バレスははっとした。そういうことだったのか。
「カイ君はノワールママなの」
バレスは黙って聞いていた。
「ペッパー先生はヴェルママ、でもそれ以外の人には心が無いの。」
ミライはぽろぽろと涙を流し始めた。バレスはあわてて近くのベンチにミライを座らせると聞いた。
「心がない?」
「そう、3人以外の人には心が感じられないの。」
どうやらここの住人はあの3人以外はすべてがシュミレーション上の擬似人格で有るらしい。
「どうしてそんな事が判るのですか?」
「判らない。いつ頃からかこの世界が違って見えるようになったの。」
「貴方にはこの景色が私とは違って見えるということですか?」
「バレスさんはここの景色と船内の景色の区別が付くかしら?」
バレスは周りを見渡した。景色の違いを除けば区別は付かない。
「いいえ。」バレスはそう答えた。
「私は付くの。どんなに良く出来ていてもここの景色は作り物だと判るのよ。」
「貴方が生命体……だからですか?」
バレスのボディから感じられる感覚は所詮センサーで刺激を電気信号に変換した物である。それ故、同様の信号が送られて来れば二つを区別する事は出来ないのである。
「判らないわ。他の人がどう感じるのか、此処には私一人しかいないから。」
「相談する相手がいないということですね。」
マロンは黙ってうなずいた。
「ママ達は私のことすごく大事にしてくれる、愛してくれている、でもやっぱり違うの、同じ人間の友達が欲しいの。」
ミライの口から嗚咽が漏れる。バレスは何と言って良いか判らなかった。
「ごめんなさい。こんな事ママ達にいったらママ達はすごく悲しむから言えないの、ずっと、ずっと黙ってた。バレスさんが来てくれてようやく言えたの。」
バレスはミライの感じていた深い深い孤独と絶望を理解した。それは自分自身の境遇と同じだったからだ。
「私はそんなに長く生きられないの。ゼータεに着くまで生き延びる為には私の体を擬体化しなければならないんですって。」
「あのメディカル・ルームに有ったミライさんのボディですね。」
ミライは小さくうなずいた。
「何故貴方はあのボディに入るのがいやなのですか?」
「ママ達が言ってたけれど義体化した後の感覚はこのミラージュ・シティに居る感覚と同じなんですって。センサーを通して感覚を脳に伝えるか、コンピューターによって作られた感覚を脳が受け取るか、この二つの間には差が無いんだって。」
「さっきミライさんが言っていた事ですね確かに私にはその差が判りません。」
「わたしあのボディにアクセスしてみた事が有るの。ママは気が付かなかったけれど、あのボディで見たり聞いたり触ったるしてみたの。でも、でも自分の体とはぜんぜん違っていた。ママ達は普通の人は義体化してもそんなに違和感が無いのが普通だって言っていたけれど、やっぱり違うの。」
「しかし貴方は義体化しなければ生き延びられないのでしょう。」
「私は死ぬのは怖く無いの。むしろこのまま他の人間と会わずに生きる位なら死んでもかまわないと思った事もあったわ。」
バレスはミライの感じている孤独感をひしひしと感じた。この少女の感じている孤独感はバレスが理解しているより遥かに深いものがあった。
「でも、私は死ねないの、私が生まれた時、まだ卵だった私の兄弟達が14人も死んだの。そのときマロンママはそのショックで死にかけたのよ。もし私が死んじゃったらまたママがどんなことになるか判らない。私ママが好きだからそんな事耐えられない。だから私は死ねないの。だけど、だけど……」
ミライにとっての義体化は自分の死に勝る苦痛を与える物なのだろうか?バレスには判らなかった。
しかしこの幼い少女は自分の死が自分だけの問題ではないのだという事を語っている。何故そう考えるのだ、何故そこまで他人の事を気遣えるのだ。バレスにとっては理解できない考え方であった。
バレスにとって死はかなり身近な物だった時期が有った。しかし死を恐れた事は無かった。誰かの為に生きる必要も無かった。
長い孤独の中、本来は社会生活によって熟成されるべき生きる意味、生きる目的のような人生観がずっと希薄な物として捉えられて来たからだ。
探査機として生まれたバレスでは有ったが探査をする機会も無く、探査した物を報告する場所も無い。
探査が全く無駄な行為となる現在の情況では自分の存在価値を見出す事が出来ないのだ。それ故、死というものがバレスにとっては大きな意味を持っていなかったのだ。
しかし今此処にいる炭素生命体の幼体は死の恐怖におびえているのでは無い。自分の死がもたらす結果を恐れているのだ。
何故この幼い心は、こうも他人を思いやれるのか?
「ごめんなさい、私に出来る事は最初から一つしか無かったのに、でもどうしても誰かに聞いて欲しかったの。」
ミライはもう泣いてはいなかった。おそらく最初から義体化される事の覚悟は出来ているのだろう。先日の状況から見てもそう先では無いようだ。バレスには何も言う術が無かった。
「貴方の治療は出来ないのですか?」バレスは尋ねた。
「遺伝子治療が出来るっていってたわ。でもこの船には私一人しかいないから……。」
バレスはここに至って自分の犯した行為の結果に気が付いた。
自分が投げた石がこの少女にこの様な過酷な運命を与えたのである。
しかもこの少女は自分の運命よりその事により傷つく他人の事を気遣っているのだ。これが生命体の心という物だろうか?バレスは深く恥じ入った。
そしてこの薄幸の少女の為にしてあげられる事が無いだろうかと考えた。いや、何かをしてあげたい。彼女を助けたいという強烈な欲求が生まれた。
バレスにとっては初めての気持ちであった。
「もう帰りましょうバレスさん。あまり目覚めないとママ達がまたバレスさんをいじめるかも知れないから。」
「私はいじめられていたのでしょうか?」
ミライはくすっと笑った。
バレスがログアウトするとミライも一緒に目覚めた。しかしメディカル・ルームには二人だけであった。ふだんはマロンが必ず付き添っているのだが。
「あれ?マロンママは?」
「私のボデイはずっと此処にましたよ。マロンさんはいつの間にかいなくなってましたね。」
「変ねえこんな事は初めてよ。」
ミライが起き上がったのでバレスはミライを車椅子に座らせた。
「みんなを探しに行きますか?」バレスが聞く。
ミライはちょっと考えた。
「ううん、ね、バレスさんまたドッグで無重力飛行をしない?」
「しかしミライさん先日具合が悪くなったばかりですよ。」
「ふふっ、だからよ。ママがいたら絶対許可してくれないもの。」
「判りました。でも具合が悪くなったら直ぐに言って下さいね。」
バレスはミライの車椅子を押してシャフトの所まで行くとエレベーターに乗った。
エレベーターが上昇し、作業ヤードへ着く。機動バックパックをつけるとエアロックを明ける。
しかしそこには驚愕の光景があった。
ドックはもぬけの殻であった。以前係留されていた艦船は一艘も無く、しかもドッグの入り口が大きく開けられており、漆黒の宇宙空間にバレスの船体が浮かんでいるのが見えた。
バレスはあわててミライの方を見る。ドッグが開いていればここは真空の筈である。ミライが生きてはいられないからだ。
しかしミライはにこやかに微笑んでいる。こんな馬鹿な!あまりの不合理さにバレスは驚愕した。
バレスの後ろから足音が聞こえる。あわてて振り返ると作業ヤードの照明を背景に三つのシルエットが浮かびあがる。ノワール、マロン、ヴェルの三人であった。
三人は足音を響かせながらこちらに近づいて来る。
足音?此処は真空の筈だ足音がする訳が無い。
此処に至ってようやくバレスは気が付いた。あわててシステムサーチをかける。
ドッグの光景が流れるように崩れ落ちるとその下からメディカル・ルームの光景が現れた。バレスはあわてて周りを見る。
ミライはまだベットに横たわっており、3人がバレスの前に立っていた。
「ようやく気が付いたかマヌケ。」
バレスの本体に異常を感じる。スキャンをかけると核パルスエンジンの起動用レーザーが破壊されていた。
「キミがミラージュ・シティに入るのを待っていたんだよ。」ヴェルが言った。
「シティにログインした時からキミの頭脳をハッキングし始めてね、搭載艦がキミの核パルスエンジンを破壊するのを見過ごさせたのさ。」
バレスは今、自分が絶対絶命である事に気が付く。
「ま、まて私は……」バレスは動揺して言葉がうまく出ない。
「我々の加速用核パルスエンジンの反射板が近くに浮いているだろう。あれに核レーザーを仕掛けてあるんだ。」
バレスは壁の所まで後ず去った。まるで人間が恐怖におびえるようなしぐさであった。
「ま。まて私は君達に危害を加えるつもりはなかったんだ。」
自分の死についてはさほどの斟酌の無いバレスではあった。しかしいまは違う。
友達が出来た、友達との時間はとても楽しかった、その友達が助けを求めている、自分に何か出来るかもしれない。
そういった目標が出来たとたんに死ぬ事が怖くなったのだ。
「寝言はあの世で言いなさいよ。」マロンが叫ぶ。
「貴様が殺した14人の仇だ!死ね!バレス!」ノワールが鬼の形相で叫ぶ。
「やめてくれえええっ。」バレスは頭を抱えて絶叫した。
その瞬間、4人の頭の中に声が響いた。
「やめて!ママ。」
「なに?」ノワールは言葉を飲み込んだ。そして4人はお互い顔を見合わせる。
「その人悪い人じゃないよ。」再び声が聞こえた。
「ミ、ミライちゃんなの?」マロンが問いかける。
みんなが一斉にミライを見る。ミライはまだベットで寝ているままだ。
「ば、馬鹿な人間がシティ内から通話が出来る訳がない。」
「お願いママ、その人を許してあげて。」
「ミライちゃん、キミは?」
今、ヴェルは全てを理解した。なぜあれほどミライが義体化を嫌ったのか?ミライの持つ悩みを理解出来なかった自分達の愚かさを悔やんだ。
「この子は感応者だったんだわ。」
マロンはそう言うと直ぐにシティに入って行った。
「ぐぐっ……」ノワールは飲み込んだ言葉を吐き出せずにいた。
バレスが顔を上げてノワールを見る。
「バレス!」ノワールが怒鳴った。
「はいっ。」バレスが裏返った声で答える。
「バーニヤだけで我々の艦の前に出ろ!」吐き捨てる様にノワールが言う。
「い、1週間位かかりますけど。」おびえたような声でバレスが答える。
「さっさと始めろ!」ノワールが大声で怒鳴った。
「はいっ。」
「いいかちょっとでも変な事してみろ貴様の体に核レーザーの大穴を開けてやるからな。」ノワールはそう言ってすごんだ。こういう事に関して、ノワールには迫力がある。
「わ、判りました」既にバレスは借りてきた猫状態である。言い終わるとノワールもミラージュ・シティに入って行った。
「さ、ボク達も行こうか?」ヴェルがバレスに言った。
「ど、どこへ?」バレスが聞き返す。
ヴェルはふっと笑うと言った「ミライちゃんの所に決まってるじゃないか。」
二人は直ぐにログインした。
ミライは学校のベンチに座っていた。校庭では子供達が元気に遊んでおり喚声が聞こえる。ミライは見るとも無く子供達の遊びを見ていた。
「ミライちゃん。」マロンが後ろから声を掛ける。
「マロンママ……ごめんなさい。」ミライが小さな声で言った。
「いつ頃から気が付いていたの?」マロンはミライの手を握りながら言った。
「最初から……だからここはそういう物だと思っていたの。」
「ぜんぜん気が付かなかった。ダメなママね。」
ノワール達が追いついて来たがミライとマロンのやり取りを黙って見ている。
「マコがママだって気が付いたのは?」
「ずいぶん前、ママ達が私とは違うって判り始めた頃。ママ達が私を喜ばそうとそんな事をしてると思ってた。」
「そうだったんだ、馬鹿ね私たちミライに気が付かれてるなんて考えもしなかった。」マロンはミライを抱きしめながら言った。
「でもママ達がいなければ判らなかったかも知れない。他の子達に心が無いなんて。ママ達に心を感じたから他の子達に心が無い事が判ったの。」
マロンが手を振ると校庭で遊んでいた子供達の動きが一斉に止まった。3人が息を飲んだ。バレスだけは訳が判らずポケッとしていた。
「馬鹿な!生身の人間がバーチャルをコントロール出来るんだと?」
「ミライちゃんこれはいつ頃から出来るようになったの?」
「最近よ、この世界を動かす場所を見つけたから。」ミライは不思議そうな顔をして言った。
「?ママ達にも出来るんでしょう?」次に手を振ると子供達が全員消えた。
「何という事だここまで強力な感応者は記録にも無い。これでは儀体化されたら肉体との違和感は相当なストレスとなってしまう。」ノワールは頭を抱えた。
「あ。あの実はですね……」バレスが後ろから言った。
「義体化以外の延命方法を再度探す必要が有る。だが今までも探してきてうまくいっていない。」ノワールはいらいらと歩き回った。
「ノワールさん実は冬眠が……」
「低温冬眠などこの期間では何の役にも立たん延命効果はせいぜい3倍位しかないんだ。」ノワールは悔しそうに拳で自らの手を叩いた。
「あの、ですから私に……」
「うるさいぞ!貴様!私が悩んでいるのに横でごちゃごちゃと。」
ばこっ!
いきなりノワールはバレスの頭を殴った。殴られたバレスは頭を抱え、驚いた顔をしていった。
「な、なんだこの衝撃は!」
それを見ていたノワールは言った。
「ん?そうかここはミラージュ・シティだからな、感覚もバーチャルなんだ。」
「え?ど、どういうことでしょう?」
「つまりね、いくら無神経な貴方でもここでは痛みを感じる事が出来るのよ。」とマロン。
「え?え?え?」
バレスはシティからログアウトしようとした。
「逃がすかここは我々の腹の中だ。」
バレスはロックされログアウト出来なくなっていた。
「14人の子供の仇。」
「ミライちゃんを誕生させてしまった責任。」
「今ここで償わせてやる。」
ノワールとマロンは獣のようにバレスに飛び掛っていった。
ばきっ!どすっ!ぼきっ!ずごっ!
「ひえええ~っ。」
ぐしゃっ!べきっ!どてっ!ばこっ!
「ぐええええ~っ。」
ノワールがふた抱えもあるような大岩を持ち上げてバレスに叩きつける。
「ぎぇえええええ~っ。」
ぐちゃっ!
大岩の下でバレスがヒクヒクと痙攣していた。これを見ていたヴェルは背筋が凍る思いをしていた。
マザーが兵器には向かないという定説を覆す論文を、今度学会に提出してやろうと心に決めていた。絶対にマザーとは戦争をしたくないと思った。
ボロボロになったバレスがミライの方にはいずって来るとミライにしがみついた。
「ふええ~んミライちゃ~ん。」
子供のように泣きじゃくるバレスをミライはそっと抱きしめると言った。
「バレスさんはずっと寂しかったのね、誰とも話しをしたことが無かった。だから友達の作り方が判らなかったのよね。」
大きな男が小さな少女の膝に抱きついて泣いている姿は見られた物ではない。ノワールはもう一度ぶん殴りたくなったが、ヴェルに止められた。
「寂しくて、寂しくて誰かに会いたくて私たちの所へ来たのね。」
ミライがそっとバレスを撫でるとボロボロだったバレスがすーっと元の姿に戻っていく。ノワール達は唖然としてそれを見ていた。
「初めて貴方がこの船に通信を送ってきた時私は学校にいたの、その時貴方の声が聞こえたのよ、バレスさんは寂しさに悲鳴を上げていたわ、言葉は判らなかったけれど貴方の心は良く判ったの。」
ミライはバレスの頭を撫で続けた。
「だから五千Gもの重力に耐えてボロボロになってでもでも私達の所へたどり着きたかったのよね。私も寂しかった、バレスさんの気持ちが良く判ったわ。そしてバレスさんに会った時、この人と友達に成りたいって思ったのよ、だってバレスさんには心が有ったんだもの。」
「ごめんなさいミライちゃん、私のせいでこんなにも早く生まれさせてしまった。ごめんなさい。」バレスは泣きじゃくりながら言った。
「いいのよ貴方は何も判らなかったんですもの。」
ミライはマロンの方を向くと言った。
「マロンママごめんなさい心配をかけて、私、義体に入ります。それしか方法が無いのであれば、自分の運命に従うわ。」
「ダメだ、ミライお前ほどの感応者は無機脳と人類の未来にとってどれ程重要な存在なのかわかっているのか?そんなお前を義体化などという……。」ノワールは絶句した。
突然バレスが叫んだ「ミライさんを冬眠させましょう。」
「なに?」ノワールがバレスをにらむ。
「私の体には炭素系生物の冷凍冬眠技術が標準装備されています。」
いきなりノワールはバレスの胸倉を掴むと引き寄せた。
「貴様、何故それを早く言わん!」
「言いました!言いました!何度も言おうとしてたじゃないですか。」バレスが悲鳴ともつかない声で叫んだ。
「データーを送ってみろ。」
「は、はい。」
バレスから技術データーが送信されて来る。
「どうだ?マロン」
「私たちが開発してきた技術と幾つかの点では似ているわね。」マロンが技術データーを解析しながら言った。
「我々の技術ではまだ激しい後遺症を伴っている、そんな技術なんだが。」
「いずれにせよミライちゃんのクローン細胞を使っての実験をする必要が有るわね。」
「あまり時間が無い、直ぐにはじめようよ。」
「お前も手伝うんだ。」ノワールがバレスに向かって怒鳴った。
バレスは晴れ晴れとしたような声で答えた。
「はいっ、喜んで。」
『ヴェル!!』
『なーに?ノワール。』
『おまえ、核レーザーの照準をずらしていたろう。』
『え?ずれてた?まずいなー整備不良だよ。』
『おまえバレスを殺すつもりがなかったな。』
『いやーごめん、バレスがいたので定期点検が出来なかったんだよね。』
『なんでバレスを許す気になったんだ?』
『これでバレスから水素核融合の技術が手に入ればいいなー、なんてね。』
『お前の狙いはそれか?ま、いい。ミライの事でも希望が出来てきたからな。』
『情けは人の為ならずってね。人に親切にしておくと拾い物もあるって事さ。』
『…………。』
『それ、違うような気がする。』




