表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セイラ・サバーの事件簿  作者: あび


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/11

第一章 村の祭りと消えた宝石

一 二つの盗難


 祭りまであと三日という朝、村の準備金が消えた。

 それだけならまだよかった。同じ朝にもう一つ、ウォルド家の形見の宝石も姿を消した。

 二つの事件が重なったことで、村は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 そして昼を待たずに、村人たちは犯人を決めていた。


「決まってる。あいつだ」


 最初にそう言ったのが誰だったかは分からない。

 気づいた時には、村のほとんどがそう思っていた。

 あいつ、というのはリオンのことだ。五年前にふらりと村に現れた、よそ者の青年。


 よそ者だから。

 たったそれだけのことが、十分な理由になってしまう時がある。


 私はその輪の外で、一つだけ引っかかっていた。

 同じ朝に、二つ。

 盗人が一人なら、なぜ金と宝石を両方狙って、両方とも持ち去れたのか。集会所とウォルド家は村の端と端だ。なぜ騒ぎになるまで誰にも見られなかったのか。

 偶然にしては、できすぎている。


 私の名前はセイラ・サバー。十六歳。村の便利屋とでも言えばいい。

 困っている人がいれば話を聞いて、頭を使って、なんとかする。それが私のやっていることだ。

 見た目はどこにでもいる村娘だと思う。亜麻色の髪に灰色の瞳。綺麗と言われたことは、残念ながら一度もない。

 ただ一つだけ言えることがある。この体では十六年生きてきたが、中身はもっとずっと長く生きている。

 どのくらい長く? それは秘密。言える時が来たら、その時に。


 この村で私を育ててくれた人がいる。

 ケイ・サヴァじいさん。村外れで武具を作る偏屈な老人だった。口数は少なく、笑顔も少ない。それでも、そばにいると不思議と落ち着いた。大きな木みたいな人だった。

 半年前にいなくなった。その話はまた今度にしよう。

 今は、目の前のことだ。



二 リオンの小屋


 リオンの小屋を訪ねたのは、騒ぎが起きてから一時間後だった。

 彼は薪を割っていた。私を見ても手を止めなかった。


「村中があんたを疑ってる」


 単刀直入に言った。遠回しな言い方は好きじゃない。


「知ってる」

「やったの?」

「……やってない」

「そう」


 私はそれだけ聞いて、丸太に腰を下ろした。

 彼の手は薪を割り続けている。逃げる素振りも、言い訳もない。やましい人間の動きではなかった。


「それだけか」とリオンが汗を拭いた。「聞きたいことがあるなら聞けばいい」

「あんたがこの村に来た理由を聞かせて。あと、今朝どこにいたかも」


 リオンは長い沈黙の後、薪割りを再開しながら口を開いた。

 彼が育ったのは港町カルセ。漁師の父は五年前、領主の命じた港の拡張工事で足場から落ち、右足を潰した。治療費は払われなかった。

 仕送りのためにこの村へ来た——というのは半分で、もう半分があった。


「父には親友がいた。この村の人間だ。名前はウォルド」


 私の耳が反応した。

 今朝、形見の宝石が消えたと騒いでいる、あの家の名だ。


「会いに来たの?」

「ああ。だが、どう話しかければいいか分からなくて、五年経った」


 思わず笑いそうになった。五年。この不器用な青年は、五年間ずっと声のかけ方を考えていたのか。


「今朝は?」

「ずっとここで薪を割っていた。証明はできない。一人だからな」


 できない、と正直に言うところが、この男らしかった。

 ただ、ひとつ確かなことがある。

 宝石を盗む動機があるとすれば、リオンこそ一番濃い。父の親友が持つ、対になった石。なのに彼は、その家の前にすら立てずに五年を過ごした。

 声ひとつかけられない男が、忍び込んで石だけ抜き取る——その絵は、どうしても結ばなかった。


「もう一つ、気になることがあるんだが」とリオンが言った。「対になる宝石って、魔石のことじゃないのか」


 私は手を止めた。

 魔石。


 この世界に魔石はない。そう遠くない昔、魔法と共に失われた。

 一人の賢者が、人を傷つける力はいらないと言って、生活魔法だけを残し、強大な魔力を魔石に封じて人知れぬ場所に葬った。

 ……はずだ。


 何かが引っかかった。けれど今は、その糸を手繰る時ではない。

 胸の奥にそっとしまって、私は立ち上がった。



三 ウォルド家


 ウォルド家を訪ねたのは昼過ぎだった。

 出てきたのは四十代半ばの女性だった。目の下に疲れが滲んでいたが、背筋がしっかり伸びている。苦労した人間の持つ静かな強さがあった。


「セイラちゃん。宝石のことで来たんでしょう」

「はい。少し家の中を見せてもらえますか」


 質素だが、丁寧に整えられた家だった。

 私はまず戸と窓を見た。壊された跡はない。掛け金も無事だ。土間に見慣れぬ足跡もない。

 次に棚を見た。古い道具が几帳面に並んでいる。銀の燭台も、客用らしい器も、手つかずでそこにあった。


「忍び込んだ人間が、宝石だけ持って燭台も器も置いていったんですか」と私は言った。

「……言われてみれば」

「盗人なら金目のものを残す道理がない。なのに、消えたのは宝石だけ。荒らされた様子もない」


 私はもう一つ訊いた。


「奥さん。宝石はいつも、どこにしまっていましたか」

「それが……」と彼女は口ごもった。「大事なものだから、人目につかない場所に、その時々で隠していて」

「場所を変えていた、と」

「ええ。心配性なんです。隠しすぎて、自分でも分からなくなることが、前にも」


 私は心の中で頷いた。

 壊された戸はない。残された燭台。隠し場所を転々と変える持ち主。

 点が線になりかけていた。


「宝石は夫の形見なんです」と彼女は話し始めた。「若い頃、旅の途中で出会った親友からもらったと。二つで一対。片方を親友が、片方を夫が預かったと」

「その親友の名前は」

「カルセの漁師だと。名前は……リオンさん、と言ったかしら。あ、でも息子さんも同じ名前だと、さっき聞いて」


 そうか。

 二つの事件は、最初から一本の線でつながっているように見えて、その実、まったく別の話なのかもしれない。

 宝石の方は——たぶん、誰も盗んでいない。



四 消えた金の行方


 ウォルド家を出た私は、祭りの準備金を管理していたガラン爺さんの家へ向かった。


「リオンを庇いに来たんなら帰ってくれ」とガランは疲れた顔をした。「もう村の総意で、あいつが……」

「まだ決めないでください。一つだけ。準備金はどこに」

「集会所の、鍵のかかった箱の中だ。鍵を持っているのは私と、あと二人」

「その二人は」


 ガランは少し躊躇ってから答えた。


「ベルタと、その息子のコウだ」


 ベルタ。

 その名には聞き覚えがあった。先月から、父親が寝込んでいると聞いた家だ。領主の工事で怪我をして、もう三ヶ月も床に伏せている——そんな話を、誰かが井戸端でしていた。


「箱は壊されていましたか」

「いや。鍵で開けられていた。だから余計に、外から忍び込んだよそ者の仕業だと……」


 私は黙った。

 鍵で開けられた箱。鍵を持つのは三人だけ。そのうちの一人の家に、薬代に困った病人がいる。


「コウは今どこに」

「朝から見ていないな」とガランは言った。「そういえば……」


 私はもう歩き出していた。

 壊されていない箱は、よそ者の証ではない。むしろ逆だ。鍵を持つ誰かの仕業だと、最初から告げていた。


 ベルタの家の戸を叩くと、目を赤く腫らした小柄な女性が出てきた。声が震えていた。


「コウは何もしていないんです。ただ、父親を助けたくて……」


 奥の部屋に、父親が横たわっていた。右足に分厚い布。顔色が悪い。


「領主様の工事で怪我をして、もう三ヶ月。治療費を払ってもらえなくて、薬も買えなくて。コウが……勝手に」

「コウはどこに」

「森の古い小屋に隠れていると思います。気が小さくて、怖くなって逃げてしまって」


 私は来た道を引き返した。



五 森の入り口で


 森の入り口で、声をかけられた。


「やあ、セイラ嬢」


 領主の使いの執事、セイヴァンだった。四十代半ば、いつも穏やかな笑みを浮かべている。村人には愛想がいいが、私はこの男が苦手だった。

 笑顔が、丁寧すぎる。


「今日は早いですね。税の徴収はまだ先のはずでは」

「ええ、少し別の用がありまして。それより村が騒がしいようですが」

「祭りの準備で慌ただしいだけです」


 その時だった。セイヴァンの目が一瞬、私の後ろ——ベルタの家の方向に向いた。

 気づかなければ何でもない、ほんの一瞬の視線。

 私は試しに、踏み込んでみた。


「領主様の工事で怪我をした村人への治療費は、どういう手続きで支払われるんですか」


 笑顔の下で、何かが揺れた。本当に一瞬で、すぐに元に戻ったが。


「さあ、私はそういった手続きには詳しくなくて。では失礼します。祭り、楽しみにしていますよ」


 彼は歩き去った。

 私はその背中を見送りながら考えた。

 ベルタの家を見た時の、あの目。驚きでも好奇心でもなかった。

 あれは——罪悪感に似た何かだった。


 知っている。あの人は知っている。治療費が払われていないことも、コウが何をしたかも、たぶん。



六 古い小屋


 森の古い小屋は、すぐに見つかった。

 扉を叩くと、軋む音とともに少しだけ開いた。中にいたのは、顔を青ざめさせた十八歳の青年だった。目が赤い。ずっと泣いていたのだろう。


「知ってる」と私は言った。「父親を助けたかったんでしょう」


 コウは顔を覆って泣き崩れた。私は隣に座って、泣き止むまで何も言わなかった。


「父ちゃんが苦しんでるのを見てたら、もう限界で。祭りの金は、すぐ返すつもりだった。本当に。ただ、薬を買う金が、どこにもなくて」

「領主に治療費を請求しようとは思わなかった?」

「思った。でもセイヴァンさんに言ったら、そういう手続きはないって。工事中の怪我は自己責任だって」


 私の中で、何かが静かに固まった。

 セイヴァンは知っていた。知っていて、握り潰した。


「分かった。一緒に村に帰ろう。全部、私が話す」



七 真相


 その日の夕方、村の広場に村人を集めた。

 ガランが仕切ろうとしたが、私が前に出た。


「最初に言っておきます。今朝の二つの騒ぎは、別々の話です。盗人が一人、二つ盗んだんじゃない。一つは盗まれた金。もう一つは、最初から盗まれてなんかいない宝石です」


 村人たちがざわついた。


「まず、宝石から」


 私はウォルド家で見たことを話した。壊された戸はなかった。銀の燭台も器も、そのまま残っていた。盗人なら、なぜ一番値の張る物を置いていく。

 そして、奥さんは大事なものを隠し場所を変えてしまい込む人で、前にも分からなくなったことがある。


「ウォルドさん。もう一度だけ、家の中を探してもらえますか。夫婦の寝室の、床板の下あたりを」


 十分後、奥さんは小さな布袋を持って戻ってきた。

 中から出てきたのは、深い青の宝石だった。光を受けて、きらりと輝いた。


「盗まれたんじゃない。しまった場所を、忘れていただけです。宝石は最初から、この村にありました」


 安堵のため息が広場に広がった。リオンが目を見開いて、その石を見ていた。


「次に、金の話」


 広場の空気が変わった。私はガランを見た。


「箱は壊されていなかった。鍵で開けられていた。鍵を持つのは三人だけ。そのうちの一つの家に、領主の工事で足を潰されて、三ヶ月も薬を買えずに寝込んでいる人がいる」


 ベルタが俯いた。

 私はコウを前に出した。そして、彼の事情をそのまま話した。父親のこと。治療費が払われなかったこと。薬代のために、返すつもりで金に手をつけたこと。


 ガランが深いため息をついた。


「コウ。なぜ相談しなかった」

「みんなに迷惑をかけるのが、怖くて」

「馬鹿者」と言ったガランの声は、優しかった。「隣人というのは、そういう時のためにあるんだ」


 何人かが頷いた。


「そしてリオンは」と私は言った。「最初から、何もしていません。この人はただ、父親の親友に会いに来ただけ。五年間、どう声をかけようか考えながら」


 誰かが笑った。温かい笑いだった。

 ウォルド家の奥さんが、リオンの前に歩み出た。


「うちに来てください。夫の話を聞かせます。あなたのお父様のことも、聞かせてほしい」


 リオンは深く頭を下げた。その肩が、小さく震えていた。



八 もう一つの顔


 広場が穏やかな空気に包まれた頃、私は外れに目をやった。

 セイヴァンが、腕を組んだまま一部始終を見ていた。

 目が合うと、彼はゆっくり近づいてきた。


「なぜ、宝石が盗まれていなかったことにしたんですか」


 嫌味な笑顔だった。私はその質問を無視して、まっすぐ見上げた。


「コウの父親の治療費を、領主様に正式に請求します。手続きを教えてください」


 笑顔のまま、セイヴァンは私を見た。


「それと、もう一つ。リオンのような男に、盗みの濡れ衣を着せるのはやめてください。父親と同じ事故で苦しむ家を踏みにじって、よそ者一人に村中の疑いを向けさせる——あなたは、今朝この村で何が起きるか、最初から知っていた。違いますか」


 セイヴァンの笑みが、初めて崩れた。

 今度は目も笑っていなかった。さっきまでの丁寧すぎる笑顔ではなく、何か別のものが混じった、複雑な笑い方だった。


「……分かりました」と彼は静かに頭を下げた。「手続きの書類を、用意します」

「ありがとうございます」


 拍子抜けして踵を返そうとした私を、彼は呼び止めた。


「セイラ嬢」


 振り返ると、彼は何か言いかけて、やめた。そしてまた笑顔に戻った。


「祭り、楽しんでください」


 それだけ言って、彼は歩き去った。

 その背中を見送りながら、私は思った。

 やっぱりあなたは、何かを知っている。今朝の事件のことも、この村のことも——ケイ・サヴァじいさんのことも。

 いつか、話してくれる日が来るだろうか。



エピローグ


 その夜、私は村外れのじいさんの家に行った。

 もう誰も住んでいない家だ。それでも、まだ片付けられない。

 縁側に座って星を見上げた。懐の宝石が、微かに温かかった。


 じいさん。今日また一つ、分かったことがある。

 理不尽はどこにでもある。強い者が弱い者に罪をなすりつける。声を上げられない人間が、黙って耐える。

 でも、じいさんはそれでも怒らなかった。いいんだ、と言った。

 私にはまだ、その意味が全部は分からない。

 ただ一つだけ分かる。じいさんが守ろうとしたものを、私も守ればいい。

 それだけだ。


 風が吹いた。草が揺れた。遠くで、祭りの準備をする村人たちの声がした。


── 第一章 終 ──


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ