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「うわぁ.....!これ、どうしたの?」
今日、センターの壁に新しく絵姿を飾った。
早速トーラが足早に駆け寄ってきて、隣で感嘆の声を上げる。
虹がかかる雨上がりの空と大地を背景に、並んで立つ夫婦。
装いは、シンプルながらも上質な生地であつらえた正装で、襟には 特別なモチーフが刺繍されている。それは『新しい始まりの象徴』である、喇叭水仙を模ったもの。トーラが 大切に育んできた トーラ・クローズである証だった。
「ミーナ夫人が、僕達の結婚祝いに絵を描いて下さったらしい。ネルゲンさんが、今朝の納品時に持ってきてくれたんだ」
「へぇ.....!って、ええっ、そんな.....ミーナ夫人って、実はものすごく有名画家さんだったのよね.....?先日のお茶会で、あなたが言っていたじゃない」
冷や汗を流しながら、トーラが僕を見た。
「ああ。僕が子供の頃 まだ画家として駆け出しだった彼女の作品をたまたま見かけて。そこから、ずっとファンだから間違いないよ。
今では、数々の名作を世に送り出してきた有名画家さ。
夫人にお会いするのは、ネルゲンさんに誘われて二人で自宅に伺った 先日のお茶会が初めてだったから、それまでは僕も知らなかったんだが」
「じゃ、じゃあ これ.....ものすごい価値なんじゃ.....」
「かもな」
「かもなって、そんな普通に.....」
トーラは、姿絵に視線を固定したまま 口の端をヒクヒクさせていた。僕はそんな彼女を微笑ましく見てから 絵に再び視線をうつしーー
ゆるゆると眉尻を下げた。
「......夫人に気を遣わせてしまったな」
「そうね。お祝いだなんて」
同じように眉を下げたトーラが共感してくれるが、僕が言った意味は少し違っていた。
「いや。それもなんだが.....」
「............?」
「......僕の表情だよ。贈り物だから、きっと気遣ってこんな風に描いて下さったんだろうなと思って」
ぴったり寄り添う絵の中の僕達は、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべている。普段の僕ならあり得ないはずの自身の表情に、申し訳なさが込み上げたのだがーー。
「何言ってるの?」
「え?」
トーラは、絵と僕自身を交互にまじまじと見つめる。
「まぁ、確かに最初の頃より 表情が柔らかくなったけれど.....随分前から」
ーーマルネスは、こんな表情よ?
言われて、僕は固まった。
すぐには意味をのみ込めなかった。
「気づいてなかったの? ふふ。あなたは たまに私のことを鈍いって言うけれど。......あなただって、相当よ?」
くすくすと、トーラが愛情たっぷりに優しく笑う。
その顔を見ているうちに、僕の中ですとんと何かが腑に落ちて、「ああ.....」と一人で納得した。
「.....そうか。僕は......」
トーラと出会う前の僕は、自分が嫌いだった。
周囲が僕を『冷酷だ』と評価するたび、僕はどうしてもっと人に『優しく』できないのだろうと苦しくなった。
でも、そんな自分を変えられなかった。
柔らかな言葉で曖昧にすることが『優しさ』だとは、僕には思えなかったから。
他者に何と言われようと、自分の中に気持ちがないなら 期待を持たせる言葉は使いたくなかった。きっぱり諦められる方が 相手にとって、最後はいい結果を招く。そう思った。
仕事も。例え、厳しくうつっても『売る』服を作りたいという トーラ自身の願いを達成できるよう、サポートしたかった。
僕なりに真摯に相手に向き合う。
それが『僕』であり、僕の中の『優しさ』だったんだ。
トーラ。
僕自身が嫌ってしまった『僕』を見つけてくれた君に、僕は救われた。
君に出会えて、僕のかたい心は解けた。
不器用な自分を認めることができた。
君と関わる日々の中で、いつしか僕は『僕』を好きになれたんだーー。
ふと止んだ笑い声。
ふわり僕の腕に抱きついたトーラが、そっと僕に問いかける。いつか トーラに訊かれた、あの日からずっと考え続けている大切な『質問』をーー。
「.....ねぇ、マルネス。優しさって 何ですか?」
『優しさ』とは、僕なりに真摯に相手に向き合うこと。それとーー
「君の気遣いや行動、言葉。すべて、かな。つまりは.....」
ーー僕にとっては、トーラ自身が『優しさ』ってこと。
その答えを聞いて、トーラは目を丸くして.....
再び楽しそうに笑い始めた。
「ふ、ふふふ。マルネス.....奇遇ね。私もそう思っていたところ」
「君も?」
「ええ。私にとっては、マルネス自身が『優しさ』だわ」
「......ああ。確かにそうだね」
優しさは、人によって形をかえる。
正解も不正解もない。
でも、きっとーー
始まりは同じ。
「……綺麗ね」
「ああ。僕たちは、周りにこんなふうに見えてるんだな」
絵姿を眺めるトーラの細い肩を抱き寄せる。
彼女の甘い香りが、胸を満たしていった。
「嬉しいわね。私……とっても、幸せよ」
「僕も。すごく幸せだ……」
ーー相手の『幸せ』を願うこと。
そこから『優しさ』は始まって、ずっと続いていくのだ。
【完】
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
春のチャレンジ企画で描き始めました こちらの短編作品ですが、なんとか完結までたどり着けました(o^^o)
さて、あっという間に春が過ぎ、太陽がじりじりと肌を焦がしている 今日この頃。
作者はすでに、手の甲もおでこも こんがりといい色になってきております.....。
皆様 お身体ご自愛下さいね。
また、お会いできますように。
こころ ゆい




