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その日は、通常より早く大学を終えてセンターに向かっていた。
まだマルネスは魔法医の仕事をしている時間。センターの鍵は預かっているから、先に仕事を始めておこう。そう考えていた時。
「好きです……私と、お付き合いして下さい!」
病院の裏手から、声が聞こえてきた。
反射的に視線を向けた先で、ふわりと舞い上がった白衣の裾が、白い壁からのぞいた。
「断る」
「っ、ど、どうしてですか……」
盗み聞きなんていけない。思いながらも、耳は勝手に音を拾って心臓を騒がせる。
......やっぱり、マルネスだ.....
「僕は君がタイプではないし、好きではない。今後も好きになることはありえない」
「なっ……!そんな言い方、ひ、ひどい!もっと他にも伝え方があるのにっ!なんて冷たい人なのっ!?」
ばちん!と盛大な平手打ちの音が響く。
女性は泣き顔を手で覆って、パタパタと私の横を通って走り去って行った。
振り返らないマルネスの背中は、何事もなかったようにスンとして感情を見せない。
打たれた頬を押さえるでもなく、ただじっと佇んでいた。
......本当、しょうがない人。あんなの真に受けて。
「大丈夫ですか.....?」
無意識に足は動いて、近くの水道で濡らしたハンカチを差し出していた。
マルネスは、突然現れた私に驚いた様子だったけれど、すぐに状況を把握して差し出されたハンカチは受け取ろうとしなかった。
「本当に、大丈夫だから。……腫れた方がいいんだ」「え?」
「なんでもない、忘れてくれ」
「…………」
彼の言った意味は、理解していた。
胸が苦しかった。
「とにかく、これはいいから。……じゃ」
「待って下さい!!.....やっぱり、ダメです。きちんと冷やして下さい」
心配と、少しの苛立ち。
何への苛立ちだったのか。
ひとつじゃなかったと思う。
彼になにも影響を与えられない、無力な自分に。
毎日共に過ごして 何度も「好きだ」と伝えていても、彼の身体に馴染んでいるのは周囲の声の方だという現実に。
だから、次に彼が放った言葉が、実は嬉しかった。
ーー君はどうして、僕を嫌わないんだ……?
ーー僕から離れていかないんだ……?
ほんの少しでもマルネスの心に、私の「好き」が届いていたのだと思えたから。
「あなたは優しい」と伝えた時の彼の顔は普段のポーカーフェイスが嘘みたいに表情豊かで、とても可愛らしく見えてーー
イタズラ心が湧き上がった。
「好きよ、あなたのことが。とっても」
マルネスは、なんとなく察していたのだろうけれど。やっぱり返ってきた答えはいつも通りで、もっと笑顔になった。
「ええ。知ってる。……そんな所が、大好きなんですもの」
たとえ 冗談でも、思ってもないことは言えない
私の愛おしい人。
「……君、やっぱり変わってる」
「そう?」
「ああ」
「そう言うあなたも。相当な変わり者だと、自覚した方がいいわ」
平手打ちを、自ら「戒め」にしようとするなんて。
少しは怒ったっていいのに。
全部受け止めて、呑み込む必要ないのに。
だって、
アレは、あなたなりの女性への気遣いでしょう。
時間が経って振り返った時、気づく人は気づくわ。
現にほら。私は、気付いているわよ。
まぁ、私はすぐに気付いたけれどね。
そんな気持ちで彼を見たらーー
マルネスは無邪気に笑っていた。
私が見た、彼の初めての笑顔だった。
みんな、この人のどこを見て「冷たい」なんて言うのだろう。見る目がないのね。
そう思うのと同時に、
彼のことを一番知っているのは私だと、独占欲と優越感を刺激されるのを感じた。
あなたは、私が自分の中にどんどん入り込んでくるって言ったけど。あなたもよ、マルネス。
最初は、あなたに自身の魅力に気付いて欲しいだけだった。でも、今は.....
私は一体、あなたとどうなりたいのかしら。
もし、あなたが私を好きになってしまったら.....あなたの『未来』は、幸せかしら。
ーーねぇ、マルネス。優しさって....何ですか?




