第68話 後日談 未来は、ちゃんと明日に続いている
翌朝、私はいつもどおり少し早く目が覚めた。
窓の外はまだ薄暗く、北の空気は冷たい。
けれど胸の中に、以前のような“追い立てられる感じ”はない。今日やることは分かっているし、全部を今この瞬間に抱え込まなくていいと知っているからだ。
机の上には、昨夜置いてきたはずの書類はない。
代わりに、ミアが持たせてくれた明日の議題メモだけがある。共同備蓄の更新、夏前点検の整理、新人講習の補足。
どれも大切で、どれも明日でいい仕事だ。
「起きているのか」
ルシアン様が扉越しに声をかける。
「はい」
「朝食の前に、壁の報告だけ」
「持ち込みですね?」
「定時前だ」
「それは抜け道です」
「駄目か」
「少しだけなら」
扉を開けると、彼は珍しく困ったように笑った。
たぶん私たちはこれからも完璧ではない。仕事を持ち込みたくなる日もあるし、余計に背負いそうになる日もあるだろう。
でもそのたびに、話して、線を引いて、必要なら書き直せばいい。
約束は、最初から完璧でなくてもいい。
守ろうとする意思と、見直す余地があれば、ちゃんと続いていく。
私は朝の光の中でそう思う。
未来は、遠い場所に突然現れるものではない。
今日の板の左端に貼った札みたいに、ちゃんと明日に続いている。
だからきっと大丈夫だ。
私たちはこれからも、地味に、丁寧に、幸せを積み上げていける。




