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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第3章
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君と私の新婚旅行①

 なにか、幸せな夢を見ていた気がする。


 上体を起こした私は、明るくなった窓の外を暫く眺めてから、隣で寝ているミカンを見下ろした。朝日に照らされたその安らかな寝顔は、さっきまで見ていた夢を彷彿とさせた。

 無意識のうちに頬を撫でていたようで、ミカンを起こしてしまう。

「ん……林檎の方が早起きなの、珍しいな……」

「うん。ごめん、起こしちゃったね」

「大丈夫だ。なんかあったのか?」

 その問いに、私はミカンの頭を撫でながら答える。

「なんか、すごく幸せな夢を見たの。ミカンとこの家で、ずっと一緒に暮らす夢」

 ミカンはそれを聞いて呆れたように、それでいて嬉しそうに笑った。

「はは、なんだそれ。いつも通りじゃないか」

 そうだね。と私も笑って、少し前から考えていたことを思い出した。

「ね、ミカン。前言ったあれ、行こっか」

「んー……なんだ?」

「新婚旅行」

 その提案に驚いて目を見開くミカンに、私は微笑んだ。


 ◆


 数日後、私はしかめっ面でハンドルを握っていた。

「ううう……山道怖すぎるんだけど……」

 新婚旅行は有言実行で行き先を温泉旅館にしたはいいものの、宿泊客の少なさを選んだら山奥になってしまったのだ。公共機関だと一目についてしまうので、仕方なくレンタカーを借りて旅館へ向かっている。

「ほら頑張ってくれ。新婚旅行に連れてってくれるんだろ」

 ペーパードライバーが故にめちゃくちゃ怯えながら運転している私の隣で、ミカンはスマホでマップを見ながら道案内をしつつ、私を励ましてくれる。ミカンの言葉に私は深呼吸をして、自分に喝を入れ直す。

「うん……頑張るね」


 何十分か運転して、この先は暫く一本道なので私は少し肩の力を抜いた。ミカンもスマホを置いて一息ついている。

 と思ったら、さっきから横顔を見つめられていることに気がついた。

「ねぇ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど……何?」

 運転に集中しながらもそう尋ねると、

「林檎の真剣な横顔、格好良く好きだなと思って」

 と、ミカンがはにかみながら答える、

 ほんとに……手が離せない時にそういう可愛いこと言うの、本当にずるい。運転中じゃなかったら今すぐ抱きしめてるのに。というか、眉間に皺寄せまくってる横顔を格好いいって言われるのも少し複雑だ。

 ミカンはその後も、道案内の合間を縫っては私の横顔を嬉しそうに見つめていた。


「あーやっと着いたぁ……」

 ようやく旅館に到着し、駐車場になんとかレンタカーを停めた私は背もたれに全体重を預けて体を伸ばす。

 深く息を吐いてまだ陽の高い空を見上げていたら、隣からミカンが手を伸ばして、私の髪を撫でてきた。

「お疲れ様、慣れない運転ありがとうな」

 そう労ってくれるミカンの頭にはすでに帽子が被られていて、人目対策はばっちりだ。流石に山奥の旅館とはいえ、屋外では耳を見られないよう気を張らなければならない。まぁ客室にさえ入ればミカンも人目を気にせず寛げるだろう。閑散期ということもあって、宿泊客もそれほど多くないのも好都合だ。

 私達は車から降りると、辺りを見渡す。豊かな緑に、新鮮な空気。深呼吸をすると、緊張で凝り固まった身体が少しほぐれた気がした。

 後部座席に積んでいた荷物を手分けして運び、旅館の入り口へ向かう。

「いいな、ここ。緑がいっぱいだ」

「ね。あとで周辺をお散歩しよっか」

 そんな話をしながら旅館に入り、受付を済ませる。女将さんに着いていくと、客室に案内された。畳の上には既に布団が二枚敷かれている。

 一通り説明を終えて立ち去る女将さんを見送ると、私は早々に布団にごろんと寝転がった。

「あーお布団気持ちいい〜」

 普段は洋室にベッドだし、実家もそうだったので畳に布団が新鮮で心地良い。少しひんやりとした布団の質感を堪能している私の隣に、帽子と上着を脱いだミカンが腰を下ろした。

「布団、先に敷かれてるんだな。どっかのタイミングで女将さんが敷きに来るんだと思ってたよ」

 少し安心したようにそう言うミカンに、私は寝転んだまま答える。

「普通はそうなんだろうけどね。予約の時に聞いてみたら、先に敷いてもらえるって言うからお願いしたんだ」

 そっちの方が、ミカンも寛ぎやすいでしょ。そう付け加えると、ミカンがガバッと私に覆い被さって抱きついてきた。顔が塞がって苦しい。肩口から顔をなんとか出して、ミカンを抱きしめ返す。

「ありがとう。林檎、大好きだ」

 幸せそうに呟きながら私に頬擦りしてくるミカンの髪を、優しく撫でてあげる。新婚旅行で浮かれているのか、今日はミカンがやたら素直で可愛い。

 それだけでも、頑張ってここまで連れてきた甲斐があるというものだ。

「私もミカンのこと大好きだよ」

 窓から差し込む日差しと、畳の香りを感じながら、私たちは暫くそうしていた。

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