第8話 彼女たちの事情
「他言無用にしてくれる?」
が、展開は思わぬ方向に。どうやら話してくれるらしい。和花さんは困ったような顔で、腕を組む。
だから、話さなくていいよ、別に。僕にとってみれば、どうでもいい話しだ。
「秘密にしろというなら、誰にも言いませんよ」
「本当ね。信じるわよ」
「いや、大丈夫ですけど、別に話したくないなら、話さなくていいですよ」
下手に情報が洩れて、僕のせいだと後になって責められても責任取れない。実際、秘密と言われたことを、ペラペラ他人に話す人の気が知れないと思う方だから、心配してくれなくてもいいとは思うけど。
「わかったわ。これもなにかの縁。特別よ」
和花さんは仕方ないわね、みたいな顔で髪をかき上げた。
えっ、話すの? だから、話さなくていいのに。もう、帰って小説の続き読ませてくれよ。とは、言える雰囲気ではないな。
「秘密にしている理由は二つあるの。一つは火曜日の定休日以外、私は店を手伝っているから。堂々と開業しても、対応できる自信がないの。さすがに表面上、火曜日だけ営業ってわけにもいかないでしょ」
「お店、人手不足なんですか?」
「おじいちゃん一人だからね。店自体、広くないけど、おじいちゃんも歳だし。一人で料理、接客の両方するのは無理があるの」
「名店と言われる蕎麦屋なんだよね。後継者はいないんですか?」
バイトを入れる余裕がないにしても、普通なら両親のどっちかが手伝うのが自然な成り行き。カウンセラーとして開業している娘に全て投げ出すのは、どうかと思うが。
「私も蕎麦を作る手伝いはするけど、おじいちゃんの味はまだ出せない。おじいちゃんは、いつも店は自分の代で終わらせるから、私には好きなことをやれって、言ってはくれるんだけど。そういうわけにはいかない」
と、和花さんは複雑な顔を覗かせる。
なんだろう。いまいち、納得できない説明だ。
「そうではなくて。普通、孫である和花さんだけではなく、両親が店の手伝いをするものじゃないですか」
親が店を放ったらかして、子供に全て任せるのも変な話しだ。
和花さんが好きでやっているなら別だけど、店の手伝いが原因で、カウンセラーの仕事が中途半端にしてしまう状況なら尚更。辞めたほうがいいと思うが。
「親はいない」
「えっ」
和花さんの言葉が唐突過ぎて、僕は間が抜けた声を出てしまう。
「6年前、交通事故でね。両親揃って死んじゃったわ」
悲しげな影をみせることなく、和花さんは真っ直ぐに僕の目を見据える。
僕は唖然とした。それはまずいことを、聞いてしまったからじゃない。
両親を一度に失った現実を、引きずった様子もなく、堂々と答える姿。和花さんの目にはもう迷いはない。完全に立ち直った、または吹っ切ることの出来た人の目だった。
6年前。なんの因果だろう。姉さんが死んだ時期と一緒だ。
「でも、一番の理由は二つ目。私達のカウンセリング方法が、ちょっと特殊なの。ううん、ちょっとじゃないね。大分、特殊」
「どういうことです?」
当然、聞き返す。和花さんは横にいる柚ちゃんを一瞥してから、両肘をテーブルに付け、前かがみになる。
「あなたもわかると思うけど、普通、カウンセリングって、患者者から相談を受けるでしょ。それも一日で解決することは少ない。まずは回数を何度も重ねて、相手に信頼してもらうところから始まる。カウンセラーはそこで、相手の自己分析を行う必要がある。十人十色って言葉があるように、人によって救いになる言葉や対応は異なっていくから」
僕は反論せず頷く。当たり前の内容なので、口を挟む必要がないからだ。
「でも、私達のカウンセリングは違う。患者さんと直接、話しをしない。依頼してくるのは、第三者であるクライアント。例えば、あなた。歩君が心に病があった場合、あなた自身が私の元にカウンセリングに来ても、私は対応出来ない。第三者である、あなたの両親だったり、友達が歩君をカウンセリングして欲しいと依頼があれば、対応出来る」
「なんで、そんなややこしいことを?」
「まあ、火曜日にしか診療出来ないから、仕方ないわよね」
目を逸らし、気まずそうに和花さんは口籠る。
嘘を言っている顔。というのは、すぐにわかった。
「で、実際の理由はどうなんですか?」
間髪入れず、僕が問い詰めると和花さんは、ぎょっとした顔をする。その瞬間、横で聞いていた柚ちゃんが吹き出したように笑う。
「ははは。お姉ちゃん。もう、歩君に見抜かれてるじゃん」
笑う柚ちゃんの横で、和花さんは眉を顰め、渋い顔をしている。ただ、ムスッとしたまま、なにも話してくれない。
「お姉ちゃんは言いたくないだろうから、代わりに話すけど」
と、代弁するように、柚ちゃんが代わりに口を開き始めた。
「火曜日しか診断出来ないから。っていうのもあながち嘘じゃないだよ。ただね、お姉ちゃん、普通に診断しても、ダメなの。完全にむいてないんだよね」
「なにか問題でも?」
「問題だらけでしょ。考えてもみてよ。歩君、カウンセリングに行った時、相手がお姉ちゃんだったらどうする?」
どうする、と言われたので、僕はそのまま和花さんの顔を見た。
「あー」
「なによ。あーって」
僕が納得したように出した声に対し、和花さんは不愉快な顔をする。
確かにこの目力でずっと見つめられたら、こっちは身構えてしまう。患者さんに、この人なら話してもいいかな。という、第一関門がクリア出来ない。
「和花さん、美人だから仕方ないですよ。ヤクザみたいに、目が怖いのは」
「なにフォローしている風にして、さりげなくディスってるのよ」
僕の言葉に対し、和花さんは怒るというより、困ったような顔をしていた。本人も自覚はあるんだな。いや、けして目つき悪いわけじゃない。目力が強すぎるだけだ。でも、患者さんから警戒されるのであれば、どっちも一緒だな。
「後、お姉ちゃん。コミュ力も低いんだよ。どちらかというと人見知りのタイプだし。フォロー下手くそだし。正直、カウンセラー向いていないと思う」
「柚。あんたはフォローもなく、遠慮なしに姉をディスるのね」
柚ちゃんの悪口とも呼べる言葉に対し、和花さんは完全に戦意喪失になっていた。
「まあ、いいわ。話しを元に戻すけど。私達はカウンセリングを受ける本人とは話しをしない。カウンセリングを受ける患者さんにあった、物語をプロデュースし、実行に移すだけ」
「プロデュース?」
なんだそれ。またわけがわらない話しになったぞ。
「あー。なんて言ったらいいのかしらね」
クエスチョンマークが頭についた僕に対し、和花さんは少し考え込むような仕草を見せた後、顔をあげた。
「例えばね、悩みを抱えた時、人はどうやって、その悩みを解決すると思うかしら?」
「それは、カウンセリングに時間をかけて、その人の悩みを」
「あー、ごめん。そうじゃなくて……カウンセリングを受けるという選択肢は抜きとして考えて」
僕の言葉を遮るように、和花さんは口を挟んだ。
カウンセリング抜き? どういうことだ。カウンセリング抜きで、どう対応するというのだ。
和花さんは説明の仕方に悪戦苦闘しているようだが、僕は理解するのに悪戦苦闘してしまう。
「歩君。難しく考えすぎだよ。悩みある人は皆、カウンリングを受けにくるわけじゃないでしょ。人に相談しなくても、問題が解決出来ることもあるじゃない」
人に相談しなくても、解決出来る方法。僕は柚ちゃんが言った言葉を、頭の中でオウム返しする。なんだか、ナゾナゾを出されている気分だ。
「例えば、歩君は今までの人生の中で、大きな悩みを抱えて、それでも乗り越え、解決したことってあるよね。その中の一つでいいの。それは、どう解決された?」
更に柚ちゃんが補足する。悩みと言われ、とっさに姉さんの顔が浮かんだ。
「あなたのお姉さんのことは抜きで考えなさい。歩君、あなたはまだその件に関しては、解決していないようだから」
心が読めるのか、僕の表情がわかりやすいのか、和花さんはいらんことを真顔で指摘してくる。僕は後ろめたい心境のまま、昔の記憶を蘇らせていく。
いきなり、大きな悩みを抱えた時期と言われても、思い浮かばない。と、困っていた時、不意に過去の映像が頭をフラッシュバックした。
「小学校の頃、僕、イジメにあっていたんです。結構、酷くて……クラスメイト全員で無視されたり、集団でリンチされることもありました。当時は、自殺したいと考えたこともあったくらいだったと思います」
「歩君。結構、ダークな過去持ってたんだね」
僕の話しに、柚ちゃんは苦笑する。
「いい経験したじゃない。学生時代に、大きな挫折をしない人の大半は、社会人になって挫折する。そして、なかなか立ち上がれない人が多いのよ。当然よね、免疫がないもの。だから、あなたは今後、いろんなことを乗り越えていけると思うわ」
一方、和花さんは同情する様子は、一切なしで淡々としている。きっと、励ましてくれているんだろうけど、もっと優しい言い方が出来ないものだろうか。
「で、どう解決したのかしら?」
と、和花さんは結論を急かす。僕は苦し紛れに頭を掻いた。
正直、あまり思い出したくないないし、人にあまり話したくない。でも、過去の大きな悩みで、解決した事件など、今時点ではこれぐらいしか浮かばないしな。
僕は当時の記憶を思い返しながら、天井を見上げた。
あれは確か、小学六年生の出来事だったかな。