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柊メンタルクリニック  作者: 結城智
第2章 依頼
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第17話 依頼

「まさか、あの姉ちゃんが、カウンセラーとはな」


 翌日。僕と蓮は蕎麦屋、柊に向かっていた。


 今日、和花さんと会うことを話したら、蓮は一緒に同行したいとのこと。僕は道中、車内で和花さんのことを説明していた。


「でもさ、そのカウンセリング方法はいいな。くるみは直接カウンセリング受けるより、日常で切っ掛けを与える方法が合っていると思う」


 それなら、くるみちゃんを無理矢理、カウンセリングを連れて行かないで済むし、とても都合がいい、と言いたげな口調だった。


「僕は外道だと思うけどね」


 和花さんは大学、大学院と出て臨床心理士の資格を持っている。


 そこまで、心理学の勉強をしてきたにも関わらず、直接、対話をせず、第三者としてカウンセリングを行うやり方を嫌悪する自分がいた。都合があるにしても、気にいらない。


 でも、それはあくまで個人的な見解。


 今回は蓮の言う通り、くるみちゃんの性格上、素直にカウンセリングを受けるのは難しい。そういう部分を考えれば、和花さんのカウンセリング方法は、くるみちゃんにもってこいの方法。それは同意見。というか、自分もその答えに辿り着いたから、和花さんを頼るしかなかったのだ。


「それとさ、お金結構かかるそうだよ」

「えっ、いくらくらい?」

「少なく見積もって十万だってさ」

「じゅ、十万か」

「辞めようか?」

「い、いや、バイトで貯めた金あるし。くるみを助けると思えば、安いもんさ」


 とか言いながら、蓮の顔はひきつっていた。


 当然の反応だな。大学生からして十万円はかなりの大金だ。


「まあ、紹介したのは僕だしね。援助はさせてもらうよ」


 僕は普段、本を買うことと、ガソリン代くらいしか出費がない。だから、本屋の時給は安いが、僕の通帳は月々、貯まり続ける。昨日、通帳を見たら、20万近くはあったのは確認済みだ。


 僕はくるみちゃんを助けたいという純粋な思いと、柊メンタルクリニックがどういったカウンセリングを行うのか、実際に拝見したいという興味本位の気持ちがあった。


 ただ、この後者の気持ちは、蓮には黙っておく。



 時刻は十三時。蕎麦屋柊に車を停車させ、僕達は車から降りる。


 ここに来るのは、これで三回目。まさか、この場所に食事にではなく、カウンセリングとして訪れるとは、三ヶ月前は夢にも思わなかったはずだ。


「いらっしゃい、歩君。久しぶりね」


 前回と同様、庭から出迎えに来てくれる和花さん。こないだと一緒でスーツ姿だ。


「お久しぶりです。すいません、今日は突然」

「構わないわよ。これも仕事だしね」


 和花さんは僕の顔を見た後、横にいた蓮に目を移す。


「あら。あなた、こないだ歩君と一緒にいた」

「どうも。あの、今日はよろしくお願いします」


 いつもの軽いノリではなく、蓮は緊張した面持ちで頭を深く下げる。和花さんは蓮の姿を観察するように凝視した。


「カウンセリングしたいのは、あなたの妹さん?」

「はい。そうです」

「わかりました。詳しい話しは部屋で伺います。どうぞ、こちらへ」


 丁寧な口調になった和花さんは、仕事モードに切り替わった目になっていた。




「歩君。久しぶり」


 前回同様、居間に案内されると、そこに柚ちゃんの姿があった。僕が入ってきた途端、人懐っこく手を上げる。


「久しぶり。柚ちゃん」


 僕も挨拶を返し、その場に腰を落とす。蓮は柚ちゃんを見て一瞬、戸惑っていたが、同じように僕の横に腰を落とした。


「あの子が、噂のシナリオライター?」

「うん。そうみたい」


 蓮が小声で耳打ちする。


 シナリオライターという表現が正しいかわからないけど、この場は頷いておいた。


 その後、蓮は和花さん、柚ちゃんに自己紹介すると、単刀直入に状況を説明する。


 柚ちゃんの方も完全に仕事の顔になり、蓮の話しを真剣に聞き、都度メモをとっていた。


「まあ、そんな感じで」


 一通り説明を終えた蓮。和花さんと柚ちゃんは互いに顔を合わせ、僕達に聞こえないくらいの声のボリュームで、一言、二言、話しをする。


「じゃあ、質問いいかしら。蓮君」

「はい」


 目力のある和花さんに直視され、蓮の背筋はピンとなる。なんか、面接を受ける受験生みたいだな。


「ああ。あまり緊張しないで。自然体でいいのよ」


 蓮の様子に気付いた和花さんは、フォローする。


 いや、無理だ。和花さん、普通にしていても威圧感凄いもの。それ、自分で気付かないものかな?


「なに言ってるの。お姉ちゃんの顔が怖いから、緊張するんでしょ」


 僕が心の中で思っていることを、そのまま、正面にいた柚ちゃんが言ってくれた。柚ちゃんに肘で突かれた和花さんは、バツが悪そうな顔をする。


 ただ、そのやり取りを見ていた蓮が、少し笑っていた。どうやら、緊張が少し解けたようだ。


「ちなみに、答えたくない質問は答えなくていいわ。蓮君にも守秘義務があるから。但し、妹さんを救いたいなら、出来るだけ正直に答えてくれた方が懸命よ」


 和花さんの口調は穏やかだが、喋る内容は半分脅しかかっている。


「わかりました」


 蓮は緊張した面持ちで頷いた。


「くるみちゃんと歩君は、付き合ってるの?」

「はっ?」


 最初の質問で、僕の方が声を変な声を上げてしまう。


 なにを言っているんだ、この人は。


「付き合ってないですよ。なに言ってるんですか?」


 この時、蓮ではなく、僕の方がムキになって答えてしまった。すると、和花さんは不機嫌な皺を眉間に寄せ、僕を睨む。


「歩君。あなたに質問してないわ」

「いや、だって。失礼でしょ」


 ムキになる僕の肩を蓮は抑え「大丈夫だ。歩」と、冷静に首を振ってみせる。


「付き合っては、いないです」


 改めて、蓮が僕の代わりに答える。


 そうだ、そうだ。ガツンと言ってやれ。


「でも、くるみはきっと、歩のこと好きです。本人は絶対、口にしないでしょうけど」


 蓮が落ち着いた口調で話す言葉に、僕は面食らった。一方、和花さんは腕を組み、目を閉じると、納得したように頷く。


「なんの冗談だ。蓮?」

「冗談じゃねぇよ。てか、前から言おうと思ったけどさ。歩、鈍すぎ」


 蓮は呆れたように溜息を漏らし、眉間を抑えていた。


 嘘、なにこの展開。もしかして、僕が今カウンセリングされてる? モテない僕を自信を持たせるカウンセリングか?


「そうだよね。そうじゃなきゃ、閉じこもっている妹を、他人に任せようと思わないよね。兄として複雑だ」


 沈黙だった空気の中から、柚ちゃんが面白そうに口を挟む。


「そりゃ、複雑だよ」


 蓮は僕を一瞥すると、すぐに目を逸らした。


「だけど、くるみが歩を好きになる理由はよくわかる。歩は放っておけなくて、母性本能くすぐる奴だし。この通り、自分のことに対しては鈍感だし。不器用で、人に誤解されることが多くて、貧乏クジばかりひく運の悪い奴だ」


 あれ。なんか、さりげなく、ディスられているのは、気のせいだろうか? なんだか、とても複雑な心境だ。


「でも」


 まだ、言い足りないのか、蓮は言葉を繋げる。


「昔から自分のことより、他人のことを第一に考えようとする、優しい奴なんです。そんな歩を好きになる、くるみの目に狂いはないし、そんな奴を選ぶくるみを、俺は兄として誇らしく思います」


 照れ臭いのか、蓮は僕の方は見ず、和花さんに向かって答えていた。それに対し、僕は心ときめく告白を受けたような、恥ずかしい気持ちになる。


「た、蓮。僕のこと、そんな風に思ってくれたんだね」

「勘違いするなよ! 俺は誰も、くるみと付き合うのを認めたわけじゃないからな」


 感極まって、蓮の肩に手をかけようとすると、それを阻止するように蓮が僕の頭を鷲掴みする。


 なんだ。蓮の奴、意外に照れ屋さんなんだな。


「じゃあ、今度は歩君に質問よ。さっきから、喋りたさそうだし」


 戯れ合っている僕等を傍目に、和花さんは唐突にそう切り出してきた。


 喋りたいんじゃなくて、あれは否定したかっただけなんだけどなぁ。と、反論もする暇なく、和花さんの問いは飛んでくる。


「歩君。蓮君や、蓮君のお父さんが説得しても、部屋に出なかったくるみちゃんを、どう言って説得したの?」

「どうって?」

「仮にくるみちゃんが、あなたのこと好きでも、そう簡単に行くわけがないのよ。親が死んで閉じこもるのは、変なことじゃない。それが自分のせいだと思っているなら尚更」


 和花さんはまるで、経験者であるような口調で語る。


 いや、経験者であるようではない。経験者なのだ。むしろ、和花さんや柚ちゃんは、母親だけではない。両親をいっぺんに失っている者だ。


「彼女がきっと、歩君になにかを言われ、自分の中で無理矢理気持ちの整理をし、外を出る決意をしたと思う。その魔法の言葉が知りたい」


 魔法の言葉。バカいえ、そんな格好いいものじゃない。単にくるみちゃんは、僕の言葉に絶望し、見切りをつけたのか。もう一つ加えるなら、僕や周りの人達にこの以上、心配かけたくないと思っただけのことだ。


「それ、知る必要あることですか?」


 黙秘を通す為、僕はとぼけたことを口にする。


「あるから、聞いてるのよ」


 当然、僕の問いに対し、あなた、なにバカなこと言ってるの? とでも、言いたげな顔を露骨にする。


 あまり言いたくないな。蓮を目の前にして。


 考え込むと、和花さんは追い打ちをかけるように言った。


「ちなみに、話したくないなら黙止しても構わないわ。蓮君がいる手前、黙止は出来ないから、今から下手くそな作り話するのもあなたの自由」


 選択は自由よ。と言いたげな、優しげな顔を見せたか否や、


「その代わり、私もくるみちゃんを絶対に助けられると、保証しないわ」


 と、和花さんは冷めたような目を僕に向けた。


 ズルい言い方だ。そう言われたら、こっちは正直に話しをするしかない。全く、なにが選択の自由だ。はなから選択肢などないではないか。


 まるで、人質を盾にされている気分だ。


「歩。俺、席外そうか?」


 状況を察した蓮は、腰を浮かして席を立つ格好になっていた。


「いや、大丈夫。ここにいてくれ」


 正直、いない方が助かる。が、ここで頷いてしまうと、友人として蓮を酷く傷つけてしまう気がした。


 僕は大袈裟に深呼吸すると、くるみちゃんに話したことを洗いざらい伝えた。もちろん、嘘抜きでだ。


「なるほどね」


 僕が話し終えると、顎に指を当て、和花さんはうんうん、と納得したように頷いていた。話している道中、横から刺さる蓮の視線が痛くて、僕はずっと蓮とは目を合わせないようにしていた。


「大体、わかったわ。後は、こっちで調査、プロデュースするから。日取りが決まったら、また連絡する」

「えっ? もう終わりですか?」


 突然、話しを閉じきってしまうので、僕は面食らってしまう。いや、僕だけではない。蓮もキョトンとした顔をしていた。


 話しをぶり返す気はないが、先程、僕が嫌々語った内容は、本当に話す意味があった内容だったのか疑問だ。興味本位で聞いたんじゃないだろうな。


「安心して。今まで聞いた話しの内容で、くるみちゃんのタイプがわかったから。彼女に相応しい物語をプロデュースして、彼女を救ってみせるわ。まあ、あなた達が話した内容に嘘がなければ、ね」


 なんか上から目線なのが、少し癪に障るが、和花さんの自信に溢れた姿に僕は尊敬の念を覚えた。


 一体、どんなカウンセリングを行うのだろう? そして、それは僕の中にある、なにかを変えてくれるのか。


 怖いものみたさという表現が正しいかわからないが、僕はそんな期待と不安で一杯だった。

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