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柊メンタルクリニック  作者: 結城智
第1章 出逢い
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第11話 バイト

 和花さんと別れを告げた後、僕は夕方、バイトをしていた。


 本屋の仕事バイトは基本的に、レジ業務、段ボールへ本を詰め込む返品業務、本棚の棚整理、新刊の漫画本が入った時は、立ち読み防止の為、シュリンク(透明フィルム)をかける作業を行う。

 

 今日、出勤時に業務内容を確認すると、16~20時までレジ業務だった。


 本屋のレジ、と聞くと、暇なイメージがあるかもしれないが、案外そうでもない。レジに並ぶ時は、3~4人後ろで待っている時も稀にあり、追いつかない時は「レジお願いしまーす」と、声を上げて、ヘルプを頼む時もある。

 インターネットで本を買う人が増えてきたとはいえ、本屋の経営が成り立つのは、本屋を利用してくれる人がいるからだ。また年配の方は、本の注文、また本を探している等で問い合わせてくる人も少なくない。


「なぁ。兄ちゃんや、ちょっと聞きたいんだが」


 レジが混み合い、ちょうど最後のお客さん対応を終える。その空いてきた隙を見て、80代くらいのおじいちゃんが僕に声をかけてきた。ちょうど、レジのヘルプにきていた武井ちゃんに『ちょっと、ここにいてね』と、目で合図すると、武井ちゃんはうんと頷き、その場に待機してくれた。


「はい。どうなさいました?」

 

 僕が聞き返すと、おじいちゃんは不安そうな顔で頭を掻く。


「いや、孫にな。買い物を頼まれたんだが、本のタイトル忘れたんよ」


 ああ、あるあるだな。こういう時、ちゃんとメモして出かけなさいよ。と几帳面な人は言うのだろうけど、どちらかといえば、雑な部類に入る僕は、共感できる話しだ。


 スマホやパソコンを使いこなす人は、頭に思い浮かぶ単語を検索ワードに入力して、探したりするんだろうけど、人によっては、なかなかそうはいかない。


 でも、僕はそれでもいいのだと思う。ネットで情報を手軽に入手出来る時代だ。きっと、こんな風に、知らないことを誰かに聞く。という回数が昔に比べ、圧倒的に減ってしまったと思う。昔の人じゃないから、よくわからないけど、それはそれで寂しい時代になったな。と感じてしまう。


「そうですか。なにか思いあたる言葉とかないですかね。お孫さんが、なにか言っていた単語とかでもいいのですか」


 ちなみに僕は、何故かお客さんに声をかけられる頻度が、他の店員と比べて多い。○○の本ありますか? とか、あの新刊は置いてますか? という質問が多いが、自分がレジ業務ではなく、別の業務をしていても、何故かレジを通り過ぎ、自分の元に来るお客さんもいる。蓮と一緒に歩いていても、人に道を聞かれるのは決まって僕だったりする。


 それはきっと、僕がイケメンじゃないから。だから、話しかけやすい顔なんだ。と、僕は勝手に思い込み、落ち込んでいたりする。


「うーん。鬼が出てくるって言ってたな」

「鬼、ですか」

「ああ。で、刀を持ったお侍さんが、鬼を倒す物語みたいなんだが」

「桃太郎、ですかね」

「いや、わしも一瞬そう思ったんだが、桃太郎ではないだ。犬、猿、キジは出て来んからな。そうだ。なんか、喋るカラスは出てきたぞ」

「じゃあ、桃太郎ではないですね」

「ああ、ただ今、鬼がたくさんいる巣窟に侵入して、盛り上がっているって言ってたな」

「じゃあ、桃太郎ですね」

「月島さん。それ、桃太郎じゃないよ」


 僕とおじいさんが話しをしていると、いきなり武井ちゃんが、割って入ってきた。そして、何故か僕に冷たい眼差しを向けている。


「お客様。お孫さん、おいくつですか?」


 いきなり、対応が僕から武井ちゃんに切り替わる。


「7歳。今、小学1年生だよ」

「では、お孫さん。はしゃぎながら、全集中、○○切りー。とか言いません」


 武井ちゃんは、刀を持ったようなモーションで、少し楽しげになにかをマネしている。途端、おじいちゃんは、はっとした顔で目を輝かせる。


「おお、そうそう。それだよ、お嬢ちゃん」

「それは、気滅の刃ですね」

「おお、そうじゃ。気絶の刃じゃったよ」

「でしたら、あちらにありますので、ご案内いたします」


 武井ちゃんは営業スマイルでそう言うと、おじいちゃんを漫画コーナーまで案内しに行った。


「……嘘、桃太郎じゃないの?」


 僕は武井ちゃんの後ろ姿を見つめながら、呆然と呟いていた。



「ありがとう、武井ちゃん。助かったよ」


 武井ちゃんが、レジに戻って来て早々、僕は礼を言った。


「さすが、漫画に詳しいね」


 僕がそう言うと、武井ちゃんは呆れたような顔をする。


「月島さん。世間知らずも、ほどほどしてくださいよ。気滅の刃を知らないなんて、本屋の店員として。いや、若者として死活問題ですよ」

「ごめん。タイトルは知っているんだけどね。読んだことないから、内容はわからなくて」

「あの名作を読んでないなんて、人生損してますよ。私、全巻持ってますから、読んでみてくださいよ」

「うん。そうだね。気が向いたら読んでみる」


 熱い口調で語る武井ちゃんに対し、僕は適当に相槌を打った。


 内心、勘弁してくれと思った。ただでさえ今、読んでいない小説が溜まっているんだ。その中に漫画が入り込む隙間なんてない。


「本当ですか! じゃあ、明日持ってきますね!」


 しかし、武井ちゃんに相槌は逆効果。社交辞令とも言える僕の言葉を、YESだと勘違いしてしまう始末。


「あのね、武井ちゃん。僕さ、今読んでいない小説が溜まってて」

「ちなみに、私は総治郎派です。壇逸派が多いですけど、私はあの純粋で真っ直ぐな総治郎推しです」


 やべぇ。武井ちゃん、完全にスイッチはいっちゃったよ。僕の話しなんて、全然聞いてないし。


 これは止まりそうもないな。早く誰かレジ並んでくれないだろうか。


「すいませーん」


 案の定、レジにお客が並ぶ。ナイス、タイミングと思い、僕は即座に「お待たせしました」と言って、声のする方に視線を移す。


「あっ」


 お客さんを目の前にして、僕は不意に声をあげてしまう。


 そこにいたのは、制服を来た女の子。僕の顔を見て、その子は顔を綻ばせていた。


「歩ちゃん。久しぶり」

「くるみちゃん」


 くるみちゃん。本名は宇佐美くるみ。苗字を聞いて、もしかして。と思ったかもしれないが、その通り。蓮の妹だ。歳は僕より、4つ下なので、今は17歳。確か今は高校2年生だ。


 蓮とは幼稚園時代からの幼馴染なので、くるみちゃんのことは、赤ん坊の頃から知っていた。蓮がイケメンということで、同じようにくるみちゃんも可愛い顔立ちをしている。性格は明るく、甘え上手。蓮と同じで、告白されることが多いそうだが、今まで男と付き合ったことはないらしい。蓮といい、くるみちゃんといい、人と付き合うことに後ろめたさでもあるのだろうか。


 昔から蓮を交えて遊ぶこともあり、最近は蓮抜きで遊ぶこともある仲。えっ、恋愛感情。そんなのあるわけないだろう。


 くるみちゃんは良い子。だけど、それまでの感情。蓮と一緒で、僕もくるみちゃんを妹みたいに思っている。だから、くるみちゃんを見て、ドキッとしたりすることなどない。くるみちゃんも僕と同じ感情を持っているはずだ。


「ずいぶん、遅いね。部活帰り?」

「うん。県大会が終わって、次は全国大会に向けて猛特訓だよ」


 全国大会? ということは。


「くるみちゃんのチーム、優勝したんだ」


 さすが、蓮の妹。ハイスペックだな。僕が驚いて声を上げると、くるみちゃんは「まあね」と言って、満更でもない顔をしていた。


 くるみちゃんは、サッカー部に所属している。ポジションはFWで、とにかく足が速いらしい。相手を捌く技術はないが、足を生かしたプレーで、相手DFを置いてきぼりにして、シュートを決めるスタイルみたいだ。時折、相手を吹き飛ばすフィジカルも発揮するとも聞いた。


 全部、蓮情報だから、実際の試合を見たことはない。正直、話しを盛っているのは否めないところだ。


 思い返してみれば、僕も蓮も小学生の頃、スポーツ少年団でサッカーをやっていて、それを見て、くるみちゃんも一緒にやりたいと言ったのが、サッカーを切っ掛けだった気がする。今となれば、それからサッカーを今もずっと、続けているのはくるみちゃんだけ。中学生までは僕や蓮もサッカー部だったが、高校からは全く別の部活に入っていた。


「ねぇ。歩ちゃん。優勝したご褒美に、今日の夕食、一緒に付き合ってよ」

「えっ、夕食」


 さすが蓮の妹。抜け目ない強請りをかましてきやがった。夕食、一緒に食べよう。イコール、祝ってくれ。そして、ご馳走してくれということだろう。本当、蓮みたいなところあるよな、くるみちゃんも。まあ、祝いたい気持ちはあるから、構わないけど。


「僕、20時まで仕事だけど、大丈夫?」


 一応、僕は確認する。まあ、20時といっても、今19時30分過ぎだから、後残り30分程度なんだけど。


「うん。大丈夫。20時でしょ。歩ちゃん終わるの、いつもその時間だもんね。大丈夫だよ」


 と言って、くるみちゃんは僕に手を振り、レジから離れていった。 


 くるみちゃんがいなくなったと思ったら、隣りから強い視線が突き刺さる。他の誰でもない武井ちゃんだ。視線とはとても冷たい眼差しだった。


「ごめん。仕事中に話し込んでしまって」


 言いたいことはわかる。世間の流行も知らず、おじいちゃん一人の対応もろくに出来ない糞野郎が、仕事中、悠長に女子高生と話してんじゃねぇよ。と言いたいのだろう。


 武井ちゃん。気持ちはわかるよ。わかるけど、糞野郎なんて絶対に口には出さないでね。メンタルが強い僕でも、さすがに落ち込んじゃうよ。


「月島さん。さっきの子」

「いや、だからごめん」

「いや、そうじゃなくて」


 謝る僕を遮るようにして、武井ちゃんはくるみちゃんの後ろ姿を見つめている。


「あの子、よくお店に来ますよね」

「そうなの?」

「ええ。月島さんがいない時も、来ているんですよ。しかも、店内一周して帰るから、絶対月島さん目当てなんですよね」


 と、武井ちゃんは顎に手を当て、訝しげな顔をする。


 言われてみれば、店に来ている頻度は比較的、多い方かもしれない。蓮や他の友達も、時々店に来るから、あんまり比較したことなかったけど。


「あの子、月島さんの彼女。ではないですよね」

「えっ、くるみちゃんが。いや、ないでしょ」

「本当ですか? 実はあの子、月島さんのこと好きとか」

「いやいや、冗談よしてよ。マジ、うける」

「いや、うけねぇし」


 そんなことあり得ないと、吹き出す僕を武井ちゃんは冷たい視線で睨む。しかも、無茶苦茶ため口になっている。


「私、なんとなくわかりました」

「えっ、なにが?」

「月島さんに彼女がいないわけ」


 そう言い、武井ちゃんはプイとそっぽ向いて、レジから出て行ってしまった。


 えっ。なに今の? なんで僕、ディスられたわけ? 


 僕は武井ちゃんの後ろ姿を見つめながら、残り時間の三十分余り、なんとも言えないモヤモヤな気持ちを抱えていた。


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