第10話 切っ掛け
今思えば、あの時、拓が現れなければ。
人形が壊されなければ。
僕がキレなければ。
いろんな切っ掛けが重ならなければ、イジメはなくならなかっただろう。
「うん。まあ、今、歩君が話した通りだよ」
僕が話し終えると、和花さんは一人、納得したように頷く。
「話した通りって、どういうこと?」
当然、僕は困惑する。
「だから、あなたのイジメは、その友達が来てくれて。大事な人形が壊されて。それがキレる切っ掛けを与えてくれたわけでしょ」
「そうですね」
だから、なんだっていうんだ? やっぱり、わからん。和花さんは僕の顔を一瞥すると、髪をかきあげた。
「私達はね。そういった問題を解決する、切っ掛けを与えてあげる商売をしているの」
切っ掛けを与える商売だって! なんだ、それ。やっぱり、理解出来ない。
首を傾げる僕を見て、和花さんはうーん、と腕を組んで唸ると、人差し指を立てて言った。
「運命を変えるような出来事。いわゆる切っ掛けってさ、運要素が高いと思わない? だから、私達は、その切っ掛けを作ってあげるの。それを売りものにしている」
「うーん。なんか、ややこしいね」
理解しきってはいないが、いろいろ面倒臭さそうなのはわかった。でも、これ以上、話し聞くと話しが更に長くなりそうだから、この辺で相槌をうっておくことにする。
「ちなみに、柚が物語のシナリオをメインで書くわ。この子、作家志望でさ、結構、面白い話しを書くのよ」
褒められた柚ちゃんは「エヘヘッ。まあね」と、照れ臭そうに頭を掻く。
なんか、カウンセリングというより、モニタリングみたいだ。まさか、カウンセリングする患者さんの行動を調査する、実験台にしていないだろうな。
「ちなみに、和花さんのカウンセリングを受けるとしたら、どれくらい料金がかかるんです?」
世話になることは今後絶対ないとは思うが、他に聞くネタがないため、一応聞いてみる。
「状況次第ね。物語を作るため、登場人物を増やす場合もあるし、全く無関係の人に協力を仰ぐ場合がある。交渉ごとも加わると、その分、料金も高くなるの。少なく見積もって、十万以上かな」
「ぼったくりですか?」
失礼だが、とっさに本音を漏れる。やばいと思い、和花さんの顔を覗くが、本人は気にした様子もなく、むしろ頷いていた。
「そう思うでしょ。だから、このカウンセリングは、公には公表していないの。コンタクトの取り方も、特定の人しか知らないわ。それに、普通のカウンセリングで立ち直らない人が、最終手段の駆け込み寺として、うちに来ることが多いから。だから、うちはそんなに繁盛はしていない。まあ、繁盛しないことは、実際にはいいことなんだけど」
この人、さらりと言ってはいるが、それが本当なら凄いことじゃないか。他のカウンセラーが、お手上げの人を救える術を持っているのだから。
「それともう一つ、普通のカウンセラーと違うところがあって、相談者がイコール、悩みを抱えた張本人であってはならない」
「そりゃ、そうでしょうね」
説明を受けるまでもない。物語の主人公が、悩みを抱えた本人だからだろう。
当の本人が、物語の内容を知ってたら、意味ないのは当たり前。ヤラセだと最初からわかっている物語に、心動かされるはずがない。
「すいません。僕がもっと早く切り出していれば、今日、二人に無駄な時間をさいてもらうこともなかったのに」
話しを元に戻し、僕は謝罪した。状況がどうであれ、今回の件については、僕は悪い気がする。しかし、和花さんは無表情のまま、首を振った。
「ううん。私も一方的だったし、説明がなさ過ぎたわ。ごめんなさい。こんな遠くまで、御足労かけたわね。せめて交通費くらいは、お詫びさせてくれないかしら」
そう言って、和花さんは近くの棚にある引き出しを開け、財布を取り出す。
「それは受け取れません」
僕はすぐに拒否した。ここで受け取ったら、僕は嫌な気持ちを家に帰る羽目になる。和花さんは体を停止させて振り返ると、少し困ったような顔をする。
「でも、それだと私の気が収まらないわ」
「僕だって、お金を受け取ったら後味悪い。だから、絶対に嫌です」
「歩君。あなた、見かけによらず、頑固ね」
腕を組んで、和花さんは溜息を漏らした。
「歩君。昼食は食べたの?」
突如、柚ちゃんは間に入り込むように口を挟む。
「いや、まだだけど」
僕は時計を確認しながら答える。早いもので、時間は11時30分を回っていた。
「なら、うちで食べていけばいいじゃない。ねぇ、いいよね。お姉ちゃん」
「でも、今日はおじいちゃん、ゲートボール行ってるから。蕎麦は作れないわよ」
「蕎麦じゃないくていいでしょ。歩君はお姉ちゃんのカツ丼が食べたいんだもんね?」
と、柚ちゃんは僕に同意を求めてくる。
「また食べれるのは嬉しいですけど。いいんですか?」
ちょっと遠慮気味に聞くと、和花さんはちょっと困ったように目を逸らす。
「別に構わないわよ。どっちにしろ、昼食は作らなくちゃいけないし」
そう言って、和花さんは立ち上がる。
「言いだしっぺは私だし。手伝うよ」
「そうね。お願いするわ」
柚ちゃんがそう言うと、和花さんは優しげに笑う。それは僕や他の人には見せない、特別な微笑みにみえた。
本当に仲のいい姉妹だな。僕はその光景を少し羨ましく、そして妬ましく見つめていた。
昼食のカツ丼をご馳走になった後、僕は一時間ほど和花さんと世間話をしてから、家に帰ることにした。
午後から用事があるといった柚ちゃんは、ご飯を食べると、僕より先に家を出ていったので、見送ってくれたのは和花さんだけとなった。
「今度は、店が営業している時にいらっしゃい。うちの蕎麦、まだ食べてないでしょ」
「そうですね」
帰る間際、車に乗ろうとしたところで、和花さんが言った。僕もその社交辞令に頷く。
家から一時間ほどかかる場所だ。
またこないだのように、釣りの帰りとなれば別だが、もう訪れない可能性の方が高いだろう。
車に乗って窓を開けると、和花さんは優しく微笑んだ。
「歩君。君が立派なカウンセラーになれるよう、応援しているわ」
きっと、和花さんも僕がここに来ることはない、そう察しているのだろう。和花さんは最後に激励を投げかけてくれた。
「ありがとうございます。和花さんも、頑張ってくださいね」
同じように僕も会釈し、車のエンジンかけ、アクセルを踏み込んだ。
もう会うこともないだろう。なんて思いながら。
第一章 コンタクト 完 To Be Continued




