ジンジャーと南の魔女 その2
さんさんと照りつける太陽の下、海を臨む小高い堤防の上には、色とりどりの鮮やかな外観をした屋台が賑やかに立ち並んでいた。
それぞれの店では今朝獲れたばかりの海産物が焼かれ、煮られ、あるいは加工され、様々な料理として売られている。
少女は迷うそぶりもなく、その中の一軒へとずんずん入って行く。
「来たわ!いつもの、今日は2人分ね!あと髪を拭くものが欲しいわ!!」
そう元気良く中へと声をかけると、慣れた様子で手近な席に腰掛ける。
「あらいらっしゃい魔女様。おやまあびしょびしょだこと、ちょっとまっててね」
奥から恰幅の良い中年の女性が顔を出し、そう答えるとまた奥へと引っ込む。
しばらくして、女性が大皿に盛られた料理と厚手の布を持ってやってくる。
「お待たせさん。それじゃあ、ゆっくりしてってちょうだいね」
「ふおお…これはまたなんとも素敵に美味しそうな匂い…」
豪快にぶつ切りにされた魚貝と野菜が、大皿一杯にあふれんばかりに盛り付けられている。
ワインと赤茄子でよく煮込まれたその魚貝からは、大蒜の食欲をそそる香りがしきりにただよってくる。
鼻をひくひくさせながら、料理に釘付けのジンジャー。
「ふっふふ。さ、熱いうちにいただきましょ」
あっという間に大皿一杯の料理を平らげ、満足そうに息をつく少女とジンジャー。
「さて、じゃあ改めて自己紹介するわ。私は南の魔女ヘイゼル。よろしくね、ジンジャー・ビスケット」
「ヘイゼル…?」
「名前よ、私の。素敵でしょ?」
「にゃ?魔女様は、魔女になられた時に元の名前を捨てるんじゃなかったですかにゃ?」
「もちろん魔女になった時に捨てたわよ。でも言われるがままに名無しのままでずっと生きていくなんて私は嫌だったの。だから私は自分で新しい自分の名前を付けたのよ」
ふんっ、と何故か自慢げに胸を張る少女。
「ええ…大丈夫なんですかにゃ、それは…」
「それで魔女の力も失われたりしてないんだから、別に大丈夫なんでしょ」
たいして興味も無さそうに軽い調子で答える少女。とすぐさまパッと表情を明るくし、身を乗り出してジンジャーに話しかける。
「それでねっ。ジンジャー、あなたは特別に私を名前で呼んでも良いわ。本当に特別なのよ?気に入った相手以外には絶対呼ばせないんだから」
あと敬語も別にいいわ、特別よ特別、とニコニコしながら何度も特別を強調するヘイゼル。
「それは光栄な事です…だけれども、なんでまた?」
「だってあなた面白いんですもの!猫で、元使い魔で、騎士を目指して旅をしていて、面白い事だらけじゃない!」
猫は別に面白い事じゃないにゃー。そう抗議するジンジャーを無視して、なぜかちょっとモジモジしながらヘイゼルは続ける。
「だからね、本当に特別中の特別な事なんだけどね…あなた、私の使い魔になっても良いわよ!」
「おことわりします」
「あん?」
ヘイゼルの右手が赤くゆらめく。
「いや意味わかんないにゃ!騎士目指してて面白いって言ってたのに、使い魔になっちゃったら目指せないにゃ!」
必死でにゃあにゃあ反論するジンジャー。ぶすっとしながらヘイゼルが答える。
「騎士を目指して旅をしながら私の使い魔をすれば良いでしょ!」
「いやもっと意味わかんないにゃ…それにわざわざ私を使い魔にしなくても、自分の使い魔がいるでしょうに…」
「…いないわ」
「へ?」
「いないの!一匹も!先代から南の魔女を引き継いだ時、みんな出てっちゃったの!!」
顔を真っ赤にして叫ぶヘイゼル。ちょっと涙目になっている。
なんかまずい事聞いちゃったかなあと思いつつも、ジンジャーは諭すようにヘイゼルに伝える。
「…私は騎士を目指す為に西の魔女様からいとまを頂いた身にゃ。そんな自分が、道半ばで他の魔女に仕えるなどという事はどうあっても出来ない事にゃ。
どうか分かって欲しいにゃ」
「………」
涙目のまま無言で睨み上げるヘイゼル。
「……わかった」
しばらくして、ジンジャーと目を合わせずに俯いたまま、しぼり出すような細い声でぽつりとそう呟く。
そのままよろよろと席を立ち、店の外へと無言で出て行く。
「…申し訳ないにゃ」
その後ろ姿を見送りながら、すまなそうに耳を垂らして呟くジンジャー。
「…あたしたちの可愛い魔女様を泣かせといて、申し訳ないの一言で済むと思ってる駄猫がいるようだね」
突如、背後から底冷えするようなドスの聞いた声が聞こえてくる。
ぎょっとして振り返るジンジャー。
そこには店員の恰幅の良い女性を中心に、漁で鍛えられたであろう逞しい腕を組んだ男達が、睨み下ろすようにジンジャーをぐるりと囲んでいた。
「え、なに。あちょっと、待って、まっ…!!」
さんさんと照りつける太陽の下、ジンジャーの悲鳴が響き渡る。