表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『Returnees』〜残された世界と、帰還した「親友の娘」〜  作者: NewSankin


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/29

【6-5】白濁の境界線

意識の底から浮上する感覚は、泥沼から身体を引き抜くような重苦しさを伴っていた。

耳元で断続的に震えるスマートフォンの通知音が、堂島和樹を強制的に覚醒へと引きずり戻す。


「……っ……」


重い瞼を持ち上げると、視界を埋め尽くしたのは、目に刺さるような無機質な「白」だった。

鼻腔を突くツンとした消毒液の匂い。規則正しく時を刻む医療機器の電子音。


(……病院、か……)


状況を理解しようと僅かに身じろぎした瞬間、全身を鋭利な刃物で切り刻まれたような激痛が駆け巡った。腕、胸、脇腹。視線を落とせば、身体の至る所が厚い包帯で覆われ、点滴のチューブが蜘蛛の糸のように腕から伸びている。


あの、雨上がりの高速道路での死闘。

人間とは思えない硬度の肉体、灰色の粘土のような体液。そして、一本背負いでアスファルトに叩きつけた時の、手首が砕けるような衝撃。

それらが痛覚と共に鮮烈に蘇る。


ふと、左手に温かく、少し湿った重みを感じた。

視線を巡らせると、ベッド脇のパイプ椅子に、小さな身体が丸まっていた。

磐座あやめだった。

彼女は動物園で手に入れたパンダのぬいぐるみを胸に抱きしめ、窮屈そうに身体を折り曲げながら眠りに落ちていた。そして、その小さな右手は、点滴の管が繋がれた和樹の左手を、壊れ物を扱うようにぎゅっと握りしめていた。


(……無事だったか)


安堵が、喉の奥に熱い塊となって込み上げる。

親友・護の忘れ形見。この小さな手を離さないことだけが、今の和樹をこの世界に繋ぎ止めている唯一のいかりだった。


和樹は、枕元で震え続けるスマートフォンを、震える右手で手に取った。

画面には、大山からの着信履歴と、一通の短いメールが残されていた。


『和樹、生きてるか。警察は動けない。病院を出る時は、絶対に一人で動くな。影山が、本格的にお前たちを「切り捨て」に来るぞ』


その文字を見た瞬間、和樹の周囲の空気が一変した。

守るべき組織からの拒絶。自分たちは今、法の手の届かない場所で、国家という巨大な怪物に追われている。

完全なる孤立。

それが、堂島とあやめが置かれた、残酷な現状だった。


同時刻。都内某所、地下深く。

地図には存在しない、公安の隠れ蓑となっている施設の一室。

照明を極限まで落とした部屋に、無数のモニターの青白い光だけが不気味に浮かび上がっている。


「……No.4の確保に失敗、か」


モニターの前で、仕立ての良いスーツを着た男――公安のエリート幹部、影山が、感情のない声で呟いた。

ガラス越しに見える隣の部屋では、手術台の上に「何か」が固定されていた。

それは、数時間前まで堂島を襲撃していた、あのバイクの男だった。


だが、その姿は見るも無惨だ。堂島によって破壊されたヘルメットは外され、頭部の一部からは金属の骨格と人工筋肉が剥き出しになっている。四肢には無数のチューブが繋がれ、得体の知れない緑色の液体が、循環ポンプの音と共に全身へ送られていた。


「……障害……因子……堂島……排除……」


手術台の上の「男」が、壊れたスピーカーのような声で、うわ言のように繰り返す。

そこに人間としての尊厳など微塵もない。ただの「部品」として扱われるその姿を、影山は冷徹な眼差しで見下ろしていた。


「プロトタイプ(試作一号)では、感情の制御と、状況判断能力に難があったようだな。『家族』という非論理的な要素に反応し、攻撃行動が鈍った可能性がある」


影山は手元のタブレットを淡々と操作した。

画面には、堂島が入院している病院の図面と、その中心で明滅する、あやめの生体反応を示す波形が表示されている。

影山にとって、和樹はもはや守るべき同僚でも、敬うべき法執行官でもない。国家の利権である「Returnees」の回収を妨げる、ただの障害物バグに過ぎなかった。


「次は、『二号モデル・ツー』を出す。今度は躊躇ためらいの余地を残すな」


影山の指が画面をスワイプする。

闇の中から、新たな殺意が静かに起動しようとしていた。

お読みいただきありがとうございます!


もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、 ページ下の【☆】マークから評価や、ブックマーク登録をしていただけると、作者のモチベーションがマッハで上がります! (感想もお待ちしています!)


★隔週で更新いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ