宿の一日
部屋に戻ったリュクスは昼食を済ませ、モイザにと購入した染色道具一式を広げる。あまり大きくない机に染色桶がおかれ、すぐ隣に小さな乾燥用棚があるだけだ。
料理以外ですごい失敗をしたことがないリュクスとしては、染色失敗で色水が飛び散る光景が予想できなかったが、他の生産セットがよごれる可能性があるなら、料理セットと錬金セットをしまうべきかと考える。
リュクスとしては料理セットについているのでダストボックスは不要だと考えていた。他の道具をしまうなら店員が使っていたような別口の廃棄用ダストボックスが必要になる。しかしモイザの染色の様子を思い出し失敗することもないかと、そのまま出しっぱなしに。モイザも早速染色練習しはじめた。
「僕は空間術の練習するよ。ベード、フレウ、また空間術手伝ってくれる?」
「ばぅ!」「ココ。」
リュクスは昨日も行った空間術練習法を今日もなぞるように行う。まずベッドの部屋とリビングの境の引き戸を閉めると、リビングでフレウを抱きかかえたリュクスは、ベッドの上にフレウを送るイメージを浮かべる。
「トランスポート。」
リュクスの魔法が発動し、フレウが光り始めリュクスの手元からいなくなる。引き戸を開けると、ベッドの上でフレウが左翼を上げて、大丈夫だとリュクスに伝える。
リュクスが昨日から始めた転移魔法の練習法で、引き戸で視線を遮るか遮らないかで転送しやすさが大きく変わるのだ。フレウを送るのは昨日時点でも成功していたが、次はリュクス自身を引き戸越しにベッドの上に転送させる。
「トランスポート。」
リュクスは体を包む光に目をつぶる、足元がフローリングの感触から、布地の感触に代わっていることがわかり、目を開ければリュクスもベッドの上にと転移が成功した。一安心しフレウをよけつつリュクスはベッドに倒れこむ。
昨日も転移できたのだが、成功するまで10回以上は転送イメージを繰り返したのだ。失敗した際でも魔素が減った感覚はあったものの、失敗で変なところに飛んだりしなかったのはリュクスとしても不安がない。
休憩終了とリュクスはベッドから起きあがり、ダブルベッドの端にフレウと一緒にずれる。空いたベッドのスペースにベードを引き寄せるイメージで魔法を使う。
「トランスポート。…ダメか。もう一回、トランスポート。」
イメージしてトランスポートとリュクスが声に出すたび、体に入れた力が抜けてしまうのだ。何度か繰り返していたが、結局リュクスは魔素が少なくなったことで気だるさが出てきて中断。宿内とはいえこれ以上は危ないと判断したのだ。昨日は意固地になって続けたリュクスだったのだが、倦怠感と吐き気がひどく、早めの就寝になってしまったのも要因ではある。
「ごめんベード、今日もベードは無理だった。」
「ばぅ。」
引き戸越しにリュクスがベードに声をかけると、ベードは器用に鼻先で引き戸を開けてベッドの部屋にと入ってくる。さすがに閉めることはできないが、今は閉める必要もないと、リュクスはベッドに横になりつつ、次は何をしようかと考え、ふと最近は魔獣言語で話していないことを思い出す。
「レイトは寝てるよね。じゃあベードとどこまで話せるかやってみようかな。」
『御意!』
「おぉ、ちゃんと聞こえた。」
リュクスは最近ずっと魔獣言語を聖族言語として翻訳する状態をオフにしてたのだが、いざ機能させてみるとベードの言葉はしっかり聞こえたのだ。
『ぬ?』
『主、話す!』
『ぬ。』
「今のフレウか。」
ベードとフレウの会話なのだが、リュクスからはフレウの言葉としては『ぬ』としか聞こえなかった。言語としては全くわからないが、何の話だと言っているようには感じ取れた。
比べてベードの言葉は聞き取りやすい。ほぼ単語の継ぎはぎだが、充分に会話になる。だがリュクスとしては言葉としてわからなくても、ある程度意味が分かるので、無理に翻訳会話する必要もないかとも思う。
「さて、話すとは言ったけど、とりあえず今日の夕飯はただの肉と焼肉、しっかりした料理、どれがいい?」
『焼肉!』
『ぬ。』
『お前、違う!』
「ごめんフレウが食いたいのはもしかして熱した油?あれを用意するのは僕が油物食べたくなったらだね。」
『ぬ…』
『ぐっ、フレウ、熱、欲す。』
「ん?フレウが食いたいものは熱ってこと?ファイアボールじゃなく?そうか、なるほど!」
リュクスは熱いものなら何でもいいのではと思いつく。夕飯には少し早い時間だが、ベッドでぐったりし続けても仕方ないと作ってみることに。
「モイザ、料理セット使うね。」
『――――。』
モイザの言葉を聞いたリュクスはとてつもなく耳がこそばゆくなった。翻訳切っていなくてモイザの声も翻訳されて聞こえたのが要因だったのだが。どういう言葉を発したのかすらわからず、耳がこそばゆくなったのだろうとリュクスは考える。
モイザの言葉の意味としては了解だったので、リュクスは一旦魔獣言語の翻訳をオフにし、料理を開始する。まずはフレウ用のに大量購入した大豆でスープを作る。スープといってもコンソメのようなものはなく、沸騰した湯に大豆を入れ、塩コショウのみの味付け。
「こんなのしかできなかったけど、フレウこれでよければ飲む?」
「コ!」
リュクスとしてはスープって言っていいのだろうかと思ったが、フレウはかなり喜んで、鍋のままスープを吸い込んでいく。大豆も一緒にほおばっていたのでお腹も膨れるだろうとリュクスは次に取り掛かる。
「ベードは焼肉?」
「ばぅ!」
「ステーキの方ね。了解。」
ベードにはラッシュホグの肉塊からぶ厚く切ったステーキを用意。実際移動面でも頑張ってくれたので、ご馳走するのもリュクスとしては苦ではない。しかし体格が良いのもあって、ベード分として塊1つ分焼いたのを、ペロッと平らげてしまった。
「きゅ。」
「おっと、起きてた?レイトにはいつものね。モイザはリンゴそのままかな?」
「――――。」
「おっけー、切ってあげるよ。」
レイトは塩もみキャベツが最近のお気に入り。リュクスも好きなので多く作り置きしてある。モイザはリンゴそのままが一番だが、リュクスが切り分けたものはさらに喜ぶ。リュクスも従魔と同じラッシュホグステーキ、大豆スープ、塩キャベツにデザートとしてリンゴで夕飯を済ませた。
食事を終えたリュクスは空間術の練習の続きを始める。早速ベード呼び寄せを試していく。ベードほどの大きさを転移できたなら、街の教会から自宅まで転移できるかためすつもりなのだ。
もっともリュクスが外に出るなら天気次第になるだろう。昼頃から雨の様子がまたひどくなっていたのだ。この雨はいつ止むのだろうかとリュクスが少し意識がそれたのも、またベードの転移が失敗した原因だろう。外を気にしても仕方ないとリュクスは気合を入れ直し転移特訓を再開するのであった。




