熊壁街での買い物
リュクスはテントの中でゆっくりと目を覚ましたのだが、いまだに雨音が降り続いてる。一番ひどい大雨ほどではないが、その後晴れたのは何だったのかとリュクスは考えたが、元の世界での梅雨も大雨だったり晴れたりした記憶がよみがえる。
疲れはしっかり回復したからと、リュクスはフリップエリアを展開して外に出る。外側はずぶ濡れのテントを片付けてポーチにしまったのだが、もう一匹ずぶ濡れの狼がいるのだ。
「やっぱ無理にでも一緒に寝るべきだったね。濡れた背中に乗るのはちょっとね。」
「ば、ばぅ…」
「とりあえず雨を落とそうか。」
「ばぅ。」
熱風魔法でも使えればとリュクスは考えたのだが、ドライヤーの温風をイメージしても、使うことができないのは、熱風は火術の範囲ではないからだろう。
濡れたベードは犬みたいに体を振って落とすのだろうと、リュクスはフリップエリアの中に壁状フリップエリアをもう一つ作る。ベードも大丈夫なことが分かったのか、体を振って雨を弾き飛ばすと、一気に水っぽさはなくなった。
しかしリュクスが触ってみるとまだ湿っぽいと、壁状に作ったフリップエリアを変形させ、乗る所にだけ展開させ湿っぽさを防ぐ。日中進む中フリップエリアは少し多く張っていたわけだが、リュクスとしては魔素を消費している感覚はかなり遅くなっていた。よりフリップエリアを扱いやすくなったのだろう。
日が落ちたのかより暗くなったのだが、ぼんやりと街が見えてきた。リュクスはベードから降り、ベードに乗る用のフリップエリアを解除。ベードが濡れないよう包んでるエリアは広げた。
門に近づけば当然リュクスは門兵に声をかけられる。リュクスと同じように門兵の周りだけ雨がはじかれているのをみて、雨よけの魔道具があるのかとリュクスは考えつつ、門兵に従魔四匹の従魔証識別と伝達をすることに了承すれば、南肉の街と同様すんなりと街に入る許可を得る。
リュクスはついでに従魔も泊れそうな宿と冒険者ギルドに商業者ギルドの場所を門兵に聞いておく。買い物にも困らないだろう。
リュクスは夜なこともあり、まずは宿屋を目指す。目印は木桶の看板なのだが、看板はその店に関連するものか、街で有名なものを看板にすることが多い。南端の街はリンゴか兎関連の看板が多かった。
木桶は何をイメージして付けてるのかとリュクスは考えたが、聞いたほうが早いと入店すると、宿の受付には、複数の色で汚れたエプロンをしたヒュマの男性が迎えた。
「いらっさっせー。」
「どうも。門兵の人に聞いて、僕の従魔でもこの宿なら泊まれるだろうと聞いてやってきました。」
「従魔?おぉう、その大きな狼さんね。1階の部屋なら大丈夫。10日で5000リア。」
「では証明でお願いします。モイザ、今回は渡さなくていいよ。」
モイザが糸玉を作ろうと準備してたけのだが、リュクスとしては金に困ってるわけでもないので、毎回渡なくてもいいだろうと考えたのだ。
「1階は後1部屋しかもう開いてないから、お客さん良かったね。112号室、右入って一番奥。」
「ありがとうございます。そういえば、ここの看板の木桶はどんな意味が?」
「あーそれね。この宿作ったうちの家系の得意分野が染色なんだ。それで染色桶を看板にしてる。」
「なるほど、あの、もしよければなんですけど、染色教わったりってできます?」
「別料金にはなるけどできるよー。僕もいつでもここにいるわけではないから、水晶で教わりたいって声かけて。あと、もし教わりたかったら染色桶買ってきてくれるとありがたいかな。自分で使うなら染色セットを買っちゃうほうが早いけど。」
「了解です。ありがとうございます。あともう一つ、水がしたたるほどじゃないんですが、少し濡れ気味の従魔をふきたいんですが。」
「それなら部屋のタオル自由に使っちゃっていいよ。風呂用のタオルね。」
「わかりました。ありがとうございます。」
少しぶっきらぼうな反応だが、しっかり対応する受付の男と別れ、リュクスは部屋に向かった。部屋は南肉の街で泊まった宿屋と同じ大きさ。作りも似ていてリュクスとしては慣れ親しんだ感覚でゆっくりできそうと安心する。
リュクスはまずベードを備え付けてあるタオルでしっかり全身拭いていく。ベードも拭かれるのが気持ちよさそうだった。なぜかレイトとモイザとフレウが、うらやましそうな顔でベードを見つめる。
仕方ないとリュクスはみんなを撫でていく。ふわふわ毛並みのレイト。名状しがたい触り心地のモイザ。羽毛のもこもこフレウ。今は違うがベードも普段はふさふさで、みんな触り心地がいいのでリュクスとしても撫でていて飽きないのだ。
撫でながら街中では盾で雨を防ぐ人はおらず、黒い布傘か門兵と同じように、雨をはじく空間を作り出している。南肉の街では見なかったものだが流通しているのだろう。四匹を撫で終わったリュクスは今日はこれで終わりとベッドに寝付いた。
翌日はリュクスが錬金セットと料理セットを作業スペースに出し、従魔たちを宿屋で待機させ出発した。ベードはついてきたがったのだが、リュクスはせっかく傘を買ったので、フリップエリアは使わずにお買い物に行こうと考えたのだ。
宿のある東大通りから西大通りにある商業者ギルドに到着。リュクスの予想通りすぐ横が直営店のようだ。南肉の街とちがいそれぞれ別の建物で、店のほうは3階建ての四角い普通の建物なのだが、聞いてた通り商業者ギルドは異様な円柱型なのだ。今は関係ないとリュクスは無視して店に入る。
会計用水晶の横に店員が待機していたようで、リュクスはいらしゃいませと声をかけられ振り向き、見取り図をみつける。軽く会釈を済ませたリュクスは見取り図に目を通す。1階が食材メイン、2階が他の生産に使用する素材メイン、3階が生産道具メインのようだ。
まずは染色セットを探しに生産道具の3階に進む、2階と3階の階段横にも水晶が設置され、横には店員が待機していた。3階の店員にもいらっしゃいませと声をかけられたリュクスは、せっかくだからと質問する。
「すいません。お伺いしてもいいですか?」
「はい。いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか?」
「染色桶を探してるんです。あと製薬後に使える瓶の補充希望ですね。」
「かしこまりました。ご案内いたします。」
「あともう一つ、大量型ポーチってこの階に置いてますか?」
「置いてますよ。3階の取り扱い商品です。瓶はそちらにお入れする形でよろしいですか?」
「そうですね、そうしていただけるとありがたいです。」
「かしこまりました。」
店員はまずポーチ売り場に案内し、リュクスは大量型ポーチを5つ購入。ポーション瓶とフラスコをそれぞれ5000ずつ購入し、これだけあればモイザもしばらく持つだろうとリュクスもひとまず満足する。
次に案内された染色セットを購入し、セットには染色瓶は含まれていないらしく、近くにあった赤青黄色で染色できる基本色瓶をリュクスは100個購入した。
3階はこれで終了と、リュクスはありがとうございましたの声を背に1階へと戻る。1階の食材は豊富で、南肉の街の4種の肉も当然売っているが、輸入分のため割高である。
リンゴオイル、リンゴ酢もさらに高価になっていたが売ってる。様々なものがこの街まで流れてきてるようだ。その中でもリュクスの目を引いたのは、商品ケースに新素材のポップが張られた片栗粉と、その横のジャガイモだ。
片栗粉があれば料理の幅は広がる。ジャガイモは焼いても揚げても蒸してもよしとリュクスの好物でもある。調味料を集めた展示ケースには味噌に醤油とソースまである。輸入品で高いのだろうが、リュクスは全て一気に買い込んでしまった。
結構散財してしまったとリュクスは証明残高を見つめる。だが大きな収入もあったからかまだまだ金銭余裕はあるとリュクスは宿に戻る。雨の中を歩きつつ、モイザに染色をやってみたいか確認し、従魔も一緒に体験できるか聞いてみようかと考えていた。




