モイザの製薬
昨日にみた直轄店と渡り廊下でつながる商業者ギルドの建物についたリュクス。ぶつかり事件の後の道中はベードも少し周りへの意識強めに歩いてたが、人にぶつかるという事故は起きなかった。
むしろぶつかった人のように他人のすぐ後ろやすぐ横を走って通り抜ける人を今まで見かけなかったのだ。やはりわざとぶつかられたのかもとリュクスは不安に思ってしまった。
余計な気を振り払いリュクスは商業者ギルドへと入る。南端の街と建物の形は違うが、中の作りは同じで受付と受付奥の扉というシンプル設計。
リュクスが受付の人に軽く会釈し話をすると、そのまま奥の扉に案内される。扉の先は一番に理科室の机みたいな机が目に入る。
机の上には何個もある試験管、フラスコ、ふた用コルク栓、そして製薬用器具にはすり鉢、ビーカー、魔道水石とビーカー用の小さな魔道コンロが設置された生産セットのある部屋で、すでに部屋にいたバンダー商長がリュクスを迎え入れた。
「いらっしゃいませリュクス様。こちらの部屋が基本的な製薬合成を扱う部屋です。机の上の物が錬金セットですね。ガラス製でできてるこれらは火知の街からの輸入品です。わたしの専門分野に必須なものなので、かなりの数を輸入しているんですよ。」
「なるほど、ここからはモイザに教えていただけるんでしょうけど、モイザだと高さが届かないかと思います。すいません。脚立持ってき忘れました。」
「大丈夫ですよ。ドワーフのわたしは常に常に踏み台と脚立を持ち歩いていますからね。」
バンダー商長はすぐに自分用の踏み台とモイザ用に脚立を用意した。南端の街や南肉の街で売っていた脚立や踏み台も結構細かく高さが分かれてるのを思い出したリュクスはドワーフ用なのかと納得した。
「ではではさっそく始めますが、もしもしよければリュクス様も製薬を体験してみますか?」
「いえ、今回はモイザがスキルを覚えるのかを見ていたいと思います。見ていてもじゃまではないですよね?」
「もちろんもちろん!ではモイザ様こちらへ。」
誘われるままにモイザが脚立にのぼると、バンダー商長も踏み台にのぼり、錬金セットの机にポーチから2種類の草を取り出す。
「どちらも南端の街で取れるものなので、一度見たことがあるかもしれませんが、どちらも薬草となる素材ですね。まずこちらが毒消し草で、体内に入ってしまった毒の中和を促しますね。強すぎる毒には効きづらいですが、製薬素材として扱いやすいために重宝されてるのですよ。もう一つのこちらは痛軽の薬草ですね。こちらも即座にどんな痛みでも引くような効力はありませんが、小さな切り傷や擦り傷には効きますし、何より何より扱いやすさが違いますからね。」
南端の街の冒険者ギルドにもかなりの数の毒消し草と痛軽の薬草の納品依頼があったことをリュクスは思い出す。モイザが痛軽の薬草をそっとつついてる、痛軽の薬草は蜘蛛の森に生えてるものだ。離れてそれほど時は経ってはいないが懐かしいのかもしれないとリュクスは見つめていた。
「そういえばこちらの薬草はモイザ様は近くで見ていたものになるわけですね。ではではこちらの薬草からまずは丸薬、続いて水薬となるポーションを作っていきましょうか。初めに作る丸薬は熱を使わないすり鉢作業のみで作れる薬ですね。まずは手本をお見せしますね。痛軽の薬草ほどの大きさであれば二本をすり鉢に入れます。このままだと擂りづらいので、少量ですが水をくわえるといいでしょう。この辺りはお好みで大丈夫ですが、水を加えすぎると効力が落ちてしまうのでお気を付けくださいね。水を入れないからといって効力が高くなりやすいということもなく、むしろ擂る時間が短いほどいいものができやすいですね。」
バンダー商長が説明しながら作業する工程を、モイザはうなずきながら見つめる。そして擂り作業がおわるとすり鉢から緑の丸い粒を取り出した。
「こちらが丸薬になります。丸めるように擂るというだけできますので、まずはモイザ様が行ってみてください。」
「――――。」
目の前にと動かされたすり鉢を前にモイザはうなずき、まず水石で足を洗い流した。痛軽の薬草を2本入れ水石で少しだけ水を入れてからすりこぎ棒と足を糸で固定する。糸は尻からではなく足から出した糸であった。
「しっかりしっかりと水洗いしてから素材を取り扱うのも素晴らしいですが、足からも糸が出せるのですか。初めて見ましたね。こちらの糸は体内の糸とは少し違うようです。またまた珍しい力ですね。」
足から糸を出すなどリュクスも初めてみる力であった。昨日見たスキルの中になにか該当スキルがあったかと思いだそうとしたリュクスだったが、擂る作業にモイザが苦戦しているように見えそちらに気が行く。なんというか力がうまく入っていないという感じなのだ。
「ちょっと失礼しますね。少し足を動かさせていただきます。このように擦れば力は必要ないのですよ。」
バンダー商長は水の量をすこし増やし、さらにモイザの足をもって擂り方を教える。手を離されたモイザはそのままの擦り方で続けていく。半刻ほど擂り続けようやく一つ出来あがり、モイザが一本足で器用にすり鉢から丸薬を取り出した。
「どれどれ見せてもらいますね。効力が落ちてしまっていますが、これだけの時間かかってしまったのでしょうがないですね。もう少し作ってみましょうか。」
横によけられたバンダー商長が作った丸薬とモイザの作った丸薬、見た目自体には差はないのだがどれほど違うのかとリュクスは識別してみる。
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対象:痛軽の丸薬
傷跡にすりつぶして使う丸薬
軽度の擦り傷の痛みを軽減する
対象:痛軽の丸薬
傷跡にすりつぶして使う丸薬
大きくない切り傷や擦り傷の痛みを軽減する
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物は同じなのだが効力には確かに違いがある。モイザの丸薬では切り傷への効果は期待できないようだ。ここから練習しバンダー商長と同じほどのものを作れるようになればいいと、リュクスはしばらく作るのを見ていた。
5つほど作ったところで一旦中断された。5つ目は製作時間も始めの半分よりかかっていない上に、識別結果は軽度の切り傷と擦り傷に効くようになっていた。
「だいぶいい調子ですね、ここまで来れば水薬の製作も行えるでしょう。ですが一息いれますかね。いれますよ。」
「――――。」
モイザもうなずいて脚立から降りてリュクスに近寄る。蜘蛛の顔だがほんのり疲れが見えリュクスは軽く撫でる。バンダー商長も踏み台に腰を下ろして、ポーチから出したお茶を飲み始めた。
「おつかれさん。もうちょっと続くだろうけど、今の状態をみてもいいかな?」
「――――。」
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対象:モイザ・アルイン
種族:クラフタースパイダー
主人:リュクス・アルイン
スキル:〈操糸〉〈牙技〉〈毒生成〉〈統制指示〉〈分担指示〉〈聖族言語〉〈料理〉〈裁縫〉〈糸術〉〈契約借技〉〈生産技術〉〈製薬〉
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モイザを識別したリュクスはもう製薬スキルが発現していることに驚く。生産技術の影響でよりスキルを得やすくなったのだろう。そして足から糸を出してたのは糸術というスキルだったようだ。
技術貸借があったころと違いバンダー商長の手を握ってスキルを借りてはいなかった。契約借技は誰からでもスキルを借りられるスキルではないようだ。
「モイザは契約借技ってスキルわかるか?」
「――――。」
前足でリュクスを指した後にモイザ自身に足を向ける。言葉の内容からもおそらくリュクスのスキルならば借りれるスキルという感じなのだろうとリュクスは納得した。
疲れのある顔かとリュクスは思ったのだが、今の脚ぶりを見て意外と元気そうだと安心する。むしろ生産技術は覚えたくてしょうがないみたいで、じっと製薬セットのほうを見つめていた。
「さてさて、モイザ様が大丈夫でしたら続きを始めましょう。水薬は丸薬よりもひと手間かかります。大きさは違いますが料理と同じ魔道コンロを使うことになり、火が出るのですが大丈夫でしょうか?」
「魔道コンロは料理でよく使ってるし、大丈夫だよな?」
「――――!」
任せろと言わんばかりにうなずいて足の一本を上げたモイザは脚立の上へと移動する。それを見たバンダー商長も気合を入れるように袖をめくり踏み台に乗った。
「なるほどなるほど!ではでは先ほどのようにまずわたしが作らせていただきますね。水薬を作る際はこちらのビーカーを使います。これは火の熱で中にはしっかり伝わりますが、ガラスが割れたり溶けたりしないので水薬を使う際に重宝します。鉄鍋だと中の色の変色など見れませんからね。慣れてきて量を作りたい場合は大鍋を使うこともありますけどね。まずは水をビーカーの一番上の線まで入れます。基本はこの水量で2本分の水薬になりますね。このまま魔道コンロの強火にかけてしまいます。あとは沸騰を待ちますよ。」
ビーカーをそのままコンロの上に乗せるのを見たリュクスは、ビーカーをとめる器具とかないのかと不安になる。元の世界の常識を考えると火にそのままかかる瓶は危なく見えるのだ。だが中身が沸騰してもビーカーが割れたり溶けたりもすることはなかった。
「沸騰しましたら弱火に変えて、水薬2本分なので痛軽の薬草を4本入れますね。入れましたらゆっくりとこちらのガラス棒で混ぜてください。薬草が完全に溶けて全体が緑色の液体になったら終了です。ポーション管のこの線まで注いでください。これで丁度2本分になるわけです。」
かき混ぜてる時間がすごく短かかったが、あっという間にできるということはそれだけバンダー商長の製薬スキルが強力なのだろうと勝手に納得したリュクスは一つの質問をぶつける。
「そのポーション管の線のところまで注がないと効果を期待できないという感じですか?」
「そうそう。そのとおりですよ。とても古い記述に一滴で欠損傷まで治した薬液があったという記述もありましたが、通常この量を内服するか傷口にかけるという使用方法になりますね。こちらの痛軽の水薬でしたら傷口にかけるという使用法が一番最も効き目がいいですね。飲むことでも一応の痛覚軽減を得ることはできますけれどね。」
「なるほど、でしたらそちらのフラスコは何に使うんですか?」
「フラスコのほうはより量が必要な水薬のために使用しますね。魔力補填ポーションや生命活性の水薬といったできるだけ強い効能がほしい水薬、もしくは毒水薬や痺れ水薬のような攻撃性水薬の容器に使用して投げつける使用法もありますね。」
フラスコ型はまさかの投てき武器扱いであった。そして魔力補填ポーションと生命活性の水薬はフラスコ型だったことをリュクスは思い出す。
「モイザに教えてもらってるところ横からすいませんでした。教えていただきありがとうございます。」
「いえいえいえいえ、そういう探求は大切ですよ。モイザ様にもお教えする必要のあることでしたからね。フラスコはポーション管2本分と同じ量必要なので覚えておいてくださいね。ではではモイザ様とりあえず2本分作ってみましょうか。」
「――――。」
モイザもさっそくビーカーの中を一度洗い再度水を沸騰させる。沸騰したビーカーに4本の痛軽の薬草を入れてガラス棒でかき混ぜはじめる。
「かき混ぜている際、中に塊が残るといけませんのでそこに注意してくださいね。」
モイザは真剣な雰囲気のままかき混ぜながらバンダー商長の言葉にうなずく。カツンカツンと時折ガラスの当たる音が鳴り響く。満足いくほどにかき混ぜられたのか、火を止めてガラス棒を取り出し、モイザはビーカーと試験管にしっかりと糸を巻き付かせて注いでいく。
試験管をまっすぐに持たなきゃいけないのが少し難しそうだったが、モイザはうまくこなす。線まで入れたらコルク栓をしめ、もう一本の試験管にも注いでいった。
「こちらも十分使用できるほどの出来上がりですよ。このまま続ければより効力の高い物に作れますね。光の刻まで時間もありますしもう少し練習しますか?」
「ありがとうございます。モイザ、少し練習させてもらおう。」
「――――。」
モイザはうなずき光の刻が来るまでの間真剣に痛軽の水薬だけでなく毒消しの水薬作りまでこなし、リュクスもまたじっと作業を見つめていた。ベードは片隅でレイトはリュクスの頭上で二匹とも暇そうに眠っていた。




