中層海域へ
浅層で漁をする船は木の葉を太らせたような造形の小型木造船が多い。
海中からは魔物の気配をうじゃうじゃと感じ取れたので、あんな船で大丈夫かとリュクスは思った。
だが、浅層の魚介魔獣たちは自ら襲ってくる個体はほぼいないようだ。
漁師たちがネティスの巨体にあっけにとられている間も、魔物であるはずの魚介類が何かしてくる様子もない。
正気を取り戻した彼らは銛や網で魚介類を捕獲していく。
「…ちょっと僕たちもとっていこうか。」
『なんだ?盛んに狩りたくなるなど、お前にしては珍しい。』
「だって、せっかくただで魚介が手に入るチャンスだよ?」
『まぁ、好きにしろ。』
『じゃあニが手伝うよー!スプラッシュ!』
海中より巨大な水しぶきが上がり、同時に大量の魚介魔物が打ち上げられる。
「ちょちょ!ディメンジョンアトラクト!」
リュクスが空間術で空中に投げ出された魚介類をすべて引き寄せていく。
そしてネティスの背中に打ち上げられた魚たちは弱々しく跳ね 、露店で見たような貝類も取れていた。
『ごめーん、主…』
「そうだね、さすがにやり過ぎ。とはいえいっぱい取れてよかったよ。ありがと。」
『えへへー。』
再び周囲の漁師が目を奪われ、漁業の手が止まってしまう。
中には苦笑する者や、露骨に顔をしかめる者もいた。
結局、リュクスが浅層で魚介類に手を出したのはこの一度だけだった。
浅層がいつもの活気を取り戻すころには、リュクスたちはすでに中層と呼ばれる海域へ出ていた。
海の様子が変わり、浅層よりもほのかに海の色が濃く感じる。
聞いていた通り海の底が一気に深くなっているようで、リュクスのソナーエリアでは底までの気配を捉えられなくなった。
浅層の船は統一感があったが、中層の船は造形はそれぞれ異なり個性豊か。
だが、いずれも戦闘を前提とした大型船ばかりだ。
数も浅層より圧倒的に少なく、まばらにしか見えない。
そして怒号を上げながら魔法や巨大な銛などで襲い掛かる魚介魔獣を相手していて、ネティスの巨体が遠くを過ぎる姿に見向きもしない。
中層入りたてで一番多く襲ってくるのは、カジキのような見た目のランスノーズフィッシュという巨大魚だ。
海中より漁船を串刺しにしようと素早く襲い来るが、熟練の漁師たちは難なくいなし、そのまま仕留めて漁獲していく。
当然、リュクスたちも当初は身構えていたのだが、なぜか襲ってこない。
「何でこっちには襲ってこないんだろ。」
『ネティスの巨大な気配はむしろ脅威だと感じているのかもしれん。』
「あー…なるほど。」
『主ー、もしかしてあのお魚もほしい?』
「ちょっと気になるけど、無理には捕まえなくていいよ。」
リュクスは浅層であったことを思い出して捕獲をあきらめる。
そして、他の漁船を襲うランスノーズフィッシュを見て、ふと、ある疑問がよぎる。
「…そういえば、識別でランスノーズフィッシュって出たけど、あれ、本当に鼻なのかな?」
『どういうことだ?』
「実は元の世界にもあんな見た目の魚がいたんだけど、たしかあの伸びた部分は鼻じゃなくって顎だった記憶があるんだよ。」
『そうなのか。だが、こちらでは鼻なのだろう。』
「世界の違いだねー…」
元の世界の魚にも鼻腔があることを知っていたが、こちらでは似ている肉体構造でも部位の扱いが違っている。
改めて異世界を堪能している気分になり、リュクスは頬を緩めた。
他にもダイレクトラムフィッシュといういかにもマグロのような突進魚や、さらに中層を進むとシーバレットフィッシュという海面より海水を弾丸のように打ち出してくる鉄砲魚のような魚など、徐々に魚介魔獣の厄介さが増していく。
しかし、リュクスたちにはあまり関係なく、時折魔物から赤黒い目線が向けられるが、襲われるまでには至らなかった。
「平和だねー。」
『いや、少し先になるが、シーマイナークラーケンに襲われている漁船がいるぞ。苦戦しているようだ。』
「え!?どうしてすぐ言わないの!?」
『今察知したのだ。どうやら海上は風が通りにくい時がある。』
「そ、それじゃあしょうがないね。ネティス、もう少しスピード出せる?」
『全然もっと速くできるよー!全速力でいいー?』
「それでお願い!」
『じゃあみんな、ニにしっかり掴まってー!』
ネティスは長い首を倒し、前傾姿勢になって一気にスピードを上げる。
皆で何もないつるつるとした背中にへばりつく中、景色が流れるように後方へ消え、気づけばクラーケンが襲いかかる現場へと到達していた。
『見えたよー!どうするー?』
「まだ手を出さないで!一応、確認しないといけないから!まず、船に近づいて!」
『りょーかーい!』
これまで見たものよりも一回り以上巨大なガレオン船で、緊急事態でなければリュクスは見とれていただろう。
その巨船に、マイナークラーケンが三匹が襲い掛かる。
船体を掴もうと触手を伸ばしているが、漁師たちが応戦し、どうにか食い止めていた。
そんな船にネティスが近づき、リュクスが声を荒げた。
「助け、いりますか!」
「っ!頼む!」
「よし、ディメンションバインド!」
リュクスは即座に空間拘束で三体のクラーケンを捕縛する。
動けなくなったところを、漁師たちが一斉に魔法や銛を放ち、叩き伏せた。
漁師とは言うが、彼らの中には雇われた冒険者もいる。
そして冒険者同士は、相手が助けを求めなければ基本干渉してはいけないというルール。
だからこそ、リュクスは叫んで確認したのだ。
「助かった!ありがとう!」
「いえ、よかったです!」
いかにも船長という風貌と帽子をかぶった一人がリュクスたちのほうへ身を乗り出し声をかけてくる。
先ほどリュクスの声に反応したのも彼だった。
「それにしてもすごい従魔だな…まさか、この先の深層へ向かうのか?」
「そのつもりです。」
「なるほど…あれだけの実力があれば可能なのかもしれないが、くれぐれも気を付けて。それと、クラーケンの分け前なのだが…」
従魔はいるが、リュクスは一人、対して相手は船に何人も乗っている。
言いづらそうな船長の様子にリュクスはすぐに返す。
「もしよければ足の一本だけもらえますか?興味はあったんですけど、買えなかったので。」
「それだけでいいのか?この数は君が来なければ狩れなかった相手だ。」
「構いません。この先でもクラーケンに襲われるかもしれませんし。」
「余裕で倒せるというわけか…ではその厚意にこたえよう!」
船長が指示しすぐにクラーケンの足を一本だけ解体する。
数人による手早い作業を終え、足を渡すと、漁船は港方面へ帰っていく。
別れを終えたリュクスたちは、さらに海の先、踏み込んだ者が帰らぬ深層海域へ足を踏み入れ始めた。




