現魔王
獅子のデモナは手を上げたまま、戦闘意志がないことを示しつつ、魔王城の方へ顔を向けた。
「なんとなく察しているだろうが、我はあの城より来た。自己紹介をしても?」
「構わないですよ。」
リュクスが頷くと、獅子のデモナは手を下げて、少し安堵した様子で自己紹介を始めた。
「では改めて、我の名はデモニクス。もっとも、皆は我のことを魔王と呼ぶがな。」
「ま、魔王、ですか。」
気を緩めていたリュクスだったが、魔王と聞いて再び警戒を強める。
魔王もすぐに両手を上げ、首を横に振った。
「すまない。警戒させるつもりはなかった。」
「…いえ。本当のことを言っているのは、わかります。」
これだけ近くにいても気配を感じないというのは異様なことだ。
とてつもない実力者か、ただ気配を消すのが限りなくうまいのか、いずれにせよ、只者でないことは理解できた。
「もしよければ、君のことも聞いてもいいだろうか。」
「…はい。僕はリュクス。見ての通り、聖族です。」
「あぁ、やはりそうか。君が大樹を癒すものなんだな。」
魔王がひどく嬉しそうに、柔らかな笑みを浮かべる。
安堵と歓喜にあふれる顔に偽りなど一切感じさせず、リュクスだけでなく従魔たちも完全に警戒を解いた。
とはいえ、リュクスもすぐに肯定せず、あえて疑問の形で返した。
「あの、どういうことですか?」
「安心してくれ。君のことは大樹より聞いている。癒しの力を与えられた、神の御使いだと。」
「御使い、ですか…」
リュクスとしてはそんな大それた存在ではないと否定したかったが、実際に神より癒しの力を与えられている。
ある意味、御使いといっても過言ではないわけだ。
「さっそく癒していただきたい…とは思うが、我の言葉を完全には信用しきれないのもわかる。」
「そう、ですね。目の前にいるというのに、いまだに気配を感じませんし。」
「…それはすまない。我はあの城より南から迫る破滅の地に、今どこにいるか、悟られるわけにはいかないのだ。」
「え?それってあの、白の大地、ですか?」
「君も見たことがあるのか?全てを飲み込もうとする、あの恐ろしい白を…」
先ほどまでの優しげな表情から一変して、魔王は城の先を険しい表情で睨みつける。
雰囲気が一変し、魔王と呼ばれるに相応しい威圧感すら覚える。
そんな中、リュクスは軽く息を呑みつつ頷いた。
「直接ではないですが、見たことがあります。あれは確かに、恐ろしかった…」
「あれは、我らデモナが生み出したと言っても過言ではない世界を破滅させる脅威。初代魔王が引き起こした災厄だ。」
現魔王であるはずの彼が、忌々しそうに初代魔王と口にする。
リュクスはどう返すべきか考えつつ、自身の知ることを共有した。
「…詳しくは知りませんけど、大樹を傷つけたそうですね。」
「そのとおり。力に溺れた愚行だ。そして破滅を抑えるため、我らデモナは南より迫る白の大地を抑える役割をしている。君の頭上にいる存在が、かつてしていたことと同じだな。」
『…己にも気が付いていたか。』
「かつてのレイト…四魔帝と同じ防衛戦をしているってことですね。」
レイトが魔王を睨みつけたが、そこに敵意は感じず、リュクスの言葉に魔王もうなずいた。
「我の知る限りでは、北では十日に一度、破滅の地が襲い来るということだ。だが、ここでは少し違う。襲い掛かってくる現象に周期はない。」
『周期がないだと?では、お前が城を離れていいのか?』
「我が気配を消し続けている理由がまさしくそれだ。我が城から離れた時にあの大地は魔物の姿をかたどり、それまでの侵食など些事のような勢いで襲い掛かって来た。」
「それはつまり、大地があなたの存在を認識していると?」
「おそらくそうだろう。何とか部下たちが食い止めたが、城壁三つが飲み込まれた。それ以来、我は気配を消す研鑽を積み重ね、城にいるのかいないのか悟られないようにしている。」
リュクスは世界を飲み込む災厄とはいえ、ただの大地だと思っていたが、意思を持っているのかもしれないと知り、さすがに言葉に詰まる。
レイトがそんな様子を察したのか、口を開いた。
『確かに、もっともらしい言い分だ。どちらにせよ、リュクスは大樹を癒しに行かなくてはならない。魔王であるお前が案内すれば、デモナ共も襲ってこないだろう。』
「…聖族を恨むデモナたちは使命から逃げた愚か者どもだ。この街にそんなデモナはもういない。」
「え?使命から逃げた?」
レイトと魔王の言葉にリュクスは少し気を取り戻し、問いを投げかけた。
「先ほど言っただろう。初代魔王の起こした災厄をせめて食い止めるのがデモナの務め。不毛となった原因となったもの、南から迫る白の大地が放つ濁った魔素の影響。その仕事を放りだし、あまつさえ南に押し込めた聖族を逆恨みするなど、愚者どもでしかない。」
「…そう、かもしれませんね。」
リュクスはそんなことはないと言いたかったが、魔王である彼が離反した同族を許す気がないことを知り、同意の言葉を呟いた。
「それに何より、デモナの約半数がビスタとのハーフだ。城下町で過ごす者たちはビスタとの共生もしている。聖族への忌避はない。」
『…確かに。デモナの気配が強くわからなかったが、かすかにビスタの気配も混じっているな。』
「レイトが言うなら、ほんとにビスタもいるんだろうね。ひとまず城下町に行ってみようか。」
『…そうだな。』
どこか不服そうなレイトだったが、ここで立ち往生していても仕方がないと判断したようだ。
「それでは案内しよう。ゆっくり飛ぶので、狼君は付いて来てくれ。」
「ベード、お願いできる?」
『了解です!』
魔王が赤黒い翼を広げ、颯爽と空を飛び始める。
ゆっくり飛ぶと言った割には、飛行速度はかなり速く、ベードの足で何とか追いつけるほど。
かなりの距離があったはずなのに、二刻ほどで城下町まで到着したのだった。




