装甲のベヒモス
マンティコアも空を飛ぶ魔物だが、縄張りは広くなく、グリフォンの縄張りを抜けて二日ほどして新たな魔物の気配を捉えた。
警戒しつつも、リュクスは識別のためベードに接近を指示した。
その姿を簡単に表すなら、体格の大きなごついサイだ。
体格は大狼であるベードと同じほどで、元の世界で見たサイよりも二回りは大きく見える。
サイに似ているが特徴的な角はなく、代わりに下顎から上へと伸びる二本の牙が目を引く。
近づいて見ると、カバに近い印象すら覚える。
そして何より、異常なほど分厚い皮膚が全身を覆っている。
色味も鉄のようで、もはや四つ足の生物が装甲を纏っているかのように見えた。
特に頭部は、ヘルメットのように前面へ厚く重なり、重厚に守られている。
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対象:アーマードベヒモス
装甲を着ているようなベヒモス
強固な皮膚は生半可な攻撃ではびくともしない
太く短い脚だが、重厚な走りは速い
その突進だけでも脅威だが、強靭な足で踏みしめ、大地より魔法を放つ
肉質は硬いが、調理次第で良質な味になる
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「あれがベヒモス…僕の世界で見たのとはちょっと違う。」
『種族より、どんな魔物なのだ?』
「見た通り、皮膚が硬くてあらゆる攻撃を弾くみたい。攻撃手段は突進と…土魔法系かな?」
疑問を含んだその言葉に、レイトは目を細める。
『詳しくわからないのか?』
「うーん、この情報からでは無理みたい。踏みしめて大地から魔法を放つってだけだね。」
『なるほど。それではいまいちわからんな。他に情報はないのか?』
レイトには識別の青い表示は見えていないようだ。
だが、リュクスは最後の文を嫌そうな顔をして読む。
「…肉質は硬いけど、調理次第で良質な味になるんだって。」
『…なんだそれは?』
「僕にもわからないよ…あ。」
ベヒモスの様相は、とても食べられるとは思えない見た目だ。
だからこそ、リュクスはなぜ肉質情報が出たのかを理解してしまった。
『何かわかったのか?』
「いや…そういえば最近…と言っても結構前からか。僕の識別に時折、その魔物が食べられるかとか、肉質や味の情報が出ることがあったのを思い出したよ。」
『そちらの話か。それが何だ。』
「えっと、どういう魔物の時に出るのか思い出したんだけど…たぶん、食べられるのかどうかって考えた魔物だったんだ。」
『…そうか。』
レイトの反応はひどく呆れたもので、リュクスはその反応に少し声を荒げる。
「そうか、じゃないよ!バロメッツはともかく、最近はグリフォンでも表示されたんだよ!」
『確かに、鳥と獣の混ざる肉体だったが、あれを食いたいと感じたのか?』
「いや、食べられるかどうかって思っただけ!」
『そうか。で、なんと表示されたのだ?』
レイトが冷静に返すので、リュクスも落ち着きを取り戻す。
そしてグリフォンの識別内容を思い出した。
「…肉は鳥に似て美味だってさ。」
『そうか。己は肉は好みではないが、ベードとグラドは喜んだかもな。』
『おぉ!それならカラアゲにして食ってみたかったな!』
『主が拾うと決めた魔物以外は無視だぞ。ですよね、主!』
「そうだね。戦ったならグリフォンも回収してもよかったけど、戦わずに済むならそれに越したことはないから。」
特にグリフォン地帯に入った際は、ベードのいつも以上に走り通しだった。
一度は休んだが、次にいつ休めるのかもわからない。
わざわざグリフォンの群れに戦いを挑み、消耗する必要も無かった。
ベヒモスも戦えば脅威だろうが、ベードの気配は気づかれることなく進む。
しばらくすると新たなベヒモスの気配を見つける。
つまり、すでにベヒモスの縄張りに入っているのだろう。
だというのに、はるか上空だがマンティコアの気配を捉える。
「マンティコアがいるけど…ベヒモスに戦いを挑むつもりなのかな?」
『そのようだな。ベード、少し見ていく。足を止めろ。』
『りょ、了解です。』
正面のベヒモスは、先ほどより少し小柄な個体で、のんびりと体を伸ばしている。
上空のマンティコアは尾を向け、一気に急降下する。
それはさながら、蜂が尾針を突き刺しに行くかのようだった。
ベヒモスの意識外、はるか上空からの奇襲。
見事にマンティコアの尾はベヒモスに命中した。
しかし、サソリの尾は先端があらぬ方向へ折れ曲がり、悲痛な叫びをあげた。
「ぎにゃぁぁぁぁ!」
ベヒモスが不快そうに顔を歪め、大地を踏みしめる。
その瞬間、ベヒモスの周囲から石が刃のように打ち出され、マンティコアを切り刻む。
どさりと地に落ちたマンティコアを、ベヒモスは赤黒い目で睨む。
そしてたった一度踏みつけると、地面に紫のシミが出来上がった。
『なるほど。石魔法というより、大地魔法に近い属性だな。』
「…それが見たかったの?」
『こちらには気づいてないが、もし戦うことがある場合、どのような属性を持つか知っておくべきだろう。』
「まぁ、そうかもしれないけどさ…」
ベヒモスは倒したマンティコアを食らう様子はない。
というよりも、すでに原型などほぼなく、食える箇所もないだろう。
ベヒモスはむしろ血を避け、黒ずんだ雑草をむさぼる。
『あの巨体で草食か。…そういえば、マンティコアはどのような肉質なのだ?』
「人の顔が混ざるマンティコアが食べられるかなんて考えないよ!」
『そ、そうか。悪かった。』
グラドにとっては純粋な質問だったが、リュクスの剣幕にグラドはタジタジになり、少し小さくなった。
魔物同士の戦いの場から去り、また数日。
ベヒモスの縄張りは広く、道中に時折小柄な個体とマンティコアが戦う気配を捕らえたが、リュクスたちはもう観戦することはなかった。
ベヒモスの強靭な装甲のような皮膚は、マンティコアのどんな攻撃も弾く。
そのうえ、ベヒモスの大地魔法は、マンティコアがはるか上空へ逃げる前に貫く。
どちらが勝つかなど、もはや明確である。
そんなベヒモスでも近寄らない地帯がある。
雑草が一切見えず、中央にねじれた陽だまりの木が見える魔素の汚染地帯だ。
ここも以前と同じく、剥き出しの大地は深すぎる黒に染まり切っている。
「またかって気分だけど、癒せば休憩地点に使えるからありがたいね。」
『…それができるのはお前くらいだろうがな。』
「…そうだね。大樹も癒す力をもらった僕だからできるんだよね。」
『そういう意味ではないが…まぁいい。好きにしろ。』
レイトの呆れたようなため息に、リュクスは首をかしげながら、ねじれた木と闇のように黒ずんだ地を癒していく。
治癒の手を止めるが、完治はさせず。魔物が寄りづらい地として利用するため、転移地点を設置した。




