第一試験と露店説明
立ち上がった受付の女性は奥の扉を開け、その扉の先を手でさしている。リュクスは誘われるまま中へと入る。中は見事な台所とその上に台所用品が並ぶ。壁際の大きな低い机には木箱に入った野菜と肉の数々。
「急にこんなところに、すごいですね。」
「はい、私たち商業者ギルドは設備にこだわりがあります。空間切替といわれるスキルアーツで作られた術式をもとに、扉を開けたときにこうして必要な場所につながるようになっております。料理をするためのこの部屋は素材の品質劣化が起こらないように、部屋ごと魔道素材で作られた魔道具なんです。お客様が来られた際にも数人同時での来店をされても、希望がなければ個人個人ちがう受付で対応させていただいております。」
道理であんな目の前が受付にもかかわらず、リュクスの接客中にほかの人が入ってこなかったわけだ。この台所空間にも同じようにスキルで来ているのだろうとリュクスは考える。
「改めまして、今回生産指南と売買指南をさせていただきます。キャロラインと申します。よろしくお願いします。」
「えっと、リュクスです。よろしくお願いします。」
「ではさっそく生産指南を始めさせていただきますね。初めに野菜の下処理、肉の下処理をおこないます。まずは私の説明の手順通り行っていただきますね。」
「はい。」
自己紹介も手短にすぐに始まった生産指南は本当に普通の料理の下処理の手順だった。ニンジンのような根菜のヘタを切り落とし、包丁を当てて回しながら皮をむいて、そのあとは細切りにする。
キャベツのような葉菜は芯に切り込みを入れた後、外側から丁寧に一枚一枚剥がして、ボウルに入れふるうようによく洗う。水が出る仕組みはトイレでも見た四角推の魔道具であったのでリュクスにも問題なく使えた。
他にもネギにピーマンにナスにブロッコリーのような形の野菜たちを、一つ一つ下処理していく。野菜が終われば次は肉だ。大きな塊の肉でなんの肉だろうとリュクスが見つめたことで識別になってしまった。
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対象:ラッシュホグの肉塊
この肉塊は食用として人気が高いおいしい部分が詰まった塊である
美味しさのあまり舌まで噛み切らないように
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リュクスとしてはできる限り識別しないでいたのにと少し悔しい思いをしつつも、見てしまったものはしょうがないと作業を再開する。まずは食べやすいように薄くスライスしていくが、固い筋の部分が一切なく全て柔らかい。塊全部がきれいな赤身で筋切りしなくていいならおいしい部分余すことなく使えると一人喜ぶ。
「良い手際ですね、包丁さばきも問題ないです。次は炒めていきましょう。」
下処理した野菜を熱の通りにくい根菜から順に油を敷いて熱したフライパンに投入。渡された醤油のような液体を回しながらかけいれて、菜箸を使ってかき混ぜる。全部にほんのり焼き色が付いたら、野菜炒めの出来上がり。
今度は豚肉を投入、色が変わるまで両面しっかり焼きあげたら、野菜炒めと一緒に盛り合わせ。完成したのは現実にもある豚と野菜の炒め物だった。
「完成品を識別させていただきます。識別結果は合格です、すばらしいですね。今のような下ごしらえを手作業で丁寧に行うほど、料理のおいしさがぐんと上がります。スキルアーツで下ごしらえをすることは味を落とすのでお勧めしません。時間のないときには便利ですけどね。」
「え、スキルアーツを使うと味が悪くなるんですか?なぜなんでしょう?」
「そうですね、素材そのものの味を引き出すのに必要な部分まで処理してしまうからといわれていますが詳しくは私達にもわかりません。申し訳ありません。ただ、今お教えした下ごしらえも炒め方も基礎的なものになります。やり方を変えることでよりおいしくなるかもしれませんね。料理はレパートリーがたくさんありますのでいろいろお試しください。」
「はい、わかりました。」
「では次に参りましょう、こちらへどうぞ。」
再び扉を開いて移動を促される、先ほどと同じく別の部屋につながってるのだろう。ただ作った料理はどうなるんだとリュクスは自分の作った豚と野菜の炒め物を見る。
「あの、料理はどうなるんでしょうか。」
「ご説明してませんでしたね、申し訳ありません。最後に別の方が食されるまでが試験の内容です。ですが問題なく合格できるかと思います。またこの部屋の物は私の権限では部屋の外に持ち出すことはできません。さらに必要以上の消耗を行なわないように言われています。今回作っていただいた料理も持ち出すことはできません。」
「わかりました、ありがとうございます。」
持ち出し禁止といわれては仕方なしとリュクスは台所部屋から次の部屋へ。そこには大通りでもみた露店が1つぽつんとある。ルーフの屋根と店付けの展示ケースが印象的だ。
「こちらの露店が基本的な貸し出し露店となります。料理を扱う露店や露店を購入した場合は少し異なるのですが、今回はこの貸し出し露店を基準に説明いたします。このケースは商業ギルドとの販売品の情報共有を行うために入れた商品を識別します。」
キャロラインが腰の鞄ポーチから青の液体の入った瓶を取り出し展示ケースに入れる。するとケースに先ほどの青の液体の入った瓶が表示されてそこに文字も浮かんでくる。
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魔素補填ポーション
魔素を体内に取り込みやすいよう液状薬として生成された薬
飲むと体内魔素量をすこし補填する
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「では、こちらの商品いくらで入荷したと思いますか?」
「え、すいません、わかりません。」
いきなりの問題にリュクスは困惑するが、もしかすれば露店をしっかり見て回っていれば答えられたのだろうかと思い、露店を見て回るべきだったか、いや出費がかさんだだろうかと少し葛藤する。
「そうですね、これですぐに正しくこたえられる方ならもう売買試験を合格でも構わないくらいです。それについてご説明しますね。まずこのポーションですが、この街の露店ではまず見つからないでしょう。周辺では取れないような素材を使用していますからね。私たち商業者ギルドに登録している方が利用できるようになる他の街からの輸入商品にまれにあるような商品です。さらに輸入ルートの危険度変動によって入荷時の値段も変わるので、現状の輸入ルートの危険度を知ることも必要です。ただしポーションは消耗品です。使われてこそ価値があります。ある程度の危険度上昇なら値段は上がってしまいますが、輸入ルートの危険度が著しく高い場合はむしろそのルートの危険度を減らすために街同士で冒険者を派遣し、国からは騎士が派遣されてポーションの消耗は多くなります。そんな中でどんどんポーションが高くなり、金銭面的に使えなくて死亡してしまった、など起こさないように、むしろ金額が下がったりさらに場合によっては無償配布したりもします。今回は大きな危険もなく、輸入までに一本も欠けなかったため100本を5000リラで買い上げることができました。つまり、一本の輸入額は50リラですね。」
「輸入中に欠けることがあるんですか?」
「はい。この商品では少ないですが、ポーション輸入では戦闘中に起こった負傷度合いによっては輸入中のポーションを使用して癒すことはよくある話なのです。」
盗まれるとか破損するとかではなくまさかの輸入隊を癒すためとはリュクスも思わなかったが、そういうのを含めた依頼料金になっているのだろうと一人考えた。
「では、露店に入れたこちらの1本の商品に値段を付けます。あなたでしたらいくら付けますか?」
「えぇと、75リラくらいですかね。」
リュクスとしてはゲームでの感覚を思い出していた。別の場所で買ったものをそこでは買えないから1.5倍の値段で売るというものだ。ここは現実の異世界なわけだが輸入と似たようなものではないかと考えたわけだ。
「それはとても低い設定ですね。あっという間に売れて他の方が200リラで売るでしょう。大体はこれ一本で200リラです。」
「そんなに高くするんですか?」
消耗品だから高すぎるとまずいと聞いたからこその1.5倍で考えたのにとレートの上がり方に少し不満げなリュクスだが、キャロラインは説明を続ける。
「そうですね、こちらでしたらおおよそ4倍ほどが適正になりますが、今回のように問題なく入荷できているなら一気にさばききるために150リラで販売する方もいるでしょうし、すこし安めにと180リラを付ける方もいるでしょう。逆にそのルートの危険度が低いならば、危険度の少し高いルートに赴き、250リラで売る方もいるでしょう。この商品でしたら250が限度ですかね、それ以上の値段はまず買う方はいないでしょうね。」
「なるほど、でも入荷先での値段とそんなに差がついて大丈夫なのですか?」
「はい、そういうものと思っていただいたほうがいいです。確かにこちらの商品を製作しているところの露店では、100リラほどで購入できますけれどね。」
「うーん、それって製作者はあんまり儲けていないのですか?」
「そうでもありませんよ、街と街でつながっているからこその値段ですからね。私たちのギルドからもお相手の街にいろいろ輸出します。お相手の街周辺では取れないような素材はもちろん、その素材を使った消耗品や武器防具に加え、この街特有の工芸品など様々なものを輸出しますので、こういった消耗品に関してはお互いにあまり高い値段はつけません。製作者の方はおそらく製作依頼として納品している方たちでしょう。商業者ギルドの製作依頼の場合は素材をギルド側で渡し、品質管理をして製作していただいております。出来の悪いものはもちろん、出来があまりに良すぎても納品できません。依頼内容によっては空間切替で切り離した空間を使わず、ギルドの外で指示のもと作っていただくという場合もあります。ギルド依頼なので報酬金は個人の負担ではありません。このポーションだと金額はわかりませんが、私たちのところですと消耗品10個作った際の報酬はこの街の市場平均額で売った場合からおよそ2個分ほど差し引いた金額になっています。材料費を考えればかなりお得となっています。」
材料費なしでそれくらいの差し引きならお得な仕事だろうとリュクスもうなずく。もし素材をお金で集めようとすると意外と馬鹿にならないことはゲーム上でもリアルのDIY事情でも知っている。
「それでも露店があるのは先ほど言ったように違う場所での転売による収入、そして冒険者として自身で調達した素材を使い生産してそれを露店販売する方が多いですね。もちろん素材だけで販売する方や素材や製作物の買い取りをしてる方もいます。先ほどもお伝えした通り製作依頼は品質の安定が必要となるので、苦手な方ができるだけ高く売るためにやむなく露店しているのです。この街の露店のほとんどの方が止む無く露店している方達ですね。」
「あの、そういう品質が違いすぎるものはギルドで買い取っていただけないのですか?」
「いえ、私たち商業ギルドでも買い取ることはできます。ただし製作依頼とちがいますので、品質が良くても素材費に少し色が付いた程度しかお出しできません。また品質の低すぎるものですと素材費にも満たない場合もあります。私たちも買い取ったものは売るというのが基本になりますからね。そういった低品質のものでも露店に出せば変わります。ギルドで買い取ったものはギルド直営店で売るか輸出の際にくる旅商の方にお売りします。そういう正式な場で付ける値段より少し安く提示したとしても露店ですと、私たちへの買い取りから販売の工程がない分で結構儲けられますからね。」
リュクスは話を聞いて納得する。買い取って売るのであれば売るより安く買う必要がある。その工程を省いて露店で自分で売ったほうがほんのり儲かるのは当然の話だ。
「ただ、このあたりの素材での生産はあまり難しいものではないので、ある程度の生産技術を磨いたら製作依頼を受けられるほどの腕になります。露店よりも自由度は低いですが、儲けは依頼のほうが大きいです。自由に作りたいという方はわざわざ市場価格を調べて露店経営をするよりもずっと生産作業にいそしみたいという方ばかりで、お値段のかかる無人露店はこの街にはまだないのです。」
「無人露店があるんですか?」
「はい、貸し出しでもお買い上げでもできますよ。」
「無人露店というからにはやはりお金がかかるんですね。簡易宿で見たような水晶を使うんですか?」
「はい。あの水晶はリラと小さな道具の受け渡しができるのですが、無人露店と展示ケースをリンクさせることで、お支払いしたお客様が展示ケースの買った商品の部分だけが開いて直接取り出すこともできます。そういった魔道具連携まで行いますのでお高くはなってしまいますね。」
「ちょっと、参考までに聞いても?」
リュクスは別段すぐに無人露店をやるつもりもなく手持ちの金もないわけだが、好奇心で値段が気になってしまった。
「無人露店ですとこの街で一番安い場所での設置を想定してもレンタル料金は初めの10日が300万リラほどですかね、その後は10日ごとに維持費も兼ねて100万リラは必要です。ちなみにですが有人露店はすでにいくつも設置済みなので初めの10日は試験期間として無料レンタルしています。その後も継続される場合は10日ごとに1万リラいただいております。新しく場所を指定して設置するとなると設置料金はかかりますがね。」
そんなに値段の差があればみんな有人露店を使うわけだとリュクスも納得する。思い出したのは先ほどの大通りの露店に時折空きがあったのことだ。設置済みのレンタル有人露店だったのだろう。
Rush⇒突撃
hog⇒豚




