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竜の庵の聖語使い  作者: 風結
対抗戦
53/54

聖技場  ティノの恋文

「ワンっ」


 マルは、乗っていたガロの肩から跳躍。

 ティノが両掌をくっつけ、面を向けたので、連続跳躍。

 音もなく、メイリーンのお腹に着地します。


 目の前に小高い(やま)があったので、迂回。

 がんばったご褒美。

 メイリーンの頬に体を擦りつけながら、尻尾を彼女の首に持っていくと。

 魔力を籠め、わさわさと左右にふりました。


「ほ、ひっ!? マルっ、くすぐっ、くす、ぐすっ…た、ふひっ、ーーと、あれ?」

「手足の、指先の感覚が戻ってきた?」

「そう、みたい? 何にも感じなかったのに、今は痺れてるというか熱いというか、何か、そんな感じ?」

「僕が初めてそうなったときには、元に戻るのに一日かかったのに。僕とベズ先生の試合が終わる頃には、歩けるくらいになっているんじゃないかな。何かムカつくから、マル没収」

「まっ、マル!? ティノの人でなし! 邪竜っ、悪竜っ、女っぽい竜!!」

「クゥ~ン」


 非情にも、ティノはマルを持ち上げ、ガロに渡してしまいます。

 モロウ、ガロ、エルラの3人の中では、ガロの肩幅が一番広いので、警備中のマルの定位置になっていました。


 観客たちを威圧しないように、モロウとガロは鎧を着用していません。

 剣は布に包み、背中へ。

 木の棒を腰にぶら下げています。


「あのっ、すごく似合っています! 雰囲気抜群です! 一周期後か二周期後ですけど、劇をやるつもりなので、出演してもらえませんか!」

「は? あ、いや、ーー考えておく」


 正体を隠す為に、目深に外套(ローブ)を纏っていたエルラを勧誘するナイン。

 ナインの口撃(かんゆう)を撃退する為、エルラは持っていた大きな背負い袋を彼に手渡しました。


「わっと、と……? 思ったより軽いけど、何か大きなものが入っている?」

「そっちは、『スグリ袋』。モロウさん、『イオリ袋』は席に置いておいてください」

「ああ、わかった」

「ぱー」


 モロウが席に「イオリ袋」を置くと、ナインも倣い、「スグリ袋」を席に置きました。

 眠っているイオリは袋から頭だけだしていますが、スグリは未だ隠れ竜。

 本来なら、好奇心の塊であるソニアがティノに尋ねているところですが。

 まだ動けないメイリーンに嫌がらせを再開させていたので、リフが聞きました。


「『スグリ袋』ーーという響きに、期待感なのか不安感なのか、よくわからない感情が込み上げてくるのだが。それで、ティノ。地味、ではなく、落ち着いた色の『イオリ袋』と異なり、派手、ではなく、色鮮やかな『スグリ袋』には何が入っている?」


 炎竜であるアリスを素材にして造ったので、「スグリ袋」は真っ赤っ赤です。

 ここでスグリを紹介しても良いのですが。

 お披露目をアリスの居ない場所ですると、彼女が拗ねてしまうかもしれないので、ティノは先延ばしにすることに決めました。


「『スグリ袋』はアリスさんが造ってくれたものなんだ。だからスグリの紹介は、アリスさんから見える、フィールドでやろうと思う」

「ぱぅー」


 答えながらティノは「イオリ袋」を持ち上げ、椅子に座りました。

 膝に「イオリ袋」を置いたら、イオリのやわらかな髪に顔を(うず)めてーー。


 一呼吸。


 つながります。

 必要な、一つの世界。

 すべてがここにあります。


 イオリが、イオラングリディアが居ることで、ティノは完成します。

 抜け殻、というのは言い過ぎですが、イオリが居ないティノには明らかに欠けているのです。

 「魂の半分(ベターハーフ)」ならぬ「魂のすべて(ベターオール)」。

 魂に刻まれます。


「モロウさん。大変でしたね」

「……あっ、ああ、表彰でのことか。ーーティノ君に稽古をつけてもらっていたというのに、私たち3人では『大問題』さんを取り押さえることができなかった」


 神聖な儀式。

 そんな風にも見えるティノとイオリの姿に、見入っていたモロウはすぐに答えることができませんでした。

 ソニアの嫌がらせも何のその。

 半分寄越せ、とばかりに高山(むね)を揉んでくるソニア(すなやま)を無視し、メイリーンは謝りました。


「その節は、(うち)の馬鹿どもがご迷惑をおかけしてしまい、すみません。煮るなり焼くなり、どうぞどうぞ好きにしてください」

「ああ、拷問ーーではなく、『特別室』から正座で試合を見ているから、十分に罰になっていると思う。ただ、連帯責任で全員を『特別室』送りにしたのは遣り過ぎだったかもしれない」

「う~ん、そこはアリスさんの判断だから、モロウさんの所為じゃないですよ。家族がいると、僕との戦いでメイリーンが全力をだせないかもしれないと、アリスさんは危惧したんじゃないかな」

「ぱーひー」


 ティノと多く接してきた皆は気づきます。

 ティノは学業の成績は良いですが、頭脳明晰というわけではありません。

 普通の少年。

 垣間見えるそれに、始めは皆も振り回されていました。


 イオリと居るときのティノ。

 普段のティノとは違う、ティノ。

 「聖人形(ワヤン・クリ)」。

 まるでティノという人形に、魂が宿ったかのような生命の躍動。


「ティノ君は、見えていたのかい?」

「いえ、見えていませんでした。でも、だいたい何があったかはわかります。アリスさんが警備犬として、マルを同行させたのは正解だったということです」


 ティノ以外の「邪聖班」のメンバーは顔に疑問符を浮かべていたので、モロウが説明しようとしたところ。

 マルを皆に見せつけながら、ガルが仔犬と仲間を自慢しました。


「おう! マルは大活躍だったんだぜ! モロウの『悪知恵』も炸裂だ!」

「ん。『マルはメイリーンの大事な仔犬。傷つけたらメイリーンが泣く』とか、そんなことを言った」

「おおっ、嬢ちゃん、頭いいな! マルが威嚇してる間に『珍獣』を撃破! それからマルと一緒に『大問題』も大撃破だ!」

「ん。メイリーンの父親。似た者親子。マルの対処に困る。狼狽して自滅」

「……はは、そんな感じで解決した」


 モロウはそう言いましたが。

 真相は別にある。

 ティノはそう思い、マルを見ました。

 ティノと目を合わせたマルは、魔力で伝えてきます。


 メイリーンの父親は、やはり只者ではないようです。

 マルの魔力操作は、スグリほど完璧ではありません。

 その、ほんのわずかなマルの魔力ーー本性に勘づいたのです。


 表彰の際、ティノが近くに居たときもそうでした。

 彼は自分の視界から、一度たりともティノを外すことがなかったのです。


「それじゃあ、イオリを起こします」

「ぱーおー」


 イオリの魔力が体に満ちたので、ふんわりとした優しい声でティノは言いました。

 魂が削られるような、邪悪な儀式。

 ここに居る面々は、もう何度も経験しているので、目を、いえ、顔を、いいえ、それでも足りませんーー体ごと反対を向きます。


 でも、そんな邪竜な仕打ちに、抗う者が二名いました。

 ソニアとナインです。


「あ~ぐ!」


 そんなわけで、ティノはイオリを噛みました。

 どこを噛んだかは秘密です。


「ティ~ノ~、おはや~」

「んんんんんんんん~っ、ティノの良妻は良い悪妻っ、すべてを受け容れるが悪い良妻!?」

「劇には悲劇も喜劇もお茶の子竜さい! 人間の本質である『悪』から目を背けてはいけない!?」


 二人の勇気は称えますが、精神への負荷が大き過ぎます。

 制服を脱いで、上半身裸になったティノにくっつくソニアと。

 混乱してイオリにくっつこうとして、かなり手酷くティノに弾き飛ばされるナイン。


 皆の前で、初めて裸(上半身)になるティノ。

 邪悪な儀式と同様に、大混乱。

 試合前だというのに、乱痴気騒ぎ。

 毎度毎度。

 本当に、好い加減にして欲しいところです。


 学園の沽券に係わると思ったのか、アリスは「結界」で選手席の前を封鎖。

 さっさとでてこい、とアリスは魔力でベズをせっつきます。

 ベズがフィールドにでてくれば、ティノもでてくるのですが。

 それはそれで、また騒ぎになってしまうので頭の痛いところです。


「ん。がんばったから、ご褒美」

「はいはい。離れて、ソニア。というか、僕の体の『刻印』、気持ち悪くないの?」

「興味ある。どうやって背中に刻んだのか知りたい」

「『動刻』の応用。刻んだ『刻印』を動かしたんだ。だから全身に刻んである」

「ん~。まだ調べ足りない~っ」


 しつこく引っついてくるソニアを引き剥がすティノ。

 二人は普通に話していますが、皆はドン引きです。

 頭部以外、見えているところは全部。

 指先まで「聖語」が刻まれ、(さなが)ら邪竜に捧げる生贄のようです。


「……『刻印(それ)』。今まで『隠蔽』で隠してたんか?」

「うん。メイリーンがバラしちゃったから、言うんだけど。僕の稽古相手にやってもらったんだ。たぶん、アリスさんやベズ先生も『刻印』には気づいていないんじゃないかな」


 仄めかすティノ。

 尋ねたイゴだけでなく皆も、どう反応してよいのかわからず顔を見合わせます。


 「刻印」ーーとティノは言いましたが。

 本命は、体に刻んだ「刻印」ではありません。

 体の「刻印」がバレていないのなら成功。

 ティノは最後に、アリスが「イオリ袋」と「スグリ袋」に取りつけてくれた金具を嵌めました。


 これで二つの背負い袋を一緒に背負うことができます。

 フィールドにでようとしたところで、ーー後ろから心地好い魔力(あとおし)


「ティノ! 行ってこい!」

「まぁ、やるだけやってこいや」


 普段と違うティノの雰囲気に、何かを感じ取ったのでしょうか、リフとイゴがティノの肩を叩きます。


「がんばって!」

「ん。ティノならできる」


 ナインが二つの背負い袋を押し、こんなときでもソニアはソニアなので、どさくさに紛れてティノのお尻を押しました。

 そのまま歩きだそうとしたティノですが。

 足がとまりました。


「ティノ。ーーすぐに追いつく、絶対」

「ワンっ!」


 気力と根性で右腕を動かし、ティノの制服のズボンをつかむメイリーン。

 メイリーンの頬を舐めてから、マルはティノの肩まで駆け上がりました。


「おー! きょーは『すなおー』を~、ぶっとば~」


 最後に、イオリが最高の後押し。

 ずっしりと重いようで軽い、風を背に、ティノはフィールドにでました。

 ーーその瞬間。

 「聖技場(バナー・ラス)」は阿鼻叫喚の(ちまた)と化しました。


「なっ、裸!? 女子が肌を晒すなどっ、『対抗戦』の関係者! すぐ対処しないか!!」

「いや! 『刻印』でわかりづらいが、あのつるっぺた! 彼女は男だ!?」

「ち、違う! ティノは露出狂で胸が大草原なだけで、正真正銘の女の子だ!!」


 どうやら、ティノが女の子であると、夢を諦められない者もいるようです。

 でも、それは少数派。

 これでもう、ティノが女だとかほざく奴はいなくなるでしょうーーたぶん。


「ティ~ノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」

「きゃ~っ、イオリちゃ~ん! がんばって~~っっ!!」


 他人事、というのは好奇の蜜。

 リムが魂の底からイオリを応援すると、観客たちの興味は「聖人形」であるイオリに移ります。


「おおっ、あれが噂の『聖人形』!」

「あら、可愛い。イオリちゃんって名前なのね。何で袋の中に入ってるのかしら?」

「角無しの地竜という『設定』らしい。ふむ、素晴らしい出来栄えだ」


 試合を行う当事者であるベズなどほったらかし。

 アリスは上空に笑顔満面のイオリの顔を映しました。

 それから。

 満を持して、ティノが背負う、もう一つの袋にズームアップ。


「だ! スグリだ! よろしくだ!」


 「スグリ袋」の中から、ぽんっと勢いよくスグリが頭をだしました。


「スグリちゃん? きゃ~、可愛いのに神秘的!」

「た、確かにスグリちゃんも可愛いけどけどっ、あたしはイオリちゃん一筋だもん!!」

「となると、あの『聖人形』は、角無しの暗竜という『設定』ですかな」

「ほう、白い長髪と瞳に、対照的な黒い肌。悪くない、ぜひ欲し…い……ぐぅ……」


 残念ながら、ある紳士の発言を、炎竜が聞き逃すことはありませんでした。

 「特別戦」終了までの、強制睡眠。

 大人げない、というか、竜げない行いですが、今のアリスに何を言ったところで無駄です。


 そうです。

 アリスはこの瞬間を待っていました。

 その為に、面倒な仕事も我慢できたのです。

 体内の炎が臨界点のまま、アリスは観客たちにぶっ放しました。


『スグリはね、私が造ったの! 最愛の『聖人形』よ!!』

「だ! 母ちゃんっ、スグリがんばるだ!」


 大丈夫です。

 竜(イオリ除く)とティノ以外は気づいていません。


 アリスは。

 スグリの、アレでコレでソレな、たまらん感じの愛らしさに。

 炎混じりの鼻血を噴き、致命傷水準の衝撃を受けましたが。

 瞬時に「結界」を張ったので周囲にはバレていません。


 見えない、聞こえない、詮索しない。

 ティノは、アリスの趣味や嗜好について考えそうになってしまったので、気を逸らす為に正面のベズを見ました。


 ーーティノの目的。


 そんなもの。

 一つしかありません。

 「人生の目標」。

 それがティノの生きる意味です。


 利用できるなら、竜だって利用します。

 自分の命だって、天秤の片方に載せます。

 そう、これはティノが望んだ「試合」なのです。


「というわけで、僕が攻撃するので、ベズ先生は反撃しないでください」

「なるほど。それが学園長と戦ったときの、条件というわけか」


 あのときはアリスを呆れさせることができましたが、ベズ相手ではそうはいきません。

 また、それだけでなく、これは「対抗戦」のあとの「特別戦」。

 ベズにとって、「特別」な試合でもあるのです。


「野良試合であれば、それでも良いのだが。地竜組の皆は、私の期待に応えて、いや、期待以上のものを見せてくれた。私も、()()()試合を見せないわけにはいかない」

「そこは、わかりました。でも、僕は人間で、ベズ先生は竜です。なので、勝負の決着は。ベズ先生に傷をつけられたら、僕の勝ち。ベズ先生が無傷だったら、ベズ先生の勝ち」


 相手の呑めない要求のあとの、緩和した要求。

 交渉術の一つですが、ティノは。

 もちろん、そんな七面倒なことなど考えていません。


 学園に来て以来、ティノはそれなりに大人しかったのですが。

 三つ子の魂は竜まで。

 イオラングリディアが係わっているとなれば、ティノはだいたいこんな感じになってしまいます。

 その無鉄砲さは、今でも顕在です。


「以前にも言ったと思うが、私は炎竜ではなく地竜だ。人種である君が、私に傷をつけるなど不可能」

「僕は、勝てない戦いに勝ちます。勝負にならない戦いに勝つからこそ、竜の譲歩を引きだすことができます。ーーベズ先生は、存分に手を抜いてください。勝つとわかっている勝負ほど、つまらないものはありません。僕にとっての勝機とは、地竜のーーベズ先生の油断です」

「ティ~ノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」


 こちらも、アリスを挑発したときと同じ言葉。

 冷静に受けたベズは、ティノに聞き返してきました。


「竜の譲歩、とは何か?」

「あ、はい。僕が勝ったら、『お願い』を一つ聞いてください。もちろん、ベズ先生ができる範囲で構いません」

「そうなると、私が勝った場合は、ティノ君が『お願い』を聞いてくれるということか」

「はい。僕にできることは少ないですけど。アリスさんの『お願い』は、スグリをお……、じゃなくて、かなり無理難題を押しつけられましたが、『お願い』を完遂する為にがんばっています」


 マースグリナダを「男」にして欲しい。


 それがアリスの「お願い」でした。

 恐らく、竜であるベズの「お願い」も、並大抵のものではないでしょう。

 それでも、遣らないという選択肢は、ティノにはありません。


 ティノは知りませんでしたが。

 ベズとラスとの間で、長周期行われてきた勝負。

 ティノの要求が「お願い」だったので、それも面白いかと、ベズは受け容れることにしました。


「ーーそれにつけても。ティノ君はソニア君と異なり、『実』の伴った『新聖語』を使ってしまった。それで良いのか?」

「う~ん、僕にとって『聖語』は、手段に過ぎません。目的を果たすまで使えれば問題ありません」


 「聖語」は後戻りのできない「言語」。

 ただ、現状でそれを実感している「聖語使い」はティノだけです。


 ティノは「新聖語」を使ったので、もう「力ある言葉」として「原聖語」を刻むことはできません。

 その場に留まることができず、歩き続けてゆかなければいけないのが「聖語」です。

 ティノの「才能」では、いずれ行き詰まってしまいます。

 恐らくそれは、「聖域」ーー時代がティノに追いつく前。


 「聖語」から零れ落ちる、最初の「聖語使い」。

 残酷な現実。

 それでも尚、ティノが選んだのであれば。

 ベズに否やはありません。


「了解した。それでは最後に。ーー魔竜王マースグリナダに問う」

「だ! スグリはスグリだ!」

「そうだった。すまない。スグリはティノ君に魔力を注ぐだけなのか?」

「だ! ()()()()ティノに魔力を注ぐだ! あと、『隠蔽』の維持もやっているだ!」

「『隠蔽』の維持?」

「おー! じめ……」


 これはいけません。

 素直なスグリは、隠し事をせず「仕込み」のことを匂わせてしまいました。

 そして、今回はきちんと覚えていたイオリが答えを言いそうになったので。

 ティノはイオリのお口を塞ぎました。


「どうやら、何かあるようだ。ーー竜と共闘する人種。私を楽しませてくれることを期待している」


 地竜の微笑み。

 振り返って、歩いてゆくベズ。

 ティノがやらなければいけない最低条件は。

 ベズの予想を、良い意味でも悪い意味でも裏切ることです。


「上半身裸で二つの袋を背負い、肩に仔犬とは。これほど間抜けな姿もないかの」

「もう、マルが加勢してくれないから、冷や冷やな氷竜ものだったよ。ベズ先生が条件を半分呑んでくれたから、()()()()で済んだものの」

「わしの前脚を貸したところで、さして変わらぬかの」

「そうでもないんじゃないかな。今のところ、マルは全竜に気に入られているし。ただ、そうなると、マルの活躍の場がなくなってしまうから、これで良かったのかもね」

「マジュマジュ~、でばん~、マジュマジュ~、おっき~」


 イオリが答えらしきものを言ってしまいましたが、事ここに至ってしまえば、バレても問題ありません。

 十分に離れたので、ティノは向き直りました。


『それでは『特別戦』。ベズ・ランティノールとラン・ティノの試合を始めます』


 余韻も何もなく、あっさりと試合が始まってしまいました。

 「聖技場」は、竜の咆哮のごとく盛り上がっていますが。

 アリスと戦ったときと同様に、ティノの心は落ち着いてゆきます。


 今、できることを、やる。


 ただ、それだけをやってきた、ティノ。

 でも、それだけではありません。

 学園に来てから、ティノの世界は広がりました。


 アリスが言った通りです。

 「庵」にずっと()もっていたら今の自分はいない。

 イオラングリディアの隣に立つには、これでもまだ足りません。


「じゃあ、お願いね、マル」

「任されてやるかの」


 魂を奮わせるのは、時期尚早。

 そう、物事には順序というものがあります。


 そうです、中途半端が一番いけません。

 そんなわけで、ティノは。

 羞恥心を邪竜に食わせ、「演技」を開始しました。


「我が盟友たる『()()』マルカルディルナーディよ!!」


 右手をびしっと前に、背筋を伸ばし、如何にもな格好良いポーズを取ります。

 ティノの肩から飛び下りたマルは。

 ここが見せ場とばかりに、練習の成果を披露します。


 淡い光でできた巨大な鎖が、仔犬のマルを覆ってゆきます。

 その鎖は、無数の「聖語」で刻まれた「封印」。

 マルの周囲に、八竜を()した八つの輝円が形成され、「聖語」の奔流が「鎖」を攻撃。


 「封印」と拮抗する「聖語」。

 スグリは空を暗くして「封印解除」、ではなく「演出」のお手伝い。

 舞い散る「聖語」は、まるで満開の竜花のように咲き乱れます。


 遣り過ぎ。

 そんなことを思っても、もう取り返しはつきません。

 マルは乗り乗り、観客たちは魅了されているので、ティノは「封印解除」の許諾を行いました。


「盟約により、我が敵を討ち滅ぼすべし!!」

「アオォォーーっっ!!」


 (いまし)めは解かれ、風に紛れるように薄れてゆく「鎖」。

 天に舞う「聖語」の吹雪。

 「聖獣」マルカルディルナーディの顕現。

 すべてを薙ぎ払い、マルは久方ぶりに本来の姿にーー魔狼の威容を存分に見せつけました。


 そう、イオリの言った「おっき~」とは、起きる、ことではなく、大きくなる、ことです。

 これは、悪い意味でベズの予想を裏切りました。


 ーー大きな獣。

 人とは、何かが根本的に異なる生き物。

 しかも突如として現れたのは、獣どころではない、魔物ですら児戯とする魔獣(聖獣)。


 あり得ない巨大さ。

 矮小な人間など、丸ごと噛み砕いてしまいます。

 「聖技場」の大きさを錯覚してしまいそうになる体躯。


 どうやったところで、人が持つ、根源的な恐怖を消し去ることはできません。

 一滴ーー落ちただけで、それは伝播し、破滅をもたらすことでしょう。


 またしても、ティノは遣らかしてしまいました。

 本当に、考えなしのお馬鹿さんです。


 もう、いったい何度目でしょう。

 好い加減にしてほしいところです。

 混乱は混乱を呼び、観客たちは出口に殺到。

 おびただしい数の死者がでることになります。


 それもこれもすべてティノの責任。

 もう取り返しなどつきません。


 灰色の「聖獣(マル)」。

 耐え兼ねた一人の女性の、その悲鳴(ひとしずく)がーー。


「ひぃ……」

「うおおぉぉっ~~、マルっ、カッコイイ!!」


 寝転がった一人の少女の声に呑み込まれました。


「ワンっ!」


 大喜びで振り返ったマルは。

 フサフサでモフモフの尻尾をブンブン。


 そんな「聖獣」と少女の微笑ましい光景を見た観客たちは。

 緊張と恐怖が悪い方向に横滑り。

 ふんにゃり、となりました。


「なるほど。『幻影』の『聖語』のようだ。そうなると、攻撃も『聖語』で補完するということかな」

「『聖人形』の使い道に興味があったが、特化させることで、このようにも使えるとは」


 ダナに続き、ベルマも大き目の声で発言。

 その効果は大きく、アリスが尻拭いをせずとも「聖技場」は平静を取り戻しました。

 そうなると、人間というのはさもしい、というか(たくま)しいもので、「聖獣」に興味津々。

 マルは子供たちの歓声に尻尾をフリフリ、愛嬌をたんまり振り撒きます。


 ーー見ています。

 ーー見られています。

 ーー見ないはずがありません。


 三回確認したので間違いありません。

 ベズは。

 じっとティノを見ています。


「あー、マルを使った時間稼ぎだけど。ベズ先生、怒っているかなぁ」


 私も、相応の試合を見せないわけにはいかない。


 そのように語ったベズの想いを、思いっ切り踏み躙ってしまいました。

 普通に戦って、ティノがベズに勝てるはずがありません。

 そこで、マルの出番というわけです。


 当然、ベズが本気になれば、マルでは敵いません。

 でも、ベズが本気になれば、この時代の「常識」から外れてしまいます。

 それはベズの望むところではありません。


 そんなわけで、手加減するマルの攻撃に、「聖語」で対抗するベズ、という「茶番」が始まりました。

 一竜と一獣の実力を知っているティノからすると、ずいぶんと腑抜けた戦いになっていますが。

 突風のような攻撃を仕かけるマルと、類まれな「聖語」の連撃を放つベズの攻防に、沸きに沸く「聖技場」。


「おー! ひきょーはティノの~、いきざま~、しにざま~、おめだま~」

「だ! やってしまったものは仕方がないだ! ティノも本気だ!」


 スグリが言ったーー本気。

 そう、「本気」だからこそ、目的の為に不必要なものを削ぎ落としたのです。


 あとは全力。

 そうすることがベズへの最低限の礼儀。

 そこまで考えたティノの心にーー満ちてゆきます。


 イオリーーイオラングリディア。

 ティノの宝物。

 そう、あとは。

 一心に、貫き通すだけです。


「イオリ、スグリ。始めるよ!」

「おー! どっぷどっぷ~、じゃっばじゃば~、まーりょくで~、どっぱ~ん!」

「だ! ティノの『()()』、聞き届けただ!」


 体中の「刻印」を導火線に、()()()()()()()()刻みつけておいた「刻印」を発動。

 同時に、スグリが「隠蔽」を解きます。

 夜もすがら刻み続けた「仕込み」。

 巨大な光源となって、「聖技場」を照らしてゆきます。


『こっ、これは『刻印』? どうやって?』

『体に刻んでおいた『刻印』による『倍刻』。ここまでの規模でやるのは、ティノも初めてのはずよ』


 観客たちに気を配っている余裕などありません。

 ティノの「仕込み」に今、初めて気づいたアリスは。

 それっぽく適当に誤魔化しました。


 刻まれた「聖語」は膨れ上がって、円蓋(ドーム)状に。

 「聖語」で綾なす光の円蓋が輝いた刹那ーー。


「ぽっぽこ~、ぽっぽこ~、ティ~ノ~に、ぽっこぽこ~」

「だ! だっ!! だっっ!!!」


 分裂し、五重の円蓋となりました。


 ーー「聖語」。


 そう、「聖語」であるはずなのに。

 まるで物語の出来事であるかのような、壮大で不可思議な光景に「聖語使い」たちは引き込まれてゆきます。


『ま……、まさか、『転写』……?』

『ええ、そうね、『転写』よ。ーー言っておくけれど、『倍刻』も『転写』も真似しようとか考えたらダメよ。これらを使うには手順が必要なの。踏み外せば、現状の『聖語』では命が危うい』


 アリスは一応、釘を刺しておきましたが、「聖語使い」たちには届いていません。

 先ずは、見極めないといけない。

 アリスは、イオリとスグリの魔力を「感知」で探りました。


 毎日、イオリの「移譲」を褒めてきたティノ。

 その成果がでているようで、アリスと戦ったときとは比べ物にならないくらいの魔力がティノに注がれています。


 でも、イオリの魔力など、水竜の息吹(ブレス)の前の水鉄砲に過ぎません。

 魔竜王マースグリナダ。

 ()の竜が注ぐ膨大なる魔力が、「転写」を可能ならしめたのです。


 これは不味いかもしれない。

 アリスは魔力をスグリにぶつけましたが、(いら)えはありませんでした。


 ティノは暗竜を、いえ、スグリのことをわかっていません。

 スグリは優しいだけの竜ではないのです。

 「願い」に寄り添う竜でもあるのです。


 相手が死を望むなら、死を与える。

 そうして、あとで暗闇の中で独り、泣くのです。


 メイリーンを圧倒した、ティノの強さ。

 一晩での豹変、どころか竜変。

 アリスは大凡(おおよそ)のところを察しました。


 50回も「半殺し」にされながら、それでもスグリに立ち向かっていったティノもどうかしていますが。

 ティノを50回も「半殺し」にできたスグリも大概です。


 「願い」の為なら。

 スグリはどこまでも「優しく」なってしまえるのです。


「マル殿。観客たちの気が逸れている。観客は学園長が護る。もしものことを考え、炎竜組の選手たちの前で備えておいてくれ」

「変に先入観を植えつけたくないで、わしからは何も伝えぬかの。ティノはきっと、わしの想像を超えてくるであろう。ベズ殿が楽しめる範囲で収まろうことを願っておる」


 仔犬に「縮小化」したマルは、メイリーンに駆け寄って選手席の前に陣取ります。

 地竜組の選手席に、ベズが方術で「結界」を張った直後、ーー始まりました。


せかいはいくつ(せかいはいくつ)あるのでしょう(あるのでしょう)ひとのかずだけ(ひとのかずだけ)せかいはあって(せかいはあって)ちいさなせかいで(ちいさなせかいで)ぼくはいきています(ぼくはいきています)せかいはつながる(せかいはつながる)ことができます(ことができます)いつかきみのせかいと(いつかきみのせかいと)つながります(つながります)そのためにいまここに(そのためにいまここに)ぼくはいるからです(ぼくはいるからです)かさなったせかいで(かさなったせかいで)きみのなをよぶ(きみのなをよぶ)ちいさなせかいの(ちいさなせかいの)ちいさなゆめ(ちいさなゆめ)でもそれはせかいを(でもそれはせかいを)こがしてなおきえない(こがしてなおきえない)きみへのえいえんの(きみへのえいえんの)いのりだから(いのりだから)


 出し惜しみはしません。

 「脳内聖語」をそのまま「新聖語」に重ねます。


 でも、わかります。

 アリスと戦ったときとは、段違い、いえ、桁違いの魔力が体を満たしています。

 それでも、ベズには届かないのです。


 ベズにさえ届かないーー貫けないものが、イオラングリディアへの「想い」であって良いはずがありません。

 まだ、足りません。

 いえ、こんなものでは、ティノ自身が許せません。


 「魂のすべて(ベターオール)」。

 未来も過去も、一瞬の泡沫(うたかた)

 たった一度の「邂逅(キセキ)」。


 あの「想い(ちかい)」を貫き通すことができないのなら、ティノが生きている意味もありません。

 伝える手段は、「聖語(ねがい)」。

 「聖語(こえ)」に響かせ、「想い(ゆめ)」を共有する為に。

 ティノは。

 捧げました。


   どちらもほんとうのすがた

   ぼくのすべてはきみのすべて

   みつけられないぼくがおろかなのです

   それはかがみなのかもしれません

   そこにうつるぼくのむこうがわ

   きみがまっていてくれるかもしれないというのに

   いまもぼくはゆめをみることしかできません

   あたたかいのです

   それをしっているからつらいのです

   きみのこたえがほしい

   ほんとうにばかみたいです

   ばかだからこそ

   あゆみはとめません

   きみのすべてはぼくのすべて

   そこからはじめよう

   ぼくはきみのいばしょになりたい

   つながったことばのさきに

   たからものがあるとしんじているから


 (つたな)い、それでもティノの真心を籠めた「聖語(こいぶみ)」。

 「聖語」の枠を越えた「聖語」。

 魔力に乗ったそれは、「聖語使い」たちの心を揺り動かします。


 でも、揺り動かされたのは。

 もう一つの、「存在(モノ)」。


「だだっ、だ!?」


 仰天するスグリの声。

 その声を起点に。

 終幕へと、転げ落ちるように展開してゆきます。


 温かな、優しい「存在(なにか)」に包まれている感触。


 脳が焼き切れたかのように夢心地のティノは。

 イオリとイオラングリディアへの「想い」を「光」に昇華してゆきます。

 彼と同じく、夢心地のイオリと。

 ()()()()スグリと観客たち。


 非常事態、という言葉が狼狽するような異常事態。

 観客たちへの説明など、どうとでもなります。

 アリスが介入しようと立ち上がった瞬間ーー。


()()()! これは私とティノ君の戦いだ。邪魔はしないでもらおう」


 大地の鳴動。

 「聖技場」を丸呑みする激甚たる魔力。

 魔力のことを知っていたなら、即死するほどの濃密な地竜の意思表示に。

 炎竜は。

 天変地異の如く、大気を焼き焦がすことで応えます。


『ベズ……。勝手になさい』


 もう、知りません。

 知ったことではありません。

 すべての責任は、ベズに取ってもらいますーーと、そんなわけにはいかないので、先ずは観客たちに被害が及ばないように、アリスは「結界」の強化から取りかかります。


 表情に焦りが見えるベズ。

 もはや、「聖語」を刻んで誤魔化す暇もありません。

 観客たちに(いぶか)られることを承知で、次々に方術を行使してゆきます。


 貫き通したーーその先。


 その覚悟を宿し、ティノは拳を握ります。

 終わりが近い。

 体が持たないことがわかります。


 でも、問題ありません。

 アリスは約束してくれました。

 イオリと二人、生き残れるのなら。


 魂のすべてを懸け、ティノは「想い」を形作ります。


「『聖語(オウス)』」


 あっけない幕切れ。

 まるで命の終わりのように、ぶつんっと落ちました。


 拳をベズの「結界」に当てると、光が溢れ、真っ白に。

 意識まで吹き飛び、透明になってしまったティノはーー。


 「結界」が壊れた音を聞きながら。

 すべてを手放したのでした。

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