空 竜の旅
「マルっ! 行かないで!!」
「おー! いくぞ~、いくの~、マジュマジュ、ぴゅっぴゅ~」
ティノが悲痛な声でマルを引き留めたので、イオリも応援します。
ぽっかぽかです。
高つ音からおでかけです。
ティノとくっついていられるので幸せです。
「そげに行って欲しくなくば、せめて角から離れてから言うかの」
「無理!」
ティノはアリスの角にがっちんこだったので、イオリもティノにがっちんこです。
でも、イオリには不満がありました。
この三星巡り、マルの警戒が厳しくなって、マルのお腹を「マジュマジュ」できていないのです。
「ぱや?」
マルとの散歩を繰り返した結果、目を開けていられるようになったティノが、指を動かしていました。
「聖語」ではありません。
マルから見えない位置で、同じ動作を繰り返しています。
その指の動きは、馬蹄形のようです。
それからティノは、抱き締めていたイオリから左腕を離し、右腕で軽くイオリを押しました。
大好きなティノ。
そうです。
ティノのことを一番理解しているのはイオリなのです。
両手でぽふっとお口を塞いだら、さっそく行動開始です。
ティノの腕から抜けだし、アリスの硬い頭の上に立ちました。
すると、不思議なことが起こりました。
イオリは立っているのに、座っているイオリも居るのです。
「偽イオリ」は、今もティノの腕の中にいます。
「ティノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」
歌い始めた「偽イオリ」は、ティノの腕の中でご機嫌です。
ティノとくっついている「偽イオリ」を見て、何だか胸の中が「むりゅむりゅ」したイオリでしたが。
ティノの視線が自分に向いていたので、モヤモヤを吹き飛ばし、歩きだしました。
でも、不思議なことに、マルはイオリを見ていません。
「何よ。ごめんなさいって、きちんと謝ったのだから、機嫌直しなさいよ。あと、ダナとの会見でブチ切れなかったことを感謝しなさい」
イオリに方術を施したアリスも、イオリを見ていませんでした。
マルに話しかけたのは、時間稼ぎとマルの気を逸らす為です。
ティノはやっぱり凄い。
マルに気づかれていないのは、ティノがやってくれたことだと勘違いしたイオリは、冒険の旅にでかけました。
転びました。
左の角にぶつかりました。
アリスの竜頭から落ちそうになりました。
勇気は力。
力は正義。
難所はすべて、ティノがどうにかしてくれました。
イオリは苦難の果てに、やり遂げました。
旅のご褒美は、お宝わんさか。
仔犬のマルではありません。
通常の、狼くらいの大きさです。
全身全霊で「マジュマジュ」できるのです。
「マル。ごめんね。僕はマルが大好きだけど、僕は不治の病に罹っていて、イオリを優先しないと死んでしまうんだ。あと、『マジュマジュ作戦』の責任の九割はアリスさんだから、僕を恨まないでね」
「何を言っているのよ。作戦を立案して、協力するように魔力で伝えてきたのは、ティノのほうでしょう。知らないのかしら? 責任というのはね、命令した者が取ることになっているのよ」
ティノとアリスは種明かしをしましたが、マルはまだ気づいていません。
イオリは。
お口から手を外しました。
「ワヲ……?」
風も吹いていないのに、マルの体が横から押されました。
体勢を立て直そうとしたところ、なぜか足が動きません。
パタッと倒れてしまいます。
その後、左前脚が勝手に動きました。
ここで。
雷竜の息吹よりも壮絶な衝撃が、マルの頭を貫きました。
悪夢の記憶がよみがえります。
そうです、イオリは先ず、左側を押さえてくるのです。
両前脚を押さえてはきません。
力ではマルのほうが上。
そうであるのに、イオリからは逃れられません。
イオリはその都度、体勢を入れ替え、マルの力をいなしてしまうのです。
「なでう~、なでう~、ごくもり、なでう~」
「ワヲっ! ワヲっっ!? ワヲっっっ?!」
ティノは気づいていませんが。
イオリは料理以外にも、様々な「才能」を発揮しています。
これもその一つ。
イオリは当然、知りませんが。
これはイオラングリディアが開発した、獣用の「強制服従」の方術です。
少なくない数の竜が求めている方術。
それでいて、成し得たのはイオラングリディアのみ。
そこからも、彼の竜の力のほどを窺い知ることができます。
「エーレアリステシアゥナよっ! 助けてくれようものならっ、十回分の『腹毛』をやろう!!」
一刻の猶予もなりません。
マルを撫でる度に、イオリの方術の力が増してゆくのです。
このままでは、マルのほうからお腹を差しだしてしまいかねません。
「ひっ、ふひひ! 契約完了よ!」
「アリスさん。それはちょっとあくど過ぎませんか」
「ワヲ……?」
「あ……」
「……あ」
一人と一竜と一獣。
揃って間抜けな声をだしました。
アリスが笑ったので、竜頭が揺れました。
また、です。
イオリをくっつけたまま、マルは。
落ちてゆきました。
「なでう~、なでう~、まびゅっ!?」
「ワヲ!?」
構わずイオリは「マジュマジュ」しているので、マルは魔力操作を行うことができません。
そして今回は、アリスは「結界」を解かなかったので、イオリが下になったまま空中でとまったのでした。




