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竜の庵の聖語使い  作者: 風結
聖休と陰謀
36/54

学園と馬車  「聖休」の始まり

 本格的な夏が遣って来ました。

 炎竜の季節です。

 世界を灼くような炎熱も、アリスにとっては恵みの炎そのもの。


「おめでとう、メイリーン! 最下位ーーびりっけつ決定よ!」


 教壇で、意気揚々とメイリーンの「聖板」を掲げるアリス。

 ごとっ、とメイリーンの()()で音がしました。


 ティノはがんばりました。

 メイリーンよりもがんばりました。

 毎日毎日。

 ティノは、世界の理不尽を踏み砕きながら。

 昨日は、眠ったイオリを背負いながら(ドーピング)、邪竜になってまでがんばりました。


 あんまりです。

 才能というのは残酷です。

 春から夏へ、ーー四星巡り。

 季節は移っても、メイリーンの頭の出来(でき)は変わりませんでした。


 そうです。

 メイリーンの胸はすくすくと成長したというのに、頭は成長しませんでした。

 因みに、ソニアが熱望する、彼女の身体の一部に変化の兆しは見られませんでした。


 メイリーンに限っては、基礎を教え込んだところで無意味。

 そんなことをアリスに直談判したこともありました。


 「聖休」は二巡りーー14日間。

 この試験に合格できないと、10日分の宿題が課せられてしまいます。


 邪竜になったティノは、メイリーンを女の子扱いしませんでした。

 力尽き、仲良くお布団で一緒に寝てしまったこともありました。

 ブチ切れたソニアが部屋をメチャクチャにしたこともありました。


 今となっては、良い思い出ーーになる為には、たった一つの事実が必要です。


 ーー60点以上。


 緊張の一瞬。

 夏が最も似合う美女が、薄手の服を揺らしながら「聖板」を引っ繰り返しました。


「62点よ!」

「うっ……ひょえやゃぁああああぁぁぁっっっ!!!」

「ワオーン!」


 一人と一獣の、歓喜の雄叫び。

 メイリーンは、頭の上にいたマルを「()()い」しまくりました。

 同時に。

 固唾を呑んで見守っていた生徒たちは大喜び。

 といっても、彼らが喜んでいるのは、メイリーンが合格したからではありません。

 最下位である彼女が合格したということは、自分たちも合格が決定したということになるからです。


「じゃあっ、みんなっ、またね!!」


 アリスが「聖板」を返却する暇もあらばこそ。

 突風となったリムが教室から飛びだしてゆきます。


「まったく、あの娘は」


 事情を知っているサーラは「聖休」前の、いえ、「聖休」が始まってから最初の溜め息を吐きました。

 リムの家は帰り道の途中にあるので、あとで彼女の家族に挨拶することになっています。


「僕が迎えに行くまで、イオリを預かってくれることになっているんだ。『弟妹(イオリ)』ができたって、家族に自慢するらしいんだけど」


 メイリーンの合格を知って、やっとこ起き上がる気力を取り戻したティノは、「事情」を説明しました。

 そんなティノに、メイリーンは感謝の肩もみ。

 自称「良妻」のソニアも、負けじとティノにくっつきます。


「ん。リムの説明の仕方によっては、リムの父親が浮気を疑われる」

「んじゃあ、俺ぁ帰るな、またな」

「ん。イゴは、弟に『聖語』を教えたくて、うずうずしている」

「……今から教えときゃ、あいつらも学園に入れるかもしんねぇ。来周期からぁ、入園の試験があんだろぉからな」


 そそくさと立ち上がったイゴは、ソニアの餌食になりかけますが、正直に打ち明けることで彼女を撃退。

 ある意味、彼女たちのお陰でもあります。

 遠慮のないソニアやメイリーンと接することで、ティノの半分くらいの社交性をイゴは身につけることになったのでした。


「ナインもうきうき。いつもより笑顔が三割増し」

「うん。今は父さんが仕事で居ないから、母さんが寂しがっているからね。僕も早く会いたいし。逆にソニアさんは、いつもと変わらないみたいだけど」

「ん。うちの家族は、半周期や一周期、突然いなくなるのは普通のこと。そのくらいなら居なくなっても誰も気にしない」

「あはは、じゃあ、僕も行くね」


 笑顔で手を振って、ナインも教室からでてゆきます。

 ナインを見送ったリフの視線は、迷わず「聖板」に逆戻り。

 ソニアの餌食になる前に、リフは自分から彼女に「聖板」を見せました。


「ソニア。どう思う?」

「ん。97点。ディズル・マホマールが満点である確率は、50。一問、間違えるとして、3点は80。5点は20。結論、望み薄」

「くっ……」


 敗ける確率が五割で、引き分けが四割、そして勝つ確率が一割。

 ただの予想ですが、リフはソニアの能力を認めているので、無意味なものだとうっちゃることもできません。


「私はマホマール様に報告してから、家に帰り、苦手克服が半分と、技術の磨き上げに半分。大丈夫、マホマール様にも、ティノから教えてもらった『裏技』のことは言わないから。くっくっくっ、大丈夫大丈夫、『対抗戦』でディズルの奴に吠え面をかかせるまで、秘密にしておくから」


 暗い笑みを浮かべながら、リフも教室からでてゆきます。

 向かった方向がイゴやナインと逆だったので、先ずはディズルと合流するのでしょう。


「ティ~ノちゃ~ん、まったね~ん!」

「今、作っている服を『聖休』の間に完成させるから、是非試着してくれ!」


 エイミーやベルゼイ、サーラなどの仲良くなった生徒たちがティノに挨拶をしてから帰ってゆきます。

 メイリーンの専属教師。

 そんなティノに、皆はわからないところを聞いたり、アドバイスしてもらったりと、いつの間にか、彼は炎竜組の中心人物になっていたのです。


 はなはだ不本意ながら。

 クラスに馴染めたことはメイリーンに感謝しても良いかもしれません。

 手のかかる妹みたいな感じですが、裏表のないメイリーンのことを嫌いになることはできませんでした。


「ティノ、行く。家族に紹介する。今日はごちそう。ついでに、初夜」

「先約があるから無理」

「ん。先約は断る。問題ない。問題があったら、シーソニア」

「……それって、シーソニアの一家全員を敵に回すってこと?」


 未だに謎が多いシーソニア家。

 呆れたメイリーンは、我慢できず口を挟んでしまいました。


「アリスさんから断るなと言われているから無理。シーソニア家の人たちはアリスさんの『敵』になってしまうけど、いいの? あと、先約の相手は、クロウと、ダナ家になるから、そっちも『敵』にしないほうがいいと思うけど」

「『筆頭』のダナ家? そんなとこに何しに行くの?」

「アリスさんとダナ様が、話し合い? 会合? と、よくわからないけど、僕はおまけみたいなものじゃないかな。ダナ家で合流してから、イオリを迎えに行って、それから北の開拓地に帰るという流れかな」

「んー、ティノって、北のどこに住んでるの? 遊びに行っていい?」


 楽し気に、これからの予定を語り合うティノとメイリーン。

 先を越されてしまいました。

 ダナ家だけでなく、メイリーンにまで。

 これはおちおちしていられません。


 少しは知恵をつけた。

 別の意味で、ソニアはメイリーンを警戒しました。


 最初からわかっていたことですが、ティノの牙城は鉄壁。

 四星巡り、攻めまくっても「友人」が関の山、周囲からも「ティノに懐いている友人」くらいにしか認識されていません。

 しかも、ここでダナ家ーークロウ。

 「敵」はすでに、動きだしていました。

 これはもう、本気をださないわけにはいきません。


「ん。ティノ、気をつける。メイリーンは家族をつれていく。そして二巡りの、『遊び』という名の楽しい楽しいどつき合いが始まる」

「うっ……」


 そんなわけで、単純なメイリーンの排除は完了。

 次が最大の難関です。


「ティノ。危険が危ない。ついていく」

「えっと? メイリーン、それって大丈夫なの?」

「まぁ、ダナ家には悪い噂はないから、家に入る前に、丁重に断られて終わりでしょ。『聖休』明けに、ソニアの席には誰もいなかったとか、そんなことはやめてよ」


 メイリーンはソニアを一睨みしてから、周囲を見回しました。

 教室にはまだ、6人の生徒が残っています。

 「聖休」が始まった喜びと、二巡り友人と会えない寂しさ。

 それが彼らを留まらせている理由でしょう。


 ただ、それも一つの切っかけで動きだすような停滞。

 メイリーンが立ち上がると、ティノも倣い、自動的にソニアがついてゆきます。

 教室から人が減り、夏の熱気に冷風が紛れ込むと。

 話し込んでいた生徒たちも、帰り支度を始めます。


「遊びに行くのが駄目なら、マルを貸して!」

「貸してもいいけど、三日後には動かなくなるよ。十日間、死んだように動かないマルと一緒に居たいのなら、とめないけど」

「……クゥ~ン」


 食い下がるメイリーンに、ティノは忘れかけていた「設定」を伝えました。

 二巡りの別離が寂しいのはマルも一緒。

 ただ、メイリーンのほうは、寂しいどころではなく、愛別離苦(あいべつりく)でも足りないといった様子で、過保護の母親より過激にマルを可愛がります。


「愛い愛い愛い愛い愛い~っ、愛い愛い愛い愛い愛い~~っっ!!」

「ワヲっ!?」

「ん。メイリーンはこの機に、動物に好かれる努力をする」

「無理よ! あたしは北で『猪も逃げだす女』って言われてたのよ!」

「面白そうなので、詳細を希望」

「ワン?」

「……三周期前くらいかな、猪に襲われそうになってた人がいて、その人の前に立って迎え撃とうとしたのよ。そしたらね、猪は突然、急ブレーキ。真っ直ぐ反対側にとんずらこいたってわけ」


 メイリーンを揶揄う格好のネタを手に入れたソニアでしたが。

 ここからティノが話に加わることで。

 彼女には意味不明な会話が始まりました。


「美味しかった?」

「親父は粗野で豪快だけど、料理は上手いから、結構いけた。北でも猪は珍しいから、あんまり食べられないのが残念」

「『聖語』で? それとも直接?」

「捕まえたのは親父で、『最初は直接やれ』って言われた。命を奪う感触は、ーー今でも覚えてる」

「猪と戦えなかったのは残念だったね。獣が向けてくる闘争心は、人のそれとは違うから。あとは、『聖語』でそれらを蹂躙する感覚も知っておいたほうがいい」

「それも親父が言ってたわね。『手加減の意味がわかるようになる』とか何とか」

「いい親父さんみたいだね。何だか僕も会いたくなってきた」

「やめて! やめて!? 人様に『ストーフグレフの大問題』なんて見せたくないから?!」

「ワ~ン」

「よっと」


 メイリーンが頭を振り乱して拒絶したので、マルは空中に。

 危なげなくティノに捕獣されます。

 友人同士の、こんな他愛のない会話も二巡りのお預け。

 そんなことを考えている間に、学園の正門に到着してしまいます。


 汗を攫ってくれる、門の下の日陰で。

 ティノは。

 舌打ちをしたいのを我慢しました。

 わかっていたことですが、やっぱり居ました。


「ティノ……」

「む~、む~、む~」


 仔犬のように駆け寄ろうとしたクロウの前に、ティノの番猫を自認するソニアが立ちはだかりました。

 睨み合う両者。

 一歩も譲らず、火花をバチバチと散らしています。


 そんな炎竜と雷竜が遊び回っている危難の大地に。

 悠々と歩を進める者がいました。


 正門の前には、馬車が二台停まっています。

 一台はダナ家、もう一台は他の「八創家」の迎えの馬車でしょう。

 馭者でしょうか、老紳士が穏やかな笑みを浮かべ、近づいてきます。


 エルラやキューイよりも危険。

 そう判断したティノでしたが、直接的な脅威にはならないので、()()()()前にでました。

 強者の威嚇。

 老人は、ティノの間合いに立ち入ることなく、笑顔のまま少女のような少年を見定めます。


(じじ)……」

「ジジ? ーーああ、本当にジジではないか、久しぶりだ!」

「はい、お坊ちゃま。お久しぶりでございます。(すこ)やかに成長なされたようで、ジジは嬉しゅうございます」


 顔見知りのようで、ソニアとクロウは老人ーージジを見ますが、二人が彼に向ける表情には明確な違いがありました。

 ソニアは、振り返ったら炎竜を見つけてしまった氷竜のような顔で尋ねます。


「どうして、爺がここにいる?」

「そちらの御二人は、初めまして、ですな。私は、ジジ・シーソニア。ララの祖父をやっております。ダナ様には、ダナ家が所蔵する貴重な文物や宝物など、研究する許可をいただきまして。その代わりとして、ときどきダナ家で働くことになったとの由。今日の私の役目は馭者とーー、ダナ家にお連れするに相応しからぬ者の排除、ですな」


 ソニアを無視し、ジジは三人に懇切丁寧に説明しました。

 不俱戴天の仇を前にしたかのようなソニア。

 そんな緊迫した空気を、悪気は一切なく、メイリーンはぶち壊しました。


「あ、そういえば、ソニアって『ララ』って言うんだったっけ。ジジさんが『ジジ』ってことは、一家にそういう決まりでもあるの?」

「そうですな。半分は正解でございます。この特徴的な名は、『後継者』につけられるものにて。ただ、これらの者の半分は失踪してしまう為、『名づけ』を撤廃すべきではないかと、幾度も議題に上がっております」

「あたしもダナ家って見てみたいんだけど、駄目ですか?」

「私個人といたしましては、ストーフグレフ様をお迎えし、一戦交えたいところですが、この度はそうもゆかず。ティノ様だけをお連れするようにと仰った、ダナ様の慧眼、さすがでございますな」


 ソニアとクロウ。

 火花を散らしていた二人は現在、不遇をかこっています。

 ジジが、意図して二人をそういう立場に追い込みました。


 良い意味でも、悪い意味でも、ジジはソニアの祖父なのです。

 「()()()」を窘められたソニアとクロウは。

 ティノに助けを求めますが、そもそも彼は二人を見ていませんでした。


 ティノは豪華な馬車に興味津々。

 子供のような純真な笑顔で、ジジに尋ねました。


「馬って美味しいんですか?」

「な…中々の味であるとは聞いております」


 言葉に詰まるなど、何十周期ぶりでしょうか。

 明らかに本気で尋ねているティノを前に、ジジはこう言わざるを得ませんでした。


「馬を食べたいと申されるのでしたら、別途に用意いたしましょう。ですので、どうか、ダナ家所有の馬は勘弁していただきたい」

「久しぶりに熊や蛇も食べたいんですけど、そちらも大丈夫ですか?」

「……確約はでき兼ねますが、ダナ家に滞在なされている間に届くよう、手配いたしましょう」


 冗談で言っている。

 そう信じたいジジでしたが、ティノにそんな様子は微塵もありません。

 とんでもない男に懸想したものだ。

 ジジはソニアを見ますが、ぷいっと顔を逸らされてしまいます。


「じゃあね、メイリーン。一応、ソニアを捕縛しておいて。それと、クロウもここまで見送り、ありがとう。またどこかで会えるといいね」


 専属教師の件で、ティノに多大なる恩があるメイリーンは、ソニアの後ろに回り込み、両腕で緊縛。

 ダナ家の者を平気で足蹴にするティノに、一瞬だけですが職務をど忘れしてしまったジジ。

 マルは。

 可哀想、というか憐れなので、クロウの顔を見ないことにしました。


 礼儀作法も何もあったものではありません。

 慌てて馬車に駆け寄って扉を開けるジジと、当然のように乗るティノ。

 「敵」の不在。

 変な方向で、ティノに度胸がついてしまいました。


 「炎竜」と「地竜」と「魔狼」の加護があるティノをとめられる者は、もはや「聖域」には居ないのかもしれません。


「あれ? 何でクロウが馬車に乗ってくるの?」

「……もしかして、ダナ家に呼びだされたことを怒っているのだろうか?」


 扉を閉めながら、クロウは問いに問いで返します。

 ティノが笑顔なのは嬉しいのですが、その笑顔の裏には満杯の悪意が潜んでいるのでクロウは気が気ではありません。

 馬車が出発すると同時に、ティノは答えを返しました。


「そんなことはないよ。アリスさんの仕事が終わるまでは北に戻れないし、西には行ったことがないから楽しみだし、あと三歩くらいで友人になるかもしれないクロウもいるし、全然そんなことはないよ」


 絶対にそちらは見ない。

 まるでそう決めているかのように、ティノの視線は窓の外に固定されています。

 「憐れ」を通り越した「惨め」な少年がいたので、マルはクロウの膝に移動しました。


 これで少しは慰めになるでしょうか。

 クロウはマルを撫でながら、ーー事前に準備しておいた「楽しい話題」の中から(すぐ)った、五つの内のどれにするかで悩みました。


 厳選に厳選を重ねた結果、「『聖語』暴発事件」に決まりました。

 頭を回転させすぎ、若干頭が重いですが、ここで躊躇っていてはいけません。

 人生は失敗の宝庫。

 でも、クロウはもう、失敗など欲しくないのです。

 今、彼が欲しているのはーー。


「地竜組での……」

「ねぇ、クロウ。ダナ家って、どんなあくどいことをして儲けているの?」


 いきなり難問が突きつけられました。

 いえ、答えは知っているので、正しく伝えるに如くはないのですが。

 問題は。

 ティノの疑念を払拭(ふっしょく)できるか否かです。


「先ず、『聖域(テト・ラーナ)』は外の世界から税を徴収していないのだ」

「え? じゃあ、どうやってお金を得ているの?」

「それは、技術を売っている」

「……技術?」

「そう。ティノも十分に知っているだろうが、『聖語使い』は外の世界の人々が思うほどに強くはない。『聖士』を始め、まともに戦えるのは千もいない。つまり、現状、一国に人海戦術を取られるだけで『聖域』は制圧されてしまう。それゆえ、『議会』は大陸(マース)での立ち位置に常に気を配ってきた。『聖域』と大陸の国々の係わりは薄い。税を徴収すれば不満がでる、が、技術を売るのであればその限りではない。国を発展させる為の、必要な出費だ。他にも、諍いの仲裁など『聖域』が有用な存在だと思わせる必要がある。実際、大陸での戦争も減り、『聖域』に特別性を付与することに成功した。私も学園にいたからわかる。ここから先、本当の意味での……」

「クロウ」


 ティノが視線を向けていました。

 窓の外ではなく、クロウに。

 心臓が跳ね上がって、説明をとめてしまった彼に、ティノはムッとした表情で駄目出しをしました。


「前にも言ったけど、僕は馬鹿なんだ。そんなむずかしいことを長々と説明されてもわからない」

「……ティノは、今回の試験でも満点だったと聞いているが」

「これまでの試験なんて、覚えたことを刻むだけ。それだけなら、メイリーンだってできた。本当の頭の良さが別のものだってことくらい、クロウだって知っているよね?」


 メイリーンを引き合いにだすという、何気に酷いことをしていますが。

 ティノの機嫌を損ねたくないので、そこを指摘するのは控えました。


 ここでクロウは。

 ティノから受けてきた、(むご)い仕打ちを思いだしました。

 「腹パン」7回。

 いえ、そうではなく。

 このままでは不味い事態になるかもしれないことに気づいたのです。


「あの、その、ティノ? 知っているだろうが、私はダナ家の人間だ」

「それくらい知っているよ。僕はそこまで馬鹿じゃない」

「いや、そうではなくて、私の父は。『八創家』の『筆頭』で、『議会』の『代表者』でもある。いや、もちろん、ティノが多少粗相(そそう)をしたとしても、私が父に懇願でも泣き落としをしてでも許してもらえるよう尽力するつもだが……」

「ねぇ、クロウ? もしかして、僕を馬鹿にしているの?」


 そうではない。

 百回くらい、そう弁明したいクロウでしたが、不幸な未来を回避する為に、ここで手を抜くわけにはいきません。

 そんな悲壮な覚悟を決めたクロウでしたが、また一歩、出遅れてしまいました。


「マル。戻っておいで」

「ワンっ」


 (あるじ)の命令は絶対。

 そういうことになっているので、マルはティノに向かって跳躍しました。


「ワヲ?」

「あ……」


 マルの撫で心地が良かったので。

 つい、癒やしの仔犬を逃すまいと、クロウは手を伸ばしてしまいました。

 そして。

 つかんだのは、フサフサでモフモフの尻尾でした。


「クゥ~ン」


 尻尾をつかまれ、空中でぷらんぷらん状態だったので、マルは悲し気な鳴き声を上げてみました。

 更にそこに、氷竜より冷たく、暗竜より暗い、ティノの双眸が突き刺さります。


 クロウは知りませんでした。

 だから、態とではありません。

 動揺した彼は、マルの尻尾を放し、仔犬の胴体をつかみました。

 そう、お腹を。


「ガルルっ!!」

「ぐっ!」


 「究極尻尾爆撃(ティンダロス)」。

 魔力たんまりの、やわらか尻尾攻撃です。

 「下界」の、硬い座席なら骨折の憂き目に遭っていたかもしれませんが。

 高級な、やわらかな座席だったので、ティノの「腹パン」の半分くらいの損傷ですみました。


「む!」


 衝撃で馬車が揺れ、馬が暴れだしますが、見事な手練でジジは馬を制御しました。

 正確には。

 マルの魔力に反応した馬が、その場から逃げだそうとしたのです。


「大丈夫だ! 問題ない、ジジ!」


 クロウたちの様子を確認しに駆けつけようとしたジジを、クロウはとめました。

 これで一つ貸しにできる。

 そう考えたクロウですが、その前に言っておかなければいけないことがあります。


「ティノ。馬車の事故で死亡した者もいる。気をつけてくれ」


 ここはティノをきつく叱ります。

 マルの尻尾攻撃に(かこつ)け、「聖語」で攻撃した。

 仕方がないことですが、クロウは常識に(のっと)って、そう判断してしまいました。


 完全な濡れ衣ですが、マルがやったとは言えないので沈黙ーーといった大人の対応など、ティノには土台(どだい)無理なことです。

 悪竜には邪竜。

 さっそく反撃を開始します。


「で。フィフェスと仲直りできたの?」

「うっ……」

「僕が手伝ってあげたのに、もしかして、まだ何も進展していないの?」

「いや、その、私もどうにかしようとがんばってはいる。常にフィフェスを気にかけるようにしているし、この間も、許してもらおうと真摯に謝って……」

「は? 謝るって、何を謝ったの? 前に言った通り、フィフェスは(いじ)められたことを気になんてしていないんだから、謝られたって困るだけだよ」

「うぐ……」


 どうやら、マルの一撃よりも効いたようです。

 フィフェスの心の準備が調うまで、なるべく彼女を意識するように仕向ける。

 それが恋愛に聡い、ソニアの戦略でした。

 当然、もっとまともな案もあるのですが、「敵」であるクロウに、ソニアが容赦するはずもありません。


 凹んだクロウの姿に満足してから、ティノはマルを肩に乗せ、立ち上がりました。

 こちらの席に移動しようとしている。

 クロウがそんな勘違いをして胸をときめかせている間に、ティノは扉に手をかけました。

 そして、逡巡なく開けてしまいます。


 扉を開けてから、ティノの姿が消え、クロウが驚いている間に。

 馬車は停止しました。


「ティノっ!?」

「っ……」


 馬車から乗客を降ろす際、色々と準備や作法などがあるのですが。

 ティノはすべてをぶっちぎって、まだ停止していない馬車から飛び降りてしまいます。

 もう半分ほど諦めたジジは、ダナ家の使用人に馬車を任せ、ティノを追って降りてきたクロウの許に馳せ参じました。


 クロウは、ティノを気にしつつ周囲を見回しています。

 策が上手くいっていることにほくそ笑んでから、ジジはクロウに尋ねました。


「どうかなさいましたか、坊ちゃま」

「いや、私が帰ってくることを父や兄たちが知らないはずがない。そうであるなら、出迎えがないのは少しばかりおかしいと思っただけだ」

「ふふ、それでしたら、私が少しばかり策を弄しました。ここはダナ家の敷地とはいえ、外から見える位置にあります。到着時間を偽って伝えておきましたので、()()()()()は屋敷内で存分に行ってくださいませ」


 「感動の再会」は、とてもではないが外部の者には見せられない。

 ダナ家の沽券に関わるので、ジジが配慮した結果だったのですが。

 彼はまだ、人の執着心というものを甘く見ていました。


「ソニアも、たまにそういうところがあったけど。やっぱり家族なのかな、似ていますね」


 邸宅に向かって歩きながら、「感知」で察知したティノは。

 親しい友人の祖父であるジジに、心からの笑顔を向けました。

 その余波だけで、魂がくしゃげたクロウ。

 さすがに周期を経ているだけあって、ジジは可憐な花を前にしても動揺することなく聞き返します。


「と、仰ると?」

「『策士策に溺れる』。あとは、『竜は昼寝が大好き』」

「いえ、後者は『何もせずとも上手くゆく』という意味ですので、それは……」

「クロウの匂いがする!!」

「クロウの匂いがするぞ!!」


 ジジが言い切る前に、大きな音を立て、邸宅の扉が開きました。

 ーークロウの兄弟。

 一見しただけで、わかります。

 「王子様」が三人になったので、ティノは辟易(へきえき)しました。


 兄弟の「感動の再会」を邪魔してはいけないので、ティノはジジの後ろに避難。

 半分ずつ分けられれば良いのに。

 そんな勢いで、トロウ・ダナとカロウ・ダナはクロウに抱きつき、喜びを爆発させます。


「兄様、ただい……」

「お~っ! クロウクロウクロウクロウクロウ~~っ!!」

「がお~っ! ロウロウロウロウっクロクロクロクロっ!!」


 確かに。

 こんな痴態を見られてしまったら、良からぬ噂が立ってしまいます。

 見慣れた光景なのか、ダナ家の使用人たちは笑顔で仲の良い兄弟たちを見守っていました。

 でも、そこは名家の使用人。

 周囲の警戒を怠っていません。


 でも、それが不幸をもたらす原因となってしまいました。

 そう、最大の「敵」は内側にいたのです。


「おおおおぉぉ~っ、嫁か! 嫁なのか! でかしたっ、クロウ!!」

「がおおおぉぉ~っ、今日は祝いだ(さかずき)だ! 大丈夫っ、初夜は邪魔しないぞ!!」


 世の中には、回避することができない「宿命」というものがあります。

 クロウは間に合いませんでした。

 ティノに駆け寄る、大切な兄たちをとめることができませんでした。


「っ……」

「……っ」


 ティノはその場で、両手を動かしました。

 「ダブル腹パン」。

 トロウとカロウの体が、「くの字(なり)」に曲がります。


 そんな体勢で、威力のある攻撃など不可能。

 そんな常識が通用しないのが、ティノという獣です。

 「(けもの)」、ではなく、「(けだもの)」。


 これで。

 「聖域」の「若手三強」が、不幸に見舞われました。


 魔力をたらふく乗せた拳を食らい、トロウとカロウは崩れ落ち、地面に膝を突きました。

 でも、彼らはがんばりました。

 クロウの前で無様な姿は見せられない。

 魂に懸け、地面に這い蹲るのだけは回避しました。


 ダナ家の人間に、平気で攻撃を加える人間(?)。

 現実とは思えない、衝撃的な光景。


 二人を支えに行くべきか使用人たちが迷っている間に。

 「聖域」の「筆頭」ーーサロウ・ダナ。

 「感知」で捉えたティノは、ジジの後ろからでて彼の横に並んだのでした。

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