大通りと聖樹 それぞれの贈り物
普通にしていること。
それが最上であるということを、イゴは実地で学んだのでした。
まるで「聖語」の「ひかり」でも使ったかのように。
大通りの人々の視線がティノに群がってきます。
途中からはティノが端に、それをメイリーンとソニアが隠すように移動していたので、だいぶ増しになりました。
「あ、あった。『聖樹』って、ここみたいね」
「ん。中央では、こじゃれたお店。入るのは初めて。少し、楽しみ」
ソニアが評したように、男や子供では入りづらい店構えになっていました。
ただ、中央にあることを意識しているのか、西のような瀟洒なものではなく温かみのある雰囲気。
宝飾店ーーではあるのですが、子供向けのリボンやバッグなど、豊富な品揃え。
これはイゴでもわかります。
ここは「悪くない」お店のようです。
学園の豪華さと、それを壊すこと(主にイオリ)に慣れてしまったティノは、一番に店内に入ってゆきます。
どうやら、頭の中が「イオリだらけ」であることも影響しているようです。
ティノを追い、メイリーンとソニアが。
それからイゴも入ってゆくのですがーーなぜか前の二人が足をとめています。
「おい、何して……」
二人を避け、店内に入ろうとしたイゴは、続く言葉を失ってしまいました。
三人が驚いている中、ティノだけが普通に歩いてゆき、店内の商品を物色中。
「はい。今巡りから、お店のカラーをだそうと画策しました。本日より実施中です」
頭から角を生やした店員が、笑顔で説明してくれました。
「悪くない」お店でしたが、「間違った」お店かもしれないので、イゴは警戒することにしました。
そんな中。
ソニアですら面食らった、或いは呆れたというのに、ティノは引き続き、商品を物色しまくり中。
「お客さま~、お客さま~、ほらほら、竜ですよ~。ちょっとは私たちも物色してくださ~い」
店員など眼中にないティノに、店長らしき若い女性が声をかけると。
何気なく顔を上げたティノは、先ず左にいる店員を指差しました。
「炎竜」
指を差された店員は、「大正解」とばかりに拍手。
それから、次に右にいる店員に指を差してから。
「風竜」
こちらも「大正解」だったようで、店員は拍手喝采。
ずいぶんとノリの良い店員たちです。
最後に、真ん中の店長に指を差したティノは、これまで見たことのない厳しい表情で女性を断罪しました。
「やり直し」
「ひ…酷い! 私の何がいけないっていうの!?」
絶望の色に顔を染めた店長は、左右に頭を振って長い髪を振り乱します。
そんな悲壮感たっぷりの彼女に、ティノは痛烈な駄目出しをしました。
「地竜なのに、そんな派手な角にするなんて何を考えているんですか。もっと地味な角にしてください。それに振る舞いも。野辺で咲く花のように、可憐でおしとやかに。そんな満面の笑みではなく、そよぐ風が優しさを伝えてくれるような、若干冷たさを抱いてしまうような、深く透き通る魅力的な微笑みを浮かべてください」
「を…をぉ……?」
まるで地竜をどこかで見てきたかのような、ティノの具体的な指摘に、わけもわからず劣勢になる店長。
そこに、便乗した店員たちが追い打ちをかけます。
「ほら、だから言ったじゃないですか、フロン店長。地竜なのに、そんなに派手にするのはおかしいって」
「能天気な店長には、天竜か光竜がお似合いです。なにゆえ自身と縁遠い地竜にしようと思ったのですか?」
泣き面に竜。
魂を打ち砕かれた店長ーーフロン・ゲイムは、椅子の上に崩れ落ちました。
時間は有限。
ティノに任せておくと話が進まないと思ったのか、ティノの横に並んだソニアは。
彼に腕を絡め、「良妻」のポジションを固めてから、フロンに伝えました。
「ん。フィフェスからの紹介。フロンという女性に、予算を見せる」
「と、そうだった。十歳くらいの子供にあげるもので、何かいい物があったら見せてください」
「を…をぉ~~!」
感情の起伏の激しいフロンは、ティノが差しだした革袋の中身を見て、仰天しました。
中央では稀な、「良客」が遣って来たのです。
突如、シャキッとしたフロンは、一瞬で有能な店長に早変わり。
完璧な笑顔で対応しました。
「それでは、皆さま。奥へどうぞ。予算に見合ったお品を紹介いたします」
「その前に。その派手な角を外してください。じゃないと、帰ります」
「……え~?」
完璧な笑顔の仮面が剥がれ、不満たらたら。
でも、「良客」ーーかもしれない客なので、フロンは地竜に謝りながら角を外しました。
トボトボと歩いてゆくフロンのあとについてゆく面々。
少し遅れてついていった最後尾のイゴは、聞いてしまいました。
二人の店員が、ティノにどのような装飾品が似合うかで口論を始めていたのです。
世の中、面倒なことが多い。
そんな風にイゴは達観してから、奥の扉を閉めました。
彼は、倉庫のような場所をイメージしていましたが。
奥は応接室のような落ち着いた雰囲気のある場所でした。
「聖域」に住む「聖語使い」にも明確に差がある。
これまでイゴは、そうしたことを考えたことはありませんでしたが。
それを実感できる遣り取りが、目の前で展開されてゆきます。
「では、上座へーー」
「ん。断る」
「それでは、失礼いたします」
「ん。ティノは座る。イゴは真ん中」
礼儀作法。
「聖域」では基本、「聖語使い」に身分の差はないとされているので、客と店員は対等です。
そんなものを教えられたことも習ったこともないイゴは、ソニアの指示に従い、気づけばティノが座った下座のソファの後ろに立っていました。
右にメイリーンで、左にソニアが立っています。
男性優位な「聖域」では、この立ち位置になるのですが、どうも落ち着かない構図です。
イゴはもう、じっと前だけを見ていることにしました。
奥にも店員(氷竜)がいたようで、幾つかの品を持って遣って来ます。
その中でも、目を引く物がありました。
ーー真っ白。
イゴは自分の語彙の貧困さを嘆きました。
リボンでしょうか、幅の広い、長い布。
純白、それをさらに磨き上げたかのような清純。
触れずともわかる、繊細な造りは、肌に心地好く馴染むことでしょう。
「こちらは、とある希少な動物の毛で織られた品です。『聖銀貨』一枚と、多少値は張りますが、自信をもって勧められる一品でございます」
「ん。噂では、『風竜の毛』と言われていて、『風布』とも呼ばれている」
「ん~? 高いって思ったけど、『風竜の毛』なら逆に安い……のかな?」
「ん。メイリーンが正解。本物だったら安い。だから、『風竜の毛』ではない」
イゴと違い、雰囲気に呑まれていないメイリーンとソニアは、いつも通りに会話を交わします。
ソニアの断定に、困ったような顔で頷いてから、フロンは説明しました。
「はい。ソニア嬢の仰る通り、こちらはその希少性ゆえに公にできない動物の毛で、『風竜の毛』ではございません。あと、こちらも噂ということになりますが、『八創家』の誰かが『風竜の毛』を持っていると実しやかに囁かれています」
「ティノ。直に触れては駄目」
リボンに触れようとしたティノは、ソニアの言葉で手を引っ込めました。
事前に準備していたようで、フロンはリボンの、半分の半分の長さくらいの細い布を差しだしました。
「こちらで感触を確かめてください」
「う~ん? 触り心地は問題ないんだけど……、他の色はないんですか?」
「あ……、はい。ーーあるにはあるのですが、少し問題もありまして。これまでに一頭しか見つかっていないとされる、色違いの、とても希少な品なのですが。それゆえに『聖銀貨』五枚とお高く、何より、お子様には向かない枯れ葉色の……」
「いただきます!」
「を…をぉ…?」
枯れ葉色、と聞いた瞬間、躊躇なく宣言したティノ。
フロンが戸惑っていると、彼は更なる嬉しい追い打ちを食らわせます。
「あ、こっちの白いほうももらいます。あと、この細いのも」
「ちょっ、ティノ! って、いいの!? 『聖銀貨』六枚って!」
庶民。
自分と同じ感覚を持っているメイリーンを見て、イゴは安心してしまいました。
でも、メイリーンを見ていたのは、イゴだけではありません。
細い布を手にしたティノは、メイリーンに提案します。
「僕にとっては、イオリに贈り物をすることが主目的で、それ以外は『ついで』になってしまうから。この細い布はマルの首輪にしたいから、メイリーン。少しでいいから、お金をだして」
「え? ……えっと?」
ティノのほうも言葉が足りませんでしたが、メイリーンの鈍感さにもイゴは腹が立ちました。
マルと仲が良いメイリーン。
他人と係わりたくない。
そう思っていたイゴですが、不意に、メイリーンの姿が弟たちと重なってしまいました。
兄弟で一番「聖語」が上手かった彼は、嫌々ながらも兄弟に「聖語」を教えていたのです。
ただの気紛れ。
そう自分に言い訳しながら、イゴは他人の事情に口だししてしまいました。
「メイリーンはマルが嫌ぇか? そーじゃねぇなら、ティノの『ついで』より、メイリーンが『特別』な贈り物をマルにしてやれ。じゃねぇと、女が廃るぞ」
「ふ…ひ?」
メイリーンは、間抜け面で首を傾げました。
柄にもないことをしてしまったというのに。
イゴは自分の説明下手を嘆くよりも、メイリーンに対し、怒りが湧いてきました。
イゴと、悪口を浴びせようとしたソニアが口を開く前に、マルの製作者であるティノが穏やかな口調で語りかけました。
「メイリーン。マルは、僕が造った『聖人形』だ。でも、人形である以上の、何かを感じ取ってくれているのなら。僕にとっても大切なマルを、喜ばせてあげて欲しい」
「く…ぉ…、全財産っ、持ってけ泥棒~~っっ!!」
ティノが両手を差しだすと、竜を投げ飛ばす勢いで、メイリーンは所持金すべてを叩きつけました。
ーー銀貨一枚。
フロンと店員も含め、皆はメイリーンを直視するのを避けました。
「うん。あとでメイリーンが好きなものを、たらふくおごってあげる」
「ん。大丈夫。運動神経は壊滅だけど、手先は器用。首輪への加工は、無料でやってあげる」
「剥きだしなのも何だから、入れる箱ぁ俺が作ってやる。……無料で」
「あいあいさー、おねがいさー、りゅーもおーよろこびさー」
これで商談は成立ーーということでしょうか。
すっからかんになって、ふらふらしているメイリーンを尻目に、フロンはすっくと立ち上がりました。
そして、ティノを叱ります。
「こらっ、ティノちゃん! フィフェスちゃんの紹介だから、お姉さん、ちゃんと怒るわよ! そんな大金っ、不用意に持ち歩いたら危ないでしょ! 『聖域』だからって、絶対に安全とは言えないんだからね!」
「……えっと、ごめんなさい」
踏ん反り返って、「めっ」と叱るフロンに、ティノは素直に頭を下げました。
それから。
ソファに座ったフロンは、片目を瞑ってメイリーンに提案。
「ティノちゃんが、売れ残っていた『聖銀貨』五枚の商品も買ってくれたからね。マルちゃんへの贈り物の代金は、サービスでも良いわよ? さすがに全財産は、可哀想だし」
「女は度胸! それにっ、対価を支払ってこその贈り物! 女に二言はなし!!」
血の涙を流さんばかりに言って退けたメイリーンに、フロンと店員が拍手喝采、竜の息吹。
ティノは積極的に、ソニアは消極的に拍手していたので、仲間外れになりたくないイゴも仕方がなく拍手をしたのでした。




