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竜の庵の聖語使い  作者: 風結
エーレアリステシアゥナ学園
18/54

門と並木道  新たな出逢い

 ……(へこ)

 ……(へこ)


 そんな足音でも聞こえてきそうです。

 到頭、遣って来てしまいました。


「ティ~ノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」

「はぁ~」


 昨日、これでもかというほど、アリスに凹まされたティノですが。

 あんなものは序の口、というか、竜の口。


 容赦、という言葉を焼き尽くしたアリスは。

 「凹凹凹(へっぽこ)」と品字様(ひんじよう)にしたくなるくらい、ティノを打ちのめしました。

 あれからも「説明」という名の「お説教」は続いて。

 純朴な少年は、生きる気力を失ってしまいました。


 でも、悲しいことに、それでも人間は生きてゆかなければいけません。

 背中の、「イオリ袋」に入っているイオリは、いつも通りに元気いっぱい。

 肩に引っついているマルは、最近のぐうたら生活がたたって、まだ眠たそうです。


「ねぇ、マル。何か、『エーレアリステシアゥナ学園』とか書いてあるんだけど」

「この地はかつて、『エーレアリステシアゥナ盆地』と呼ばれておったからの。気になどしておらんと本竜は言うておったが、丸わかりじゃなーーと、人が来たで、ここからは仔犬になるかの、ワンっ」


 開け放たれた門から、ティノは入ってゆきます。

 門も、見える範囲にある建物も、これまで見たことがないくらい豪華なものでした。

 正直、人間があんなものを造れるなんて、ティノには信じられません。

 アリスかマルが「幻影」でティノを騙し、嗤っているのかもしれません。


 アリスの「説明」によると。

 学園の敷地は、「庵」がある「結界」の三倍ほど。

 「聖域(テト・ラーナ)」の北側。

 多少、不便な位置にあります。


 「八創家」や「議会」、主要施設などは西側にある為、干渉されにくい場所を選定。

 東側には研究施設などがある為、こちらにも近づかないほうが良いとの判断です。

 南側が、「八創家」や有力者以外の人々の住居。

 中央には多くの者が必要とする、商店や役所などがあります。


 それから北には。

 「開拓地」と呼ばれる辺鄙な場所が広がっています。

 人口が増えたので、言葉通り、「聖語」を上手く扱えない者たちが「開拓」をしています。

 ティノは、この「開拓地」の出身ということになっています。


「僕って、場違いじゃないかな?」

「ワンっ、ワンっ。ーー目立つな、というのは無理だからの。開き直って堂々としておれ」

「ごめん。無理」


 マルの最後の助言も、意味がなかったようです。

 マルは「聖語」を(かい)することができないので。

 ここからは本当に、「仔犬」のふりです。


 ティノは、「感知」で周囲を探りました。

 ()()()()()に五人。


 無駄、とも思えてしまう広い通路。

 「聖域」にある「学園」として見栄えも重要なファクターとなるのですが、それを理解するだけの心の余裕はティノにはありません。

 通路の真ん中を歩く度胸などティノにはないので、さりげなく、それでいて目立たない範囲で端に寄ってゆきます。


「ティ~ノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」


 でも、それも無駄な努力でした。

 見慣れない人々を見て、イオリは大はしゃぎ。

 五人の学園生の視線がすべて、ティノに注がれます。


 肩には仔犬。

 袋に入れた子供を背負っている学園生。

 これで人目を引かないはずがありません。


 ただ、注目を集めている理由の一つに、ティノの容姿もあるのですが。

 学園生たちと目を合わせないようにしているティノが、気づけるはずもありません。


 ティノは、どうしようか迷いました。

 「聖技場(バナー・ラス)」で入園式が始まるまで、もう少し時間があります。

 隠れているのか、或いは時間を潰しているのか。

 見えない場所ーー並木道の樹の後ろに居る、六人目。


 毎夜、「感知」を使い続けてきたティノ。

 無意識に発動できるようになるまで慣れ親しんだ「感知」で、六人目の意識の流れを感じ取ります。

 敵意、とは違うようですが、まるで獲物を狙っているかのような、(こわ)い感情。


 「聖域」に知り合いなど居るはずがないのに。

 ここまでの強烈なものを向けられてしまうと、どうにも気になってしまいます。


「気づかなかったことにしよう」


 話しかける。

 そんな小さな勇気さえ搾りだせなかったティノは。

 そのまま歩き続けようとしてーー。


「君。少し、良いかな」


 聞こえなかったことにしよう。

 そんな勇気も持てなかったので、仕方がなくティノは足をとめました。


「っ!」


 ティノは驚いてしまいました。

 樹の後ろから現れた、同周期の少年。

 これまで見てきた村の少年たちとは異なる、ーー何か。


 ティノには、「何」が異なっているのか、明確には言葉にできませんでしたが。

 先ほど見た、五人の学園生。

 彼らともまた、違います。

 気配、或いは雰囲気でしょうか。

 昔、「書庫」で読んだ物語の登場人物ーー「王子」のような少年でした。


 ーー惜しい。

 そう思った瞬間、ティノは冷静になってしまいました。

 もう少し、男っぽいほうが。

 ティノの理想に、あと一歩でした。


 歩き続けた先の、未来で。

 なりたいと思っていた自分。


 イオラングリディアの横に立つ、理想の姿。

 その姿に似てはいるのですが。

 でも、やはり少しだけ違うのです。


 彼は、ちょっと、顔が整いすぎていました。

 周期頃の少女たちから、黄色い悲鳴が上がるのかもしれませんが。

 ティノの理想である「男っぽさ」を、彼から感じることができません。


「何ですか?」


 残念な気持ちが、言葉の響きに反映されてしまったようです。

 ぶっきらぼうに返され、見るからにキョドった少年は、オブラートに包むことなく疑問をそのまま口にしてしまいました。


「き、君は、女の子……だよね?」

「は?」


 とりあえず、顔面をぶん殴りたくなりました。

 でも、ティノは我慢しました。

 どこぞの炎竜のようになってはいけません。


 ティノはまだ、「聖域」のことをほとんど知りません。

 もしかしたら、見知らぬ人に会った場合、性別を尋ねるのが「聖域」での礼儀作法なのかもしれません。


「僕が女だったら、何?」

「いや、その、君が女の子だったら、恋人候補で……。男だったら、親友候補……というか何というか……」


 どうしたものでしょう。

 腑抜けた顔ーーという自覚はありましたが。

 村長のように冗談というわけでもなく、正面からこんなことを聞かれたのは初めてだったので、対処の方法がわかりません。


「僕、スカート穿()いてないけど」

「いや、スカートを穿くかどうかは個人の自由だと聞いている」


 学園の制服は男女兼用。

 ゆったりとした瀟洒な服で、機能性にも優れています。

 高そうだ。

 芸術分野に疎いティノの感想はそんなものでしたが、金の刺繍や意匠などアリスの趣味の良さが反映されています。


 女子にはスカートも支給されていて、彼の言う通り、穿くかどうかは自由。

 動き易さを重視する女子生徒なら、男子と同じ格好ということもあり得ます。


 アリスは。

 なぜかティノにスカートを渡してきました。

 手渡してきたときの、アリスの朗らかな笑顔を思いだし、ティノはげんなりしてしまいます。


 ティノの表情を見て、誤解した少年は泣きそうな顔になりました。

 何だか、(いじ)めているような気分になってしまったティノは。

 面倒なので、竜も頷くくらい断言することにしました。


「僕は、男だ。何だったら、触って確かめて……ひっ!?」

「つっ!」


 手を伸ばして。

 本当に確かめようとしてきたので、思わずティノは魔力を纏った手で、少年の手を叩き落としてしまいます。

 かなり痛かったはずですが、少年はわずかに声を漏らしただけでした。

 やせ我慢は見事なものです。


 でも、この痛みが功を奏し、少年は普段の冷静さを取り戻しました。

 優雅な立ち居振る舞いで、ティノに頭を下げます。


「すまない。君を見て、動揺してしまった。数々の非礼、どうか許して欲しい」

「えっと、まぁ、僕もちょっと悪かったかもしれないから、許してはあげるけど。それで、何で僕を見て、動揺したのかな?」

「ぅ……、その、私は嘘が嫌いだ。君に嫌われたくないが、嘘は言いたくない。正直に言っても良いだろうか?」

「は?」


 経験不足のティノでは、彼が何を言っているのか理解できませんでした。

 そんなわけで、あっさりと許可をだしてしまいます。


「あー、うん。僕も嘘は嫌いだから、言っていいよ」

「そうか、では、愚痴っぽく聞こえるかもしれないが、聞いてくれ。ーー私は、生まれて初めて『一目惚れ』というものをした。まるで世界が、色鮮やかに輝いたかのようだった。……だというのに、君は自分が『男』だと言う。惚れた相手が『男』だったと知ったときの私の気持ちを少しは考えてくれ!」


 逆恨み。

 それ以外の何物でもありません。

 自分の容姿の「腑抜け具合」に疎いティノは、少年が何を言っているのか理解できませんでした。


 男を好きになる男。

 ティノにそんな趣味はありません。

 ティノの宝物。

 求めるのは、イオラングリディアだけです。


 そういえば。

 イオリが静かなので後ろを見てみると、マルが仕事をしてくれていました。

 イオリのお口が、マルの尻尾で塞がれています。


「あと、私は気になったことを聞かないと、我慢ができない性質(タチ)だから聞くのだが」

「えっと、何?」

「君が背負っている子供と、肩にいる仔犬は『聖人形(ワヤン・クリ)』なのか?」


 そろそろ会話を打ち切りたいと思っていたティノですが。

 彼の言葉で、心臓が脈打ちました。


 さっそくきました。

 一つ目の試練です。

 イオリやマルと一緒に学園で過ごす為に、ここで失敗するわけにはいきません。


 もし失敗したら。

 アリスさんに頼んで脅してもらおう。

 そう決めてから。

 ティノは慎重に、言葉を選びながら肯定しました。


「うん、そう。イオリは『お爺さん』が造った『聖人形』で、マルは僕が造った『聖人形』」

「そうなのか。少し、見せてもらう」

「え?」

「ワヲっ!?」


 好奇心旺盛なのか、少年はもう、マルしか見ていませんでした。

 無遠慮に、いきなり尻尾をつかまれたマル。

 それだけでなく、尻尾を上に、肛門を確認されてしまいます。


「なるほど。『聖人形』だから、排泄はしない、と。尻尾の感触は、本物以上。そうか、そこまで本物に似せる必要はないから、部分部分、異なっていても構わないということか」

「ふっさ~、ふっさ~、マジュマジュ、もっふ~、もっふ~」

「歌が下手なのは、あえてそうしているのか。完璧にするということは、機能を無駄にするのと同義。それでもここまでの『聖人形』を造れるなど、君の『お爺さん』は凄い」

「ふー、せっ!」

「かはっ……」


 今度は魔力を纏いませんでした。

 きっちり、お腹に一発入れてから、離れます。


「僕の許しがある前に、『三歩以内』に近づいたら、一生口を利かない」

「ティ~ノは~、おかんむり~、しらんぷり~、ほっかむり~」


 ティノに手抜かりはありません。

 「感知」で周囲の状況を探ってあるので。

 腹パンは、誰にも見られていません。


 狙ったのは、みぞおち。

 弱い魔物相手で確かめてきたので、お腹のどの部分を、どのくらいの強さで殴れば良いか、おおよそ理解しています。

 もう一度、同じ場所を殴れば、失神させることも可能でしょう。


「な……何で…?」

「え? もしかして説明が必要なのかな。どうもこの人は危険人物のようだから、ここで止めを刺したほうが全人類の為かもしれない。どう思う、マル」

「ワンっ!」

「マルも頷いてくれているし、何も問題はないようだね」

「おー! しょっけい~、しょっけい~、しょりしょり、しょっぱ~い」


 イオリも賛成してくれています。

 そんなわけで、「イオリ優先」のティノは。


 判決、私刑。


「わ…私は……、ぅ…クロウ・ダナ…だ。き…君の名を……ぼ…教えて欲しいっ!」

「ダナ……?」


 少年ーークロウ・ダナはがんばりました。

 呼吸がしづらいでしょうに、しっかりと自分の名前を発音し、正解を引き当てました。


 「ダナ」とは、「八創家」の一家です。

 昨日、アリスから聞いていたので、何となくですが、ティノは覚えていました。

 クロウは、命拾いをしました。


 初日から「八創家」の学園生を抹殺するのは不味い。

 ティノの理性が、正常に働いてくれました。


「ーーティノ」

「てぃ……ティノ。何と麗しい響き……」

「何か言った?」

「いいえ、何も言っていません」


 やっとこクロウは、普通に話せるようになるまで回復しました。

 それと同時に、危機感に(さいな)まれました。


 ここで別れれば、「変な人」とティノに認識されてしまいます。

 それだけは避けなければいけません。

 このままでは、「八創家」という地位を振りかざす「嫌な奴」になってしまうかもしれないのです。


「わ、私は! (やしき)とその敷地からでたことがなかったのだ! それゆえ、不快な行動を取ってしまったかもしれないが、許して欲しい!」

「でたことがない?」


 ティノの表情から、険しさが抜けました。

 「結界」と「村」。

 それだけがティノの世界でした。


 クロウも同じだと。

 自分と同じように「小さな世界」から飛びだし、学園に来て不安を抱えていたのだと知って。

 彼に冷たく当たってしまった自分を、ティノは恥じました。


 ただ、譲れない、というか、線引きは必要なので。

 条件を突きつけました。


「とりあえず、話は聞く。それによって『三歩以内』を解くかどうかを決める」

「わ、わかった。聞いてくれ。ーー私の母は、流行り病にかかった。私を産めば、命を落とすかもしれない。それでも母は、私を産んでくれた。……母は、助からなかった。愛する妻を喪った父。優しかった母を喪った二人の兄。そんな父と兄たちは私のことを、ーー溺愛したのだ」

「……ん?」


 ティノの許しを得ようと焦燥に駆られたクロウは、(つたな)いながらも一生懸命に説明しました。

 しかし、懸命さが報われないことなど、世の中にはよくあること。

 ティノは最後通牒を突きつけました。


「僕はあまり頭がよくないんだ。僕がわかるように説明してくれなかったら、入園式に()()()()()してあげる」

「は…、はい」


 氷竜もかくやという、冷たい声音でした。

 クロウの短い人生で、これほどの恐怖を感じたのは初めてのことです。

 取り繕うのは無理だと諦め、クロウは事実だけを並べてゆくことにしました。


「使用人から聞いた。母が言っていたそうだ。自分が死んだあと、クロウを愛さなければ、地の国から呪ってやる、と。母は優しく、闊達な人だったようだ。父と兄たちは、自身も悲しいだろうに、私を愛してくれた。ただ、皆は、私を愛し過ぎる、というか、過保護、というか、目の届かない邸の外などに行こうとすると、泣いて悲しむので敷地の外にでたことがなかったのだ」

「えっと? あー、それは、うん、そこまではわかった。それで、よく家族が学園に通うことを許してくれたね」

「そこは、色々あった。父は、『八創家』でも『筆頭』の地位にあり、二人の兄は『天才』。父も兄たちも褒めてくれるが、皆に及ばないことは誰よりも私がわかっている。私にできることは『努力』しかなかった。父や兄たち、何より家族を大切にしていた母に、恩返しをしたくても、……私には何もなかった。このままでは駄目だと思った。だが、どうして良いかわからなかった。そんなとき耳にしたのが、学園のことだ。『八創家』は学園のことを放っておけない。放っておかない。これだ! と飛びついた。ダナ家の跡継ぎになれない私なら適任。周期も問題ない。もし認めてくれないのなら、もう一生頭を撫でさせてあげない、と最終手段を使い、すったもんだの挙げ句、学園行きを勝ち取った」

「……ん?」


 「学園」とは、「聖域」に落とされた一石でした。

 投げ込まれた石の大きさは、人それぞれ。

 ティノが、クロウがそうであるように、大なり小なり、学園生は事情を抱えて「学園」に遣って来ました。


 最も大きな石。

 落とされた石の、波紋の大きさを理解していないティノは。

 多くのことを置き去りにしたまま。

 「三歩以内」を解いてあげました。


「あ、ありがとう! これで私たちは親友だな!」

「は? 何を言っているのかな? クロウは、友達候補だよ?」

「こ……候補? そ…それはそれで一考の余地があることだとして……。ーーでは、『聖技場(バナー・ラス)』に向かおうか」


 この短い時間の間に多くの経験を積んだクロウは、内心の動揺を隠し、優雅な動作で手を差しだしました。

 そして。

 魔力を纏ったティノの手で、叩き落とされました。


「ぐぉ……」

「ねぇ、クロウ。クロウは『学習』という言葉を知らないのかな? その手は何? 僕は『お姫さま』じゃないよ。ーー僕は男。僕は男。僕は男。はい、復唱」

「てぃ、ティノは…男……。ティノは…男。ティノは男…」


 涙声で、言われるままに復唱するクロウ。


「わかってくれたならいいよ。じゃあ、はい、よろしくね」


 ティノはクロウの手を取って、握手。

 よくも悪くも、クロウはティノの緊張を(ほぐ)してくれました。

 友達。

 それも悪くないか。

 無駄に格好良いクロウを見ながら、ティノは。

 不思議な予感を抱きました。


「ああ! ティノっ、よろしく頼む」


 純粋に、喜びの笑顔を浮かべるクロウ。

 彼に応えるように、ティノも笑顔で。

 ティノの手の甲を、逆の手で「撫で撫で」してきたクロウの手を叩き潰したのでした。

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