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 澄んだ歌声が聴こえない。いつもの零の、声が。

 人混みだけがうるさいハエのように群がり、声は騒音となって其処に留まっている。

 人々が話す言葉でさえ、時と比例して速くなっているように優歩は感じた。時間の波に呑まれ、世間から放り出された優歩には、皆が何を話しているのかよく解らない。早送りの映像でも見て、聞いているようだ。


 優歩は急に不安になった。あの、時間を忘れるほど心に澄み渡る歌声は、何処に行ってしまったのだろう。


 足がいつもの場所へ向く。車の通らない、歩行者専用の商店街の外れに、零はいつも座っていた。優歩だって夜の街の端には何があるのだろうと探検気分でなければ来なかった場所だ。ひっそりと、零は其処で自分の想いを紡いでいた。

 声が聞こえないのは、いないのだろうか。


 いつもの場所へ近づくにつれ、いつもの何倍もの客だと思われる人々がひとりのミュージシャンを見ようと爪先立っていた。

 優歩も負けじと背伸びをして〝彼〟を見た。隣にいる何処かの偉い人と話しているらしい。偉い人にはボディーガードの人がついており、それに周囲の人は反応したようである。何処かの大手企業の男だと、優歩の前にいる二人が話していた。


 優歩の頭に色々な考えが去来する。もし、そうだとするなら、彼はもう優歩の近くにはいられなくなる。手が届かない存在になってしまう。

 いや、違う。優歩が近くにいられなくなるのだ。


 優歩のことが見える人がいなくなってしまう。せかせかと動く人の中で、立ち止まったまま動き出せない優歩を見てくれた人が。彼がいなくなったら、優歩はまた、誰の目にも留まらない存在になる。


 みんな、みんな奪っていってしまう。あたしが欲しい癒しを、みんなも求めているから。あたしひとりなんかより、大勢の人を優先させるために。

 あたしはいつでも、みんなが欲しがるものを欲しがって、手に入らないのに諦められないから絶望したんだよ……。


 ああそうか、と優歩は納得した。それが嫌になって、優歩は〝自分から〟時間の波に呑まれたのだ。走ることを()めて、今もまだ藻掻くこともせずに呑まれたまま、時が過ぎ行く様を、ただ眺めている。


 今回もそう。また絶望して、この時間に戻ろうとはしないんだ。戻ったらまた、奪われるだけだから。


 優歩は背伸びを止めてその場に佇んだ。彼が乞われたのか歌い出す。彼の歌声に皆が聴き惚れて夢心地になっているのが優歩には解った。どうして今まで知らなかったのだろうと思う程の澄んだ歌声。優歩は幾度も聴いてきた彼の歌声。それがそう遠くない先では、薄っぺらい画面の向こうで歌う彼を見ることになるのだろう。その画面の中で、彼は〝誰〟にその笑顔を向けるのだろう。〝誰〟にその歌を聴かせるのだろう。


 その〝誰〟はもう、〝あたし〟じゃない――。


 優歩の目は霞んで、彼を見ることはできなかった。感情が昂り、抑えきれない。優歩は堪らなくなってその場から逃げるように駆け出した。


 大丈夫、忘れられる。彼はあたしとは一言も話したことはない赤の他人。そう、大丈夫。きっと彼を新しいアーティストとして迎えられる。きっと大丈夫。


 忘れられるから――……。




 

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