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『もしもし、優歩? お母さんだけど、優歩はお母さんとお父さんと、どっちと暮らしたい? 優歩の意見を尊重するってことに決めたのよ。決めたら連絡頂戴ね』
『もしもし優歩? あれから連絡ないけど……決めたの? 早めに連絡頂戴ね』
『お母さんだけど……優歩、決めかねてるの? ……突然のことだから、優歩も動揺してるのよね。でも、早く決めてね』
『優歩ー?』
携帯電話の留守電に入っている母の声。何度も何度も繰り返し聞いて、優歩は絶対に連絡しないと決めた。
早く連絡しろと言うのは決まった方に迎えられるということではなく、引き取った後にどう処遇するのかを相手と相談したいためだろう。
どちらに行っても邪魔者扱いされるに決まっているのに。それならばこの生活を続けたいと優歩は思う。誰からも干渉されず、放っておかれる、自分だけの世界だ。学校も、親の離婚でバタバタしているなら仕方ないと連絡を取らない言い訳がたつだろう。
優歩はふと、不安になった。このまま何もせず、生きていくなんて悲しすぎる。でも。
あの波にはもう、乗れない……。
全てのことが速くできるようになった。必然に、全ての作業を速くすることも求められた。
何かを落としても拾う時間すらなく、落としたものは見捨てていかなければ、自分が落とされてしまう。
何でも手に入る時代なのに、何かを探しながら生きている。
あたしは何を……探してるんだろう。
優歩は勉強机とセットになっている椅子に座りこんだ。もう何日も勉強などしていない。だが、勉強しても頭には入らない。教室にいた頃のあのつらい日々を思い起こさせるだけ。
学校なんて……行きたくないよ……。
その思いは頭を持ち上げると中々下がらなかった。一度下げても翌日にはまた頭をもたげているのだ。
それを繰り返しているうちに優歩は学校に行けなくなった。部活の先輩からも気に入られないせいか、楽しみすらない。勉強に打ち込むだけの目標も、ない。
毎日をただ、何となく過ごしているだけ。それを皆、生きていると言う。
優歩は机に突っ伏した。この机と何年過ごしてきたのだろう。学校への期待を胸に秘めて、この机と対面した。その日から高校一年生の今日までずっと机は優歩を見てきた。
「……あたしはもう、ダメかもしれない……」
そう呟くと、本当に自分はもう駄目だと思った。世間から孤立し、自分の世界から出られない。
優歩は自分を慰めてくれる自分自身の世界から抜け出せなかった。