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2016年5月8日16時40分、大幅に加筆改訂。

2016年5月11日、加筆部分を削除。さらに改訂。

「危ないところだったね」

「なぜ、あんたが……?」

 京四郎が尋ねた。

「母さん、もしくは神崎と呼ぶように」

「……」

 京四郎は呆れた顔をし。

「じゃあ神崎さんで」

 呆れた声で言った。

 母さん、と呼ばなかったのはアインスがそばにいたためだろう。

「うん、それでいい。……で、来た理由だったね。そこの粗忽者(そこつもの)を止めるためさ」

「……」

 恵那の一瞥に対し、アインスは黙したままにひざまずいている。

「アインス。お前はデスマーチの問題を解決するために京四郎を強制的に魔王の座に据え、ほぼ無限の寿命を持たせようとした。間違いないな」

「はい。おっしゃるとおりです」

「それがよくない」

「……」

 アインス。何も反論せず。ただ頭を垂れ続ける。

「何か隠しているな。命令だ。言え」

「デスマーチの発動により、ご主人様の身に危害が及ぶ未来が見えました」

 アインスは京四郎と同等かそれ以上の未来予知能力を備えているらしい。それもまた当然のことだろう。宇宙最強の存在である。

「私の身に危害が及ぶ。うん、それは大変だ。だからアインスはその未来をとめるために、デスマーチの問題を解決しようとしたと」

「はい」

「愚か者め」

「ちょっと待て。宇宙が滅ぶからじゃないのか。俺はベルゼビュートからそう説明されたぞ」

 京四郎が口をはさんだ。

「京四郎。我々にとって宇宙とは創るのも壊すのもコピー&ペーストするのも自由自在にできる程度の代物なのだよ。滅びたら滅びたで作り直せばいい」

「じゃあ何だ。俺や、シュザンナや、俺と一緒に戦ったディアボロ時代のパイロットたちは! 宇宙のためじゃなくあんたの身の安全を守るための実験で命を落としたのか!!」

 激高し、京四郎は恵奈の胸倉をつかんだ。恵奈の身体が宙に浮く。

「母さんもしくは神崎と呼ぶように」

 京四郎の怒りに満ちた眼光を受けながら、胸倉をつかまれて身体を浮かせられ足をぶらつかせながら、恵奈は平然と言った。

「ふざけるな!」

「アインスお前は引き続き動くな」

「はっ」

「京四郎、少し落ち着こう」

 ぽんぽん、と、恵奈は胸倉をつかむ京四郎の手の甲をタップした。

 すとん、と京四郎の身体から力が抜け、彼は両膝をついた。もちろん、手は恵奈から離れている。

 昔からそうだった。この女は、奇妙な仙術めいた技を使う。

「デスマーチの問題を放置すれば宇宙が滅ぶというのは事実だよ。二億年前、京四郎がディアボロと呼ばれていたころは確かに宇宙を救うことが目的だった。今もその状況は変わらん。ところがこの愚か者は、宇宙の盛衰よりも私の身の安全を優先的に考えた。それだけだ」

「それだけだ、で済む話か」

「気持ちはわかるがこれで落とし前ということにしてもらえないか」

 恵那が京四郎の前に左手をかざし。

「ご主人様ぁ!」

 魂が口から出るような悲痛な叫びが、アインスの口から発せられた。

 恵那の左手には、親指があり、人差し指があり、中指があり、薬指がある。しかし小指がなかった。付け根の部分から存在していない。

「すぐに治療を!」

「動くな」

 立ち上がり、そばに寄ろうとするアインスにぴしゃりという恵那。命令は口先だけのことではなく、絶対の拘束力を持つのだろう。ねじの切れたゼンマイ人形のようにアインスの動きが止まった。

「未来予知では神の身に起こることを正確に知ることはできない。知ったとて止められない。無理やり止めようとすればかえって最悪の未来を引き寄せる。それが古来からの教訓だったろう? 愚か者め」

「治療を……!」

「治すつもりはない。それに簡単に治るものではない。左の指は京四郎を生き返す代償として使ったものだ」

「ならば京四郎さんを殺せば……!」

「馬鹿者。デスマーチが発動するだけだ。そして生贄としてベルゼビュートが選ばれる前に、私が介入してまた生き返す。今度は薬指か中指を失うことになる」

「ああ……そんな……」

 絶望。

 その二文字が、アインスの全身を覆った。

 美貌をした彼女の頬の色が紙のように白くなり、重い風邪を患ったように身体が小刻みに震えた。

 どうでもよかったのだ。

 京四郎の命も。ベルゼビュートの命も。

 宇宙に住む、無数の命のことも。

 彼女のご主人様である恵奈が傷を負うことに比べれば、どうでもいいことだった。

 左手の小指を失うという未来を、アインスは防ぎたかった。そのために配下の天使を使い捨てにし、京四郎を追い詰め、ベルゼビュートの想いを踏みにじった。

 すべては、大切なご主人様のためだった。

「神崎さんよう、そこのクソをぶん殴っていいか?」

「気持ちはわかるがやめた方が効果的だろう。アインスは今、罰を求めている」

「けっ」

 胸のむかつきそのままに、京四郎は唾を地面に吐いた。

「神崎さんならアインスがぐちゃぐちゃ動く前に止められたはずだ。なぜしなかった」

「古来よりいうではないか。神は自らを助ける者を助ける、と。さらに私は確かめたかった。あの逆境の中で京四郎の望みは何か。生きたいか、死にたいか、それが問題だと」

「俺のことはどうでもいい。また何人も死んだ。デスマーチの犠牲になってそこのカス天使が操った天使も死んだ。ベルゼビュートも再起不能になった。どう落とし前をつけるつもりだ。それともこれも必要な犠牲だったとでも言いたいのか」

「ふふん。京四郎。そこから先は君次第だろう」

 恵那はにやりと笑う。

「俺次第とは、どういう意味だ?」

「さあ?」

 はぐらかすと恵那は、右手を空にかざした。

 空には星が広がっている。

「debug code No.2, never ending story.」

 魔法の呪文であろうか。神崎恵那が意味の分からぬ語を唱え。

 天使たちが蘇った。

 はじめは、小さな塵だった。塵が、手のひらの前に集まっていった。

 それが次第に大きくなり、人の形を作っていった。京四郎が見知った天使の形に。

 一人ではない。二人いる。ご丁寧に服まで再生されていた。一人は黒装束を、もう一人はきらびやかな階級章をつけた軍服を着ていた。

「座天使フェルナンド、大天使シエルファ。ご苦労さま」

「はっ」

 ひざまずき、礼を言うフェルナンドの顔つきは、それまでと違って生気に満ちた美貌であった。神崎恵那の力により、感情を表に出せなくなるという呪いを解かれたのだ。

「師匠……? あの、貴方は……ご主人様……ですか」

 シエルファの声が震えている。その身体は、そうするのが当然であるかのように片膝をついてひざまずいていた。

「そうだ」

 恵那ではなく、フェルナンドが答えた。シエルファは深くこうべを垂れる。

「アインス。貴様の行いへの罰は何もしないことを以てあてる。私は何もしない。この指を再生させることもしない」

「そんな……っ!」

「貴様は成立した契約を反故にしようとしたのだ。さらに誇大した自意識により勝手に配下を犠牲にし、神の力に立ち向かえるなどという傲慢な心を持って運命を引き寄せた。私が指を失ったというこの結果は、貴様が招きよせたものだ」

「あ……あ……あっ……」

 アインスの身体が、わなわなとふるえ。

 瞳から、血の涙が流れた。

「しばらくの間、下位の天使の身体を使うことも禁じる。失せろ」

 恵那がいうと。

 がくん、とアインスの頭が下に落ちて。

「あ……れ……」

 憑き物が落ちたように、表情が変わった。

「ローザだったか。ご苦労だった」

「あ、ご主人様……ありがとうございます」

 目をぱちくりとさせ、女は寝ぼけたように返事をした。

「撤収するぞ。フェルナンド。私とローザ、シエルファを連れてテレポートするくらいはできるよね?」

「はい。座標はどちらに設定すれば?」

「この星が元にあった場所へ。銀河一つを動かした分の補正をしないといけないからね」

「かしこまりました」

「さて京四郎。私ら帰るから、あとは好きにおやりなさいな」

「おい!」

 恵那とフェルナンド達の姿がかききえるように消える。止める暇も隙もなかった。

 取り残された京四郎は。

 まっすぐに空を見上げた。

『お前次第だ』と、恵那は言った。

 ならばまだ、できることがあるはずだ。

 星の位置はベルゼビュート手で変えられたが、それでも星には違いがなく。

 宇宙は広がっている。全てを包み込みながら、永遠に。

「シュザンナ……」

 つぶやく。一番の友の名前を。

 広い広い闇の中にたゆたう、魔王の思念は今も感じられる。ただそれは、ひどく薄くて広い。しかし、ある。

「そこにいるんだろう。来いよ」

 答えはない。

 ないが、感じられる。

 思えば彼女は、ずっとそばにいた。

 共に戦い、共に狂い、共に傷口を舐めあった。

 魔王ベルゼビュートのことは分からぬ。だが、勇者シュザンナの事ならば誰よりも知っている。彼女はずっと、彼の事を想っていた。

 心はずっと、そばにいた。

「こうか」

 京四郎は右手を空にかざした。神崎恵那の真似をするように。

 できるはずだ。魔人となった今の自分ならば。

「来いよ。身体は俺が作ってやる」

 そう言って、彼は。

 華奢な、白い素肌をした少女を作り出していく。

 誰よりもよく知る、アルビノの少女の姿をそこに。何百年も一緒だった少女の肉体を。

「来いよ、シュザンナ!」

 宇宙へと叫び、思念を飛ばした。

「おっ、おう」

 彼女は、いつもそうだった。

 意識が飛んだ時、彼が怒鳴るとようやく目を覚ます。

 挙動不審な声をたてて。

 うっすらと、シュザンナは瞳を開ける。血の色をした、赤い瞳が世界を見渡した。

 目の前には、筋骨隆々としたたくましい男がいた。

「きょう、しろう……?」

 瞬きをして、問いかける。

「ああ。俺だ」

 ほっそりとしたその身体を、京四郎は強く抱きしめた。

「どーして……しかも元の身体に戻ってるし……」

「俺が再生させた」

「アインスは?」

「神崎恵那がけじめをつけて帰っていった」

「そう……か」

 ぎゅっと、シュザンナは京四郎の身体を抱きしめ返した。

「ああ……私の身体だ。ずっと京四郎とこうしたかった」

「いろいろと迷惑をかけた」

「ん。謝らないでいい。好きでしたことだから」

 そこまで言って、シュザンナは京四郎の胸に顔をうずめさせ。

 あふれてくる涙を、彼のたくましい筋肉でぬぐった。

「京四郎、今度はなくさずにすんだ?」

 シュザンナは尋ねた。それが重要なことだった。

 京四郎が娘を失わずにすんだのか。

 彼の幸せが失われずにすんだのか。

 シュザンナにとって、それが重要なことだった。

「ああ。お前のおかげだ」

「よかった……よかった」

「馬鹿かおまえ。俺の事よりも自分の命のことを顧みろよ無茶しやがって。帰りを待っている奴らだっていたんだろう」

「ん。もう少ししたら帰る。先輩たちにはいっぱい怒られると思う」

「馬鹿野郎……。ありがとう。ありがとう。お前のおかげで、俺の娘たちは無事だった」

 礼を言う京四郎の顔は、涙にぬれつくしている。

 そうして、二人はしばらく。

 互いを抱きしめあって過ごした。


 ほどなくして――。

「先生! お父様!!」

 ようやく二人のいる場所を見つけたらしい。魔王ベルゼビュートの娘、テレーズが駆け寄ってきた。

「あ」と、シュザンナがつぶやき。

「ん?」

「性転換のこと、どう説明しようかな……」

「がんばれ」何とも言えない顔で、京四郎は言った。

 空が、次第に明るくなってきている。

 朝日が、まばゆいばかりの光で、地平線を照らし始めた。



次回完結です。感想お待ちしています!

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