~エピローグ~ それぞれの生活
2016年5月11日、再度改訂。これがおそらく最終稿となります。
産まれてすぐに、脳を取り出された男がいた。
取り出された脳は超兵器の制御ユニットとして用いられ、彼は人としての意志を持つ前に戦場で戦うことを余儀なくされた。
一年が経ち。
十年が経ち。
百年を経て、数百年が過ぎた。
死ぬことすら許されず、彼は戦った。守っているはずの者からの罵声を受け、何のために戦うのかもわからぬままに。
何人ものパイロットが、彼に乗って死んだ。彼を呪いながら死んだ。
そんなある日。
ただ、一人。
気の合う友達ができた。
その友達の名前、シュザンナという名前は彼がつけた。少女は彼の中で生まれ、生まれた時からパイロットとして敵を殺すすべを身に着けた。少女は、彼とともに過酷な戦場で戦うことを運命づけられていた。
目の前に広がる地獄を共有しているということ。
それが、彼と少女とのつながりだった。
だから、彼は。
『シュザンナが、幸せになることを……』
戦いの果てで、神にそう願った。
たった一人の友達だった。当時の魔王を殺すため、すべての人類をいけにえに捧げた中で、その少女だけが彼の生きる理由でありすべてだった。
彼女がいるから、彼は彼になれた。
願いはかなえられた。
魔王を倒すという偉業への報酬と、次の魔王になるという対価を支払うことによって。
一心に、彼は願った。
自分ではなく、彼女の幸せを。
人として得られるはずの全てを、少女に取り戻してほしいと。
彼が少女に与えたのは、二十四時間ぶっ通しで殺戮行為をしてもテンションを保てる体力と、効率的な殺し方と、敵を殺すのは楽しいという感覚と、仲間が死ぬことは別に普通のことであるという狂気であった。
だがもう、戦いは終わった。
“わるいまおう”は滅ぼされ、天使とも和解した。
もういいだろう。
彼女の本当の人生は、これから始まるのだ。
***
「あ~……幸せぇ」
魔界の宮殿に帰宅後、シュザンナが初めにしたのは膝枕に頭を乗せることだった。
「まったくもう」
膝枕をさせられた女――椿がたしなめるように言った。
ちなみに椿は魔王ベルゼビュートとの間に一人の娘を設けており、娘はテレーズと名付けられている。椿は魔王の側近の一人であった。
「待たされる身にもなってほしいわ」
「疲れてるから説教は後にして先輩」
けだるさの微塵もない、むしろ張りのある声でシュザンナ。テンションが高い。
「まったくもう」
また言うと、椿は少女の頭を撫でた。
「……」
「……」
十と数分、どちらもしゃべらず。
まったりとした時間が二人の間に流れた。
「陛下」
椿が口を開く。名前ではなく、陛下、という呼び方をする時は二人の立場が絡む問題を尋ねるときだ。真剣な回答を求めている。
「ん?」
「どうして、京四郎にそこまで尽くすんです?」
「またそれ?」
「惚れているから、だけでは度を過ぎています。陛下がやろうとしたことは、自分の命を捨てて、百年程度しかない京四郎の娘を守ろうとした。しかも京四郎が一番愛していたのは陛下ではなくその娘だった。私が同じことをやれと言われれば気が狂います」
「むかし、ね……」
言葉を切って、シュザンナは椿と目を合わせた。
「京四郎から愛をもらった」
「愛……? を、もらう?」
「二億年以上前、勇者としての最後の戦いの後に、彼は魔王になる代わりにこう願った。私が幸せになるように、と。あれは間違いなく愛だった」
言葉を切って、シュザンナは目を閉じた。
その話には続きがある。
『汝の幸せは何だ?』
願いをかなえるために、神に、尋ねられたシュザンナは。
『京四郎の幸せを。彼の幸せが、私の幸せだから』
少女は、そう願った。
そこから先のことは、記憶がおぼろでほとんど覚えていない。二億年以上も昔の話なのだ。しかし気づけば彼女は魔王となり、京四郎に与えられるはずだった男の肉体を与えられ、京四郎は人間となり、神崎恵那に引き取られて多感な少年時代をやり直した。
シュザンナは思う。
あの時の選択は、間違ってなかったと。
「あの時にもらった愛があるから、今の私がいる。だから彼にも、同じものを返したいと思ってる」
「卑怯です、陛下」
「ひきょう?」
「そんな話をされたら、叱れなくなるじゃないですか」
「ふふ。ま、それは他の先輩からしてもらうわ。今の話は内緒にしてね。恥ずかしいから」
「かしこまりました」
「少し寝る」
「はい」
「おやすみなさい」
***
「帰ったぞ」
明け方。
ぼろぼろの服で、京四郎は榊の家に帰り。
「兄さん!」
「おとーさん、おかえりー!」
娘たちに出迎えられた。
「どこも怪我はない?」
シャルロット尋ねる。
「ああ、大丈夫だ」
「なんかすごいことになってるね。って、おとーさん、臭い!」
抱き着こうとしたクリスが、途中で足を止めて鼻をつまんだ。
それもそうだろう。シエルファとの激しい戦闘で血と垢と汗にまみれつくしたのだ。
「風呂に入らせてくれないか」
「ん。準備させる。ご飯は?」
シャルロットが尋ねる。
「食いたい」
「じゃあ準備するねー」
無邪気に、クリスティーヌが言った。
「ありがとう」
武骨な手で、京四郎は娘たちの頭を撫でた。
湯がわかされた。
裸になり、京四郎は身体の垢をおとしていく。入る前、クリスが一緒にとせがんだが、今回は疲れているからと断った。
「やっぱり我が家はいいな……」
シュザンナは、彼の唇に触れるだけのキスをすると帰って行った。
魔王としての事後処理が色々とあるらしい。
京四郎と、京四郎の娘たちの身の安全を確保できた時点で、シュザンナがすることは何もなくなったとのことだ。
彼女には、感謝しかない。
そして彼女が自分に尽くしてくれる理由について、京四郎は知らない。
ただ、自分のために己をすり減らし、無理を重ねて擦り切れるような生き方だけはしてほしくないと思う。
幸せになって欲しいと、心からそう願っている。
そういえば――。
自分の父親の中身が女だったと知り、テレーズは少なからずショックを受けたらしい。ともあれ向こうの家庭の事情だ。京四郎は深入りしなかった。
テレーズはこの星に残った。
人に混じり、人として暮らすのが彼女の望みだ。以前と変わりなく、魔法道具屋の店主として、そして京四郎の弟子として剣を習いながら暮らしていくとのことだ。
そして、彼は――。
不死身になった。
シエルファとの戦いから、首を切断され、魔王の力を借りて再生した。
その過程で起こった肉体の変化は、人間が人間でいられる領域をはるかに超えている。
おそらく、だが……。
今の自分なら、右ストレートを全力で地面に撃つだけで、星のコアをえぐれるだろう。
今、この星で彼を止められるのは、全力を出した時のテレーズくらいか。
それはいい。力を得たこと自体はどうでもいい。ディアボロと呼ばれていた頃はさらに強かったのだ。今さら力に酔うこともない。
ただ、気にかかるのは。
老いが、なくなったことか。
これまでは五年に一度のペースで肉体が老いた。しかし今は、肉体が老いていく様子を感じない。細胞のテロメアが備えているはずのリミッターが、外れているのがわかる。
デスマーチの発動を回避するには、都合が良いが……。
果たして、老いない人間は人間と呼べるのか。
「ま、いいさ」
京四郎はつぶやいた。
預かった娘たちの人生を見届ける。そのあとは、シュザンナに借りを返す。
ほとんど無限の命を持つ魔王のもとへ行くには、同じく寿命が無限に続くほうがよいだろう。
「とりあえずシャルの男嫌いと、クリスのファザコンをどうにかしないとな……」
父親としての悩みは尽きぬ。
しかしそれは、幸せな悩みだ。
人生は過ぎていく。
かつて彼が渇望していた、ありきたりの平凡の中で。
【榊】――俗界と神界を区切る「境界線」の意。
榊京四郎の物語。それは、魔王と友の物語。
ようやく完結させることができました。
この話を読んで、どう感じましたでしょうか。シナリオの伏線回収、カオスな世界設定、そして主人公である京四郎とシュザンナへ少しでも感情移入していただけたのなら、作者冥利に尽きます。
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