先客
「それじゃあ、セツさん! またどこかで!」
ミリーナが元気よく手を振った。
「ああ。三人とも、世話になった」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
ラトが頭を下げ、その隣でフィンも会釈する。
俺は軽く手を上げ、三人に背を向けた。
少し歩いてから振り返ると、ミリーナがラトの持つ小箱を指さして、何やら興奮した様子で話していた。フィンは周囲を気にしながら、二人に何か注意している。
元気だなあ。
ラトたちに案内され、こうして無事に街へ入ることができた。
門を通るときは、身分を証明するものでも求められるかと思った。ところが、ラトに声を掛けた門番は、俺の外套と金糸の刺繍を見ると姿勢を正し、名前と用件を聞いただけで丁寧に通してくれた。
この格好だと、ああいうところは話が早いんだな。
道案内のお礼として渡したのは、一応プレゼント的に小さな箱に入れた金貨一枚。
ゲーム内の感覚なら、十万円くらい。三人で分ければ、一人三万円ちょっとだ。
手持ちの金貨は百枚くらい。移動城塞には、仲間たちがそれぞれ稼いだ分を合わせて何万枚もある。
街までの小一時間、三人は地理やギルドのことを教えてくれた。森のそばではラトが周囲に目を配り、ミリーナも弓に手を添えていた。
世話になったら、少し多めにお礼をする。俺のマイルールだ。
好感度も上がるかもしれないしな。ただ、渡しすぎても怖がられる。このくらいがちょうどいい。
またどこかで会えるといいな。
俺は街の奥へ目を向けた。
◆◆◆
ベルナ城壁都市。
ここは、伯爵が治める地方都市だ。ラトの話では、討伐隊が定期的に周辺の魔物を間引いているため、街の近くは比較的魔物が少ないらしい。駆け出しの冒険者でも、その辺りで薬草採取などの仕事を受けられるという。
門から続く大通りの先には中央広場があり、冒険者ギルドはその南側。宿や店も、大通りに沿って探せば見つかると教えてもらった。
石畳の大通りを荷馬車が行き交い、道の両脇には商店が軒を連ねている。焼きたてのパンの匂いに、客を呼び込む商人の声。色鮮やかな布を並べた店の前では、女性たちが楽しそうに品定めをしていた。
「へぇ」
思わず声が漏れた。
なかなか賑やかな街じゃないか。
見慣れない建物。知らない店。何を売っているのか分からない露店まで、目に入るものすべてが新鮮だった。
何だか懐かしいな。
ふと、ゲームを始めたばかりの頃を思い出した。
あの頃は頼れる仲間もいなければ、拠点もなかった。地図を片手に知らない土地を歩き回り、見つけた村に立ち寄っては、店の商品を眺めるだけで楽しんでいた。
それがいつの間にか、城を持ち、頼れる仲間に囲まれるようになった。必要なものがあれば誰かが用意してくれるし、調べたいことがあれば報告が上がってくる。
皆には早く会いたい。けど、こうして一人で知らない街を歩くのも、久しぶりだな。
もしかして、今回のアップデートって、こういうのが狙いだったりするのか?
長年遊んできたプレイヤーに、もう一度、最初から冒険する感覚を味わわせる。
そう考えると、突然見知らぬ草原に放り出されたことにも、少しは納得がいく。
まあ、ちょっと楽しいのは確かだな。
城のことも気になるし、帰る方法は探さないといけない。せっかくだから、そのついでに少し見て回ろう。
思わず笑みを浮かべたところで、通りの向こうにいた女性と目が合った。
女性は慌てたように顔を逸らす。少し先でも、店員らしき二人組がこちらを見て何かを囁いていた。すれ違った男まで、わざわざ振り返っている。
あれ? 俺、何かしたか?
自分の服装へ目を落とす。
黒を基調とした衣服に、金糸で施された細かな刺繍。肩から流れる豪華な外套。
「あっ、やべ」
着替えようと思ってたのに、街に気を取られて忘れてた。
そりゃ目立つわ!
俺は何食わぬ顔で、人通りの少ない路地へ足を向けた。
◆◆◆
建物の間にある細い路地へ入る。
左右には石壁が続き、壁際には木箱や樽が積まれていた。頭上には洗濯物が干され、開いた窓から食器を重ねる音が聞こえてくる。
この辺でいいか。いや、着替えてるところを見られたら気まずいな。
「《黒影》」
小さく呟くと、足元の影が揺れた。
路地の入口、奥の曲がり角、建物の窓。屋根の上も含めて、《黒影》に人が見ていないか確認させる。
問題がないことを確かめ、監視を続けさせたままメニューを開いた。
装備一覧から、灰色のローブを選択する。
街へ買い物に出かけるときによく使っていたサブ装備だ。正装より防御力は落ちるが、付与されている技能は変わらない。
街を歩くくらいなら、これで十分だ。
装備変更を確定すると、一瞬で服装が切り替わった。豪華な正装は消え、飾り気のない灰色のローブが身体を覆っている。
袖を動かし、裾を軽く払った。
うん。やっぱりこっちの方が落ち着くな。
《黒影》を戻し、路地を出ようとして、ふと思い出す。
あ、そうだ。口調も変えないとな。
さっきまでの俺は、城にいるときの癖で随分と偉そうな話し方をしていた。
この格好で「うむ、構わない」とか言ってたら、ただの偉そうな人だよな。
変に偉そうにして、NPCの好感度を下げたくもない。このゲーム、そういうところは妙に細かいからなあ。
「よし。普通にいこう」
俺だって社会人だ。敬語くらい使える。
大通りへ戻ると、すれ違う人々は誰もこちらを気にしなかった。
よし。これなら大丈夫そうだ。
さて、次は宿だ。
ゲームでは宿屋を利用するとリスポーン地点が更新されるが、一度死ねば終わりのハードコアでは俺には関係がない。
それでも、安全に休める場所があるのは大きいし、滞在先を決めておけば手紙の宛先にもなる。
ガルドたちの居場所はまだ分からない。自由に会話できるギルドチャットもない以上、今後、手紙や伝令で連絡を取ることになるかもしれない。
「先に泊まるところを決めとくか」
俺は宿屋の看板を探しながら歩き始めた。
◆◆◆
宿屋は、それほど遠くない場所で見つかった。
一階が石造りの二階建ての建物で、入口にはベッドの絵が描かれた木製の看板が吊るされている。
扉を開けると、小さな鈴が鳴った。
正面には木製のカウンター。左手には食堂が広がり、数人の客が早めの夕食を取っていた。奥からは煮込み料理の匂いが漂ってくる。
悪くないな。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
カウンターの奥から、年配の女性が顔を出した。
「はい。一泊お願いしたいんですが」
「食事はどうする?」
「とりあえず、部屋だけでお願いします」
「それなら十銅貨だよ」
「分かりました」
今まで泊まった街なら、この程度の宿でも一泊五百銅貨くらいはしたはずだ。
俺の換算では銅貨一枚がおよそ十円。つまり五千円くらい。
随分安いな。まあ、地域によって物価も違うか。
銅貨を十枚取り出し、カウンターに置いた。
「これでお願いします」
「ん?」
女性の手が止まった。硬貨を一枚つまみ上げ、表と裏を確認する。
「お客さん、何だいこれ?」
「銅貨ですけど」
「銅貨? いやいや、こんな大きな銅貨、見たことないよ」
女性は引き出しから一枚の硬貨を取り出し、俺の銅貨の隣に並べた。
大きさも厚みも違う。刻印も見覚えのないものだった。
「これ、本当にお金なのかい? 偽物じゃないだろうね?」
「いえ、偽物ではありませんよ」
「そう言われてもねえ。こんな硬貨は受け取れないよ」
あらら。通貨まで変わってるのか?
「それなら、こちらはどうでしょう?」
銅貨をしまい、銀貨と金貨を一枚ずつ取り出した。
「ほかにも種類があるんですが」
「今度は何だい?」
女性はまず銀貨を手に取った。
「これも知らないねえ。銀貨みたいだけど、うちで使っているものとは違うよ」
「こちらも駄目ですか」
「本当に銀でできているのかも分からないしね」
銀貨を戻した女性は、隣の金貨へ目を向けた。その表情が変わる。
「ちょっと、お客さん。何だい、この金色の硬貨は」
「金貨ですね」
「金貨? これが? 本物なのかい?」
「ええ、そのはずですが」
女性は金貨をじっと見つめた。
「ずいぶん大きいじゃないか。お客さん、そんなものを持って普通に街を歩いてきたのかい?」
「え? まあ、そうですけど」
「まったく! もし本物の金だったら、大変な値打ちだよ! そんなものを気軽に持ち歩くもんじゃない!」
「は、はい」
「しかも人前で出して! 悪い人に見られたらどうするんだい!」
あれ、なんか怒られてる?
「金貨なんて普通の買い物で使うもんじゃないよ。うちみたいな宿じゃ、もし本物でもお釣りなんて用意できないさ」
「そうなんですね」
ゲームでは金貨で宿代を払うこともあったんだけどな。
え、金貨ってそんな扱いなの?
「とにかく、これも受け取れないよ。見たこともない硬貨だし、本物かどうかも分からないからね」
「分かりました。では、両替できる場所はありますか?」
「商業区に何軒かあるよ。ただねえ」
女性は少し声を落とした。
「この街の換金所はレートが最悪でね。手数料だの何だの、ずいぶん持っていかれるんだよ」
「そんなにですか?」
「ああ。あたしなら、相場も知らないうちに高いものを持ち込むのは勧めないね」
うわ、それは嫌だな。
昔、相場を調べずにアイテムを売って、あとから安く買い叩かれたと気づいたことがある。あれは地味にへこんだ。
「ありがとうございます。少し考えてみます」
「そうしな。それと、その金貨はさっさとしまっておきなよ」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
硬貨をアイテムボックスへ戻した。
どうやら銅貨も銀貨も金貨も、ここではそのまま使えないらしい。新エリア独自の通貨なのだろうか。
何の説明もなく草原へ放り出されたことを考えると、現地のお金は自分で用意しろという仕様なのかもしれない。
それにしても不親切だなあ、今回のアップデート。
そこでふと、先ほど別れた三人の顔が浮かんだ。
「あっ」
ラトたちに渡した箱。あれも金貨一枚だ。
案内と護衛のお礼のつもりだったけど、女将さんの反応を見る限り、こっちでは大金らしい。
うわ、渡しすぎたか?
まあ、取り返すつもりはない。三人には本当に助けてもらったし。けど、先に宿代くらい聞いとけばよかったな。
「お客さん、どうするんだい?」
「すみません。使えるお金がないので、一度出直します」
「そうかい。まあ、仕方ないねえ。ちゃんとしたお金が用意できたら、またおいで」
「はい。いろいろ教えていただいて、ありがとうございました」
軽く頭を下げ、宿を後にした。
◆◆◆
外へ出ると、太陽はだいぶ傾いていた。
建物の影が石畳に長く伸び、店先には明かりを灯し始めたところもある。どこからか肉を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。
さて、どうするか。
金ならある。大量にある。
なのに宿代が払えない。
「なんだこれ」
俺は小さく息を吐いた。
野営用の道具は揃っている。けれど、この辺りにどんな魔物が出るのかまでは分からない。少ないと聞いていても、街の外で寝るなら、そのくらいは調べておきたかった。
せっかく街まで来たのに、いきなり野宿はなあ。
やっぱり、現地のお金を稼ぐのが先か。
そこで、ラトたちとの会話を思い出した。
冒険者ギルド。
確か、薬草採取の依頼を受けていると言っていた。駆け出しでも仕事があるなら、俺にも何かできることがあるはずだ。
依頼を探すついでに、周辺の情報も集められるだろう。
「よし、行ってみるか」
俺はラトに教えてもらった道順を思い返した。
中央広場の南側。確か、そう言っていたはずだ。
◆◆◆
中央広場は、多くの人で賑わっていた。
中央には大きな噴水があり、その周囲に露店が並んでいる。石段に腰掛けて休む人や、荷物を抱えた商人たち。噴水の近くでは子供たちが追いかけっこをしていた。
「こら! 走るんじゃないよ!」
近くの女性が声を上げる。
その横を、革鎧を身につけた大柄な男が歩いていった。大きな袋を背負い、腰には剣を下げている。
よく見ると、似たような格好の人間が結構いた。剣や槍を持った者、杖を手にしたローブ姿の女性。装備も年齢もさまざまだ。
うん。俺も浮いてないな。
広場の南側へ進むと、すぐに目的の建物が見つかった。
三階建ての大きな石造りの建物。正面には幅の広い階段があり、その先には重厚な木製の扉が設けられている。
入口の上には、交差した剣と盾の看板。建物の前には、武器を携えた人々が何人も集まっていた。
冒険者ギルド。
「あ、そうだそうだ」
階段へ向かいかけた足を止め、ギルドの建物の横へ寄った。《鑑定妨害》の設定を開き、ラトと握手をしたときの鑑定結果を呼び出す。レベルは11。
一応、用心しとこう。初心者なのに強すぎるのも、なんかの火種になりそうだしな。
表示するレベルを11に下げ、能力値もラトを目安に調整する。名前は「セツ」のままでいい。
設定を確かめて画面を閉じ、入口へ戻った。
俺は階段を上がり、扉を押し開けた。
途端に、賑やかな話し声が耳に飛び込んできた。
右側には食堂のような場所があり、冒険者たちがテーブルを囲んでいる。左側の壁には大量の依頼票が貼り出され、何人かがその内容を確認していた。奥には長い受付カウンターがある。
受付に近い卓で、若い男が顔を上げた。
椅子の背へ片腕を掛けたまま、こちらを見ている。後ろから冒険者が入ってくると、男の視線はそちらへ移った。
入口を見ていただけかと思い、俺も受付へ目を向ける。だが、何となく気になって見直すと、また男と目が合った。
ん? さっきから、俺のこと見てる?
ひとまず軽く会釈すると、男は顎を上げた。
知り合いじゃないよな。
少し引っかかったが、声を掛けてくるわけでもない。俺は男から目を離し、左手の依頼掲示板へ視線を移した。
壁いっぱいに並んだ依頼票が目に入る。
「おお」
つい口元が緩んだ。
冒険者ギルドには、ゲームでも各地で世話になった。ただ、最近は依頼の受注や報告を部下に任せていた。
自分で依頼票を眺め、受ける仕事を探すなんて、一体いつ以来だろう。
壁際では、若い冒険者たちが依頼票を指さして相談している。その姿が、昔の自分と少し重なった。
いいなあ、こういうの。
今日は何を受けようか。報酬が貯まったら、何を買おうか。
始めたばかりの頃は、そんなことを考えるだけで楽しかった。
さて、まずは受付だな。
俺は空いている窓口へ向かった。
受付にいた女性が顔を上げる。茶色い髪を後ろでまとめた、若い女性だった。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」
「素材の買い取りと、冒険者の登録について伺いたいんですが」
「はい。買い取りは、あちらの窓口です。ご登録は初めてでしょうか」
「こちらでは初めてです」
最高位は白銀級だと、ラトに聞いていた。持っている古いカードとは区分が違う。通用するか分からないものを出すより、こちらの手続きで登録し直した方がよさそうだ。
受付の女性は頷き、書類を一枚取り出した。依頼を受ける際の手順と、登録に必要な費用を説明してくれる。
素材を売るだけなら、まだ登録を済ませていなくてもいいらしい。買い取り額から登録料を用意できると分かり、少し安心した。
「では、先に買い取りをお願いしてきます」
「かしこまりました」
買い取り窓口へ移り、インベントリに保管していた乾燥薬草を少量取り出す。街道でも見かけた、珍しくないものだ。担当の職員は包みを開き、葉の状態と重さを確かめた。
「こちらの額になります」
示された額は、登録料と宿代を払っても、食事を取れるくらいには残るものだった。
「それでお願いします」
代金を受け取り、銅貨を一枚つまむ。宿の女将が見せてくれたものと同じ刻印があった。
「よかった。これで泊まれる」
登録の窓口へ戻り、費用を払って名前を記入する。受付の女性が書類を確かめ、名前の入ったカードを台へ置いた。
「最後に、こちらの枠へ指紋を押し付けてください。手袋を外していただけますか」
杖を台へ立て掛け、片方の手袋を外す。示された枠へ、指の腹を押し当てた。
手袋を着け直そうとすると、横から声がした。
「それ、初心者の指輪だよな」
「えっ?」
指を拭っていた手が止まった。
顔を上げると、さっき卓にいた男が、すぐ隣に立っていた。
俺と同じくらいの年頃に見える。明るい茶色の髪を短く切り、前髪は額を出すように立ち上げていた。やや太い眉に、少しつり上がった茶色の目。鼻筋の通った、整った顔立ちだ。
濃紺の上着に、焦げ茶色の革鎧を重ねている。両肩の小さな金属の肩当てには細かな擦り傷があり、腰の太いベルトには革袋がいくつか下がっていた。黒いズボンの裾は、革のブーツへ入れている。
男はこちらの指から顔へ視線を移し、片方の口角を上げて笑った。
「いや、それ、初心者の指輪だろ。初期装備の。懐かしー。」
初心者の指輪は、一般技能を初級Ⅱ以上まで自力で取得すると、二度と使えなくなる。普通に技能を伸ばしていれば、長く着け続ける装備ではない。
「俺、ユートな。プレイヤー同士、仲良くしてくれよ」
――プレイヤー? この人も?
慌てて《簡易鑑定》で確かめる。表示された名前はユート。その横には、プレイヤーであることを示す識別が付いていた。
プレイヤーが最初から持つ共通技能の《簡易鑑定》では、相手の名前とプレイヤー識別を確認できる。名前を偽装しても、識別までは消せない。
さっきから入口を見てたのは、これか。
「あ、え、はい。セツです」
「なんだ? コミュ障か?」
ユートは笑いながら言った。
いきなり核心を突いてくるな、この人。
「いえ、急に声を掛けられて、びっくりしただけです」
初対面で言うか、それ。
ハードコアでは、他のプレイヤーに会うこと自体が少なかった。たまに会っても、初対面から気軽につるもうとする者はいない。少なくとも、俺が会ってきた相手はそうだった。
お互いにライフは一つしかない。知らない相手と組んで、その判断や失敗に命を預けることには慎重になる。俺自身も、わざわざ人付き合いを広げる方ではなかった。
ハードコアなのに、なんでこんなに気軽なんだ?
俺は改めてユートの顔を見た。
アップデートで、ほかのプレイヤーも近い地域に飛ばされてきたとか? ここへ来るまでに何人かと話してるなら、声を掛けるのにも慣れるか。
それとも、単に浮かれてる?
まあ、初めてのアップデートだもんな。情報交換くらい、したくなるか。
それに、妙に馴れ馴れしいのは、俺を初心者だと思ってるからかもしれない。
まあ、その方が都合はいいけど。
「お客様、こちらがカードになります」
「あ、ありがとうございます」
受付へ向き直り、差し出されたカードを受け取った。片隅には見慣れない認証の印がある。名の綴りを確かめてからしまい、手袋を着け直す。
「新規登録だろ? こっち来たばっか?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、分かんねえことばっかだろ。泊まるとこは決めた?」
「一軒、見つけたんですが。手持ちのお金が使えなかったので、先にこちらへ」
「あー、持ってた金か。そのままじゃ使えねえんだよな。換金所も手数料ふっかけてくるし。先に薬草売ったのは正解じゃね?」
ユートは買い取り窓口へ顎を向けた。さっきのやり取りも見ていたらしい。
それにしても、ずいぶん知ってる感じだな。
俺は街まで歩いて、宿を探して、ここへ来るだけで三時間くらい使っている。最初からこの街に飛ばされていたなら、その分、いろいろ見て回れたのかもしれない。
ああ、それならこの人に聞いた方が早いか。
「この辺りのことも、教えていただけると助かります」
「いいよ。セツくん、仲間は? ソロでやってんの?」
「今はいないですね」
「あーー。まあ、どんまい」
気の抜けた声でそう言って、ユートは軽く肩をすくめた。
「俺もこっち来た初日に解散よ。ま、俺の場合は雇ってただけなんだけどよ。雇用関係ってやつ」
あれ。俺も解散したことになってる?
いなくなったのは俺の方なんだけど。
「あ、いえ。俺の方は、そういうわけでは――」
「まあ、色々あるよな。とりあえず座ろうぜ」
ユートは近くの卓へ寄り、椅子を引いた。俺も窓口の前を空け、後に続く。
「今、女神の加護もねえだろ。仲間も、自分の分がなくなったのは分かるからさ。ビビってついてこなくなる奴もいるんだよ」
「女神の加護、ですか?」
「そう。なくなってんだろ?」
加護が切れた? ん?
ハードコアには、最初から女神の加護がない。俺も、復活を当てにできたことは一度もなかった。
なくなったって、何の話だろう。
俺は椅子へ腰を下ろし、杖を膝の横へ寄せた。ユートも隣の椅子へ座る。
「そういうのもあるし、この世界じゃプレイヤー同士で組んだ方がいいって。話も通じるしな」
「そうですね。まずは、分からないことを教えていただけると」
ユートは頷き、卓へ肘をついた。
「ユートさんは、この辺りに詳しいんですか?」
「まあな。セツくんより、こっち長いし。ゲーム歴三年だかんね。分かんねえことは俺に聞けばいいよ」
壁に並んだ依頼票へ指を向ける。
「レベルも三十八あるから、この辺の仕事なら、まあ困らねえよ」
「そうなんですね」
「でも、一人で全部やるのもクソ面倒なんだよな。だから、組める奴を探してたわけ」
言いながら、俺の手元へ目を落とす。
「セツくんも、その指輪着けてるくらいなら、しばらく俺に合わせて動いた方がいいって。危ない仕事かどうかも、まだ分かんねえだろ」
ユートの指が、壁に並んだ依頼票を順に示した。
「受けるやつは俺が選ぶから。最初は荷物とか、そういうのでいいし」
え、もう俺の仕事が決まりかけてる?
情報交換くらいのつもりだったんだけど。
「誘っていただけるのはありがたいんですが、先に調べたいことがあるんです」
「何を?」
「この辺りの地理とか、離れた仲間に連絡する方法とかですね」
「だから、そういうのも俺に聞けばいいじゃん」
ユートの指が卓を二度叩いた。
「一人で動いて何かあっても、知らねえぞ。ここ、死んだら終わりだからな」
「はい。それは分かっています」
死んだら終わりなのは、前からだ。
さっきの加護の話といい、どうも前提が合っていない気がする。俺が知らない説明でもあったのだろうか。
「ユートさん、さっき言っていた、加護がなくなったっていうのは何の話ですか?」
「だから、復活できなくなったってことだよ」
――できなくなった?
いや、元からできないだろ。
「今回のアップデートで、何か変わったんですか? 告知には、次回の予告しかなかったんですが」
「アップデート?」
ユートは一度聞き返して、俺の顔を見た。
「あ、もしかして。掲示板とか、ログアウトのボタンとか、まだ見てねえ感じ?」
「掲示板、ですか?」
掲示板? そんな機能、なかったよな。
「あー、そっちも知らねえか。新しく増えてんだよ。ログアウトの方は?」
草原で開いたのは地図と通知だけだ。その後は街へ行って、泊まる場所を探していた。
「そちらも、まだ見てません。地図と通知を見たくらいで。先に宿を決めようと思って」
「あー、ほんとさっき来たんじゃん」
ユートは椅子へ預けていた身体を起こし、卓に肘をついた。
何だ。そんなに先に見といた方がいいものだったのか?
こちらへ少し顔を寄せ、声を落とす。
「びっくりするかもしれねえけどよ。ここは現実だ。正真正銘の異世界なんだよ」




