辺境伯様がやってきた
冒険者たちが去ってひと月ほど経ったころ、メラニー院長当てに手紙が届いた。
ルシュール辺境伯からだった。
引き取りたい子どもがいる。そのことで院長と内密で話をしたい。
といった内容だった。
メラニーは了承の返事をすぐに送った。
*
辺境伯ギデオン・ルシュールは、約束の時間より少し早く孤児院に到着した。
紋章の入った大きな馬車が1台。4人の護衛はそれぞれの馬に乗っていた。
馬車から降りたったのは30代前半の男だった。長身で、体には筋肉の厚みがついている。赤い髪に琥珀色の瞳、つくりの大きな顔立ちは一見怖そうだ。
礼装のみを身に着け、鎧や剣は装備していない。
メラニーは玄関の前で辺境伯を出迎えた。
「出迎え、感謝します。貴女が院長のメラニー様ですか?」
「はい。私が院長のメラニーです」
「私はギデオン・ルシュール。早速ですが、内密で話ができる場所へ案内してもらえますか」
メラニーは了承の言葉を返し、院長室へ案内する。
護衛の騎士たちは玄関前で待つようだ。帯剣した屈強な男たちがぞろぞろ入ってくれば、威圧感を与えるだろう。辺境伯はそう配慮してくれた。
子どもたちが立ち聞きしないよう、他の先生たちに子どもたちを見てもらっている。読書や工作など、子どもたちが好む時間のつぶし方をお願いして。
院長室のソファに腰かけると、辺境伯が口を開いた。
「実はさる貴族のご令嬢が、夢でお告げを受けたそうです。将来偉大な聖女になる孤児の少女がいる。髪は薄桃色、瞳は緑色。年は7、8歳くらい。彼女が立派な聖女になるように育ててほしいと頼まれたのですよ」
メラニーはアリアのことだと察した。アリアには不思議な力があると感じていただけに、「やはり」という気持ちが強い。
「確かに、あの子の魂には『光の種』が宿っているのでは、と感じたことが何度もあります。ですが、その種が芽吹く時はまだ訪れないようです。実はそのことにほっとしている部分もあるのです。平民の立場では、教会に求められた時、抗えませんから」
メラニーの微笑には寂しさがにじんでいる。
アリアの才能を伸ばしてあげたい。そういう思いはある。しかし光属性の魔法に関しては、目覚めないほうが彼女にとって幸せなのでは、と思ってしまう。
そのためにアリアの可能性を狭めてしまっている、と罪悪感を覚えている。
「ご安心ください。私が責任をもって彼女の後見をいたします。もちろん聖女の力に目覚めても目覚めなくてもです」
辺境伯はからりと笑った。メラニーは謝意を示すため頭を下げた。
***
今日は大事なお客様が来るらしくて、先生たちはそわそわしている。
その「そわそわ」が私たちにもうつったみたいで、落ち着かない。絵本を読んでいてもすぐ顔をあげてきょろきょろしたり、隣の子とおしゃべりをしたり。
「アリア」
メラニー先生が扉の所に立っていた。
私は「はい」と言って先生のそばまで行く。
「ちょっと薬草園まで来てもらえるかしら」
「はい。メラニー先生」
私はいつものように返事をして、先生と並んで歩く。
裏口から庭に出ると、すごく背の高い大きな人が立っていた。
――山みたい。
そんなことを思いつつ、見上げていた。
「アリア。こちらの方は、辺境伯のルシュール閣下よ。ご挨拶はできる?」
辺境伯と聞いて、背筋がしゃきっとする。
地理の勉強で習ったの。この王国の東側で、クグリス帝国が攻めてこないように守ってくれている人だって。
「えっと……辺境伯閣下にお目にかかれて光栄に存じます。アリアと言います。年は7歳です」
スカートの両脇をちょっとつまむと右足を後ろに引いて、ひざを落とす。
尊い身分の方には、こういう礼をするって教えてもらったの。
「おお、これは……。小さくても立派な淑女だな」
辺境伯様が微笑むと、すごく優しい顔になる。なんだか「お父さん」って感じ。
「アリア。薬草園の案内をお願いできる?」
「はい、先生。では、こちらへどうぞ」
私が一番前に出て、その後を辺境伯様、最後にメラニー先生がついてくる。
歩きながら考える。
薬草園の案内。辺境伯様。
もしかして、薬草の買い付けに来られたのかしら。だから普段水やりをしている私が案内をすることになったのかも。
先生たちがそわそわしていたのは、辺境伯というすごく偉い人が来るからだったのかしら。
薬草園の前で足を止める。私の腰くらいの高さの柵が、ぐるりと畑を囲っている。
「ここが薬草園です。どうぞ」
入り口の木戸を開く。
薬草の名前とどんな薬に使うかを説明しながら歩いていく。
「ほう。これは見事だ。すごく状態がいい。それに君は薬草に随分詳しいんだね」
辺境伯様は目を細めて薬草を見下ろしている。
「ありがとうございます。先生たちにいろいろ教えてもらいました。ここのお水やりは、コゼットという4歳の女の子と一緒にやっています。薬草たちにあいさつしながらお水をあげるんです。おはよう、とか、元気に育ってね、とか」
「ここの薬草が元気なのは、そのおかげだろうな。きっと君たちの心が通じているのだろう」
辺境伯様は、そう言って笑いかけてくれる。ほっとするような、とても素敵な笑顔だわ。
「時にアリア君。私は君を娘にほしいと思っているのだが、どうだろうか?」
娘? 使用人じゃなくて?
私がぽかんとした顔で辺境伯様を見上げていると、言葉が追加された。
「私と妻の間には、息子が一人いる。君より数か月分だけお兄ちゃんになるな。事情があって子を授かれなくなった私たち夫婦は、もう一人、今度は女の子が欲しいと願っている。友人に相談したら、孤児院の調査リストから何人か薦めてくれた。息子よりは年下で、元気で、心の優しい女の子を。私は君を家族として迎え入れたいのだよ」
辺境伯様はそう言って、にこりとする。
私が辺境伯様のところへ……。
その言葉を聞いたとき、私の胸がどきどきと音を立てた。
まだ行ったことのない場所。会ったことがない人たち。
行ってみたい。会ってみたい。
「はい。とてもうれしいです。よろしくお願いします!」
「うん。いい返事を聞けて、私もうれしいよ。こちらこそ、よろしく頼む」
笑顔でうなずく辺境伯様の後ろでは、メラニー先生が微笑んでうなずいてくれたわ。
*
辺境伯様は2日後の朝迎えに来ることになったの。
「遠くてなかなか里帰りはできないだろうから、しっかりお別れをしておいで」
と、私と目の高さを合わせて言ってくれたの。がっしりした大きな手のひらで私の頭を撫でながら。
辺境伯様はたくさんのお土産を持ってきてくれた。
先生たちと子どもたち全員分の新しいお洋服。
ここに来る途中で狩ったという魔獣のお肉と毛皮。
魔道具に使える魔石。
物語や詩集などの本。
皆がわっと喜びの声を上げた。
「やったー! 肉、肉! 俺の願いが届いたんだ」
リアンお兄ちゃんは躍り上がっているわ。
おかげで私のお別れ会は、とても豪華なお食事が出て、皆でにぎやかに過ごすことができたの。
出発の日。
私は先生たちとお姉ちゃん妹たちとハグをする。
次はいつ出会えるかわからないもの。
――今までありがとう。元気で。大好きよ。
そんな気持ちで。
お別れの挨拶がすんだら、辺境伯様を振り返る。
「一生懸命がんばります。よろしくお願いします!」
お膝にくっつくくらいの勢いで頭を下げる。だって、ここの孤児院の子はがんばり屋だな、って思ってもらいたいもの。
辺境伯様が私のそばまで来て、しゃがむ。
「顔をお上げ。君はまだ子どもだ、むしろお父さんを頼りにしてくれたほうがうれしいよ」
私はそっと顔を上げる。
ニコニコとした顔はとても優しそうで、体は山みたいに大きくてとても強そうだわ。
「お、お父さん……?」
「そうそう。私がお父さんだよ」
お父さんが差し出した手を握る。
「では、行こうか」
「はい、お父さん」
今度は先生たちのほうを振り返り、丁寧に頭を下げる。
「メラニー先生。赤ちゃんだった私を拾って育ててくれて、ありがとう。あとね、アリアって名前もすごく気に入っているの」
メラニー先生は、にっこりと微笑んでくれた。
「アリア。あなたの幸せを祈っていますよ。身体には気を付けてね」
「はい! 先生もね」
先生たちに手を振り、馬車に乗ろうとしたときに声がかけられた。
「ア、アリア! 俺、強くなるから! 強くなって辺境伯領に行くから! 待ってろよ!」
声の主はテッツだった。
強くなってルシュール領の騎士になりたいのかしら。だったら私じゃなくてお父さんにお願いすることだと思うんだけど……? なんで私が待たないといけないのかしら。
そう思ったから素直に疑問をぶつけてみたの。
「お仕事のことなら、領主様にお願いしたほうがよくない?」
そうしたらお姉ちゃんお兄ちゃんたちは吹き出すし、先生たちは体を震わせるし。手をつないでいるお父さんも、ちょっと体を揺らしたような気がするわ。
テッツは涙目になって孤児院の中に入ってっちゃったわ。
「……なんで?」
私は首をかしげるのだった。
孤児院編は終了です。
次から辺境伯領編になります。
……またちょっと日数がかかります。




