第29話 二人の限界と意外な可能性
1.魔法のイメージ
側引き戸のある「原初の宇宙人」が住む集落から、浩平、拓郎、千秋、澪の四人が無事に帰還した――その翌朝のことである。
異世界キャンプ施設の会議室には、全員の姿が揃っていた。
浩平社長を中心に、まずは拓郎と千秋のふたりに覚醒した特殊能力についての検証と説明が行われることになった。
「――それで、拓郎と千秋の能力について俺の考えを説明する」
浩平は拓郎が空間から生み出した一本の『ペン』をテーブルの中央に置き、静かに切り出した。
「拓郎。お前のは一瞬、何でも作れる錬金術かと思ったが……どうやら愛衣や歩美と同じで、『ペン』しか出せない系統の魔法みたいだな」
「えぇっ! そうなんですよね……!?」
拓郎が頭を抱えると、すかさず愛衣が突っ込みを入れた。
「えっ、ペン限定なんですか、社長!?」
拓郎はガクッと肩を落とし、完全に意気消沈してしまう。
「まあ、そう落ち込むな。よく観察してみろ。。中身のインクはまだ無いが、出せるペンの『形状』自体は微妙に変えられるみたいだ。先端を金属のように鋭利に尖らせたり、長さを調整したり……。これ、将来的に練習していけば、スリングショット(パチンコ)の強力な『鉄矢』として代用できるんじゃないか?」
「スリングボーの矢……! 確かに、それなら弾切れなしで撃ち放題ってことですか!?」
これまで澪が使っていたスリングショットの弾は、最大でも20発という制限があった。
浩平の鋭い分析と打開策に、拓郎の目が一気に輝きを取り戻す。
ところで歩美は水をどうやって凍らせたんだ?
イメージするなら『三角形』ですね。水分子のH2Oって、Hが2つとOが一つの三角形をしてるんです」
「水(液体)のときは、その三角形たちがバラバラに動き回って、互いにぎゅうぎゅうに押し合いへし合いしている状態。でも温度が下がって凍るときは、三角形が6個、綺麗にぐるりと環になって手をつなぐんです。学生の頃に習った「六方晶系」カチッと綺麗な6角形の網目状に固定される。それが『氷』雪の結晶です!」それをイメージしてる感じです。
なるほど!拓郎、参考にしておけよ。
続いて、浩平は千秋へと視線を向けた。
「そして千秋。お前の『触れた物質と同化する魔法』だが……いくつか明確な制限があることが分かった」
「制、制限ですよね……」
千秋がゴクリと生唾を呑み込む。
「ああ。同化できる時間はおよそ1分間。1分を過ぎると徐々に効果が切れて元の姿に戻ってしまう。それに、一度使うと魔力を回復させるために最低でも3時間のクールタイム(休憩)が必要だ」
「たった1分……! しかも3時間も休まないと再発動できないなんて……」
自分の能力の使い勝手の悪さに、千秋はヘナヘナと椅子に座り込んだ。
すると、横から澪がひょっこりと割り込んで優しく微笑んだ。
「うふふ、私と同じで派手な攻撃魔法じゃなくて良かったじゃない! 1分間も気配を消して身を隠せるなんて、十分すごいわよ」
「澪さん……ありがとうございます。でも、1分過ぎたら自動的にバレちゃうんですよね……」
千秋が情けなさそうに眉を下げると、拓郎も「お互い、道のりは遠そうだな……」と苦笑いした。
「甘く見るなよ、二人とも」
浩平社長が二人を力強い目で見つめる。
「1分あれば、敵の目を逸らしてギミックを解除したり、危機を回避するには十分すぎる時間だ。拓郎も千秋も、スリングボーを武器として扱えるようになれば戦術の幅は一気に広がる。拓郎の無制限の矢と、千秋の1分間の絶対隠密――要は使い所とチームワーク次第だ。しっかり訓練して、俺たちの武器にしていこう」
「「はいっ! 社長!!」」
浩平の頼もしい言葉に、二人は力強く返事をした。
会議が終わったあと、愛衣と歩美も「長く使い続けていれば、私たちみたいに凄い能力に成長するかもしれないしね!」と顔を見合わせ、楽しそうに語り合っていた。
だが、愛衣と歩美に、これから驚愕な話が明かされる。
2.壁画の予言と、滝の裏の洞窟
アラボルンの東の端にある、ベルソーの実家近くの洞窟。その最深部にあった転移台座から戻った後のことだ。
浩平は、魔法能力が開放されたばかりの千秋と拓郎を連れ、スリングショットを五本携えていた。原初の宇宙人たちとの約束を果たすため、転移台座から開けっ放しにしてあった「側引き戸」を潜り抜け、見晴らし台へと降り立つ。
「浩平くーん!」
後ろから元気な声が響いた。振り返ると、澪が息を切らせて追ってきていた。
「澪!? キャンプ施設は大丈夫なのか?」
「愛衣ちゃんと歩美ちゃんが『ヒーラーが行かないでどうするの!』って背中を押してくれたので、来ちゃいました!」
そう言って澪はえっへんと胸を張る。なるほど、あの二人に施設を任せておけば安心だと、浩平も頼もしく頷いた。
まずは宇宙人たちにスリングショットを渡し、使い方のレクチャーを開始する。
拓郎に頼んで「パチンコ玉(鉄球)」を作ってもらうのは現地に着いてからでもいいが、まずは澪が持っている実物の弾を見せて、拓郎に構造をイメージさせようと考えていた。
話をしながら歩みを進めると、やがて見慣れた「グレーモドキ」――原初の宇宙人たちが、嬉しそうに手を振って出迎えてくれた。
村長のもとへ向かい、約束のスリングショットを手渡す。使い方の実演とレクチャーを澪に託すと、浩平、千秋、拓郎の三人は、現地の宇宙人数人に案内されて村の周辺の探索へと向かった。
初めて連れていかれたその先には、思わず目を疑うほどの光景が広がっていた。
地平線の彼方まで続く雄大な山脈、青々と広がる大草原、そして遥か高みから下へと激しく流れ落ちる豪快な大滝――。
「……こんな場所があったのか……」
浩平はその息をのむ美しさに、心が洗われる思いで見入っていた。
その時、浩平の頭にふとある疑問が浮かんだ。
「なぁ千秋。お前の擬態魔法って、あの宇宙人に触れたらどうなるんだ?」
「えっ、宇宙人ですか? ……やってみますか?」
「よし。まずはその前に、お前を長老たちに紹介するからな。俺の合図で、あそこにある岩に触れて擬態を見せてやってくれ」
浩平の合図を受け、千秋が岩に手を触れる。
次の瞬間、千秋の体が岩肌のゴツゴツとした質感と色合いに同化し、影すら残さず背景の中に消え去った。
「「「ーーーっ!?」」」
案内係の宇宙人たちが目を丸くし、短い手をパタパタと振りながら驚愕の声を上げる。
「うわ、本当に消えた……!」と拓郎も驚く中、1分が経過して千秋の姿がふっと元に戻った。
「凄いだろ? こいつの力だ」
浩平が誇らしげに言うと、宇宙人たちは恐る恐る千秋に近づき、尊敬の眼差しでペコペコと頭を下げ始めた。どうやら彼らの文化において「気配や姿を自在に消せる存在」は、精霊か守護者のような特別な扱いを受けるらしい。
村長のもとへ戻ると、スリングショットの的に見事命中で大喜びしていた村長が、千秋の力を聞いてさらに目を輝かせた。
「社長……もしかして俺のこの地味な力、この村じゃ伝説扱いされてます……!?」
それを聞いた長老は浩平に、ついて来いと指を差した。
「何処かへ案内でもするんですかね?」
「みたいだな。……よし、探検してみる価値がありそうだ、行ってみるか!」
スリングショットを渡すだけの予定が、千秋の能力が引き金となり、新エリアへの大冒険が始まろうとしていた。
だがその傍らで、拓郎だけは何故か挙動不審に落ち着きなくウロウロとしている。
「社長……! ちょっとこれを見ていただけますか」
おそるおそる拓郎が差し出した手のひらの上。そこに転がっていたのは、ピカピカと綺麗な銀メッキが施された、使い尽くした1センチに満たない先が丸くなった『小さなエンピツ』だった。
「いやいやいや、拓郎! 俺が言ったのはスリングショット用の『丸い玉』だぞ!?」
「ですよね〜っ! 分かってはいるんです! 丸くなれって必死に念じたんですけど……!」
拓郎の努力も空しく、彼の魔法はどうしても『ペン』の形状から抜け出せないでいるようだった。
まぁ〜今回は仕方がない、スリングショットの玉の出る穴の大きさに合わせたペンを数本出して渡しておいてくれ!
村長は浩平の手を掴み、村の奥深くにある「古い壁画」の前へと辿り着いた。
そこには、かつてこの地を護っていた『姿を消す精霊』と、異世界から来た『円錐の台座に立つ姿(浩平たち)』が共に滝の裏の隠し洞窟を開くという太古の予言が描かれていたのだった。
千秋と拓郎が息を呑む。
まさにそこに描かれていたのは、転移台座から姿を現し、古代の鍵を手にした自分たち——浩平たちの姿そのものだった。
幾千年も昔から、この地に彼らが訪れることが予言されていたかのような、不気味なほどの符合に身が引き締まる。
壁画の指示に従うように大滝の裏側へ回ると、勢いよく流れ落ちる水分の重厚なカーテンの奥に、暗い洞窟の入り口が隠されていた。
「気をつけて進もう」
浩平の合図で、一行は洞窟内へと足を踏み入れる。
奥へ進むにつれて、湿った通路はしだいに天井が高くなり、広大な地下空間へと変わっていった。
先頭で松明を掲げていた老いた原初の宇宙人が、ふと足を止める。
松明の揺らめく炎が、暗がりの中にたたずむ「巨大な影」を浮かび上がらせた。
「これは……!」
そこに鎮座していたのは、見慣れた、しかし明確に異彩を放つ『足印台座』だった。
「社長、また台座です! こんな滝の裏の奥深くにまで……」
拓郎が声を弾ませ、千秋も息をのんでその全貌を見上げる。
「ああ。原初の宇宙人たちが護ってきたのは、この台座だったんだな」
浩平は静かに頷き、新たな転移点となるであろう足印台座へゆっくりと歩み寄っていった。
これは!
一瞬、まったく同じ台座に見えたのだが、何か幾何学的紋様が少し違う気がした。
浩平は台座に鍵を差し込んてみた。
明滅を開始する。
仕様は同じ様だった。
浩平は真正面で停止した足印に足を乗せ直ぐに戻るからとかき消えた。
その場の原初の宇宙人達が顔を見合わせ驚いていた。
上も下も、いや何もない漆黒の空間だった。足元だけが輝く世界。
浩平は台座から降りることすらできず!直ぐに台座の上で膝をつき、一度足を足印から話、直ぐに合わせ返す。
ほんの十数秒、足印台座から消えたと思ったが直ぐに姿を現したのだった。
3.矢の長さと光指す左の道
会議室のテーブルに広げられた手描きの地図を指差し、浩平は五人の顔を見渡した。
千秋と拓郎へ、二つ揃った琥珀色の鍵を見せる。
「これを先ず習得してくれ。出来るようになったら、渡す!」
愛衣と歩美、澪の三人は、胸の前でそっと両手を合わせ、ゆっくりとそれを開いた。現れた『祈の異空間』へ、失くさぬよう琥珀色の鍵を慎重に仕舞い込んでいた。
「俺達にも、そんな事が出来る……?」
驚きと感心の手応えのなか、拓郎は手元にペンを顕現させる魔法を発動した。慣れた手つきで手帳を開くと、これまでの経緯を丁寧に書き留めていく。
宇宙人の村から無事に戻ったものの、束の間の休息と施設の運営はすでに終わりを告げていた。
目的は一つ。この異世界の真実に迫り、全員で生きて元の世界帰るための「謎のルート」を全て切り開くことだ。
あの過酷な試練や特訓を経て、拓郎の魔法は大きな進化を遂げていた。
最初はただの棒だった「ペン」は、見事にインクの通る構造まで再現できるようになり、さらにはペンの形状をそのまま活かすため、拓郎と千秋、澪の三人の武器は通常の(スリングショット)手持ちパチンコから、矢を発射する「スリングボウ」へと変更されていた。
ペン型の鋭い鉄矢を番えれば、弾切れの心配のない強力な遠隔兵器として十分に機能する。
「どうだ? ペンの長さを少し伸ばして18センチに固定し、先端の金属ウェイト(重り)を意識して作ってみたんだ。これならスリングボウのガイドに綺麗に乗るし、投げ槍みたいにまっすぐ飛ぶはずだぜ」
拓郎が自信満々に差し出したそれは、かつてのただのペンから洗練され、立派な『小型ボルト(戦闘用短矢)』の姿をしていた。
実用レベルにまで達したその手並みに、仲間たちからも頼もしい視線が集まっていた。
「正面の墓がある王都アラボルンも気になるけどさ……あの足印台座がこれほど眩しく光ってるなら、選ぶべき道は一つ、左に行くしかないよね」
拓郎が腕を組みながらぐっと身を乗り出すと、愛衣と歩美も「そうだね」「行こうか」と静かに頷いた。
足元で光を放つ台座が、新たな冒険の扉を開け手招きしているかのように、一行の士気をさらに高めていくのだった。
「ただ、閉ざされたレンガ部屋の台座……未開のエリアです。何が潜んでいるか分かりません」
千秋が手帳を開き、懸念を口にする。澪は腰に装着したスタンガンの調子を確かめながら、硬い表情で浩平を見た。
「よし。準備が整い次第、左の転移点へ向かう」
浩平の決定に、異論はなかった。
「直進した先にあるのは、小笠原正重の墓……だが、台座の明滅が俺たちを誘っているのは『左』だ」
浩平は点滅する光を見つめながら言った。
だが、胸の奥には一筋の懸念がくすぶっている。万が一、向こう側に『戻るための台座』が無かったらどうするか、ということだ。
「とりあえず、まずは俺ひとりで先に行って状況を確認してくる。みんなはここで少し待っていてくれ。もし俺が戻れず時間がかかるようなら、向こうは相当危険だと判断して厳重に警戒してほしい。安全なら数分で一度戻ってくる!」
浩平が言葉を終えると同時に、台座の光が収束し、彼の姿はスッとその場から消え去った。
――この頃には異世界キャンプ施設の運営体制も整い、澪や愛衣、歩美のご両親たちが交代で管理を引き受けてくれるようになっていた。だからこそ浩平たちは、後ろ髪を引かれることなくこうして探索に専念できているのだ。
視界が切り替わり、光が収まると、浩平は思わず息を呑んだ。
(……どこかで見たような光景だな)
そこは、まるでイギリスのストーンヘンジを思わせる巨大な石壁が幾重にも立ち並び、中央にある小さな台座をひっそりと囲む神秘的な空間だった。
浩平は巨大な石の隙間から、そっと周囲の様子を覗き込む。
そこは広大な丘の中央に位置する高台で、視界を遮るものは何一つなく、360度どこを見渡しても地平線が広がる圧巻の景色が続いていた。
周囲に怪しい気配や差し迫った脅威はない。
(よし、ここならひとまず安全だな……)
浩平は安堵のため息をつくと台座から足を下ろし、足元に刻まれた古代の石盤をサッと確認してから、待たせている仲間たちのもとへと帰還した。
つづく




