井の中の蛙大海は見えず
ある日の空は灰色から薄い桃色の色をのぞかせ,隙間から優しい黄色の光が差し込み,学校の教室を淡く照らしていた。通り雨が通りすぎて,蛙だろうか,そんなような鳴き声が余韻として薄く聞こえる,そんな時のこと。私は七時間目の授業を受けていた。科目は総合だった。内容は「進路探求」であった。特に今回の授業は実践的で,志望動機を書いてみるという難易度の高いものだった。私は文系大学の心理学科を受験するという前提で,志望動機を作成していた。
「配ったガイド用紙の構成を参考に,書いていってください。書き終わったら見せに来るようにお願いします。時間になったら途中でも一度回収しますのでよろしく。」
先生の少しぶっきらぼうだが落ち着いた優しい声が教室に静かに響く。学びに対してはこだわりがある先生で,どこか面倒くさがりだが愛と情熱を感じるような,そんな先生だ。私はガイド用紙に一通り目を通し,構成を確認した。シャーペンの芯を出したり入れたりしながら考え始めた。
(まず志望するきっかけ等,でそこの大学で何ができるかを少し端的に要約して書き,最後にもう一度一言できれいに締めるって感じか……。うーんピンとこない,一旦素直にどうしてそこに入りたいかというのを軸に書いてみよう……)
そう思った私は,構成はある程度守りつつ,その大学の心理学科で何ができるか,何を得ることができるかという部分にも触れながら,書き始めた。しかし一番の軸は違った。核心的な部分はしっかり別にあった。
”私は人間の様々な姿を知りたいので,心理学科を志望します”。
これが一番素直な私の思いだった。結びをしっかり書き,『芽蕗 結都』とできる限りきれいな字で記述し,全体的な流れを読み返してから,先生のもとへ見せにいった。顔色を一切変えずに確認していた。謎の緊張感が私の中でぐるぐるしている。
「……抽象的すぎる。もう少し具体的に書いて。」
それが最初で最後の言葉だった。私は顔こそ変えないものの,静かだが鋭い何かに崩された気がした。完成したばかりのジグソーパズルを一気に落とした時のような,そんな感覚だった。紙を返却してもらい,自席に戻った。空虚感というものはこんな感じなんだろうか,そう思いながら。私は今震えていたのだと思った。しかし先生が言っていることはご最もだ。だけど諦めきれない何かが,私の中を音もたてずに荒らしていた。視界がぼやける。
(……まずい,一旦落ち着かないと……。)
とにかく耐えた。私の中の衝動を落ち着かせるように。一度紙とシャーペンを机の端っこに置き,ゆっくり,ゆっくりと息を吐いた。少しだけ冷静になれたが,視界はぼやけたままだ。訳も分からず,目薬を持ってくればよかったと後悔した。書くことはせず,少し考え始めた。するとなぜか,怒りも含まれていたのだろうか,疑問が湧いてきた。
(……どうして見えない未来を具体的にわかっている人がいるんだ……?まだ私たちは十年ちょっと生きただけの世界しか知らないはずなのに……?……それになぜ地震予測すらできないのに,自分の先のことはわかるんだ……。)
最後の方は自分にそう言い聞かせて,正当化しているような,まさに皮肉であった。視界が少しずつ開けていった。なんてしょうもないことで泣いてるんだ私は。
(地震予測もできないんだ,この先のことなんか,具体的にわかる方が無理な話だ。そんなことより,行ったその先で,どう過ごしていくのかの方が,大切じゃないか……!)
だいぶ視界は晴れた。しっかり光が見える。私はさっきの紙に書いた文をすべて消した。先生が「イエス」としか言えないような,喜んでくれるような,具体的でいかにもな文章をでっちあげるために。そして自分のために時間を使うために。もう私は震えていない。私はスッキリしていた。今のやさしい光に満ちた空のように。
ご覧いただきありがとうございます,ポン太です。さてさて今回は「進路」「将来」「未来」についてのお話です。これに関しては悩む方が多いのではないでしょうか。私自身もそうです。そして結都の皮肉が炸裂してますね,地震予測を持ってくるとは,中々です,ほんとに。ですが,見えない未来のことですから,案外そのぐらいの軽い考え方でもいいのかもしれませんね。それではまた次回の異世界でお会いしましょう。よい一日をお過ごしください。




