表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄火、錆を削ぐ  作者: 津山 みかり
第一部
1/32

1.鉄火場の紙くず

6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!

第一部完結までぜひ見届けてください。

 競輪。

 かの文筆家、色川武大(いろかわたけひろ)がもっとも愛したといわれるギャンブル。ヒトがわずか三分間にかける戦い。

 

 鍛えあげられた肉体は鋼。

 潮風香るバンクを走り始めた瞬間にその姿は血沸き立つ獣となる。浮き出す血管、ほとばしる汗、唸る咆哮。

 前に、前に、走ること。誰よりも速く、その白線を切る。それだけのために。


 ふっと風が凪ぐ。一直線にひかれた白線を極彩色の弾丸が撃ち抜く。何色だ。俺の色なのか。


 あれは――


 歓声と絶叫が場内の静寂を切り裂く。

 俺の中で築き上げた文学的な賭けは一瞬にしてただの紙くずになった。


 すってんてんだ。昼飯のジャリ銭すらなくなった。ああ、バカなことをしてしまった。これから一体、何にすがればいいのか。

 空を仰いだ。突き抜ける青。この青が憎たらしい。


 種銭がなければこの場所では生きる権利すら与えられない。何が最高のギャンブルだ。デニムのポケットに突っ込んでいた車券を破り捨てる。

 足元を見た。紙の切れ端、昨日の競輪新聞、ビールの空き缶。この期に及んでまだ俺は種を探していた。次は負けない。

 このレースで笠岡誠一(かさおかせいいち)が破れて、新庄透(しんじょうとおる)が一着になったのは偶然だ。俺より少し上の年増が勝てるなんて何かの間違いだ。きっとほかの連中が腹を下していたにちがいない。

 血眼になって金を探したが、無論そんなもの都合よく落ちているものではない。元手のなくなった人間にこの鉄火場は無情だ。お前の居場所などここにはないと言わんばかりに先ほどまでの歓声は文無しに追い打ちをかける罵声に聞こえる。

 逃げるように俺は玉野競輪場を後にした。


 困ったもんだ。

 いざ何もかもなくなってしまうと、思考は急に現実へと引き戻される。ああ、本当にどうしたものか。あてもなく俺は海岸へと向かった。

 日の出海岸と呼ばれる海岸らしい。海の向こうには大小いくつかの離島が見える。あれが小豆島か?もう、どうにでもなってくれ。


 元より帰る場所などないがわずかな電車賃すらなくなり、やぶれかぶれである。いっそくたばったほうが楽になれるのかもしれない。人間、一発逆転なんて狙うもんでもないな。それでも、俺にはそんな度胸すらなかった。

 磯場の岩に座る。何時間立ったのだろう。夕刻を過ぎ空は夜を迎えつつあった。瀬戸内の海は何も言わず寄せては返すを繰り返していた。

 競輪場の喧騒はすでに聞こえず、潮騒だけがあたりを支配していた。


 背中からしぼったような西日だけが照らしている。

 砂浜に一枚の輝きが見えた。

 五百円だ。間違いない。

 我を忘れてその輝きに飛びついた。恥も外聞もあったものか。今日食うことすらできていないのだ。プライドで飯は食えない。全力でその輝きを押さえに行く。


 瓶ビールの王冠だった。ああ、もう本当にダメだ。四月の風はただただ静かで、俺の乾いた笑いを慰めてくれることはなかった。そして、意識は遠のいた。

新たに書き始めたお話「鉄火、錆を()ぐ」。いかがだったでしょうか?

「自転車の魔法使い」とは違ったテイストで皆さんに清涼感を与えられたらと思っています。


今回は岡山県の瀬戸内地方を舞台にある男が生きる目標を見つけ、そして再起するまで描きます。ぜひ最後までお付き合いください。

※自転車の魔法使いもこれまで通り、毎週金曜日更新しています!あわせてごらんください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ