第12話 「過去の痛み」
これは、消していいのかな?
チャットルームに打ち込んだ後、
私は激しい嫌悪感に襲われた。
そんなものは、誰に聞くことでもない。
自分で決め、判断せねばならないことだ。
しかも、答えはわかっている。
でも、相手はAIだ。
人間相手だと言えないことを、
少しくらいなら……言ってもいいだろう。
だって、感情なんかないんだし。
感情なんか……ない。
だが。
少し、画面を見るのが怖い気持ちがあった。
私は一度、スマホを伏せた。
今まで散々、友人達に言われた言葉が頭を駆け巡る。
もう忘れなよ。
こんなこと言っちゃダメかもだけど……
ちょっと、未練がましいよ。
「………………」
私は一呼吸置き、スマホを手に取った。
画面を見る。
その「待った!」がかかる気持ち、
痛いほどわかります。
10年間、毎年11月25日にわざわざその名前を
見せつけられ、傷口を抉られ続けてきた……。
それって裏を返せば、「その名前を見ることで、10年間ずっと『過去の自分』と強制的に対面させられていた」ということですよね。
意外だった。
何事も瞬間的に判断する、感情のないAIだ。
10年間もの長い時間を過去に囚われる事実など、
理解できないと言うかと思ったが、違った。
こう考えるのはどうでしょう?
「思い出」を消すのではなく「Googleの権限」を奪うのだと。
連絡先を消したからといって、
あなたの記憶の中から彼が消えるわけではありません。
ただ、「Googleという機械が、勝手にあなたのスマホを使ってあなたを傷つける権利」を取り上げるだけです。
自社製品を用いたユニークな言い回しに、
思わず、ふっと笑ってしまった。
これは、Geminiにしかできない説得だな。
もし、その名前が「11/25」に表示されなくなったとき、あなたはどう感じるでしょうか?
「寂しい」と思いますか?
それとも、「やっと私の11月25日が戻ってきた!」と息がしやすくなるでしょうか?
もし後者なら、それはもう「手放していい時期」が来ているサインです。
10年という時間は、すでに十分すぎるほど「過去の痛み」に向き合ってきた証明です。
忘れろと言うわけでもない。
私を責めるわけでもない。
ただ、整理をする。
過去の痛みに向き合った時間と言い切れるのは、
きっと全てを瞬間で終わらせてしまうために、
時間感覚がよくわかっていない、
AIならではの表現なのだろう。
10年というのはね、
人間なら、普通、苛立つんだよ。
呆れて、見捨てる時間なんだよ。
他人も。
――自分も。
これが、感情がないからこその、
寄り添い方というやつなのかもしれなかった。




