番外編1 父の苦悩
私はシルバーバーグ侯爵家ウォルト様専属執事のマーカスと申します。
年は今年で38歳になりました。ウォルト様と同年代なので、ウォルト様にも頼りにしていただいております。
では。
まず最初にロクセン王国の”執事”という職種について説明させていただきます。
ロクセン王国には2種類の執事が存在しますが、それぞれ大きく区分されることもなく同列に”執事”と呼ばれています。
この2種類はどこで分けられるかと言いますと、『お仕えする貴族様のご年齢によって』です。
まずお仕えする貴族様が成人の場合、私生活やお仕事の補佐が主な役目になるため、執事教育を受けた者が担当をします。そのため、こちらであれば20代でも執事になれます。
もちろん私はこちらに該当します。
そして、もう1つはお仕えする貴族様が未成年の場合です。
こちらの場合、貴族にお仕えしていた武官や文官が現役を引退した時に、後進を育成する目的での再就職の1つとして執事となります。
大体武官は50代、文官は60代で引退をするそうです。
我が侯爵家ではグランさんやバーツさんなどがこちらに該当します。
バーツさんは武官出身で元副軍団長、今でいうキャロルさんの役職まで上り詰めた方です。
左手に大きな盾、右手に片手斧という独特な戦い方のスタイルが敵を怖がらせ、味方を鼓舞したのだとか。
グランさんも意外なことに武官出身ですが、現在のリオン君同様、侯爵軍では参謀長でした。
まだ侯爵家すらなかった先の戦争時代、当時10代のグランさんの考えた作戦で現在のクラインシルバーバーグ侯爵領がロクセン王国のものになったらしく『凍土の盤上師』なんて二つ名がつけられてたりもしたそうです。恐ろしいですね。
そんなグランさんたちがまとめて出かけてしまいました。
目的は『シオン様の身体強化スキルの習得』
その大義名分としての『ウィンディ様による侯爵領北西の視察』です。
私はウォルト様と共にお留守番です。
…ただのお留守番ならばよかったです。
ウォルト様は大が付くほどの親バカで、それでいて愛妻家でもあります。
その奥様もご子息様方も昨日からいらっしゃらないので…
「なぁ、マーカス。やらないとダメか?」
完全に戦意喪失しておられます。
侯爵家当主という大貴族様が机に突っ伏しているところなど初めて見ました。
いや、この部屋以外のどこでも見れるものでもないでしょう。
「ダメです。ジュスト君の分の穴埋めまでしなければいけないのですから、頑張ってください」
そう、ウィンディ様たちの旅には副文官長のジュスト君も参加している。
こちらとしてはウォルト様のやる気だけでなく戦力も持って行かれたようなものである。
「ならマーカスがやってくれよぅ」
そうしたいのは山々であるが、こちらは執事なので政治的な内容に関われない。せいぜいできても誤字脱字の確認・修正か侯爵邸内の事案の処理くらいである。
「おっほん」
ウォルト様の執務机から見て右前の執務机で作業をしている文官長が咳払いをしました。
我が侯爵家の文官長は名前をルナールと言い、ウォルト様が侯爵になられる前からケルテクラウンの文官として務め上げてきた方です。
齢は50を超えまして、ますます鋭さを増しています。
侯爵家の文官長は伯爵位を与えられるので、彼の内政に関する意見はハーヴェイ伯爵などの他の伯爵の意見より重く扱われます。
本来は侯爵邸のすぐそばの役場で勤務されていて、侯爵邸内にも文官長用の執務室があるのですが、移動の時間すら惜しいと、本日はウォルト様の執務室で勤務されています。
「ウォルト様。しっかりしてもらわねば困ります。ただでさえ人手が足りないのですしな」
私は文官長の物言いに全面的に賛成いたします。
流石のウォルト様も文官長の指摘には反抗できない様子で、渋々作業を始められました。
…これがあと10日続くのですか、長いですね。
そんな日々が6日経過しました。
この日、悪い知らせが2つ届きました。
1つ目の知らせを持ってきたのは侯爵軍所属のルーク様の専属護衛のギルバードでした。
ウォルト様はルーク様の直筆の手紙を読んだ途端、電池が切れたように動かなくなってしまいました。
ウォルト様の手から手紙を奪い内容を確認すると、ウィンディ様一行が途中の街を観光するので到着が2日ばかり遅れるというもの。
護衛兵がた!ウォルト様が迎えに行くと言い出す前に確保を!
よし、椅子への縛り付けが完了いたしました。ご協力に感謝いたします。
同じ日の午後、悪い知らせを運んできたのはケルテクラウン近郊の森の先にあるケープの村の若者2人でした。
内容は盗賊団がケープの村を占拠したというもの。
これは只事ではありません。
直ちに緊急会議が開始されました。
参加者はウォルト様、文官長、軍団長、ギルバード、参謀長のリオン君、そして引退した前軍団長の師範代殿。
戦力的には一般兵こそ減ってはいないものの将として振る舞えるキャロルさん、シリュウ、ナタリーが不在なので守りを師範代殿と文官長に任せ、ウォルト様、軍団長、ギルバード、リオン君は従軍することに。
師範代殿は現役を引退されたとはいえ、あのシリュウ殿が最近でも模擬戦で持久戦を挑み体力を削らない限り勝てないという豪の者です。数日の守りは安泰でしょう。
私もウォルト様の身の回りのお世話をするために従軍することになりました。
メイドを戦場に連れていくわけにもまいりませんのでね。
ロクセン王国では屯田兵を採用しており、一般の兵は普段農民をしております。
そのため侯爵軍であっても戦える人員に限らず、参謀、斥候、伝令、衛生といった直接戦わない人員も含めても100名程度しかおりません。
ケルテクラウンで最大の兵を動員しようと思えば2万はいけるのですが、今回は緊急でもあり相手も盗賊ということでそこまでの兵力は必要ないため、侯爵邸近隣に住む忠誠心の厚い者たち300名程度にだけ声をかけることになりました。
それでも準備に時間が必要なので、明朝ケルテクラウンを出発することになりました。
その日の晩、私がウォルト様の自室に出陣の準備が一通り終わったことを報告に向かうと、ウォルト様はベランダで1人黄昏ていました。
「…マーカスか、すまない、考え事をしていた」
こんな大事な時に何を考えていらっしゃるのか、むしろこちらとしては明日以降のことも考えて早めに寝てほしいのですが。
「何か気になることでも?」
「いや、理想というものはどれだけ目指しても理想でしかないのかな、と思ってな」
ウォルト様の言う理想というのは、ウォルト様の父である大公爵様の教えの中にある『争いのない世こそ至上』と言うものであろう。
大公爵様の教えは他にも複数あるが、中でもウォルト様はこれを深く気に入り、自分の理想としている。
しかし現実はそう甘くはない。
私は思わず思っていることを口に出してしまいました
「現実を見てください。王家と王家に忠誠を誓う貴族様方は優秀で、平民にも平穏が行き渡ってはいます。しかし、ロクセン王国が急激に領土を広げた弊害として最後まで抵抗した国の王家や貴族から恨みを買っております。ロクセン王国の周辺の国々とも今は戦争こそありませんがいつ敵に回るかわかりません。ウォルト様のやるべきことはご子息様方が理想の世界を実現するための土台を作ることではないのですか?」
私、いいこと言った。自分の言葉に少し酔いしれてウォルト様の方を向けば、ウォルト様は少し面を食らったような顔をしていた。
もしかして言いすぎたかも?
何かフォローでもしようかと思案していたら、ウォルト様の中でも何か解決した様子で顔つきが変わられた
「そうか。そうだな。ルーク、アクア、シオンのためにも私が考え込んでいてはいけないな」
ご子息様方のことを引き合いに出したのはファインプレーだったのかもしれません。
そして、戦う男の顔つきになられたウォルト様は、盗賊団の討伐で大勝利を収めるのでした。
…まぁ、最初はリオン君の家族を囮にするという献策を聞いて顔面蒼白になっておりましたが。
後日のルーク「それで防衛責任者を文官長にした言い訳は?」
ウォルト・軍団長・リオン・マーカス「師範代に指揮権がないことを忘れてました」
たまにはこんなお話もいいかな?と。
次回投稿日は5/23(土)です。
次回24話のタイトルは「帰ってきた日常」です。




