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悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~  作者: 奏白いずも


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31/33

31、楽屋訪問がありました

 公演を終えたセレナは脇目も振らず控室へ駆け込んだ。


「終わった~!」


 脱力して机に倒れ込むなんて、セレスティーナを演じている時には見せられない仕草だ。舞台の上にいる時は無我夢中だったけれど、座ると疲労が押し寄せる。

 目の前には大きな鏡があって、背後で興奮するモニカの目には涙が光る。


「セレナ様! 本当に、本当に素晴らしかったです! 私、感動して何度も泣いてしまいました!」


「ありがとう。みんなの期待を守れたなら、よかったかな」


 ピンク色のウイッグを脱いで見慣れた自分の姿を取り戻すと、ようやく公演が終わったことを実感する。

 公演後の鳴りやまない拍手は感動を届けられた証。終演後に顔を合わせた人たちは最高だったと褒めてくれたけれど、流石に疲れた。顔色を変えることなく舞台に立っていたエレインは凄い女優だったのだと思い知らされる。

 明日からはしばらく休演となるが、今日の反響を見るに長く続いていく演目となるだろう。エレインのことも心配だが、今後の公演をどうするか検討する必要がある。


「今日はなんとかなったけど、考えないといけないことは多いわね」


 このままエレインが戻らなければ、代役のサラに頑張ってもらうしかない。不安を零すとモニカも神妙な顔で頷いた。


「考える事は多いですが、今は舞台の成功を喜びませんか? 私は劇団の方と話をしてまいりますので、セレナ様はお休みになっていてください」


「よろしく〜」


 身体を起こす気力のないセレナは手を振って答える。

 前世では何曲ダンスを踊っても平然としていたし、どれだけ微笑み続けても頬が引きつる事はなかった。振り返ってみると妖精姫も体力勝負だったのかもしれない。セレナになってから小説ばかり書いて引きこもっていたツケが回って来たようだ。


「全身が筋肉痛……」


 項垂れていると控室の扉が叩かれた。

 モニカにしては早すぎる。重い身体を引きずって出迎えると、立っていたのは舞台の顔合わせで知り合ったシルヴィオだった。戸惑うセレナにシルヴィオは蕩けるような笑みを向ける。


「お疲れのところ、突然押しかけてしまい申し訳ありません。素晴らしい舞台に感動を抑えることができず、ご挨拶に伺わせていただきました」


 貴重な劇団の支援者に、セレナは笑顔で答えた。


「ありがとうございます」


「エレインが消えたと聞いていたものですから、幕が開いた瞬間には目を疑いました」


「私が代役では申し訳ないばかりですが」


 そういえば公演前にシルヴィオの姿を見なかった。彼はエレインと親しく見えたので、さぞ心配しているだろう。追い打ちを掛けないよう、セレナは慎重に言葉を選ぶ。だがシルヴィオの反応は想像と違っていた。


「とんでもない! 貴女のセレスティーナは実に素晴らしかった。エレインよりも妖精姫としての説得力があり、本物らしさを感じました」


 シルヴィオは興奮を抑えきれないと言うように捲し立てる。


「文才だけでなく演技の才能もお持ちとは、実に素晴らしいことです。しかし申し訳ありません。花束の一つも用意していないとは、格好がつきませんね」


「いえ、大変な時ですから。心配ですよね、エレインさんの事」


「え? ああ、彼女には困ったものですね」


 それはまるで今気づいたと言うような反応だった。シルヴィオは直ぐに取り繕ったが、セレナはその表情を見逃さない。見当違いの発言をされたという態度には違和感を覚えてしまう。


(彼女が心配ではないの?)


 顔合わせの日も一緒に現れ、稽古場でも親しい仲のように感じたのだが。不思議に思っていると目の前に封筒が差し出された。


「花束をお届けすることは叶いませんでしたが、代わりにこちらを。週末我が家でちょっとしたパーティーを予定しているのですが、ぜひ参加していただけませんか?」


 エレインの存在を無視して差し出された招待状に戸惑う。そもそもリタ・グレイシアとして誰かと交流するつもりはない。しかしシルヴィオは諦めなかった。


「一人でいらっしゃるのが心細ければ、ご友人を誘っていただいても構いません。貴女の友人なら歓迎いたします」


 セレナの戸惑いを勝手に解釈し、恭しく手を掬われる。強い力で招待状を握らせ、受け取るまで引き下がらないと言う圧を感じた。

 優雅な顔立に似合わず、強引な振る舞いにセレナは痛みを感る。抗えない力に、国王陛下が抱いた野心家という評価を思い出した。

 執念に負けて招待状を受け取る事を決めると、鋭い声が響く。


「何をしている」


 控室の入口に立つセレナは、シルヴィオの背後から現れたラシェルに驚く。おまけに手には特大の花束を持っているのだ。セレナの視線に釣られて振り返ったシルヴィオも予想外の人物に驚いている。


「ロットグレイ公爵?」


 すぐに名前がこぼれたので、どうやらシルヴィオもラシェルを知っていたらしい。


「妻に何か?」


 明らかに不機嫌なラシェルがシルヴィオに向けて言い放つ。


「まさか、貴女の夫はロットグレイ公爵なのですか?」


 シルヴィオは一瞬で事態を把握したようだが、その口からリタ・グレイシアの名が出るのはまずい。

 セレナは慌ててラシェルの腕を掴み控室に引きずり込んだ。シルヴィオへの連絡なら後でいくらでもできる。


「ロベール男爵! 私はこちらの方と先約がありますので、先ほどの件は後日回答させていただきたく。本日はこれにて失礼させていただきます!」


 セレナは急いで扉を閉めた。ドアに張り付き耳を澄ませていると、立ち去るような足音が聞こえる。

 ほっとしていると、背後から問いかけられた。


「彼とは親しいのか?」


「公演の支援者なので、お祝いに駆けつけてくれたみたいです」


「本当にそれだけか?」


 疑うような言葉に振り返ると、思ったよりもラシェルとの距離は近かった。

 目の前には花束を抱えた夫の姿があり、追い詰められているような空気に戸惑う。背後の扉に張り付き、背の高い夫を見上げる形となった。

 

「旦那様?」


「彼は金で爵位を買った男だ。平民から貴族に名を連ね、羽振りの良さを妬まれ敵も多い。噂になっている宝石盗難の件でも重要参考人として名が上がっている。なかなか証拠を掴めずにいるが、被害に遭った宝石店すべてとの取り引きが……」


 そこまで言いかけてラシェルは何かに気付いたように目を見張り、不自然に声を途切れさせた。


「……すまない。俺は君が心配で……いや。これはただの嫉妬だな」


 セレナが首を傾げるとラシェルは詳しく教えてくれる。


「俺は君のことを何も知らないと、見せつけられたようで寂しかった。彼は君がセレスティーナを演じると知っていたのだろう?」


 揺れる瞳に不安そうな声。いつも堂々としているラシェルに似合わない仕草がセレナの胸を締め付けた。


「結婚をして、君のことを知った気になっていたが、情けないことにその、今日は色々と驚かされた。席で放心していたら、王妃様が声をかけてくださって……」


 ラシェルはあっさり『色々』と言って片付けたけれど、本当の驚きがそんなものではないことをセレナはしっかり感じ取っていた。


「王妃様は急用を思い出されたそうだ。自分の代わりにこれを持って君に会いに行ってほしいと託された」


 本来エレインが受け取る予定だった花束はピンクをメインに作られていて、セレスティーナをイメージしたものだろう。


(……で、お母様。急用って嘘ですよね?)


 嬉しそうに手を振るネヴィアの姿が想像できる。何故ならこのあとは打ち上げを予定していたからだ。その楽しみを夫婦の時間に使ってほしいというメッセージだろう。


「ありがとうございます。旦那様が来てくれて心強かったです」


「そうだろうか……」


 感謝とともに花束を受け取る。そうして力なく笑うラシェルに、もう一度はっきり告げた。シルヴィオに得体のしれない恐怖を抱いたセレナは、ラシェルの登場に救われたのだ。

 多くの女性はシルヴィオを魅力的と評価するだろうが、セレナは警戒心を抱いてしまう。ラシェルの発言からも、気をつけた方がいい相手のようだ。


「旦那様。観劇の約束を守れなくてすみませんでした」


「気にすることはない。あ、いや……確かに君と観劇できなかったことは残念に思っているが、俺は妻の活躍が誇らしかった」


 思いがけず嬉しい言葉をもらって胸が温かくなる。たくさんの賛辞を受けてなお、ラシェルからの言葉は特別のようだ。

 それにしてもラシェルは随分あっさり現実を受け入れているけれと、モニカがいい感じに説明してくれたのだろうか。普通、妻が主演女優になっていたら驚愕すると思うのだが……後でモニカに確認しておこう。


「旦那様。私、きっとすぐには帰れないと思います。でも、帰ったら今日の感想を聞かせてくれませんか?」


「俺も君と話したいことがたくさんある。今夜は興奮して眠れそうにないからな。いつまでも待っている」


 そうと決まれば倒れてばかりもいられない。一刻も早く帰宅するための行動を起こそうとしたセレナは、シルヴィオからの存在を思い出した。もしかしたら夫の役に立てるかもしれない。


「ところで旦那様。週末私とパーティーに行きませんか? 招待状をいただいたのですが、友人との参加も歓迎だそうですよ」


 セレナはにっこりと微笑む。シルヴィオにとっては想定外の人選だろうけれど、誰がなんと言おうと二人は趣味友達なのだ。

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