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悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~  作者: 奏白いずも


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22/28

22、舞台化が決まりました

 早朝、静かな公爵邸の廊下が震えた。

 力強い足取りを響かせ、ラシェルは迷うことなく一点を目指す。それは屋敷が震えるほどの迫力だった。

 ラシェルの手にはくしゃくしゃになった新聞が握られている。

 目当ての部屋に到着するなり呼吸を整えることもなく力任せに扉を叩く。これには寝起きの悪いセレナも飛び起きた。


「セレナ!」


「ひっ! え、旦那様!?」


 鳴り止むことのない激しいノックに襲撃を警戒するも、声の正体はラシェルだった。


「大変だ! 大変なことになった!」


 外の焦りが部屋の中まで伝わってくる。起床の時間にしては早い。モニカではなくラシェルが訪ねて来たことも異常を告げている。

 不安に支配されたセレナは裸足でベッドを抜け出し、扉を開けるとラシェルの胸に飛び込む勢いで訊ねた。


「旦那様、いったい何が」


「『王女の婚姻』の舞台化が決まった」


「あ」


 真剣な顔で告げる彼にとっては間違いなく一大事。しかしセレナにとってはよく知るニュースが飛び込んできたのだった。


(そういえば今日の新聞で発表だったような)


 ラシェルが握りしめている新聞の見出しは『王女の婚姻待望の舞台化!』である。公爵邸が平穏を取り戻すまでには少し時間が掛かりそうだとセレナは思った。


「大変な朝だったわね……」

 

 ラシェルが仕事に出たところで、セレナはモニカを前に今朝の感想を呟く。

 あのあと興奮するラシェルを落ち着かせ、なんとか朝食の席に向かわせるだけで疲弊した。もちろん食事の間は舞台への期待を熱く語られている。喜んでくれたらいいなとは思っていたけれど、早朝部屋に突撃されるのは予想外だった。


「私もセレナ様の部屋に旦那様がいて驚きました。昨夜夫婦の関係が進展されたのかと期待してしまったのですが」


「ないわね」


 朝、いつもの時間に部屋を訪れたモニカをラシェルと出迎えてしまった。

 モニカは頬を染め「お取り込み中のところ申し訳ありませんでした!」と叫んで部屋を飛び出し、セレナも「違う違う違う!」と大慌てで止めに走った。

 早朝の廊下で騒ぐのは迷惑だと判断し、歓喜するラシェルを放り出すのも可哀想だと招き入れた結果である。


「そもそも旦那様の頭の中は今、『王女の婚姻』でいっぱいのはずよ」


 作者としては嬉しいはずなのに、自分が想像していたよりも話す口調に棘を感じた。笑顔で喜ぼうとしているモニカを見習わなければ。

  

「それほど期待してくださっているということですよね」


「旦那様の期待に応えるためにも、まずは今日の顔合わせを無事に終わらせないとね」


 セレナたちは現在、『王女の婚姻』が公演される予定の劇場を見上げている。

 始まりはサイン会での身バレを防ぐため、劇団に駆け込んだモニカが衣装を借りさせてもらったことからできた縁だ。

 そこで新たな演目を探していた劇団側から、ぜひリタ・グレイシアの作品を舞台化したいという申し出があった。

 そこからはどんどん話が大きくなり、王都で最も権威ある劇場で公演することが決まった。


「さすが歴史ある劇場は、見上げるだけでも圧巻ですね」


 初めて訪れたというモニカは目を輝かせている。

 劇場は王都の中でも貴族たちが多く足を運ぶ区画にあり、休む間もなく馬車が行き交う。通りを歩く人たちの装いも一際華やかだ。

 周囲の建築の中でも一際壮大な建物は、美術館や貴族の屋敷と言われても納得する迫力がある。

 建物は前世の記憶と変わらないけれど、年月を重ねることで貫禄を増した気がする。見惚れるモニカの隣でセレナは懐かしさを感じているところだ。


「外観だけでなく中も見応えがあるわよ。高い天井には美しい妖精の絵画。眩い光に照らされる回廊は黄金の輝き。扉を潜るともう別世界よ」


「セレナ様、随分詳しいですね」


「昔はよく通っていたから」


 ラシェルは『王女の婚姻』に登場したカフェを聖地と言ってくれたけれど、前世で観劇に通い続け、夢中になった役者がいるセレナにとってはこの場所こそが聖地だ。


「舞台がお好きとは知りませんでした。それで脚本もお引き受けになられたのですね」


「書いたことはなかったけど、もう全力でやるしかないと思ったわ。だって私の脚本をエレインに演じてもらえるのよ。夢みたい!」


「私はあまり詳しくないのですが、有名な方なのですか?」


「エレイン・バークスは十八年前、当時四歳で舞台デビューした天才よ。大きな瞳に愛らしい容姿はまさに天使。その微笑みは多くの人を虜にし、演技は大人も唸らせる迫力。デビュー作は涙なくして観ることができなかったわ。その上、エレインは健気で謙虚なの。周囲に負けないよう努力を重ねる姿に胸を打たれたわ」


 前世で一度挨拶させてもらっているが、妖精姫と呼ばれるセレスティーナから見ても愛らしい子供だった。いずれ素晴らしい役者になるだろうと応援していたこともあり、成長したエレインの活躍が楽しみだ。チャンスがあればぜひサインも欲しい。


「きっと素晴らしい役者になっていることでしょう」


「私もお会いできるのが楽しみになってきました」


(脚本も提出できたし、次の休みにはお母様に会いに行こう。イレーネ様に逢えたことも、舞台化のことも直接話したい。それに旦那様とのことも、喜んでくれるかな)


 舞台化が決まってから公演までの期間は短い。少しの時間も無駄にはできないため、すでに団員たちの稽古は始まっている。

 歴史ある建物は維持も大変で、多額の費用がかかる。その資金難を解決すべく、今回の公演はできるだけ急ぎたいという申し入れがあった。そのため脚本も稽古も、すべてがぎりぎりのスケジュールとなっている。

 おかげでネヴィアとの時間が持てず、手紙だけのやりとりに寂しさを感じていたところだ。

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