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悲劇の王女が転生して人気小説家になったら~契約結婚した夫が私のファンでした~  作者: 奏白いずも


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20/28

20、ラシェルと母

引き続きラシェル側の話です

(何故母さんが……)


  寂しいと伝えた相手は妻だったはずが、領地から遊びに来た母と一緒にいられなくて寂しいと誤解されていた。今すぐ訂正しに向かいたいが、親子の時間を設けてくれた優しさを否定するような真似はできない。

 躊躇いを見せると入口に立つ母は逃がさないと言うように道を塞いできた。


「そう嬉しそうな顔をするな」


 容赦ない言葉選びに挑発するような表情は、何もかも悟られているようだった。おそらく全部わかった上での行動だ。


「ほら土産だ。と言っても用意したのはセレナだがな」


 片手にワインボトルと、もう片方の手にある二人分のグラスを見せつけられる。

 妻の名前を出されると、やはり心遣いを無下にしたくないと思わされてしまう。仕方なく部屋に招き入れ、親子で乾杯することになった。

 それはそれとして、今度はきちんと「セレナと一緒にいられなくて寂しい」と伝えることを誓った。


「あの娘、酒選びにも抜かりがないとは恐れ入る」


「酒選びも?」


 本と紅茶を片付けたテーブルにはワインが並んだ。


「服も食事も過ごし方も、私の好みを良く理解している。おかげで一緒にいて心地良いばかりだ。臆することなく私に意見できる娘は貴重だからな」


「確かに」


「おい」


 正直すぎる告白を咎められたが、一応自分が恐れられている自覚はあるらしい。本当に怒らせた場合、こんなものでは済まないだろう。

 酒のせいか、あるいは待ち人ではなかった恨みか。本音が零れやすくなっているようだ。


「俺も最初は貴女との距離に苦労させられた」


「それはお前が勝手に気を遣ったせいだろう。最初から甘えて良いと言っているのに、距離をとる馬鹿息子が」


「そうだったな」


 この人は本当の自分の母ではない。それは幼い頃から何度も突きつけられてきた現実だ。

 血は繋がっておらず、跡継ぎに困っていた公爵家が冷遇されていたラシェルを引き取ったことが始まりだった。本当の家族のように甘えて構わないと言われても、最初は素直に受け入れることができず孤独だった。

 そんなラシェルの心を癒やしてくれた人はもうこの世にいない。幼い頃、城の奥で迷っていたところを助けてくれたのは亡き王女セレスティーナだ。彼女は世間で噂される通り、その美しさも優しい心も、本当に妖精のようだった。

 彼女に励まされ顔を上げると、自ら周囲に壁を作っていたことを知る。向けられた愛情を受け入れられるようになったラシェルは、血の繋がりはなくとも家族を守りたいと思うようになった。


「お前が自ら結婚すると言い出した時は驚いたが気に入った」


「凄いな……」


 驚きと感嘆が同時に零れる。

 母が誤解されやすいのはラシェルに限った話ではなく、イレーネ・ロットグレイに泣かされた相手なら数えきれないほどいるが、他人を認めるのは珍しい。

 記憶に在る限り母が認めた女性は亡き王女だけで、完璧と称された妖精姫と比べられる令嬢たちは酷だろう。それをセレナは耐え抜いたということになる。


「私は屋敷に着いてから退屈する暇がないのだから、認めぬわけにもいくまい」


 夕食に並ぶのはイレーネの好物ばかり。デザートには苦手とするクリームの類を見たことがない。

 食事が終われば風呂に案内され、心地の良い香りとともに旅の疲れを落とすことができた。

 湯上りに暑さを感じていると散歩を提案され、光に照らされる幻想的な庭園を楽しむことができた。これもセレナの采配らしく、昔はこのような仕掛けはなかったと記憶している。

 想定外の客人に狼狽えることなく使用人たちをまとめる。これは人望と屋敷への理解がなければ難しいことだ。

 ラシェルは自分の知らないところでセレナが想像以上に働いていたことを知らされる。形だけの妻にそこまでの働きを期待していなかっただけに驚かされたが、妻が褒められるというのは悪くない。むしろ誇らしいとさえ感じていた。


「セレナは私を義母ではなくイレーネ様と呼んでくれた。それが妙に嬉しくてな。あの娘といるとセレスティーナと過ごした時を思い出す」


 イレーネにとってセレスティーナは可愛い姪だった。もう二度とあの声で呼ばれることはないけれど、義理の娘からそう呼ばれるのも悪くないと、ようやく過去を懐かしめるようになった。


「私の無茶な要求に付き合ってくれたのはセレスティーナだけだったが、セレナには見どころがある」


 妖精姫と呼ばれてはいるが、母によるとセレスティーナもお転婆だったそうだ。その様子は『王女の婚姻』にも描写され、城を抜け出しお忍びで街歩きを楽しんでいた。

 姪を喪い塞ぎ込んでいた母が、かつての元気を取り戻してくれたのは嬉しい。妻と母の仲が良好なのも良いことだ。しかしラシェルには割り切れない感情もあった。


「だからセレナを連れまわしていると」


「随分と棘の有る言い方だな」


「気のせいだ」


「ふん。私とて、お前が仮面夫婦に興じているのなら口出しするつもりはなかった。しかし仲睦まじく距離を縮めていては、見極める必要があるだろう」


 契約結婚であることは伝えていないが、突然の結婚を母なりに案じていたのかもしれない。危うく余計なお世話だと言いかけたが、話がややこしくなりそうなので堪えた。


「それで、いつまで王都に?」


「さては私がセレナを独占して拗ねているな」


「からかわないでいただきたい。彼女にも都合がある。あまり妻を振り回さないでほしいというだけだ」


「妻、か」


 事実を伝えたはずが、向けられる視線は生温かい。繰り返すように妻を強調されるが、妻を妻と呼んで何が悪いと対峙する。意地悪く唇を吊り上げるのを目にして、からかわれる前兆を感じた。


「あの娘に惚れたか」


「何を言うかと思えば」


 予想外の指摘を受けたラシェルは呆れたように言葉を返す。動揺することなく答えたつもりだが、向けられる視線は意味深だ。


「お前、否定はしなかったな。まあいい。もう少し付き合え」


 そう言ってグラスを向けられる。遠慮なく注がれる液体を眺めながら、妻に対する想いは母に知られているようだと諦めた。嘘を吐いて誤魔化すことができたとしても、セレナへの想いは一時でも否定したくない。

 その日の夜は遅くまで酒に付き合わされたが、口止め料と言うことだろう。それ以降追及されることはなかったが、やられてばかりのラシェルは反撃に出る。母がとびきり悔しがりそうな話題を振ることにしたのだ。


「俺は先日、リタ・グレイシアのサイン会に参加した」


「なんだと!?」


 予想した通り、初期からのリタファンである母は簡単に食いついた。彼女と会話ができたことを話し、目の前でサインされた本を自慢し、握った手の尊さを語りながら夜は更けていく。

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