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悪役令嬢にスパイは向いてない  作者: 日下部聖
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終章 下

その言葉に。

 ひょー! とレイモンドさんが飛び上がって奇声を上げ、シャルロットがヂッ! と忌々しげな舌打ちをした。クルトが目を吊り上げて「その反応やめろ!」と叫ぶ。


 ……そうなのである。

 目の前にいる相棒《王太子》は、実は、わたしの婚約者になったのであった。


「ああもう……」

 クルトが頭を抱えてかぶりを振っている。その耳は少し赤く、なんだかちょっと可愛い。

 とはいえ、だ。

(なーんかあんまり実感が湧かないんだよなあ)

 長年相棒としてやってきたからか、今更婚約者になりましたと言われても、という感じで。

 クルトが相棒から婚約者になったのは、例の陛下の『提案』によるもの――あれは提案というよりは要請だった――だったのだが、いかんせんそれまでが怒涛の展開すぎたせいか、どうにも『はいわたしはクルトの婚約者です』という気持ちになれないのだ。

「それにしても、これから二人はどうなるのか、少し気になるよね」

 ふと、笑うのをやめてレイモンドさんがそう言う。

「なんのことですか」

「そりゃクルト君とユリア君のことだよ。君たちは王太子と王太子妃候補だろう? ユリア君は今更な気もするけど、クルト君はスパイなんてやってる場合じゃなくなったじゃァないか」

 その言葉に、わたしとクルトは顔を見合わせる。

 ……確かにそうだ。クルトは次の国王、わたしも王子の婚約者から王太子の婚約者に立場が変化した。特にクルトは、このまま零課でスパイを続けていていい立場ではない。

「じゃあ、わたしたち、零課はもう卒業……?」


「――ああ、そのことだが」


 不意に耳に届いたその声に、その場にいる全員が姿勢を正す。

 零課のアジト、その奥の部屋から姿を現したのは言わずもがな我らがボス、ライナス・ヴェッケンシュタイン大佐である。

 彼はいつもの通りの鉄仮面でその場にいる面々を見渡すと、腕を組んだ。

 そして言った。



「両名とも、正式な婚姻まで続投だ」



 ……少しの沈黙があった。

 痛いくらいの静寂の中で、わたしはついぽろりと言った。「まじか」

 叔父はついうっかり零れたこちらの本音に、無表情のままで応えた。「まじだ」

「アッハッハッハッハッハ」堪えきれないとばかりにレイモンドさんが爆笑する。「アッハッハッハげほっげほ」噎せた。


(いやいやいやいや嘘でしょ……?)

 我、王太子の婚約者ぞ。奴、王太子ぞ。

 よく考えたら、いやよく考えなくとも王子の妃になるかもしれない公爵令嬢をスパイにしていた時点でおかしくないか。その上、まだ王太子とその婚約者をスパイとしてこき使おうと言うのか。断固抗議させていただきたい。

 せっかく地獄の社畜生活から解放されると思ったのに――!

 アー! と頭を抱えるわたしを見て、レイモンドさんがさらに笑っている。クルトは「もうどうにでもなれ」という顔をしていた。そもそも奴は王太子になった時点で割と死んだ目をしていたので、というかむしろ王太子業務を零課の任務とまで考えている様子だったので、もうどうでもいいのかもしれなかった。

「我が国のスパイは人手不足でな。優秀な人材が抜けると非常に困る」

 叔父は今日の天気は晴れですねとでも言っているようなテンションで言った。「故に続投だ。もちろん危険な仕事は極力回すなと陛下から命じられているが、変わらず任務には出てもらう」

「はわわ……」

 それ以上の言葉が出てこん。というか、それ以外に何を言えと言うのでしょうか。

 ……いや、やはり、これだけは言わせてほしい。

 わたしは今までさんざんクルトに、お前にはスパイは向いていないと言われてきた。そのたびに、別にそんなことないだろと思ってきた。もちろん、ヴェッケンシュタイン公爵令嬢という立場上、スパイという立場が向いていないことはわかっていたけれども。嫌われ者の悪役令嬢なのだから、別に何をしててもいいじゃないかと思っていた。

 しかし、だ。

 何をどう考えても、



「王太子妃候補にスパイは向いてません!」





FIN.

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