第8話[ 後編 ]「私は、あなたは誰?」
数時間の事情聴取から解放され自宅に戻った私は、シャワーを浴びてからライアーが作ってくれたご飯を食べながら小さくため息をついた。
なんだかとても疲れていて、すぐにでも睡眠を取りたいところだった。
「大丈夫か?」
「うん。今日色々あったから疲れた」
「明日はMIASのテストだから早めに寝て備えるか」
「そうする」
夕飯が終わってから、30分だけ音声のみの配信をする。
ファンのみんなは優しくて、今日大変な事があった事を伝えると『お疲れ様』とか『しっかり休んで』と言ってくれる。
「明日からまた少し忙しくなるから、配信頻度は下がっちゃうかも」
私の声はいつもより疲れ気味だ。それはファンのみんなにも伝わっているからか『大丈夫?』とコメントが流れた。
大丈夫だよと答えて私は微笑んだ。ふとコメントの中に以前コラボしたリア友のイブキが居て、私は思わず名前を呼ぶ。
「イブキちゃんいる」
でも挨拶をしていっただけで、それからコメントは見られなかった。
30分の配信はすぐに終わり、私は寝る準備をする。
「配信終わったか?」
「うん。大丈夫」
ベッドで横になると、ライアーがいつもの様に横に居てくれる。
こういう時はやっぱり甘えたくなるけど、今日は少しだけ我慢して明日に備えるためにすぐに目を閉じた。
「由比、おやすみ」
「おやすみ、ライアー」
そして、思考が睡魔に飲まれていく。
次に目を覚ました時、私は何も無い空間にいた。
何も無いけど、目の前には膝を抱えて座り込む女性。それはなんだか私と瓜二つだけど、幾つか違う点がある。
一つは何も着ていない事。シャツはおろか下着すら着けていない。二つ目は髪の色が紫がかった青色で、私の髪とはかなり印象が違う。
そしてもう一つ。彼女が顔を上げた時、私は恐怖感を覚えた。深い空のような色ではなくて、血のような赤色の瞳。
「あなたは誰なの?」
「私は」
彼女は数秒間を置いて誰?と尋ねた。それと同時に私は異変を覚える。
突然自分の名前が思い出せなくなった。私は・・・誰?どうして急にこんな状態に?
「あなたは誰?」
「破壊之天空神」
彼女がそう呟いた時、ストアリテーグという言葉が脳裏に刻み込まれた。
私はそんな名前なんだろうか。
「違うッ!私はッ!!」
ハッと身体を起こして、全力でそれを否定した。私は霧乃宮由比だ。
「由比!どうした!」
「ら、ライアー・・・」
ただただ怖かった。あれは明らかに私であり、私じゃない。彼女はそんな存在だった。
手は震えていて、呼吸もかなり乱れている。不安で一杯になった私をライアーはそっと抱いてくれた。
「ライアー・・・私はまだ死にたくないよ・・・」
震える声でライアーに不安を打ち明けていく。次々と涙が溢れ出てくる。
私はどうなってしまうんだろう。せっかく運命を変えられたのに。ちょっとずつ幸せになっていたのに。
「大丈夫だ。由比は・・・相棒は、俺が絶対守る」
「私を・・・助けて・・・」
「ああ」
私が起きた時間はまだ深夜の2時半だ。まだまだ朝まで時間がある。
少しだけ、私はライアーに顔を近づけた。
暗闇の中ライアーはそれに応じてくれて、私とライアーは唇を重ね合わせた。
高鳴る心臓の鼓動のせいか、それとも極度の緊張からか、部屋に響く時計の秒針の音の間隔はとても長く感じる。
1秒ってこんなにも長かったっけ。
「落ち着いたか?」
「だいぶね・・・」
ようやく私は笑顔を見せる事ができた。
今夜の二人の確かめ合いはこれまでにして、明日のMIASのテストに備えなきゃ。
「由比」
「何?」
「俺たちが戦うのは、俺たち自身の為だ」
ライアーの戦う理由は、私とライアー自身の未来のためだ。
でも、戦うのは私達だけじゃない。朝奈や静音、友香、幸喜。それだけじゃなくて、全人類が。
みんながみんなの未来を望んでいる。
そうだ。これも一つの答えで、人類が手を取り合う時なんだ。
複雑だけど、今こうしてみんなが協力してくれる。
私だけが犠牲になる未来は、変えられたんだ。きっと。
2021/9/26 ストリテール→ストアリテーグへと変更しました




