第3話「ただ、人として」
25年前、扶桑はナールズからの侵攻を受けた。
その時の戦死者の中に、お父さんの大親友である長倉敏三さんがいる。かつて扶桑を、愛する者の住まう故郷を取り戻すために散っていった人だ。
毎年7月2日のこの日、この地を訪れ追悼を行う。それがせめてもの私にできる事だからだ。
その夜。私は配信で先月の収支報告を事務的に進めた。先月は盛大な誕生日配信が行えなかったとは言え、簡単な誕生日配信で120万のスパチャとそこに加えて140万の収益。メンバーシップも近々解禁可能なので更に収益は見込まれる。炎上が怖いので手取りまで公開する事は出来ないが、先月分は活動が活発な割に支出が少なかったので80万程度が手元にある状態。
その収支報告が終われば、今後の活動方針について少し語る。主に8月後半に控えた夏祭りライブイベントについて、仕上がりは順調であるとわくわく感を隠し切れない様子を隠せなかった。他にもメンバーシップ解禁が近いという事もリスナーである整備士さん達に報告。
それも終わり、今日の1時間の配信を閉じる。
「はい、というわけで今日はこの辺で終わり!整備士のみんな、また明日っ!」
整備士というファンネームもだいぶ言い慣れたところで、ファンクラブの設立も考えている。
メンバーシップとはまた別の特典を付けてもらうように友香に相談を、この後すぐにでも。
そう思っていたところで、配信ブースに友香が入ってきた。見慣れたもう一人の客を連れて。
「由比、久しぶり」
「朝奈!久しぶり」
客とは、私の大親友の一人である三島朝奈の事だ。声優活動で忙しいはずの彼女がどうして来たのだろうか。それは以前、今は存在しない「神との闘い」の時の出来事についての研究の報告。
「これ、前由比が言ってたやつ」
そう言って差し出されたノートの角は、短期間で何度もめくられたせいか、わずかに反り返っていた。
この一冊にどうにかまとめこんだと呟く朝奈の表情は、その膨大な苦労を隠しきれていない。
あの朝奈の事だ。声優として活動する傍らで寝る間も惜しんだ事だろう。
「ありがとう」
「そうね。お礼は...空奈だっけ?空奈の100万人記念ライブの特等席で」
私はそう来たかと、ちょっとだけ笑ってしまった。朝奈は結局、Vライバーとしての道を諦めた。
せっかく掴んだ声優としてのポジションを手放したくなかったらしい。それもあり、朝奈は私にVライバーとしての成長を託した。
「それで...」
朝奈が机に置いたノートを読んでいく。あの時失った朝奈の力は世界が元通りになった時に回復しており、今度は朝奈に神格化の兆しがあるという。
確かによく見れば...。
「そう、だから二度と使わない。というか使えないも等しいの」
「私も朝奈には使ってほしくない。だって、今度は朝奈が消えちゃうかもしれないんでしょ?」
朝奈の髪の色は少し銀色が混じったように見え、瞳はどこか長い時の流れを感じる。
比喩表現などではなく本当に長い時間を、自分の人生の全てを思い出させた。
その瞬間、私は視線を下に落として頭を抱えていた。どうして血に対してとてつもない恐怖を抱いていたかを思い出してしまったからだ。
「由比、大丈夫?!」
耐えがたい動悸と吐き気を堪え、泣き出しそうになりながらもどうにか座りなおした。
正確に言えば、後ろにいた友香と幸喜が私を支えてくれていた。
「どうにか...大丈夫...」
「大丈夫なわけないでしょ!」
友香が怒ったようにこちらをじっと見る。でも、本当に大丈夫だった。精神的には大丈夫ではないけど。
そう言えるのは、原因がはっきりしたからだ。幼い頃に起きたあの出来事が、私に対して血への異常な恐怖というものを植え付けていた。
それなら。
「時間をかけてゆっくり治していきたい」
私はその場の全員にそう答えた。
皆が落ち着いた後、私は母が友香にその話を打ち明けていた事を知った。友香は暗い表情で、泣きそうになりながら私へ謝罪の言葉を述べた。
「別に大丈夫だよ。だって、友香は私の整備士第一号でしょ。それを知ってても怒らないよ」
友香から貰ったイチゴケーキを頬張りながらそう慰めた。でも友香はまだ暗い表情のまま。
「ずっと悩んでた...。私、どうやって由比を支えればいいのかなって。このまま解決できないまま、何もできないまま歩いていくのかなって...」
私が思うよりずっと、友香は私の事で悩んでいた。あの、戦争が全て悪いと言ってくれた友香はどこにいってしまったんだろう。そんな言葉が私の脳裏に浮かんだ。
「どうやって支えるって、それはみんなで支えればいいんじゃない?」
明るく前向きな考えを口にしたのは、弄っていたスマホを乱暴にソファに置いた幸喜だった。
「友香さんはいちいち由比の事で悩みすぎだと思うよ。妹みたいに想うのはいいけど。由比、ごめん。友香さん借りてくよ」
幸喜はそう言い、どこか愛する人を連れていくように友香と一緒に部屋を出ていく。
そんな様子を見た私と朝奈は顔を見合わせ、同じ結論へと至る。
「あの二人、絶対裏で付き合ってるよね」
全く同じタイミングで、全く同じトーンで全く同じ言葉が出てしまい、二人して笑いあう。
だけど、私はそんな様子を演じながら考えていた。さっき、あの現象に見舞われた時に思い出したもう一つの事。
幽世の世界。未だ私の中に残っている天空神としての記憶。人類が誕生する前の事。神々が実体を持って地球に住んでいた頃の景色。
そんなものまでも、私の記憶として蘇ってしまった。
いつまでも、今のこの瞬間くらい人として生きていたかったというのに。




