役立たずの烙印 第一話
魔物討伐を終えた帰り道、王都近くの森でガイウスがそれを切り出した。
「――ラス、お前はここまでだ」
パーティーリーダーであるガイウスは、返り血のついた剣を無造作に鞘へ納めながら、そう言った。声に迷いはない。おそらく、もう何日も前から決めていたのだろう。
俺――ラスは、いつも通り一番重い荷物袋を背負ったまま、しばらくその言葉を頭の中で転がした。
「……ここまで、というのは?」
「わかってるだろ。お前のステータスプレートは、未だに真っ白のままだ。職業なし、スキルなし。戦えもしない奴を、これ以上『暁の剣』に置いとくわけにはいかない」
待ってましたとばかりに、隣で魔導士のエリクが鼻を鳴らす。
「本当はもっと早く言うべきだったんだよ。荷物持ちと飯炊き番だけの奴を、王都で名の知れたパーティーの一員だと紹介するの、いい加減、恥ずかしいと思ってたんだ」
……なるほど。エリクにとっては、そこが一番の問題だったらしい。
剣士のキャロルが何か言いかけ、唇を噛んで俯く。神官のミリアは、俺と目を合わせようとしなかった。
責めるつもりはない。本当に、それはなかった。
たしかに俺のステータスプレートは、生まれてこの方、一度も文字を映したことがない。孤児院育ちで、十歳の命名式さえまともに受けられなかった俺に、ろくな職業が刻まれるはずもなかった。
それでも――と、俺はどうしても思ってしまう。
三ヶ月前、エリクの杖に「風を聞く者の杖」と名を付け直したのは俺だ。あの日を境に、彼の魔法の的中率が目に見えて上がったことに、彼自身はまだ気づいていない。
半年前、キャロルの剣に「折れぬと誓いし刃」と名を与えたのも俺だ。「最近、剣の調子がいいの」と彼女は笑っていたけれど、それがただの調子ではないことを、彼女は知らない。
ガイウスの鎧、ミリアの杖、荷馬車の車輪、野営用の焚き火台。気づけばこの一年で、俺はパーティーの「もの」ひとつひとつに、こっそり名前をやり直していた。
誰かに頼まれたわけじゃない。ただ、名前を持たないまま働かされている道具たちが、あまりに寂しそうに見えてしまっただけだ。
けれど、そんな話をしたところで、きっと誰も信じてくれない。俺自身、これが一体どういう力なのか、はっきりと言葉にできたことは、まだ一度もないのだから。
「……わかりました」
俺は、努めて静かに頷いた。
ガイウスが、少し意外そうな顔をする。もっと食い下がられると思っていたのかもしれない。
「恨むなよ、ラス。お前のためでもあるんだ。こんなパーティーにいたって、お前のステータスは一生変わらない。どこか、身の丈に合った場所を探した方がいい」
身の丈に合った場所、か。
悪気のない声だったからこそ、それは思いのほか、静かに胸へ刺さった。
「はい。……皆さんも、どうかお元気で」
背を向けて、俺は歩き出す。
呼び止める声はなかった。
一度だけ、キャロルの「ラス……」という小さな声が聞こえた気がしたけれど、振り返りはしなかった。振り返ったところで、何かが変わるとは思えなかったから。
森の入り口まで来たところで、俺は懐からステータスプレートを取り出してみる。
相変わらず、真っ白だ。
――職業:???
――スキル:???
十八年間、ずっとこの調子だった。
「……ま、いいさ」
小さく呟いて、プレートを懐にしまい直す。
不思議と、絶望はなかった。悲しくないと言えば嘘になるけれど、それ以上に、どこかでほっとしている自分がいる。ずっと、誰かの荷物にならないよう、気配を消して生きてきたような気がする。
これでようやく、誰にも気を遣わず、好きなだけ名前をつけて歩ける。
そう思うことにした。
来た道を戻る気にはなれず、俺はそのまま森の奥へと足を向けた。地図にない道だ。だからこそ、いい。
半刻ほど歩いた頃だろうか。
木々の合間から、微かに――本当に微かに、何かが軋むような音が聞こえた気がした。
まるで、長いあいだ声を出していなかった誰かが、久しぶりに息を吸い込んだような。
俺は足を止め、音のした方角をじっと見つめる。
胸の奥、心臓のもっと奥にある何かが、静かにざわめいた。
(……ああ、これは)
これは、名前を欲しがっている音だ。
「名前を、探しにいくとしよう」
誰にともなく呟いて、俺は音のした方へと歩き出した。
まずは、あの音の主から。




