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残業と幽霊とストーカー  作者: オツタロ


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10/10

第10話 復讐

源はヤバいと思いどこかわからない階の扉を開けて廊下に入った。


薄暗くて自分がどこにいるのかわからない。


階段はまだ続いていたから最上階ではないはずだ。


手当たり次第にオフィスの扉の取っ手を動かすが施錠されていて開かない。


誰もいないフロアは鍵が施錠され入れない仕様であることを知らなかった。


取っ手を激しく前後させるが開く気配はない。


そんなことをしている間に非常用階段の扉が開いた。


そこには鬼の形相の髪が乱れた課長が顔を出した。


「見つけた。」


たった4文字なのに地響きのように足から胸に振動となって聞こえてくる。


その後も課長は何かを言っているが肩で息をしているせいか呼吸音がうるさくて声として聞こえてこない。


その顔を見て源は廊下の奥に走っていった。


長年勤めている課長は彼女が逃げた方向を見てにやりと笑った。


彼は体を労わるようにのそりのそりとその方向に歩いていく。


それは勝利を確信した歩みである。


高橋と佐伯が非常用階段に入った時、上の階からバタンという音がした。


「近いわね。一気に行くよ。」


高橋は階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。


それに遅れまいと佐伯も後を追いかける。


高橋は7階の扉を開けるとすぐさま左右を見渡して奥に続く廊下を走っていく。


廊下は一本道になっているので端まで行ってしまうとエレベーターを使わないと他の階には移動できない。


階段を上に上ってしまった時点で追い詰められてしまう。


廊下の突き当りの場所で課長と源が掴み合いをしているのが見えた。


スマホを奪おうと彼女に襲い掛かっている。


「止めなさい!」


それを見た高橋が大声で課長に近づく、課長の肩に手をかけた瞬間課長の腕が高橋の顔に当たる。


小さく悲鳴を上げて床に倒れる高橋に課長が振り向いた時彼は硬直した。


課長の真横に人が立っている。


さっきまでそこに居なかった人が確かに今存在している。


頭の先からつま先まで全身真っ白である、顔は下を向いて腰まで届くほどの長い髪が前にだらりと垂れていて顔は隠れている。


その姿に3人とも息を飲む。


その白い人は課長に一歩近づく、彼は一歩下がるが廊下の幅は狭く、背中に窓ガラスが張り付いた。


「だ、誰だおまえ・・・来るな・・・」


課長がか細い声で問いかける。


白い幽霊は課長の鼻の先ほどの距離にまで迫った。


彼女は顔を上げた、窪んだ眼、課長を飲み込まんとするほどに口を開けて叫びとも動物の鳴き声にも聞こえる音が響く。


課長は驚きさらに後ろに下がろうとするがすでに驚いた拍子に窓ガラスを自身の後頭部でひびを入れていることに気が付いていない。


そして窓枠に体重をかけていた為窓枠ごと彼は落ちた。


数秒後、ぐしゃりという音と課長のうめき声が聞こえた。


高橋はその幽霊がかすかに笑ったように見えた。


彼女は幽霊となり復讐を、この機会を待っていたのだ。


実体こそないが確かに彼女は今ここにいるのだ。涙があふれてくる。


声をかけようとしたときその白い女性は霧が晴れるように霧散した。


源の方は状況が飲み込めていなかった。


突然現れた白い女性の幽霊、転落する課長。


そして消えてしまった幽霊。


自分は助かったことだけが理解した。安堵のあまりその場でぺたりと床に腰を落とした。


階段でスタミナがなくなり遅れて到着した佐伯は床に座っている2人を見て首を傾げる。


「課長は?」とだけ聞いた。


2人が彼を見て「落ちた」と言って窓を指さした。


彼が窓から下を見るが暗くて課長の姿は見えなかった、しかしうめき声が聞こえるのでどうやら生きているようだ。


「この場合、警察ですか?救急車ですか?」


と聞く彼に高橋は「両方呼びなさい」と言った。


その後警察と救急車が着て課長は病院に運ばれていった。


彼ら3人と藤田さんは警察署に連れて行かれ事情聴取を受けた。そしてこれまでのいきさつを話した。


課長は警察に突き落とされたと証言したが廊下に設置されていた監視カメラの映像から課長が突然ひとりでに窓から転落する映像が映っていることが確認され事故として処理された。


映像には課長と藤田が書庫に俺と高橋さんを引きずっていく姿や廊下で源からスマホを奪おうと揉みあいになり駆けつけた高橋を殴る映像が記録されていた為暴行の罪で逮捕された。


あと藤田も廊下で金属バットで殴る映像があったので逮捕された。


さすがの事態に社長も箝口令を出すことができず事件は新聞や週刊誌に掲載された。

さらに誰かが漏らしたのだろう、5年前に起きた女子社員転落事故の件も広まり取材のマスコミが連日押し寄せることになってしまった。

社長以下役員総出で取引先に事情説明をする謝罪行脚を連日行っている。

課長と藤田はクビとなった。




「意外と会社って潰れないもんですね。」


事件から1週間が経過した。


俺と源さんと高橋さんはタバコ臭い個人喫茶店に集まっていた。


「そう簡単に潰れはしないわよ。今後仕事は減るだろうけど潰れるまではいかないと思うわ。


今社長や役員が取引先に事情説明の行脚をしているらしいわよ。」


「そういうときの役員ですからそれは別にいいんですが、俺は残業せずに定時で帰れれば問題ないです。」


「それはどうかしら世間体が悪いって何人も退職しているからうちの部でも退職者が出たらその分の仕事が回ってくるわ。そしたら残業しないといけないかもね。」


高橋さんがふふふと笑って言っている。


「それは勘弁だわ。ところでなんですが5年前に転落した橘さんって死んでないですよね?」


その発言で驚いたのは源さんだった。


「え?あの橘さんですよね?飛び降り自殺したんじゃないんですか。それで幽霊になっちゃったって。」


「気が付いていたのね。そうよ彼女は死んでなんかない。」


「やっぱりそうか、過去の慶弔記録を見たんですが載っていなかったので、代わりに退職記録の方には載っていましたよ。


今はどうなっているんですか、生霊みたいになっているから無事ではないんでしょうが。」


「・・・そうね。あの事故で彼女は意識不明になって今も眠っているわ。


過労で飛び降り自殺未遂したって情報が社内に広まってそのうちにそれが飛び降り自殺になっていったのよ。


噂に尾ひれはつきものだけどね。」


「会うことってできますか。」


「会いたいの?」


俺は頷いた。


「それなら会いに行きましょうか。


彼女の両親には私から許可を取っておくわ。私も週に1,2度は会いに行っているから大丈夫だと思う。」


高橋さんは視線を源さんに移す。


彼女はそれで意図を読み取り「私は遠慮しておきます。」と答えた。


その週の土曜日、俺と高橋さんは彼女が入院しているという病院に来ていた。


休日夜間出入口と書かれた看板に従って建屋に入っていく。


受付票を書いて警備員の前を通って病室に続くエレベーターに乗った。


受付票をナースステーションの受付に置いて病室に向かう。


病室のドアは開いているところもあるが閉まっている。


休日だからだろうかフロアは静かだった。


高橋さんの後ろをついていき一番奥の病室の前で停まる。


彼女はドアの取っ手に手をかけて静かに開ける。


部屋は個室で部屋の奥にベッドが一つある。


そのベッドに橘さんが眠っていた。


点滴の管がベッドに伸びている。


これで栄養を取っているのか。


顔はやつれている。会社で出会った幽霊の彼女の方が生き生きとしているように見える。


あれは彼女の当時の姿なのだろうか、それとも理想像なのだろうか。


彼女はここから事務所の様子を生霊を通して見ていたのだろうか。


ベッド脇にある椅子に腰かける。


「この状態でもう5年も目を覚まさないの。」


高橋さんは淡々と説明してくれる。


俺は彼女に話しかけることにした。


「橘さん、佐伯と言います。オフィスで一緒にご飯を食べていたものです。


あなたのおかげで課長は逮捕され会社をクビになりました。


あなたを貶めた人はもういませんよ。」


当然ながら彼女に反応はない。


俺は持ってきたバッグの中からクッキーを取り出した。


コンビニで買えるありふれたものだ。


「覚えていますか、残業中に一緒に食べたクッキーです。」


クッキーの封を開ける。バターの香りが鼻腔を刺激する。


残業中オフィスでしていたようにクッキーを彼女の口元に持っていく。


反応はない。


その様子を訝しむように見る高橋さんの視線が痛い。


手に持っていたクッキーを自分で食べる。


クッキーを咀嚼する音が部屋に響く。


その後は高橋さんから橘さんとの思い出話を聞くことになった。


何時間でも話せるのではないかと思うほどに話が長い。


1カ月前にはこんなに会話することなどあるとは想像すらしていなかった。


それが今ではごく普通に話せている。


ここに彼女もいてくれたらと思いベッドの方に目をやると。


彼女の瞼が動いた。


その様子に俺と高橋さんが驚く。


高橋さんを見ると今にも泣きそうな顔になっている。


ベッドに近寄り彼女の頬に手を添える。


今度は唇が動いた。


何か言っているようだが息が漏れるだけで声にならない。


俺はナースコールのボタンを押し看護師さんを呼ぶ。


高橋さんは涙を流して枕に何粒も涙を落としている。


その様子を見て橘さんが微笑む。


看護師さんが2名来て様態を確認する。


遅れてお医者さんもやってきた。


ベッドから離れた高橋さんは橘さんの家族に連絡すると言って廊下に出る。


その日は慌ただしい一日となった。


それから2週間が過ぎた。


課長職には別の部署の人が就任して俺はその人への説明資料を作成したりなどの新たな業務が発生し忙しい日々を過ごすことになった。


派遣社員だった藤田さんもいなくなったが補充はされないらしい。


こうして毎日残業する羽目になってしまった。


20時を過ぎても小人は現れなくなり、書庫にも幽霊はでない。


小人が現れなくなったのは少し残念に思うがあれは彼女が課長を恨む気持ちが形を成したものだと思うならば現れなくなって恨みは解消されたのかもしれない。


いつものようにパソコンで資料を作っているとスマホにメッセージが届く通知が鳴った。


ロック画面に表示されたメッセージを見てにやけてしまう。


楓さんからのメッセージだ”今日は何時まで残業?もう帰っちゃえば?”


そのメッセージを見て俺は仕事を切り上げることにした。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

評価していただけましたら幸いです。

翌日から2章も投稿します。そちらも読んでいただけましたら幸いです。

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