第1話 うわさ
この会社には残業していると幽霊に遭うという。
そんな噂を昼休みの社員食堂の食事中に同期から聞かされた。
「で?どう?遭ったことある?」
そう聞いてくるのは同期の鈴木だ。
「最近残業するようになった俺への嫌がらせか。遭ったことあるわけないだろう。」
ぶっきらぼうにそう答えた。
俺の名は佐伯和正25歳。
黒々建設という中規模の建設会社に勤める入社4年目の平社員だ。
向かいの席でうどんを食べながら話すのは同僚の鈴木成孝、25歳。
新卒同期入社の仲である。
最近新しく臨時の仕事を任された為残業をするようになった。
とは言ってもうちは残業が多い部署ではない。
「つーかその幽霊って何なんだ?誰が出るってんだ?」
「昔この会社で飛び降り自殺した女子社員がだってよ。
毎日夜遅くまで残業させられてその過労で窓から飛び降りたっていう話だ。」
「そんな話聞いたことないわ。本当にそんな事件あったのかよ。」
「そこまでは俺も知らないなー。この前他部署の飲み会で聞いてさー。」
「そりゃ単なる作り話だろ。残業している俺にそんな話をするってどういう神経してんだ。」
残業と言っても夜遅く働いているわけではないし残業代も出ている。
いまどき過労になるほど働かせる会社とかないだろう。
うちの内勤でそんなに残業をしている滅多にいない。
誰かが作った作り話の犠牲にされてしまう幽霊さん不憫だ。
いつもの昼飯時の雑談を楽しんでいた時テーブルに突然食器プレートを雑に置く音が隣で響いた。
鈴木も俺もびっくりして無言になってしまう。
隣を見ると社内で有名な社員がそこにいた。
高橋花音31歳。女性、独身、恋人不明。
われら管理部の隣の島に座っている経理チームのエースだ。
そして男性嫌いとしても有名である。
「お・・・お疲れ様でーす。」
鈴木が勇気を振り絞って挨拶をする。
見た目地味、髪は短め、愛想がない。
男にも平気で突っかかってくる攻撃性を持つ。
なぜ・・・隣にいる?ほかにも席は空いている。
昼飯時で席は埋まっているほうだがそれでもなんで俺の隣に?
「ご飯くらい黙って食べれないの?
くだらん話ばかりしてそんなんだからこの会社程度にしか勤められないんでしょ。」
それはお前も一緒だろ。
と言いたかったが先輩社員にそんなことは言えない。
それに彼女は会社の女子社員ネットワークのボスをしているという噂もある。
要はお局社員だ。
ありゃ一生結婚できないわとかもう自分用のマイホーム買ってそうとか陰口をたたかれている。
そんな彼女は俺たちを睨みつけるように座りプレートに乗っていたカレーライスを食べ始める。
俺たちは飯の残りを水で流しこみ。
「お先にしつれいしまーす。」
と彼女にギリギリ聞こえる程度の小声で挨拶をするとすぐさま食堂を後にした。
オフィスに帰るまでの道中、鈴木が話しかけてくる。
「いやー怖かったな、あのお局。
あんなんじゃ彼氏もできないだろう。
寿退社の可能性はゼロだな。」
「それは失礼だよ。それに恋人も社外にいるかもしれないだろう。
最近はマッチングアプリで付き合う人も多いっていうし。」
「あれがいるように見えるかー?絶対彼氏いないわw」
「そういうのは誰が聞いているかわからないから口に出さんほうがいいよ。」
せめてもの同期のよしみで警告しておく。
「まぁ女性社員の間では信頼されているみたいだからな。ボディガードって呼ばれているらしいぜ。」
「だからそういうことを言うなと言っている。」
鈴木とワイワイ言い合いながら俺たちは所属する管理部管理チームのオフィスの扉を開けた。
管理チームの仕事は人事関係、採用、給与計算、社内の雑用、役員の小間使いと多岐にわたる。
雑用関係の仕事が意外とハードで力仕事も多い。
管理チームは7名構成で男性は俺と鈴木と課長だけ。
力仕事は俺と鈴木の担当である。
今年我がチームに新入社員 源めぐみ(みなもと めぐみ)ちゃん18歳が入社した。
愛想がよくてきびきび動く。仕事への取り組みも熱心で入社して半年しか経っていないがすでにチームになくてはならない一員だ。
そんな10月のある日のこと。
源さんが一緒に昼ごはんに行きませんかと誘ってきた。
しかも俺一人の時にである。
内心ドキドキの心臓バックバクだったが悟られないように、「了解した。」と一言だけ返しておいた。
彼女はいつも他部署の同期の子とかと食事をしていると聞いたことがある。
昼休みの時間、今日の昼当番は鈴木だ。
隣に座る鈴木に悟られないように俺は席を立った。
階段で1階に下りる。
自社ビルで小さいながらも社員食堂もある。
社員食堂では話しづらいだろうと思い外で待ち合わせることにした。
ビルを出て左に曲がる、この角に自販機がある。
そこで待ち合わせることにしている。
自販機のジュースのラインナップを見て時間を潰す。
「お疲れ様です。待ちましたでしょうか。」
後輩ちゃんがやってきた。
まだ社会の荒波に揉まれていない朗らかな笑顔、見ているだけで癒される。
いつもはオフィスで仕事の会話以外しないのでこういう機会は貴重だ。
他の人には聞かれたくない会話ということで2人で会社から離れる。
いくつかのオフィスビルが立ち並ぶ区画に俺たちの会社はある。
少し歩くと住宅街で15分も歩けば駅に着く。
路線は2つあって会社から出て少しすると分かれ道になっている。
俺は自分が使っている路線の最寄り駅方面に歩いて行った。
そして信号を4つ越えたところで個人店の定食屋を見つけて入った。
1人になりたい時に来る定食屋だ。
店員さんに案内されてテーブルを挟んで向かい合って座る。
テーブルにあるメニュー表を後輩ちゃんに渡した。
俺はメニュー表を見ることなく壁に貼ってあるメニューの一覧から日替わり定食を注文した。
彼女も同じものを注文する。
料理が来るまでの間の時間、何を話そうかと考えていた。
「今日は相談に乗ってもらってありがとうございます。」
彼女が頭を下げる。
そうだった、相談のためにこんな遠いところまで来たんだった。
「いいよ、全然気にしないで。ところで相談って何?」
ここは先輩として懐の深いところを見せないといけない。
「あの・・・私最近帰るときに誰かにつけられているみたいで・・・」
歯切れが悪い調子で話している。
ツケラレテイル?
もっとゆるふわ系な話かなと思ったら予想外の相談だ。
「昨日も後ろから視線を感じて振り返ったら電信柱のところに誰か隠れていたみたいで、怖くなって走って逃げたんです。」
それってストーカーじゃん。
ドン引きでなんて反応したらいいのかわからん。
はやく飯よ来てくれ。
「先月くらいかな、毎日ではないんですけどたまにそういうのを感じるときがあって。」
「それは・・・大変だね。」
この返答で大丈夫か??
後輩ちゃんは清楚系でかわいい雰囲気の娘だ。年齢も相まって我が部のアイドル的なポジションになっている。
普通に考えれば異性関係、社内の男性社員がストーカーしている可能性が高い。
しかし後輩ちゃんの人気に嫉妬してストーカーしている女子社員の可能性もある。
いや会社だけとは限らない、この周辺に勤めている人も対象に入れないといけない。
後輩ちゃんのプライベート関係も当然対象だ。
要は全員である。
「だれか心当たりはある?」
彼女は首を横に振る。
「ストーカーはどこまでついてきているの?自宅まで?」
「会社の最寄り駅までですかね。
電車にはいない感じです。」
「社内で怪しい人っていうか誰かから言い寄られているとかある?」
彼女は首を横に振った。
話を聞いただけだと後輩ちゃんの自意識過剰も否定できない。
たまたま偶然が重なって誰かにつけられているような気になってしまったとか。
「誰かってのがわからないなら警察とかも無理そうだね。」
「そうですね。気のせいだといいんですけど・・・」
彼女は困ったようで眉がㇵの字になっている。
「この定食屋に来るまでの間でつけられている雰囲気はあった?」
「それは感じなかったです。」
どうしたものか、これだと社内の人かどうかも怪しい。
社内の人ならば帰り道だけでなく仕事中も絡んできそうだよな。
ということは近隣に勤めているサラリーマンとかか?
「すみません。やっぱり重たい話ですよね、こんなの」
本当に申し訳なさそうに頭を下げて謝る。
こんな子が嘘なんて言っているわけがない。疑った俺はバカだ。
「気にしないで。それよりもさ、どうして俺に相談してくれたの?」
「先輩は仕事でもいろいろ教えてもらっていてその、頼りになるっていうか。」
「そうなんだ。それはありがとう。」
嬉しくて胸が張り裂けそうだ。
「この話ってカレシとかには相談してないの?」
彼女は顔をパッとあげて両手を胸のあたりで振りながら
「そんな、私に彼氏なんていません。」
心の中でガッツポーズをした。
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