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7.少女の企み

 シャッとカーテンが開けられる音と共に、明るい日差しが部屋一面に入ってくる。


「お嬢様。起きてください。朝ですよ」

 いつものようにジャンヌがクリスティーヌを優しく起こす。だが、彼女の今いる場所は自分の部屋ではなく、昨日初めて会った少年の家だった。

 ふーっと言いながらクリスティーヌは上半身を起こす。眠たい目をこすりながら、窓を見ると青空が広がっていた。聞いたことがない小鳥の可愛らしいさえずりが聞こえる。

 なんて清々しい朝なのだろう、と彼女は思った。


「ねえ、窓を開けてくれないかしら? 小鳥たちの声をもっと聞きたいの」

 わかりましたと言う代わりにジャンヌは微笑みながら頷くと、両手を窓の持ち手にかけてゆっくりと開けた。

 

 心地よい風が入ってくる。同時に、木々の香りも漂ってきた。きっと森が近いのだろう。

 朝の時間を楽しんでると「おーい!」と外の下の方から声が聞こえてきた。エルだ。

 一瞬、どうしようかと少し困ったジャンヌを目に留めつつ、寝巻き姿のままクリスティーヌは窓に向かって顔を出した。


「おはよう! 素敵な朝ね!」

 クリスティーヌが下に向かって叫ぶ。

「おはよう! よく眠れた? 起きたみたいだから、ローズに朝食を持っていくよう伝えるよ」

 エルは大きな声で叫び、台所の方へ消えていった。昨日と同じような感じの服装に、ツバの広い帽子を被っている。きっと今日も羊の世話にいくのだろう。



 少し時間が経ってから、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。カチャカチャと食器の音を小さく鳴らしながら、ローズがワゴンを押して入ってくる。

「お腹空いたでしょう。お約束通り、沢山作りました! といってもお口に合うかどうか……」


 ローズが配膳をするのをジャンヌが手伝う。銀の食器にかけられたドーム型の蓋を取ると、美味しそうな香りが部屋中に漂った。

 ベッドにテーブルのセッティングが完了し、クリスティーヌが料理に手をつける。

 確かに朝食にしては量が多いように感じられたが、朝のまだ活動的になってない胃には丁度いい、絶妙な優しい味付けだ。

 これなら全部食べきれそうだと彼女は思った。


 デザートのフルーツを食べ終えようとした時、ふとクリスティーヌはある事に気がついた。

 そして、カフェ・オ・レを入れようとしてくれているローズに尋ねる。

「あの、昨日はエルと遅くまでおしゃべりしてしまったけど、エルはお夕食を頂いたのかしら……もし、食べ損ねていたのなら申し訳ないわ」

 と言うと、一瞬ローズはギクッとした表情を浮かべた。だが、すぐに

「そんなそんな! どうかお嬢様は気にしないで! ハハハ」

と豪快に笑って見せた。



 食事を終え、クリスティーヌが身支度を済ませたのと同時に、家の庭に馬の蹄の音と、嘶きが響いた。

 誰かが対応している。男の人の声だ。きっと彼がフランクだろう。

 そして、タッタッタと階段を登る足音が聞こえ、誰かが部屋の扉をノックした。はいとジャンヌが代わりにでると、扉の前にいたのはエルだった。


「お迎えが来ました。お嬢様。下で婚約者様がお待ちです」

 帽子を外して胸の前に置き、深々とお辞儀してみせた。クリスティーヌも

「どうもお世話になりました、ムシュー。名残惜しいですが、もうお別れの時間ですね」

と両手でドレスのスカート部分をつまみ、腰を下ろして深々と頭を下げた。

 だが、二人とも思わず吹き出し、柄じゃないと笑ってしまうのだった。



 3人が階下へ降り、玄関先に向かうとローズとキース、豊かなヒゲを蓄えたフランク、そしてユリエルがいた。

 クリスティーヌの顔を見ると、ユリエルは微笑んでみせた。彼女も嬉しそうな顔をする。


 クリスティーヌは玄関から出ると、世話になった建物をゆっくりと見まわした。

 昨日は暗くてよくわからなかったが、小窓のついたグレーの尖った屋根、壁には蜂蜜色のレンガが使用され、そして白い木枠の窓が程よいアクセントとなっていた。

 全面がガラスの大きな温室も備えている。部屋も屋根裏を含めれば4階はあるのだろう。ただの家というよりは邸宅と言ったほうが相応しい。

 そして、やはりその邸宅の後ろには森が控えており、庭先は一見すると自然なようだが、実は人の手がかかっているイングリッシュ・ガーデン様式が取り入れられ、様々な花やハーブが植えられていた。

 家の作りとも絶妙にマッチしており、まるで一枚の風景画にも思えた。



 御者が馬車に荷物を詰め込み終わると

「では、大変お世話になりました。もし、パリまでいらしたら、ぜひ我が家に寄ってください」

ユリエルが代表してお礼の挨拶をする。

「本当に、温かなおもてなしをしていただいたおかげで、体がしっかりと休まりました。それに、お料理も大変美味しかったです」

 クリスティーヌがそう続けると、まあ、嬉しい! と言ってローズは両手で頬を押さえた。


 するとフランクが

「でしょう。女房の料理は自慢なんです。でもつまみ食いばかりするから、体がこんなんでもう……」

 嘆くように、彼は自分の体型と彼女の体型を見比べながらそう言った。

「うるさいわね! ほっといてよ!」

 そんな風に私の事を言うけど、あんただって……とローズもフランクの事を言い始める。

「もーう、二人ともこんな時に痴話喧嘩はやめてよ!」

 二人の口喧嘩をキースが収める様子に、ドッと笑いが起きた。

 しかしながら、クリスティーヌは二人の仲の良さを羨ましく思い、自分たちも仲睦まじい夫婦になれるといいなと思うのだった。



 3人が馬車に乗り込み、御者が馬車のドアを閉める。

 そして、ドアの小窓越しから

「では、これで本当に失礼します」

とユリエルが別れの挨拶をしたのを合図に、馬車は出発した。


 クリスティーヌが後ろの窓から手を振るとまたね! と大きな声でエルも叫びながら手を振って見送っていた。

 そして、彼は馬車が見えなくなるまで手を振り続けるのだった。


「ふぅ。正直、一時はどうなるかと本当に焦りました。でも、親切にしてくださる方がいて本当によかった」

 そう言って、ユリエルは深いため息をついた。

 彼でも焦る事はあるんだとクリスティーヌは少し驚いたが、完璧ではないところもある事に彼女は逆に親近感を覚えた。


「私もどうなってしまうのかと、本音を言うと怖かったんですのよ。でも、反対にとても面白い経験が積めました。それに、それに、うふふ……」

「それになんです?」

「あ、いえ。そうそう、実はエルを結婚式にご招待したんです。すごく結婚式に憧れてるみたいだったので。事後報告になりますけど……よろしかったでしょうか?」

 クリスティーヌはお願いとでも言いたげに、ユリエルに上目遣いをした。

「ええ、構いません。そうだ、今回の件のお礼もあるし、挙式後の舞踏会にもご招待するのはいかがかな?」

 その言葉に、彼女はパッと顔色を明るくさせて

「素敵! ぜひそうしましょう!」

と彼の提案にこくこくと頷き、大賛成をするのだった。


 そして、舞踏会の時、ラウルとエルを引き合わせたらどう周りは反応するだろう。特に、ユリエルはなんと言って驚くだろうか。

 だから、この作戦は当日までの秘密。ジャンヌにも黙っててもらおうと、皆の驚く様子が楽しみで仕方ないクリスティーヌは、密かに企むのだった。

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