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プロローグ

お久しぶりです。

2月にムーンライトノベルズ・pixiv(R18)で作品を一つ完結させましたが、こちらでは昨年8月に完結させた「ユキトハレ」以来の連載です。

初のオメガバースです。なのに、際どいシーンはほとんどありません。

拙作の中で一番穏やかでほんわかなお話です。半年と言う時間がゆっくり進んでいきます。のんびりお楽しみください。

 穏やかな秋の昼下がり。窓を開ければ銀杏や枯れ葉の香りが鼻腔をくすぐる甘い季節。


 今の俺には全く関係ないが。


「っは、……ぁ、クソッ」


 握りしめた寝巻きに顔を埋める。つい数刻前までヤツに着られていたそれは、この部屋のどんなものより匂いが濃い。

 聞こえるはずのない鼓動が、全身が心臓になったように脈を打つ。その音を一つ二つと数えているうちに頭がジンジンして何も考えられなくなっていった。


(早く帰って来いよノロマ野郎……)


 欲する気持ちはやがて恨みに変わる。

 イライラした俺は時計を確認しようと衣服の隙間からちらりと目だけを出した。


「っ!」


 剰りの眩しさに再び衣服に顔を埋めた。カーテンの隙間から漏れる陽の光にちょうど当たってしまったのだ。

 つまり、時刻はまだ日の昇っている時間ということ。真昼間からこんな状態になっている俺は何と愚かなのだろう。


 いや、俺のせいじゃない。帰って来ないアイツが悪いんだ。

 以前だったら俺自身を責めていただろうに。自分で言うのもおかしいが、随分寛容になったものだ。


「ふふっ、馬鹿みてえ……」


 独りごちて、俺は他の衣服もかき集めて布団に潜った。


 朝は普通だった。洗濯、掃除、夕食の仕込み。何から何まで完璧にこなしたところで、それは突然やってきた。

 オメガにだけある発作。いわゆる発情期・ヒートだ。


 この世界では男女の性別に加えてバース性というものが存在する。

 アルファは選ばれる側。

 ベータは普通。

 そして、オメガ。アルファと同じ希少種っつったって、子を産むだけで何の役にも立たない。

 女だったら良かっただろうが、男である俺にとっては汚点でしかない。

 オメガだから劣っていると言われたくなくて嫌というほど勉強した。身体も鍛えた。傍から見ればアルファに間違われるほどに。


 それでも結局、こうして発情しているのだから、笑える。



ーーーー



「ただいまぁ」


 暗い思考を破るように、暢気な声がリビングの方から聞こえた。

 気づけば外の光はなくなっていた。部屋にある電子時計も午後八時を指している。


「っふ、……ぅ」


 じわっと溢れる熱を誤魔化すように、太腿と太腿が擦り合わせる。触って、触って……と内側からざわつき、呼応して喉が鳴る。衣服を握っている手が濡れていった。


(焦らすんじゃねえ、早く、早く……)


 不意に部屋のドアが開き、外の空気が入り込んだ。同時に甘い香りが鼻を刺した。


「ちかちゃん?」


 どうしてかコイツは、成親なりちかという俺の名を、女みたいに呼びやがる。初めこそ嫌で嫌で仕方がなかったが、今はその呼び名と声が心地いい、なんて死んでも言ってやらない。

 

「あぁ、やっぱここにいた」


 俺を見つけるとヤツは、腹立たしいほどゆったりとした話し方で笑った。……ムカつく。年下のくせに余裕ぶりやがって。


 ギシッギシッと床を踏む音がやけに遅く感じる。そうして、頭の上の布団が掴まれ、一気に剥がされた。

 リビングにつながるドアが開いていて、俺の目は突然の眩しさに目の前が真っ白になった。自然と目を細め、現れた姿を確認する。

 ヤツは、やっぱり笑っていた。


「巣作りおつかれさま」


 こんな状態じゃなければ一発、いや十発ぐらい殴ってた。

 でも、発情した俺ができるはずもなく。……というより、会えたことの嬉しさの方が込み上げてきていて抗う気力なんてなかった。強く握っていた寝巻きを手放し、俺は目一杯手を伸ばしてヤツを向かい入れた。


 ヤツは誘われるまま俺に抱きつきベッドに上がった。目元が優しくなるからとか訳のわからない理由でつけている伊達メガネをサイドテーブルに置くと、じっと俺を見つめてきた。垂れた二重瞼の向こう側。鋭く芯のある視線が俺を捉えてきた。


「っ……」


 その目に、呼吸の仕方を忘れ、馬鹿みたいにハッハッと細かな息が漏れて、都度少しの空気が肺を満たして難を逃れた。

 ヤツが動く。癖のある茶色の髪が俺の頬撫でたかと思えば、傍から見てもわからない剃り上げた頭皮がザラっと触れた。ふわふわの中に隠れた剃り上げた頭部。ぽやぽやした雰囲気とは反対のコイツの本性に、俺の喉はごろごろと鳴った。


 以前の俺には想像もできない充足感が全身を満たす。

 まさかアルファに喜ぶなんて思ってもみなかった。でも、だって、この匂いにぐらつかない方がどうかしてる。


「すっごい甘い匂いがするよ、ちかちゃん」


 欲を隠す低い声。次いで首筋に冷たい鼻先が当たり、ぞわっとした感覚に身体が震えた。


「っん……」

「いい子にしてたんだね」

「……っるさい」

「怒んないの」

 

 耳元で響く甘い声に、勝手に期待する。薬で抑え込んでいたはずの欲が今にも弾けそうになって、俺は低く唸った。


「……いっぱい可愛がってあげる」


 そう言ったヤツの手は僅かに震えていた。

 コイツだって自分のバース性を嫌っていた。アルファであることを隠すほどに。

 果たして、覚悟を決めた今も怖いのだろうか。

 

 俺はヤツの頬に唇を当て、そっと囁いた。


「早く、シろよ」

「急かさないの。初めてなんだから……」

「っ、何でもいいんだよ! お前なら、俺は」


 結局、急く気持ちが前に出ちまった。ヤツは目を丸くしたものの、すぐに意地の悪い笑みを浮かべて首を傾げた。


「誘ったのは君だよ、成親」

「っ、……ぁ」


 いつもと違う雄の顔、声、呼び方、息、視線……。

 俺の中のオメガが吹き出すように溢れてくる。俺がずっと嫌悪していた興奮が、今はただただ嬉しい。

 ヤツは少しだけ乱暴に俺の髪を掴むと、かぶりつくように唇を重ねてきた。普段の気の抜けた雰囲気とは違う、傲慢な行為に胸が躍る。


 だって、しょうがねえだろ。だって、だって、もう、ーー。


 仕事中の俺を知っている者が、今の俺を見たらどう思うだろう。

 コイツの前でだけはオメガでいられる。その安心感と開放感は何にも変え難い。


 コイツ、諒平りょうへいに会ったのはほんの半年前。

 そう、たった半年。それだけの期間で俺と言う存在が呆気なく変えられてしまった。

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