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再開は突然に

西の果てにある荒れ野にぽつりと建てられた城があった。

まるで闇を溶かして造ったかのように黒い城だ。何の材料を使ったのか城壁は誰かが塗りつぶしたように真っ黒で、それだけで気味の悪さをたたえている。

かつて、この地ではこの広大な荒れ野を血で染め上げるような大規模な大戦が起こった。大量に染みこんだ血のせいか、少しばかり植物の自生していたはずの荒れ野には、今でも草木一本生えていない。

あるのはひたすら荒れた土地と真っ黒な城だけである。

そして、この真っ黒な城こそ、人間たちの間で〈黒き城〉と呼ばれ、恐れられる魔族の長の城であった。

荒れ野の中を進みながら一台の馬車が〈黒き城〉を近付いていた。

不気味は馬車である。

御者どころか馬車を引いて走る馬の姿も見えないのに、まるで彼らがそこに存在しているかのように、その気配と音だけで馬車はひとりでに荒れ野を進んでいた。

〈黒き城〉の門には門扉がなかった。その代わりとでも言うのか、門には目の部分に黒光りする宝石の埋め込まれた鳥の彫刻が両端から客人を見下ろしている。

馬のいない馬車が門を通り抜け、城の入り口で止まった。一人の若い男が馬車から降り立つ。

まず目に入るのは、彼の見事な緋色の髪だ。

闇の中でも目立つ鮮やかな色の髪は、首筋の見える長さまでばっさりと切られている。服はこの場に合わせたかのように黒く、マントやズボンはもちろん、ボタンの一つに至るまで真っ黒に染め上げていた。

「ここに来るのも久しぶりだな」

 男はそのよく整った顔に悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 緋色の髪の男が入城した途端、静まり返っていた城にその来訪に合わせたかのように城中の明かりが灯る。

 煌びやかなシャンデリアが迎えてくれる玄関ホールには誰もいなかった。しかし、まるでそこに誰かがいるのかのように、見えない召使が男から外套を受け取る。

 一瞬、持ち主のわからない透けるドレスの裾が男の視界の端に映ったが、男は気にも留めなかった。そんなことよりも二十年ぶりになるであろう旧友との再会に心が躍っていた。

 姿の見えない召使たちの静止も聞かず、かつて慣れ親しんだ城の中を急ぎ足で進み、男は目的の部屋の扉をいきおいよく開く。

「ローデヴェイク!」

「うるさい」

 開口一番、飛んできた言葉はそれだった。

 目的の人物は、足を組んで頬杖を付くという二十年前とまったく同じ格好で、以前のお気に入りの椅子に腰を下ろしていた。

「酷いなあ、君の復活を聞きつけて一番に駆けつけた親友に」

「私が一番に会ったのは復活を手伝った使い魔たちだったぞ」

「それはカウントしないでおこうよ」

 緋色の髪の男、マクシミリアンはまじまじと新しい姿を得た親友を見下ろした。

「これまたずいぶんと可愛らしい姿に転生したね。女の子?」

 マクシミリアンの目の前にいるのは、以前とは似ても似つかない可愛らしい親友の姿だ。マクシミリアンが長身だというもあるが、かつて肩を並べた親友の背丈はおそらく自分の胸にも届かないくらいだった。艶のある黒絹のような髪は帳のごとく長く、愛らしく整った容貌を隠してその幼さを引き立てている。

 伸ばされた腕をぱしりと親友に払われた。

「男だ。おまえこそどうしたその頭」

 かつて腰まであった自慢の緋色の髪をマクシミリアンは首筋が見える長さまでばっさりと切り落としていた。

 マクシミリアンは短くなった己の髪に触れる。

「んー。流行の流れにのったみたいな? どう? 似合ってる?」

 同族の子女から魅力が増したと覚えめでたい新たな髪形でマクシミリアンは渾身のポーズを決めてみる。

「以前のオカマみたいな頭よりはマシだな」

「ひどいよ!オカマさんにも差別だよ!」

 マクシミリアンが怒ると、くつくつと親友は喉を鳴らした。それから、膝まで流れる己の長い髪を摘まむ。

「短くするのもいいかもしれんな」

「そうだね、ローデヴェイクの髪はすごく綺麗だけど少し長すぎるかも。背中の真ん中くらいの長さのほうが君の髪の美しさが映えるんじゃ・・・」

 マクシミリアンが言い終える前に、親友は一瞬で伸ばした爪で絹糸のような黒髪をざくざくと切り落とした。マクシミリアンよりも短く。

「えええええええーーー!!? 何やってんの!! もったいない!!」

「うるさい。もともと覚醒前はこれくらいの長さだったんだ。覚醒したときにうまく魔力が制御できなくてこんなアホみたいに長くなってしまっただけだ」

 切り落とされた長い黒髪は姿のみえない召使たちに綺麗に掃除され、どこかに行ってしまった。

「そうなの? あ、でも伸びたのが髪だけでよかったね。これで眉毛とか鼻毛とかが伸びたら、すごく笑えた―-―」

「ロド」

 マクシミリアンは親友の懐から飛び出した使い魔に思いっ切り指を噛み付かれた。

「いたたたたっ」

 使い魔は、子猫のような真ん丸なつぶらな瞳に狐のように長い耳、小猿を思わせる体に蝙蝠の羽をつけたような奇妙な生き物で、顎の力はまったく可愛らしいといえるレベルではなかった。マクシミリアンの指からめきめきと不穏な音が響く。

「そのまま食い千切っていいぞ、ロド。どうせまた生えてくるからな」

「待って、待って! 確かに生えてくるけどすごく痛いから、痛いから!」

 マクシミリアンが悲鳴を上げ続けると、気の済んだらしい親友は使い魔を呼び戻してくれた。

 まるでつい今しがたの凶行など忘れたかのように、主の指に甘えかかる使い魔をマクシミリアンは恨めしげに見やる。

「またロドと契約したの?」

「ああ、ロドはずっと私の復活を待っていてくれた僕だからな。―――それで、私が不在の間、世界はどうなっていた?」

 親友の瞳にまだ少ないながらも魔力が戻るのを見て、マクシミリアンは意地悪く口元を吊り上げてみせた。

「知りたい? 教えてあげてもいいけど、大親友マクシミリアンさまどうか教えてくださいってお願いしてくれたら―――」

「ロド」

「ぎゃあああ、ごめんなさい!」

 使い魔の可愛らしい牙が迫りそうになってマクシミリアンは早々に降参する。

「今、世界の魔族と人間の領土の割合は三対七となっている」

「・・・少ないな」

 この世界には、大きく二分して二つの種族が暮らしている。一般的に魔族と呼ばれる種族と、人間と呼ばれる種族である。魔族はその姿、形もさまざまでマクシミリアンのように人間と見分けのつかない一族もいれば、使い魔のロドのように動物の姿をした者たちもいる。彼らの多くは国という概念をもたず、各々が適度な距離を保ち、自分たちの暮らしを営んでいた。

 それが少しずつ変化しだしたのは、人間が急速に力を持ち始めた数世紀前からのことだ。

「魔族の領土が減った原因はエルフの大半がこの世界に愛想つかして異界に旅立ったてのもあるけど、ここ二十年の間に人間の数が爆発的に繁殖して一気に土地を確保したんだ。君が不在なときを狙ってね」

 前回の魔王―――目の前にいるマクシミリアンの親友が人間の王に倒されてから、魔族の劣勢は目に見えてはっきりとするようになっていた。

 そうか、と言って当世の魔王は立ち上がった。

「どうやら戻って早々に会議が必要なようだな」

しかし、そのまま歩いていったかと思うとマクシミリアンが入ってきた扉に手をかける。マクシミリアンは親友を慌てて呼び止めた。

「ちょっと、ローデヴェイクどこ行くの」

「皆を集める前に着替えたい」

 復活した魔王が着ているのはマクシミリアンが見たこともない服だった。装飾は足りないが、黒い布地の上着とズボンは魔族の好む色合いではある。

「えー、それでもいいじゃないか。よくわからないけど似合っているよ」

「学ランではどこかの魔王と被るからな」

「?」

「そうだ、マクシミリアン」

 出て行く間際、魔王は振り返った。黒い瞳に魔力が宿る。

「ローデヴェイク?」

姿こそ変わってしまったものの、その腹の底からグワァと貫かれるような強力な眼力はかつてのマクシミリアンの親しい友人を彷彿とさせるものだった。

(ああ、やっぱり君は戻ってきたんだね、ローデヴェイク)

 この身体中の血液が逆流するような、鳥肌の立つ感覚。

ぞくりと、しかし静かに、マクシミリアンは己が興奮してくるのを感じる。

 マクシミリアンの変化を見越したようにふっと魔王は笑った。

「私のことはカタナと呼べ」

 今の私の名前はそれだから―――そう言い残して、新しい魔王は扉の向こうに姿を消した。


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