第35話
まずアウラを殺害した犯人の行動の不自然さを整理してみよう。
1.研究室内の資料や物を荒らされた形跡がないこと。
2.わざわざアウラの首を持ち去ったこと。
3.人目につきやすい昼間に襲撃してきたこと。
細かいところを言えばキリがないが、大きなところでは概ねこの三つが思いつく。
1は動機に関わる部分だが、大前提としてアウラは──ラミアという正体を隠しているため──人づきあいが極めて希薄で、恨みを買うほど人と関りを持っていなかった。その為、アウラを殺害した動機としては彼女の研究成果を狙ったものである可能性が一番高い。
しかし犯人はアウラを殺害した後、彼女の研究成果を持ち去ったり荒らした形跡がなかった。つまりこれは後からそれを手に入れる算段があった者の犯行では、との推測が成り立つ。
問題なのは残りの二つ。まずアウラの首を持ち去ったことについては合理的な理由が思い浮かばない。
戦場で手柄首を持ち帰るのとは違う。怨恨や遺体の身元を分からなくするためなら胴体が無傷で残されていたのは不自然だし、死霊魔術や呪詛の素材に使うのだとしても、わざわざリスクを負って持ち運ぶほどの価値があるとは思えない。
もっと分からないのは人目につきやすい昼間に襲撃してきたことだ。意表を突くにしてもアウラが眠りについた夜に襲撃した方が成功しやすいことは間違いないし、何より昼間は他の人間に姿を見られるリスクが高すぎる。どう考えても合理的理由があるとは思えなかった。
アウラやレゼルヴはそうした行動の不自然さが、犯人を特定する鍵になるのではないか、と考えていた。
「…………」
「…………」
二人の説明を聞いたソフィアとブリギットは各々何か思うところがある様子で考え込む。
ソフィアはこの説明を聞くのは二度目だが、どこか腑に落ちない様子。しかし一体どこに違和感があるのかは本人にも分かっていなかった。
ブリギットは人差し指で自分の唇の下を撫でながら、ポツリと口を開く。
「……アウラ様の研究室には結界が張られていたということですが、それをどのように掻い潜ったかは分からないのですか? 魔術的なものか、或いはそれ以外の隠密技術によるものなのか。それだけでも特定できれば大分違うと思いますが」
つまり魔術師による犯行か、あるいはそれ以外の暗殺者のような者の犯行か。
アウラやレゼルヴもそのことは考えないでもなかったが──
「分からないわ。というより、魔術でもそれ以外の技術でも決して突破できないように備えていたつもりだから、どうしてそれを掻い潜られたのか、正直今でも信じられないのよ」
「推測や可能性レベルでも?」
ブリギットの問いかけにアウラは少しだけ考える素振りを見せ、そして苦笑した。
「……そりゃ勿論、所詮は人の手による結界だから、私を技量で上回る魔術師なら破ることは不可能じゃないでしょうね。それと技術でどうにかなるものじゃないとは言ったけど、私も暗殺者なんかが使う技を全て把握してるわけじゃない。私の想定を超えた──例えば何か抜け穴のようなものを突く技術が絶対にないとは言い切れないわ。ただどちらも、正直私にはどうやったのか想像もつかない。それこそ神や悪魔の領域よ」
まだしも可能性がありそうなのは最高位の魔術師による犯行で、一応それを軸に推理を進めていたが、断定できるほどの根拠は存在しない。
「…………」
アウラの答えにブリギットは何とも言えない表情で首を傾げる。
「ブリギットさん、何か気になることでも?」
「いえ……お二人が仰りたいことは分かるのですが、何と言うか話を聞いていると不自然というより根本的に噛み合っていないような気がして」
「噛み合って、いない?」
レゼルヴの問いかけに、彼女はどう言語化したものか迷うように少し言いよどむ。
「ええ。まるで御屋形様とレオナ様の夫婦喧嘩を見ているかのような」
「どういう意味よ」
その例えに娘が半眼でツッコむが、ブリギットは表情を変えることなく淡々と続けた。
「無骨なりに女心を考えて計画を練る御屋形様と、正装と言われて金属鎧を着こむレオナ様のすれ違いとでも申しましょうか」
「人の親の初デートのエピソードをサラリと暴露するな」
「──いえ、戯言ですね。忘れてください」
「そして雑に放り投げるんかい」
こめかみに青筋を浮かべる主人の娘を無視して、ブリギットはアウラとレゼルヴに疑問を投げかけた。
「そもそもの話、アウラ様が殺害されたというのは学院にとっても大事件だと思うのですが、魔術師にとってアウラ導師の研究成果とはその解決よりも優先すべきものなのでしょうか?」
「? それはどういう──」
──コンコンコン
レゼルヴがどういう意味か尋ね返そうとしたタイミングでドアをノックする音。
「は~い」
「坊ちゃん、食事の準備ができましたよ──と」
カートンが部下を連れ、レゼルヴとアウラの食事を準備して戻ってきた。一先ず話はここまでか。
レゼルヴたちは目配せで相談を切り上げ、ソフィアとブリギットはあまり遅くなっては辺境伯が心配するからと屋敷へと帰宅する。
なお、カートンが作った夕食は所謂男飯で多少雑ではあったが、とても美味だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
気がついた時、レゼルヴは学院の大講堂に座っていた。
周囲を見回すが人の気配はなく、その場にいるのは彼一人のようだ。
これは一体どういう状況だろうと思考を巡らせ──答えはあっさりと出た。
「──ああ。これ夢か」
「せ~い、か~い~!」
おっとりした声と共に、ニョキっとレゼルヴの眼前に長く細い足が伸びる。その芸術的な肢体を辿って視線を上に上げると、金髪の美しいエルフの女性がすぐ目の前の机に腰掛け彼を見下ろしていた。
「ミリアルデ導師」
「はい! 貴方のアイドル、ミリアルデちゃんでっす──って、全然驚かないのね?」
頬に指を当ててぶりっ子ポーズをしたエルフ──ミリアルデは、レゼルヴの反応の小ささに少し不満そうな表情を見せた。
「まぁ、誰かしら接触してくるとは思ってたので。夢を介してっていうのは割とオーソドックスなやり方じゃないですかね」
「むぅ~……やっぱりアウラの弟子ね。可愛げがな~い」
ミリアルデは唇を尖らせてテシテシとつま先でレゼルヴの肩を蹴る。相手が相手だけに下手な反応を返すことも出来ず、レゼルヴは暫し彼女の気が済むまでされるがままとなった。
ミリアルデ・ホープ──見た目は十代の少女にしか見えないが、アウラの話では齢数百歳を数えるハイエルフ。自然を尊ぶエルフでありながら自然ならざる錬金術に手を染めた変わり種で、長命種なので役職にこそついていないが、実力においては学院でも三指に入る大魔術師だ。
詳しい事情は知らないがアウラとは犬猿の仲で、レゼルヴはこれまで彼女と面識はあれど直接言葉を交わしたことはなかった。
ミリアルデは一頻りレゼルヴを蹴って気が済んだのか、あっさり機嫌を直して口を開く。
「──ま、その様子だと下らない前置きは必要なさそうね」
レゼルヴは予めアウラから、こうして抜け駆けしてレゼルヴに接触してくる者が現れるだろうことを警告されていた。
それが誰で、どんな形になるかまでは分からなかったが、夢の中で容疑者候補から接触を受けても事前に覚悟していたため動揺は小さい。
「今日は一つ、貴方に忠告してあげようと思ってね」
「脅しの間違いではなく?」
「間違いではなく──ま、どう捉えるかはそっちの勝手だけど」
ミリアルデは肩を竦めて続けた。
「貴方やアウラはきっと私が研究成果目当てで彼女を殺した可能性を疑っているんでしょうけど、私は犯人ではありません」
「────」
意味があるとは思えない、唐突な無実の宣言にレゼルヴは目を瞬かせる。
「信じるかどうかは貴方の勝手。これが嘘でないことを証明する術もありません。その上で宣言するわ。私はアウラを殺害した犯人ではないし、リスクを負ってまで彼女の研究成果を狙うつもりもありません──繰り返すけれど、これは忠告よ?」
「────」
容疑者候補が何の証拠も根拠も示さず、自分は犯人ではないと宣言する。
彼女が何故、わざわざ自分に接触してまでこんな無意味としか思えない宣言を行うのか、レゼルヴは必死にその意図を推し量ろうとするが、全く理解できなかった。
そんなレゼルヴを見て、ミリアルデはクスリと笑う。
「──貴方は私たちを超人か何かと勘違いしているようだけど、私たちは所詮、人よりちょっと手が長いだけの普通の人間よ。自分に出来ることしか出来ないし、手が届かない問題に無力なのは貴方と同じ。そこを見誤ると、本当に大切なことを見落としてしまうわ」
「それはどういう──?」
しかしレゼルヴが問い返そうとすると、突然世界は歪み、漂白されていく。
「ヒントはここまで。アウラの弟子相手に少しサービスし過ぎちゃったかな。それじゃ、おやすみなさい」
「待って──!」
レゼルヴの叫びを無視して、夢の世界は終わりを告げる。
──貴方やアウラはきっと私が研究成果目当てで彼女を殺した可能性を疑っているんでしょうけど──
ミリアルデがアウラの生存を把握していたことに気づいたのは、レゼルヴの意識が消える寸前のことだった。




