第27話
──え、何で?
学院でソフィアと再会したレゼルヴは、口をついて出そうになった言葉を咄嗟に飲み込んだ。
未だ幼いとはいえレゼルヴも貴族の男子だ。こんな時、女性の前で迂闊な発言をすれば命取りになる得るということを、彼は両親のやり取りを見て学んでいた。
例えばこの再会は自分にとっては想定外で意味不明でも、ソフィアにとっては当然予想していなければならないものだったかもしれない──例えば両親の結婚記念日の豪華な食事のように。
さて、こういう時はまず疑問を分解して問題を整理するところから始めるべきだろう。
ソフィアはヴァイスベルク在住で、この街で再会すること自体は当然予想できた。
では学院での再会は予見不可能な出来事だったか?──いや、そう言えば以前、学院に聴講生として通っているという話を聞いたようなことがある気がする。
つまり再会の場所がこの学院である、ということ自体は別に不思議なことでも何でもない。
では何が疑問として残るのだろう?
ソフィアは先ほど、レゼルヴがアウラの弟子だと発言した。だが、その事実を知っているのはレゼルヴとアウラの他には、彼の姉弟子にあたるミラだけの筈。情報漏洩には【誓約】による罰則が存在するため、自分やミラがソフィアにうっかり漏らしたという可能性は限りなく低い。
にも拘らずなぜソフィアはそのことを知っていたのか。
そしてまるでアウラと知己のように振る舞い、アウラの遣いのごとく自分の前に現れたのか。
レゼルヴは目の前のソフィアが彼女に化けた偽者という可能性も考えたが、そんなことをする意味があるとは思えなかったし、受付のファルスという青年の反応を見る限り、その可能性は限りなく低そうだ。
つまりソフィアはアウラと知り合いで、レゼルヴがアウラの弟子であることを知った上でここに迎えに来たということになるのだが、過去のアウラやソフィアとのやり取りの記憶を辿ってみても、二人が知人関係にあるという情報は一切心当たりがなかった。
「──え、何で?」
この間、僅か二秒。
混乱していたレゼルヴは、無駄に凝縮された濃密な思考の結果、己の疑問が妥当なものだと判断した上でそれを口にした。
だが、ソフィアはそれがお気に召さなかったらしい。
「……はぁ。二年ぶりに会ったって言うのに、最初に言うことがそれ?」
腰に手を当て不満そうに片眉を吊り上げるソフィアに、レゼルヴは脳内言語データベースを検索し、従士の一人が「女にはこれだけ言っとけば大丈夫だ」と教えてくれた言葉をひねり出す。
「……綺麗になったね?」
「誰がおべっか使えって言ったのよ。しかも疑問形。言うならせめて言い切りなさい」
ソフィアの表情に呆れの色が濃くなる。
──む。こういう時は「あんまり綺麗になってたから誰だから分からなかったよ」の方が良かったか? いやでも実際すぐに分かったし……というか今更だけどどうして僕が彼女の機嫌を取らなきゃいけないんだろう?
思考の迷子に陥り黙り込んでしまった少年にソフィアは溜め息を一つ。自分たちに周囲の視線が集まっていることに気づいて口を開いた。
「──ま、いいわ。ともかくここで話をするのもアレだし、移動しながら話しましょ。アウラ導師がお待ちよ」
そう言って、ソフィアは返事も待たず踵を返して歩き出す。
レゼルヴはパンパンに膨らんだリュックを慌てて背負いなおすと、急ぎ足で彼女の後を追った。
「…………」
五、六人ぐらいは余裕をもって並んで歩けそうな重厚な石造りの廊下を、キョロキョロ周囲を観察しながらついて行く。途中いくつか入口に番号プレートの掲げられた部屋の入口があったが、外からでは全く中の様子はうかがえず、廊下も人影はまばらで好奇心を満たしてくれそうなものは見当たらなかった。
レゼルヴは前を歩くソフィアに疑問を投げかける。
「ねぇ、ソフィアと師匠っていつから知り合いだったの?」
「……ああ。さっきの『何で?』ってそれのこと?」
ソフィアは歩みを止めることなく、唇に手を当て少し考えるようにしてからレゼルヴの疑問に答えた。
「ん~……いつから、って言うと難しいんだけど、私が五年位前から学院で授業を受けてるって話はしたことあったっけ?」
「何となく」
「うん。で、その授業の一つに薬草学があるんだけど、それを担当してたのがアウラ導師だったのね」
ふんふん。師であるアウラは魔術師としては極めて珍しい生命分野に堪能な術師だ。レゼルヴ自身はその分野には手が回っていないが、彼女であれば一般の薬草学程度はお手の物だろう。
「でまぁ、アウラ導師ってなんて言うか……子供好きでしょ? その頃から親切にしてもらってて、ずっと顔見知りではあったんだけど……レゼが聞きたいのはそういうことじゃなくて『ホントの意味で親しくなったのはいつからだ』ってことだよね?」
「うん」
「そういう意味だと二年前。レゼと知り合った少し後だね」
ソフィアはチラと周囲を見回し、廊下に自分たちの他に見当たらないことを確認してから続けた。
「実はあの事件の直ぐ後にカルラ様──お父様の側室の一人が私にちょっかいをかけてきたことがあってね。その時に『アフターサービスだ』って助けてくれたのがアウラ導師だったの。で、その時にレゼと導師の関係とか、あの時裏で何が起きてたのかとか色々教えてもらって親しくなった感じかな」
「……そういうことなら手紙で教えてくれれば良かったのに」
レゼルヴが少し唇を尖らせて文句を言うと、ソフィアは明るい表情で言い訳した。
「ごめんごめん。でも手紙だと誰に見られるか分からないし、あんまり迂闊ことは書けないでしょ? 下手に導師のことに触れると今みたいに『どこまで?』が気になっちゃうだろうしさ。というか私はアウラ導師がその辺の事情は説明してるものだと思ってたよ」
そのぼかした口ぶりに、レゼルヴはソフィアがアウラの正体を知っていることを確信する。
「ソフィアも師匠の弟子なの?」
「違うよ」
ソフィアは即答し、しかし直ぐに苦笑して前言を一部撤回した。
「──ああいや、違うって言い切るのもおかしいかな。広い意味でものを教わっているってことならイエス、魔術師としての弟子かって意味ならノー。私には魔術の素養がなかったからね」
「────」
魔術は何より才能がモノを言う技術体系だ。武芸などと異なり、学べば誰でも体得できるというものではない。
血統により超常の力を引き出す妖術師や精霊との感能力が必須とされる精霊遣い、どれほど信仰厚くとも神の寵愛を得られなければ奇跡を行使できない僧侶や聖騎士など、呪文遣いは才能や資質が全ての前提となっている。
学問としての色合いが強い魔術師もそれは変わらず、脳に呪文を使うための回路を構築することが出来なければいくら知識を蓄え訓練を積んでも呪文を習得することはできない。この回路の構築は訓練も必要だが、そもそも出来る人間とそうでない人間とでは明確に脳の構造が異なっているのだそうだ。
「勘違いしないで欲しいんだけど、魔術の素養云々は学院に通い始めた頃に適性を調べられただけで、元々私は魔術師志望とかじゃないから。『魔術が使えなくてかわいそ~』なんて目で見たら殴るわよ」
「……別にそんなことは思ってないけど」
苦笑する。魔術師の多い学院に通っているとそんな目で見られることが多いのかもしれないが、実際ソフィアの表情に影はなく、強がりを言っているようには見えなかった。
「でも師匠のところに通ってるってことは、医者とか薬師とかを目指してるの?」
「……うん。まだ専門をどうするかとかハッキリ決めてはないけど、そういう方面でこの街の役に立てたらって思ってるわ」
ソフィアは一瞬だけ振り返り、弾むように微笑む。
大貴族の子女であるソフィアの将来には政略結婚や様々な思惑が絡んでくるため、彼女が希望する生き方が出来るかというと難しい。決めていないというより、決められないという方が正確なところなのだろう。
実際、二年前に政略結婚で振り回されそうになった誰より彼女はそのことを理解している筈だ。
だがソフィアはそんな不安や葛藤を全てのみ込み、しっかりと前を向いていた。
「──と、着いたわよ」
目的地についてソフィアが扉の前で立ち止まる。
そして彼女がノックするより早く、ドアが内側から勢いよく開き、中から見覚えのある紫髪の人影が飛び出してきた。
──バタン!
「いらっしゃ~い!!」
『!』
──かぷっ、ぶちゅうぅぅぅぅぅぅぅっ!!!
「~~~~っ?!$&#?」
「おおぅ……話には聞いてたけど、実際に見ると想像してたよりずっとせくしーね……」
再会するなりレゼルヴを抱きしめ、彼の首元に牙を突き立てるアウラ。
彼女の牙には媚薬成分の混じった麻痺毒があるためレゼルヴは悲鳴を上げることも出来ず悶え、ソフィアはその背徳的な光景に顔を赤らめそっと目を逸らした。
それから二時間後。
ソフィアに肩を借り真っ青な顔色で辺境伯の屋敷に挨拶にやってきたレゼルヴの姿に、オルデン家の兵士たちが心配するやら、いかがわしい想像を膨らませるやら一悶着あったのだが、全くもってどうでも良い余談である。




