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そして俺は宰相になる  作者: ふーげん
第一章 決起編
7/42

第六話 個性発現

2026/04/08

【更新内容】

・タイトル変更

・本文修正

・後書き削除

 混濁とした意識の中で、アリアは自分の身に何が起こったのかを分析しようとする。


 手足を動かそうとすると、ざりざりという音を立て麻と土が擦れる音が聞こえる。曖昧な意識の中でも自分が何者かに囚われている事はすぐに分かった。


(早く家に戻らなくて......お父様が心配してしまいます......)


 何とか動こうとするも思ったように体が動かない。目も霞んでいる状況で、感覚だけで現状を把握しなくてはならない。


 意識を集中させる口元から顎にかけて乾いた感覚がある。恐らく筋弛緩剤のようなものを液状で飲まされたのだろう。

 次第に意識ががはっきりしていくのに体は言うことを聞かない。


 薄暗い洞窟の中に、天井に人一人分ほどの小さな穴から月明りが差し込んでいる。

 戻ってきた視界に映った光景は、大量のゴブリンと、その奥で座る巨大なゴブリンロードだった。


 醜い笑顔を浮かべたゴブリンロードがゆっくりと近づきアリアの体を舐め回すように見つめる。

 至高の一品をじっくりと堪能するように、王の子種を注ぐに相応しい雌か吟味しているのだ。


 アリアにはこれから何が起きようとしているのか容易に想像が出来た。

 純情が奪われ貞操が穢される、何者にも負けぬように鍛えた技も、相応しき相手を追い求めた乙女心もゴブリンには通用しない。


 美しい一輪の花も少しの力で簡単に手折られるように、アリアもまたゴブリンロードに穢されようとしていた。


(嫌だ......こんな汚らしい魔物に触れられるなんて......!

 悔しい......あれだけ息巻いていたのに......今の私は何も出来ない......誰か、誰か助けて......お願い......ルークフェルト様......!)


 ゴブリンロードがアリアの服を引き裂き、柔肌へ触れようとしたその時、入口の方から大勢の鬨の声が聞こえてきた。

 鈍い金属音とゴブリンの叫び声、明らかに交戦している。


 ゴブリンロードは側に控えるゴブリン全員に入口を守備する仲間の加勢に行くように指示を出し、自分はアリアを弄ぼうと再び醜い笑顔を浮かべて近づく。


「醜い顔で俺のアリアに近づくな!!!!」


 上から怒号が聞こえる、見上げるとそこには鬼気迫る顔つきで剣を振り上げ急降下してくるルークの姿だった。


「ルークフェルト様!?」


 突然の登場にアリアは思わず声を上げる。あの天井の穴から落ちてくるとは想像もしていなかった。


 それはゴブリンロードとて同じことだった。

 無防備に空を仰いだゴブリンロードは、落下の勢いそのままに振り下ろされた剣の一撃を食らい、苦痛に満ちた大声を上げて倒れ込む。


「助けにきたよアリアさん! さぁ、急いでここから逃げよう!!」


 ルークは素早く縄を斬り、アリアに立つよう促すが、薬物の影響でアリアはまだ体に力が入っていない。


「ごめんなさいルークフェルト様......まだ足に力が入らず......私の事を助けにきてくれたのは嬉しいですが、ここは危険です......!

 私のような足手まといは置いてお逃げください......!」


 自分がゴブリンロードの首を獲ると豪語しておきながら敵に捕まり、許婚を危険に晒して助けられている。それはアリアにとって恥辱だった。


 だが、命の危険の前にプライドなど何の価値も無い、ルークは半ば自棄になっているアリアを叱りつける。


「ふざけるな! 俺は夫だぞ! 危険など百も承知で君を助けにきているんだ! 

 君にとっての居場所が俺になるように、俺にとっての居場所も君なんだ!

 だから俺は何としても君を助ける! 絶対に見捨てたりしない!」


 そこにこれまでの優しさは無かった......いや、優しさはあった。

 だがそれは、嫌われまいとする打算的な優しさではなく、本気でアリアを大切に思う力強く荒々しい優しさであった。

 その言葉にアリアはハッとする、これがこの人の本心なんだと......。


(とは言ったものの、どうしたものかな)


 ルークは苦悩していた。奇襲による一撃で怯みはしたもののゴブリンロードは倒れていない。


 騒ぎを聞きつけた配下のゴブリンたちも数体戻ってきていた。アリアを守りながらゴブリンを相手にするのはルークにとって至難の業であった。


(なにか打開策を、一瞬で良い......この場のゴブリン達から逃げ出せれば入口にいる仲間と合流できる。

 そしたら態勢を整えて戦える......何かないか、この場を切り抜ける打開策は......!)


 思考を巡らせるも良い案は浮かんでこない、ここはゴブリンの巣穴、地の利も数の利も敵にある。

 アリアを背負って逃げ出そうにも囲まれていてはどうしようもない。絶体絶命だ。


 奇襲を仕掛けたまでは良かったが、アリアの状態がここまで酷いとは予想が出来ていなかった。

 どんな乱暴な策でも良い、何か思いついてくれ!そう願うルークの頭に謎の声が響く。


 《演算開始 作戦経路(シミュレーション)実行

 目標:洞窟からの脱出

 特筆箇所:前方のかがり火の付近に火薬が存在

 推奨:直剣の投擲

 作戦成功率:66%》


 脳内に謎の声が聞こえると共に視界が赤くなり、声と同じ目標ポイントがハイライトされる。


(なんだこの声は? 脳に直接響いてくる......視界も変だし、これは一体......!?

 いや、そんな事を考える余裕なんてない! 今はこの声の意図を汲み取らないと......!


 そうか、狙いが分かったぞ。かがり火に直剣を投げて火薬に引火させるつもりだな!

 爆発による崩落から逃げつつ、ゴブリンを一掃する作戦か......!

 ずいぶん危険な策を用意してくれるじゃないか!)


 躊躇(ためら)ってる暇なんてない。

 ルークは声の導きに従うまま直剣を投げ、アリアを抱えて逃げる。


 直剣が直撃したかがり火は真下に倒れ、下に置かれた火薬に引火し大爆発を引き起こした。


(とんでもない作戦だ! それにこの声は何なんだ!

 だけど今はそれを考えている暇はない!

 今はとにかく走れ! 足が千切れそうになっても走り切れ!)


 天井から岩が落ちてくる、逃げている道中に出くわすゴブリンの攻撃を避けつつアリアを背負ってひたすら走る。

 背後から聞こえてくるゴブリンの悲鳴は崩れ落ちる岩に潰された断末魔だろう。

 走り続けていると目の前に光が差し込み、大勢の人だかりが見える。


 その中にエーゴンとレオ、そしてセリの姿があった。ルークは最後の気力を振り絞り全力で駆けだした。

 あと少しで出口という時に目の前から大岩が降ってくる。


(くそっ! あと少しなんだ! 頼む頼む! 間に合ってくれ!!)


 ルークは必死に祈りながら駆け続ける。

 しかし力みすぎたのだろう、踏み込む際に足を滑らせてしまう。


(あ、終わった)


 ルークはそのまま勢い良く前に飛び出し、顔面から土まみれになりながら洞窟を脱出した。


「勇者様よ、疲労困憊(ひろうこんぱい)の姫君を抱えながら土にまみれるとは何とも情けない姿だな」


 ケラケラと笑いながら煽るレオに思わず赤面する。


(俺だってもっと格好良く救出できると思ったんだけどな......)


 何とか立ち上がり、後ろを振り返ると洞窟は完全に岩で塞がれていた。そこにゴブリンの気配はない。

 無事にアリアを救出し、エーゴンからの依頼も達成したルークは、満足げな顔で空を仰いだ。


「あの......ルークフェルト様?そろそろ降ろしていただけないでしょうか?

 その......破けた服のまま殿方の背に抱かれるのは恥ずかしいです......」


 ルークは慌ててアリアを背中から降ろす。

 幸い薬の効果は大分無くなっており、一瞬ふらつきはしたものの自分の足で立てるまでに回復していた。


 セリは素早くアリアの側に近づき、神業と思えるような速さで一瞬で服を着替えさせる。


 あまりの速さにその場にいた全員が驚きを隠せなかったが、アリアはありがとうと一言伝え、皆に伝えたい事があると言い、注目を集めさせた。


「皆様、この度は私の軽率な行動により皆様に多大なご心配をおかけいたしました! 大変申し訳ございません! そして、ルークフェルト様にはどれだけ感謝しても足りません。


 あなたが助けてくれなければ、私は私では無くなっていたかもしれません。本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げるアリア。今までと違う態度に少し恥ずかしくなったルークだが、何はともあれ無事で良かったとルークは胸をなで下ろす。


「アリア嬢に外傷が無くて何よりだ。

 それよりもルーク、お前なぜここにアリア嬢がいると分かった?」


 今回の強襲作戦はアリアの居場所を掴んだルークによって計画されたものだ。


 会議で使っていた地図から洞窟の天井に穴がある事は分かっていたが、なぜアリアがそこにいると分かったのかレオは疑問を投げる。


 ルークはアリアのリボンを指差し、事の次第を説明する。


「その理由はこのリボンさ。プレゼントとして渡す前に、俺は追跡魔法をかけていた。

 この魔法は付与した者から一定範囲離れると発動する魔法で、アリアさんはそこまでの距離を歩く事はない。


 だから魔法が発動した時、俺はすぐに異常があった事に気付いたんだ。

 あの場で伝えても良かったんだけど、混乱する皆がどういう行動を取るか分からなかったからこの事は伏せておいた。


 もっとも想定以上に距離が遠くて魔力が微弱だったから見つけるのに時間がかかったけどね。

 最近はゴブリンの動きが活発化してるから万が一を想定しての策だったんだけど、そのおかげで何とか救い出せたよ」


 最悪の事態も考慮して動いた事が功を奏した。

 ルークの考えに一同感心するが、一番予想外の反応を見せたのがアリアだ。


 普段なら、あなたのそういう所が気に入りません! と怒ってきそうだが何も言わない。

 沈黙する程怒らせたのかと思ったルークは何とか弁明しようと試みる。


「えっと、アリアさん? その、プレゼントにこんな仕掛けをしてごめん。

 純粋にアリアさんの為のプレゼントでもあったんだけど、最近の状況的にアリアさんに万が一の事があってはいけないと思って保険をかけてしまった......。

 素直にプレゼントとして受け取ってくれた君を裏切るような事してすまなかった」


 アリアはまだ何も言わない。そして顔をあげてこちらを見つめてくるが、そこに怒りの表情は一切なく、顔を赤らめてキラキラした目で見つめてくる。


「ルークフェルト様......いいえ、ルーク様。

 私はあなたを誤解しておりました。


 あの洞窟で聞いた貴方様のお言葉で、私はやっと本心を聞けた気がいたします。

 今までの態度はただの忖度などではなく、私を大事に思っての事だったのですね......。


 貴方様は優しく、勇敢で、知恵のある人。

 これまでの非礼をお許しください。

 不肖アリア•オスワルド、あなた様の妻として共に支えあってまいりたいと思います」


 あれだけルークを嫌っていたアリアの心変わりに一同は驚愕する。


「ア、アリアよ! ついにルーク君を夫として認めると......受け入れると言うのだな!?」


 エーゴンが驚きながら問いかけるとアリアは静かにうなずく。


「はいお父様。私はルーク様のことをずっと誤解しておりました。この方こそ私の夫に相応しい方。

 ここぞという時に立ち向かう勇気とどんな時も諦めない胆力、それにあらゆる事態を想定する知恵。

 こんなに素敵な方と添い遂げることが出来るアリアは幸せ者です」


 昼までとは打って変わった様子を見せるアリアに、エーゴンは戸惑いながらも喜ぶ。


 横で見ていたレオはニヤついた様子でレオに語りかける。


「アリア嬢をよく落としたな。オスワルドの財があれば資金面で困る事は少ないだろう。

 良いかルーク......今夜、アリア嬢に手を付けろ。


 一晩かけて子種を注いでやれば跡継ぎも出来よう。

 そうなれば両家は固く結ばれ、軍事と財務に秀でた強力な組織となる」


 子を成す事も政略上重要な事だ。

 レオは表面では思春期男子のようなノリで語りかけるが、内容は常に政治的メリットを語っている。


 しかし、現代日本のサラリーマンとしての貞操観念しかないルークにとって、それはあまりにも刺激が強かった。


「お、お前! なんでそんな事言うんだよ! アリアさんはまだ子供だぞ!?

 それに、昔から交流があると言ってもたまに会うぐらいで、お互いまだ良く知らないし......大体俺にも考える時間が......!」


 言い終わる前にルークは気付く、自分が遠回しに拒絶しているという事を。

 それは男を受け入れようとした淑女にとって何よりも辛い事だと知っていた。

 事の重大さに気付いたルークは必死で言葉を取り繕う。


「アリアさん違うんだ! アリアさんに魅力が無い訳じゃないっていうか......!

 むしろ魅力的すぎて辛いというか! あーいや違くて! 違くないんだけどそうじゃなくて!

 アリアさんの気持ちとか、ちゃんとした手順踏むとか!!」


 釈明するほど苦しくなってくる。

 アリアは更に顔を赤らめてまんざらでもない表情でルークを見つめてくる。


「ルーク様......私、あなた様が望むならそういう事も受け入れます......。

 ただ、初めてですので......その、優しくしていただけると......」


 予想外の展開にルークはさらに混乱する。


(ちょっと待て......この流れはまずい!

 周りに人は沢山いるし、エーゴンさんだっているんだ!


 いや、なんで皆優しい目で見てるんだ!?

 エーゴンさんは何で小さくガッツポーズをしてるんだ!?

 誰でもいいから助けてくれ!)


 何とも言えない雰囲気を断ち切ったのはメイド長のセリだった。


「皆様そこまでです。

 ルークフェルト様との縁談を承諾いただいた事はアリア様に仕える者として大変嬉しく思いますが、そろそろ夜も明けてくる頃でございます。


 僭越ながら申し上げますが、まずは屋敷にお戻りいただき、お身体を休める事が先決ではないでしょうか?

 このような雰囲気でお預けを食らうのは、年頃の殿方として苦しいでしょうが、ルークフェルト様も今はお嬢様の体調を考えお控えくださいませ。

 夜伽にお誘いするのでしたらお互い気力充満の時がよろしいかと存じます」


 セリがその場をまとめ上げ、何とも言えない甘い空気は霧散する。


 窮地を脱したルークは息を整え遠くの空を見上げる。

 闇が残る藍色の空に、東から僅かに陽が昇り薄明りが差し込んでくる。

 一夜の救出劇はこうして無事に幕を閉じたのだった。


「ルーク様......よろしければ屋敷に戻るまで、手を握っていただけませんか? まだあの時の恐怖が抜けず、安心したいのです」


 そして新たな恋が幕を開ける事になるのだが、それはまた別の話…...。

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